上 下
15 / 35

鬼畜宰相!貴様が勇者やれ!

しおりを挟む


馬車の中で、長椅子に寝かされていた女性の気が付く。俺は吸いのみを差し出し水を進める。女性は俺にお礼を言い、その水を一気に飲み干した。

俺を瞬きしながら見つめる女性。落ち着いた感じのおばさんだ。年の頃は三十台半ばだろうか?こちらの人々は図体が良く、失礼だが若干フケて見える。多分俺の感覚よりも、五才ほど若く見積もれば良い感じだろう。さすがに女性に年は聞けないがな!

俺は彼女が何かを話し出すのを待つ。特に俺から話したい話はない。俺の勘が確かならば、彼女が話したいであろうこと。それらは俺の方から、話し出す事柄ではないだろう。

ぐうぅぅ……。くぅぅーー

「………………」

!?!?!?

「ごっごめんなさい!教室で昼食だったのに、私ってば途中で飛び出して来ちゃったから……」

顔を真っ赤にして、恥ずかしげにモゴモゴと口ごもる女性。こんなに大人しそうな人が意外だよな。嫌、護衛を撒いて湖まで来る位だ。案外芯の強い女性なのかもしれない。俺はインベントリから、お弁当の残りのお握りを取り出して手渡す。次いでにカップで味噌汁を作った。

「あ……有り難うございます」

女性は暫し考えた後、お握りにかぶり付く。あっという間に、お握り三個と味噌汁を飲み干した。続けて俺は、冷やしたハーブティーを手渡した。

「ホッとする味ですね。本当に美味しいです。これが勇者様の故郷の味なのですね。悲しいですが、わっ私には到底太刀打出来ません……」

ハーブティーを受け取り飲む彼女。もう誰かは理解してるつもり。だけど名乗ってくれないと、俺には話を聞く事しか出来ないよ。

女性が膝の上の両手をギュッと握り締める。やがて決心が付いたとばかりに、俺と視線を絡ませた。

「今代の勇者様。我が父、宰相が大変なご迷惑をお掛けしました。父は先代勇者様たる、貴方のお父様を軟禁しました。赤子の貴方から、そしてお母様から、大切な家族を奪いました。父は血族が喚ばれるなんて、本来は有り得ない。偶然が悪いと、未だにそう自己弁護しています。でもそれは違いますよね?血族が喚ばれなくとも、皆様元の世界に家族がいるのです。それに私たちは気付けなかった。これは歴とした、召喚と言う大義名分での誘拐です。しかも二度とは帰れない。最悪の結末を知っているのに!我々はなんて罪深い事をしたのでしょう」

そうなんだよ。勇者様なんて持ち上げられてるけど、内心では正直この世界をぶち壊したかった。俺には母さんだけだった。母さんは俺がいなくても、きっと立ち直って生きてける人だ。現に還暦まで元気に生きてたからな。でも本当に淋しく哀しい、そして辛い日々を過ごさせたんだ!しかし残さしてきたのが、病気の恋人や家族。失えないかけがえのない人だったら?今日明日にでも、命の危険の有る人を残して来たなら?絶対に戻りたい。この世界がなんだって?一人より沢山の命がかかってる?そんな大義名分は捨ててしまえ!貴様らの世界は貴様らでなんとかしろ!何故関係ない奴等を助け、己の大切な人を切り捨てなきゃならないんだ!

誰だってそう考える筈だよ?現に俺だって考えた。例えは母さんと同年代の人を火事場から助けた時、もし家が家事になった時に母さんは大丈夫だろうか?一人で逃げられるか?何故俺は違う世界の人を背負って走ってる?この間に母さんが火事で逃げられなくなってるかもしれない。トラックに引っかけられ、貯水池に落ちて溺れてるかもしれない。これはマジで有ったんだよ。俺が助けたけどな!その後プールで水泳も教えた。そう言えば、この年で水着何て着たくないとかごねたよなーー

「そして私も罪をおかしました。私は勇者様に懸想してしまいました。体調が優れなくぐったりしていた勇者様の看病を、私は父より言いつけられました。朦朧としている意識の中で、勇者様は私を奥様と勘違いされたのです。私の黒に近い髪色のせいでしょう。私はそれを知りながら、つい魔が差してしまいました。勇者様はずっと震えながら手を伸ばし、すがり付く様に奧さまの名を呼んでいました。私は嬉しかったと同時に空しかった。しかも後に他の3人が先に勇者様を襲ったのを聞き、私も先の者達と同様の事をしたのだと……勇者様の私への態度は、妹たちが仕出かしたことを、奥様に助けを求めていたのだと……」

