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❪わたし10さい❫
▪誰が姉姫を殺したの?
しおりを挟む今の私の身体の本来の持ち主であり、地の神龍姫さまでもあり、現在は神界にて女神さまに癒して戴いている傷ついた魂。
マリアレーヌ。そういえばこの名は誰がつけたのだろう。そのマリアレーヌの母親は、ルージュさんの姉姫。ではその父親は誰なの?王だと思われていたけれど、本人が否定している。王もさすがに王妃さまの前で、嘘はつかないでしょう。それにたぶん王妃さまは……
「すみません。言えません。姉姫は私が毒殺しました。たしかに動機は嫉妬ではありません。姉姫は心を病んでいました。そのため異性交遊が激しかったのです。次々に近寄る男性を食い散らかし、男性たちは彼女を巡り諍いをおこす。私はそんな彼女が邪魔になり殺したのです! 」
王妃さま……
「そのお話は隣国の宰相さまより聞いています。幼少時から周囲からそのような目で見られ拐かされ、姉姫は心が壊れてしまっていると。だからこそ宰相さまは自宅の守りを強固にし、姉姫を隠す算段をつけていたそうです」
王妃さまはなぜ己が罪を背負おうとしているの?
「王妃さま? 私の気配を感じていましたよね? 脅かしてごめんなさい。 実はあれ幽霊では無いんです。女神さまは私への誕生日の贈り物として、本来の成長速度と、夢であいたい人に会えるというお菓子を下賜されました。その夢ですが、私は精神だけにり自由に動き回っているのです。最近の幽霊騒ぎは多分私のせいでしょう。エクソシストを呼ばないで下さいね」
「……では以前二週間ほど部屋で気配を感じたのもそなたか……」
「そうです。ベッドにお邪魔していたこともあるんです。精神体でも眠くなるし、ソファーで寝ると体が痛くなるんです。もとの世界では婚約者の居間のソファーで寝ましたが、浮遊していても首が痛くて……王妃さまのベッドは広くてフカフカで気持ち良くて……なんて違います! こんなことはいいんです! ともかく私は後宮の奥に移動してからの、姉姫に付いた侍女たちの話も聞いてしまいました」
「そうか……あやつらはペラペラと……」
客室ではどうしても男性が近寄ってしまう。そのため王妃さまは姉姫を後宮の奥の部屋に移した。ここならば大丈夫だと信じたのだ。
「彼女たちは姉姫はいつも一人で寂しそうだったと言っていただけです。側室なのに王すら通ってこなかった。あんなに美しかったのになぜ? 彼女たちはお茶を飲みながら、そう話していただけです」
しかしこの話は重要だ。つまり後宮は完璧に姉姫を守ったのだ。男性を近寄らせなかったのだから。
「王妃さま? 真実を話して貰えませんか? 姉姫には後宮に移ってから、まったく男性の影はありませんでした。私はそのさらに奥の、後宮に影に隠された研究所にいたのです。研究所は後宮の敷地内ではありません。しかし……」
「そなたは会っているのか? だろうな。だからアヤツはまた馬鹿なことを言い出している。われは日に日に母親に似て育つそなたの姿を垣間見、死なぬと理解はしていても、なんとかならぬかと足掻いてしまった。ルージュは姉姫にも幸せになって欲しいと願っていた。アヤツを出産した時も、憎い男の子だが子には罪はない。幸せにしてあげたいと微笑んでいたのに! あの馬鹿息子が! 」
「それはやはり私のこの体の父親が、第二王子だということですか? 王妃さまは姉姫が初恋だという、第二王子の姉姫との結婚の願いを頑としてはねつけた。それは二人が叔母と甥の関係だったからですよね? しかし二人は出会い男女の仲に……お互いに愛し合っていたなら……」
私のいたもとの世界では、叔母と甥のような関係は近親婚となり、禁忌とされている。しかしこの世界では、多少規制がゆるい。特に王族では血筋を尊ぶため、親子や兄弟姉妹の関係ではない限り、例外として認められている。しかし子供は一人のみなどの、枷が課せられる。
「愛し合ってなどいないわ! 姉姫は精神を病んでいた。相手の顔など覚えてもいない。アイツが欲情に任せて抱いただけだ!我はあんなケダモノに育てた覚えはない! しかも今度はマリアレーヌと婚約したいだ? 頭がいかれてるわ! マリアレーヌは貴様の娘だ! 」
王妃さま……
「王妃よ、その話はまことなのか? 」
「そうですよ。間違いはありません。私が姉姫の面倒を見ていたのです。彼女は女性だけの看護体制で、かなり病状も良くなっていたのです。なのに! ある日姉姫の姿が見えないと侍女たちが探していたので、私も一緒に探しました。すると東谷の影であの馬鹿息子が! 泣きわめく姉姫を組み敷き、頬を叩き抱いていたんです! 私は硬直してその場から動けませんでした……」
王妃さま……だから王さままで姉姫から遠ざけて……
