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第十三章(最終章)

第209話 ふぃなーれ

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○増田 蘭
 思い切って髪を切った。『失恋したから』なんて古風な女じゃないけど、そうする事で過去の嫌な思い出を忘れられる様な気がしただけだ……。

 魔界から帰ってからは目が回る程の忙しさで、個人的な悩みなんて考える暇も無かったけれども、一段落してふと独りになったりすると、楽しい事よりも辛くて悲しい事ばかりが思い出されて涙を流してしまう事もある。

 悲しい事の筆頭は失恋した事だが、それはなんとか吹っ切れた。
 次に悲しい事は油小路が死んだ事によって、『恐怖エナジー』の引き取り手が無くなり、祖父が無職になってしまった事だ。
 
 もともと社会性皆無のお爺ちゃんがまともに社会復帰出来る見通しはゼロで、妹の凛の受験費用等も考慮して、私は高校を中途退学して働く事も視野に入れていた。

 しかし、まぁ有り難い事に『捨てる神あれば拾う神あり』という諺もある様に、救いの手も複数差し伸べられていた。
 一つは『ウタマロん』の技術に目を付けた大豪院重工によってウタマロんを高額で買い取ってもらえる事になった。
 
 次に近藤先輩達がアンコクミナゴロシ王国に帰還するに当たって、爺ちゃんの怪人製造の技術を見込んで「王国に連れて行きたい」と言い出した事だ。
 何でも次に別の魔王に侵攻された場合に、国民兵ではなく怪人の軍団で立ち向かう構想らしい。
 
 ジジィの事だから怪人を率いて反乱する可能性も十分に考えられるが、その辺も折り込み済みで勧誘しているらしいので、思い切って近藤先輩に万事お任せしてジジィを預ける事にした。
 …今のところ大人しく仕事をしているらしいとは伝え聞いている。

 そして私は今、大豪院家のメイドとしてアルバイトをしている。これはウタマロんと同様に改造人間である私を研究したいという申し出を受けて、メイドとしての仕事と覇皇帝かいざあくんの訓練相手として週に何度か手合わせする仕事を与えられた。
 本当はさっさと改造人間なぞ辞めて真っ当に女子高生として生きたいのだが、時給はかなり良いし、運命はなかなかそれを許してくれないらしい……。

 ☆
 
 ある日、つばめちゃんとお昼を一緒に食べようと思い、昼休みにC組に行った。
 教室の中を覗き込んだ瞬間に、外に出ようとした男子とぶつかってしまう。

「おっと、ゴメン。うちに何か用かな?」

 沖田くんだった……。
 
 もう彼への恋心は捨てたはずなのに、急に現れた事と相まってドキドキが止まらない。

「あ、あの、つばめちゃんは居ますか…?」

「あぁ、つばめなら購買にパンを買いに走って行ったよ。すぐに戻ってくるんじゃないかな? あれ…? 君とはどこかで会わなかったっけ…?」

 沖田くんが『つばめ』と呼び捨てにしている所が嬉しいけど辛い。もし彼がここで「つばめちゃん」と呼んでいたなら、私も「ウマナミ改ですよ、お久しぶりです」と答えていたかも知れない……。
 なんて自分の邪心を笑って打ち消す。もうつばめちゃんを裏切る様な事は絶対にしない。そう心に誓ったのだから……。

「いえ、初めてだと思います。私はつばめちゃんの友達の『増田 蘭』っていいます。……」



 ☆☆☆☆☆☆
 


○芹沢 つばめ
 わたしの名前は『芹沢つばめ』。私立瓢箪岳高校1年C組、沖田 彰馬くんていう彼ピ出来たて、幸せいっぱいの女の子!

 わたしは普段『魔法奉仕同好会』、通称『マジボラ』で街中の困った人を助ける活動をしているんだ。
 
 前の部長さんの頃は本当に魔法を使って人を助けたり悪者と戦ったりしていたのだけれども、悪者も消え去って平和になった世の中では、魔法も使わずに至って普通のボランティアクラブとして活動している。
 
 以前と比べて刺激は少ないけど、その分危険も少ないから『まぁこんなもんかな』って気分で日々を過ごしている。

 あ、ねぇ聞いて! 実は最近良い事があったの。
 いきなりだけどわたしって普通の人間じゃないのよ。魔法の使いすぎで魔法王国っていう異世界の人達の体質に限りなく近くなっちゃったのね。
 
 目や髪の色が変わって、普通の人間との間では子供が作れなくなってしまう、なんて症状が出る訳。
 最初は悲しくて悲しくて、このままじゃ好きな男の子と結ばれても『愛の結晶』が生まれて来ない事になる。泣いて悩んで苦しんで、結局彼を助ける為に人間を辞めた。

 もう、どうしようも無い事だと完全に諦めていた……。

 でもねでもね、保健の不二子先生が言うには「半分魔族になった沖田君の遺伝子もかなり変質していて、普通の人間とは合致していない。むしろ魔法王国の人間の物に近い」って話なの。

 これってひょっとしたらひょっとして、わたしと彰馬くんとの間ならワンチャン『愛の結晶』が望めるかも知れないって事だよね? その可能性が高いって事だよね? ね? ね?

 …えっと、そりゃまだ『愛の結晶』どころか、キスすらもまだ出来てないんだけど、いつかは、ね……。
 
 という訳で、わたしは今、わたしが思っていた以上に元気に幸せに暮らしています!

 ☆

「やっば~い、遅刻だよ~!」

 毎朝の事で申し訳ないけど、わたしは走っていた。もう暴走ドライバーに狙われる事も無いし、運が良ければ同じく走ってくる彰馬くんとも会えたりする。

 ほら、そこの角を曲がればきっと彰馬くんも走って……。

 ガツン!

 あ痛~っ、何か硬い物にぶつかってしまった。めっちゃ鼻打ったよ鼻。鼻血出てたりしないかなこれ…?
 大体何でこんな所に物を置いて… 無いね。何にも無いね…? でも何か触れる感触があるよ…? 物凄く嫌な予感がするよ…?

「待ってたわよつばめ。アンタの助けが必要なの、さぁ行くわよ!」

 壁の影から現れたのは青い服を着た魔法熟女… 異世界に帰って行ったはずの近藤先輩だった。
 きっと空気中に舞う目に見えない塵や埃を『固定』して、わたしの前に壁を作ったのだろう。
 
 彼女は答えも待たずにわたしの腕を掴んで《転移門ゲート》へ連れ込もうとする。

「待って下さいよ! 事情も言わずに拉致とか駄目ですって… あーっ!」

「事情は後でゆっくり話して上げるわよ。四の五の言わずにとっとと来なさい!」

 わたしのすぐ目の前には不気味な《転移門ゲート》が口を開けている。
 ここを通った先にはまた碌でもない事件が待ち構えているに違いない。

 せっかく幸せを掴んだと思ったのに、こんなのあんまりだ! 不幸すぎる! 責任者さくしゃ出てこい!!

 わたしの青春どうなっちゃうの~っ??!!
         
                     ―完―
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