親父……。朦朧とした意識の中で、母さんにすがり付きたくなるのは解る。しかしどんな状態でも、人違いはして欲しくなかったぞ。ヘタレな父さんなことだ。後で気付いて真っ青になったんだろうな。多分これも宰相の策略だろう。娘さんの気持ちと髪色が似ている事を利用し、父さんのヘタレな部分に罪悪感を植え付けたんだ。多分父さんなら、この人を捨てられない。現に今だ逃げずに留まっているのが証拠だ。宰相は良く観察してるよ。

勇者が町を歩くと、沢山の子供達が集まってくる。皆決まって勇者様格好いい!魔物沢山殺してくれて有り難う!と褒め称える。これは所謂洗脳だ。なら何故お前たちは勇者にならない?何故勇者は異世界人だと決まってるんだ?

単に英雄として祭り上げるのに適してるからだよな。だって魔王は聖剣でなくても絶対に倒せたぞ。今回は特に死霊系だったから、聖剣が役にたっただけ。つまり今回なら聖魔法を使える僧侶を沢山突撃させれば良いの。魔王には確かに知性が有る。でも人間が魔王にならぬ限り、人には到底及ばない。知性があっても、理性は無いんだ。今回の様に魔王が元人間でなければ、物理だけだっていける。だって魔王は魔物の王なんだ。ドラゴンの様に巨体でもなんでもない。少し強く統制力の有る、一国の王様と変わりがない。一度召喚勇者なしで討伐してみろ!確かに多大な犠牲は出るだろう。しかし倒せる筈だ。この世界の人間は、己たちで倒そうとした事すらない。この世界には魔法が有るんだ!まずは己らで頑張ってみろ!

まあ無理か?多大な犠牲より、召喚勇者の人生の方が安いんだろうな。でも聖剣が誰にでも使用出来る様になった。さてどうする?どちらにしろ次の魔王討伐では、召喚魔方陣自体を使わせないけどな!

つまりそう言うことだ。勇者様だって人間だ。聖人君子じゃない。なぜ他人ばかりを助けねばならない。しかしこれを疑問に感じたらお仕舞いなんだよ!だから歴代の勇者も黙って魔王の討伐に出発したのだろう。

討伐後は元の世界に帰れると信じて。

確かに俺は聞かなかった。だから宰相は言わなかったという。しかし帰れるというニュアンスは匂わせていたはずだ。なにせ歴代の勇者様は、全てが故郷に帰ったと言ったからな。しかしこの故郷がくせ者だったんだ。

嫁さんの故郷なんだってよ!殆どの勇者様は魔王討伐の褒賞金を貰い、城下町で過ごし結婚した。その後嫁の家を継ぐ為に地方へ行く。つまり嫁の故郷に帰ったと。

完璧に俺をはめたよね?

しかもね。勇者の嫁たちは地方城主の一人娘ばかり。婿を探しに城へ来ていた。年頃の姫が居ればそちらが優先だが、居ないときは勇者の嫁候補になる。まあ勇者たちも幸せだったなら構わないけど、俺は外堀埋められ絡み取られたみたいで嫌だ。

結果です。

勇者はチョロい。間違いなく宰相様はそう思ってましたよね。

そして泣きながら、馬車の中で土下座する女性。貴女も被害者だ。確かに恋心を利用されて罪をおかした。しかしもし親父が母さんと間違えなかったら?それは多分親父も理解している。だからの今なんじゃないの?

「貴女が解ってくれてるだけで嬉しいから。お願いだから土下座は止めて。宰相の娘さんが普通の思考の持ち主で良かったよ。この国では召喚勇者の人生はごみ同然だ。一人の異世界人の人生より、己の世界の沢山の命なんだろうな。まあこの先、召喚魔方陣は使わせない。魔王を発生させない努力をすべきだ。これは既に浄化の研究に入っている。間に合わなかったら俺たちがなんとかするよ。だから貴女は先代勇者を健康にしてあげて。あ!だからお料理習いに来てるの?和食は健康にも良いからお勧めだよ」

土下座する女性の両脇に、腕を差し入れ持ち上げ椅子に座らせる。大きな蒸しタオルを差し出し、みかんを渡す。

「泣き顔はタオルで治して。残念ながらプリンは食べちゃったけど、異世界産のミカンなら有るよ。こちらのミカポンとほぼ同じだけど、皮が指で向けるし、甘くてジューシーだよ。父さんも好きだったらしい」

「はい……。今でもミカポンが大好きです。寒くなるとミカポンを食べながら、コタツが欲しいとボヤキます。先日お土産におはぎを持ち帰ったら、食べながら泣いていました。今代の勇者様は食の神様だなと。だから私は宰相で有る父に言ったのです。彼をお食事処へ連れて行ってあげたいと……」