その目撃した日から、姉姫はみるみる元気を失くし衰弱していった。第二王子は想いを遂げたのがよほど嬉しかったのか、王妃に姉姫を妃に迎えたいとさらに強く願うようになった。しかもその後も度々後宮に忍び込んでいたという。
しかし王妃さまは、がんとして首を縦には振らなかった。なぜなら姉姫は第二王子を愛してはいないからだ。姉姫は体を暴かれた日は、そのまま呆然と呆けてしまっている。侍女たちは情事のあとと、姉姫の態度で気づいた。証拠の現場を押さえようと試みたが、第二王子も手強くて、中々尻尾を掴ませなかった。
「我が目撃した時に捕まえておけば……姉姫が禁忌の赤子を身籠り、命を落とすことも無かったのだ。すべては我の罪だ。だから我を裁いて欲しい。マリアレーヌ嬢よ。よしなに頼む」
「裁かれるのはこの体の成人の儀のときです。私はこの体を借りているだけの者。先々いなくなる私が、この世界の誰かを裁く権利はありません。ですがここまでかかわり合ったのです。真実くらいは教えて戴けませんか? 」
私は王妃さまの目を捉え、真摯に見つめた。
「王妃よ。姉姫は毒殺だったとは本当なのか? ならば誰が殺したのだ? あなたでは無いのだろう? 私はそなたが手を下したとは思えないのだよ。第二王子を庇っているのか? 第二王子はたしかにルージュの子だ。しかし君は分け隔てなく育ててくれたじゃないか! 君はなにも悪くはない。子育てを失敗したというのなら、私も同罪だ。神龍さまにも女神さまにも土下座しよう。君の罪は私の罪だ……」
「私もだよ。君は正義感の強い女性だった。裁きには厳しいけれど、己から人を殺めたりはしない人だよ。もし殺めたなら何か理由が必ずあるはずだ。何があっても我々が君を守る。たとえ神龍さまと女神さまのお怒りを買おうとも、今回は間違えないよ。もちろん逃げもしない。君を信じて兄とともに戦うよ」
気づくと王妃さまは、はらはらと大粒の涙を流していた。小さな嗚咽をあげながら、王さまと王弟さんを見ている。拳を握り締め一度頷くと、凛と何かを決心したように顔を上げた。
「姉姫は殺されたのではありません。己が持っていた毒薬を服用し、腹の子も道連れにするつもりで自殺したのです」
自殺! それは考えもつかなかった。私は殺されたとばかり……
「私はこっそりと出産させ、後宮内で育て先々養子に出すつもりでした。そのため乳母を募集したのです。しかしその子からは、目映いばかりの聖なる魔力が溢れていました。私は恐ろしくなり、その聖なる魔力を乳母の子に移しました。その後は皆さんご存知の通りです」
「姉姫はなぜ自殺を? 」
「出産の痛みの最中に正気に戻ったようです。突然罪の子を産みたくはない!父親は妹の子だと喚き始めたのです。そして慌てふためく産婆や私たちの前で、王家に伝わるという名誉の秘薬と言われるものを飲み干しました」
その名誉の秘薬というのが、例の自生する原種の花からのみ作られるという幻の毒薬なのね。
「今は無き公国の王室のみに伝わるという秘薬。公国が隣国に蹂躙された際には、公室の方々はこの秘薬を服毒したそうです。実はルージュもあの秘薬で自決したのです。産後の調子が悪くて死亡したのでは無いのです。子は養子に出して欲しい。苦労はかけるかもしれないけど、一緒に殺すのはしのびない。私がすべての罪を背負い死にますと……」
ルージュさんは子に生きて欲しいと願った。しかし姉姫は罪の子を産みたくはないと、己と同時に命を絶つことを願った。
どちらが良いのか……
私には解らないけど……
「王妃よ。そなたは誰を庇いたいのだ? まさか馬鹿息子の第二王子か? ヤツには庇われる資格などはないだろう? 」
「私はルージュと姉姫の名誉を守りたかったのです。すべてが公になれば、ふたりは亡国の不幸な双子姫として騒がれるでしょう。さらには第二王子の出自が公になります。あの国は今、いつ内乱が起こるかもしれない危険な状態です。たとえ馬鹿息子でも、そんな中に放り込みたくはなかったのです……」
王妃さま……親の心子知らずなんだね。
第二王子はどうしようもないね。結局の元凶は初恋を拗らせた第二王子じゃない。まったくこれはどうしたら良いのかしら?
「取りあえずこれにて一件落着ですね。お茶を淹れ変え、新しいお茶請けを出してゆきます。あとは三人でゆっくり話して下さいね。第二王子についてはのちほど話し合いましょう。私も正直ウザいですし、己のしでかした罪を知る必要もあると思います。ではまた近い内に……」
私はそのまま結界を解除し席を立つ。王さまが警備兵に指示を出し、三人でのお茶会をセッティングしたようだ。
「おーい! 私を置いて行くな! 真実を知ったら私はお払い箱ですか? マリア! おーい! マリアレーヌってば! 」
ん?あ……やだ婚約者さまを忘れて来ちゃった。あ!一つ聞き忘れちゃった。
マリアレーヌって誰が名づけたのかしら?
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