それは……。宰相も焦っただろうな。先代勇者にバレたらヤバイと思い、娘に真実を伝えた訳だ。

「父は連れ出すなら、魔力を抜く魔道具を再度装着すると言いました。それに現勇者の息子と元妻に会えば、お前と赤子など直ぐに捨てられるだろうと。私は構いません。しかしようやく全ての魔道具を外し、体調も回復してきているのです。なのにまた魔道具を何て……。ようやく赤子も抱ける様になり、初めて我が子を抱けたと泣いてたのに……」

父さん……。

俺だけでなく、他の四人も抱けなかったのか……。仕込んで直ぐに魔道具かよ!しかも実の娘を脅すとか!もしかして最近母さんの側をチョロチョロしてるのは、接触しないかと見張ってるのか?あの宰相マジ許さんぞ。鬼畜過ぎるだろうが!

貴様が勇者やりやがれ!

父さんの奥さんは、ならせめて和食を習い、料理して食べさせたいと思ったそうだ。そして今日も料理教室に来ていた。母さんは現在、ご飯の炊き方教室にのみ顔を出し、他は弟子に任せている。今日はその弟子の中にワンコがいた。ワンコの野郎が、自分は勇者のお宅でお世話になってる。今日は勇者は、採取場の見回りと狩りにいってると話していたそうだ。

それで衝動的に、俺に会いたくてやって来たと。

しかしワンコー!

俺は貴様を世話するつもりは微塵もないわ!

調子にのりおって!

甘やかした母さんが悪い!

*****

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

26番目の王子に転生しました。今生こそは健康に大地を駆け回れる身体に成りたいです。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー。男はずっと我慢の人生を歩んできた。先天的なファロー四徴症という心疾患によって、物心つく前に大手術をしなければいけなかった。手術は成功したものの、術後の遺残症や続発症により厳しい運動制限や生活習慣制限を課せられる人生だった。激しい運動どころか、体育の授業すら見学するしかなかった。大好きな犬や猫を飼いたくても、「人獣共通感染症」や怪我が怖くてペットが飼えなかった。その分勉強に打ち込み、色々な資格を散り、知識も蓄えることはできた。それでも、自分が本当に欲しいものは全て諦めなければいいけない人生だった。だが、気が付けば異世界に転生していた。代償のような異世界の人生を思いっきり楽しもうと考えながら7年の月日が過ぎて……

【第1章完】異世界スカウトマン~お望みのパーティーメンバー見つけます~

阿弥陀乃トンマージ
ファンタジー
 とある異世界……時は『大勇者時代』を迎え、右も左も、石を投げれば勇者に当たるのではないかというような社会状況であった。  その時代に乗り遅れた者、タイミングや仲間に恵まれなかった者、ただ単純に勇者に向いていない者……など様々な者たちがそこかしこでひしめき合い、有象無象から抜け出す機会を伺っていた。そういった者たちが活用するのは、『スカウト』。優秀なパーティーメンバーを広い異世界のどこからか集めてきてくれる頼れる存在である。  今宵も、生きる伝説と呼ばれた凄腕のスカウトマン、『リュート』の下に依頼者がやってくる。  新感覚異世界ファンタジー、ここに開幕!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

呪う一族の娘は呪われ壊れた家の元住人と共に

焼魚圭
ファンタジー
唐津 那雪、高校生、恋愛経験は特に無し。 メガネをかけたいかにもな非モテ少女。 そんな彼女はあるところで壊れた家を見つけ、魔力を感じた事で危機を感じて急いで家に帰って行った。 家に閉じこもるもそんな那雪を襲撃する人物、そしてその男を倒しに来た男、前原 一真と共に始める戦いの日々が幕を開ける! ※本作品はノベルアップ+にて掲載している紅魚 圭の作品の中の「魔導」のタグの付いた作品の設定や人物の名前などをある程度共有していますが、作品群としては全くの別物であります。

勇者の血を継ぐ者

エコマスク
ファンタジー
リリア本人曰く 「え? えぇ、確かに私は勇者の血を継ぐ家系よ。だけど、本家でもないし、特別な能力も無いし、あんまり自覚もないし、だいたい勇者って結構子孫を残しているんだから全部が全部能力者なんてありえないでしょ?今では酒場では勇者を名乗る人同士が殴り合いしてるって始末じゃない、私にとっては大した意味の無い事かなぁ」 伝説の勇者が魔王を倒したとされる年から百年経ち、大陸の片隅では 勇者の子孫として生まれただけで勇者らしい能力を全く引き継がなかった娘が、 王国から適当に国認定勇者に指定され、 これから勇者っぽい事を始めようとしていた…

処理中です...