上 下
205 / 209
第十三章(最終章)

第205話 きかん

しおりを挟む
「ね、あの光の柱、野々村の光じゃないかな?」

 見覚えのある光につばめが蘭に顔を向け確認を求める。

「う、うん… どうだろう…?」

 蘭は未だに居心地の悪い思いをしていた。つばめとの勝負に敗れ、颯爽と去ってこの世から消えようとしてすらいた所を秒でアグエラに連れ戻されたのだから、バツが悪いにも程がある。

「アグエラさん! きっとあの光の下にみんな居ると思います。あそこに飛べますか?」

「OK、見えている所なら朝飯前よ…」

 つばめの提案にアグエラもしたり顔で応える。
 アグエラが空中に手で紋様を描く仕草をして2、3の言葉を唱えたら、ぼんやりとそこに《転移門ゲート》が出現した。
 
 最初にアグエラが入り次に沖田が入る。つばめが入ろうとするタイミングで、自分も入って良いものか未だ逡巡している蘭の方を振り向き、ニコリと笑って手を差し伸べた。

「蘭ちゃん、一緒に帰ろう!」

 蘭はつばめの笑顔を直視出来ない。そんな風に手を差し出される資格なぞ無いと分かっている。
 新しい蘭の『人生を仕切り直す』という話は、友人関係も全てリセットしてという意味でもある。蘭は別の高校に転校して、つばめや沖田とも物理的に距離を取るつもりでいたのだ。

『今回の件、もしも立場が逆だったら私は絶対につばめちゃんを許せない。それなのに、何故つばめちゃんは酷い事をしてきた私にそんな顔が出来るの? 手を伸ばせるの? バカなの? ……それとも天使とか神様なの?』

 蘭の頭もまとまらない。つばめの事は変わらず好きだが、もう馴れ合って友達づら出来る間柄では無いと思っていた。もう二度と親しい会話など交わせる日は来ないだろう、それほどまでにつばめの恨みを買ったと覚悟していた。

 だがしかし、つばめは屈託のない笑顔で蘭に「帰ろう」と手を伸ばした。まるで何事も無かったかのように……。

『本当に私の完敗だ… つばめちゃんは私なんかの器で測れる様な子じゃ無かったよ…』

 蘭は完全に脱力しきって疲れ果てた様な笑顔を浮かべ、「うんっ!」とつばめの手を握り返した。

 ☆

「ようやく来たわね。アタシを待たせるとか後で折檻決定ね! …それでカタは着いたの…?」

 つばめを迎えた睦美が懐かしい感じで悪態をつく。睦美への回答には、つばめと沖田が手を繋いで現れた事で一目瞭然であった。次いで現れた蘭の表情も予想していた程に深刻な物ではなかった事に、睦美だけでなく(大豪院を除く)他の面々も安堵の表情を覗かせた。

「ちょっと良いかしら…?」

 全員集合し『さぁ帰るか』となったタイミングでアグエラが挙手する。何か言いたい事があるらしい。

「この転移の輪に私達『淫魔部隊』も入れてもらって平気なの? もし向こうで魔族狩りに遭うとかなら少し考えないと…」

 アグエラの注意に淫魔部隊の顔色が一斉に曇る。地獄を抜けた先でまた別の地獄に見舞われるのであれば、そもそも睦美の作った《転移門ゲート》を抜けない方が良い。
 たった今、《転移門ゲート》の魔法で魔力を使い切っているアグエラが次の《転移門ゲート》を開ける様になるまでに、世界が崩壊せずに間に合えば、の話だが。

「アンタ達の処遇は後で考えてやるから、今はさっさとこの中に入りなさい。少なくとも後ろからいきなり襲う様な事はしないわよ」

 睦美の言葉もにわかには信じ難いものがあるが、今この場に残っても待っているのは『確実な死』だけである。
 《転移門ゲート》を抜けた先で『不確実な死』が待っていたとしても、現状よりはまだマシな話だろう。

「…感謝するわ。行くわよアンタ達」

 アグエラを筆頭に次々と淫魔部隊の面々が《転移門ゲート》の奥に消えて行く。

「えーと、私も乗っかって良いんですよね? 残されたら死んじゃうし…」

 お次の議題提供はユリである。ユリは現代日本から転生転移してきた人物であるが、そもそも転生した世界がここ魔王ギルの世界ではない。
 魔王デムスの世界の住人であったユリが、マジボラと合流した淫魔部隊を監視する為に同行してきたのである。

 当初は明確に淫魔部隊への敵意を見せていたユリだったが、ギルの世界に来て淫魔部隊と寝食を共にしてきた事で、若干彼女らへの棘は丸くなった様にも思えた。
 もしこのまま転移してアグエラ達を「もう用済みだ」とばかりに襲いかかる可能性が最も高いのはユリであるのだが……。

の世界でゴタゴタ起こさないって約束できるなら良いわよ?」

「約束しますよぉ、アグエラ達もこれ以上悪さをしないなら見逃すから…」

 手を合わせて赤べこ人形の様にコクコクと頷くユリの懇願に、指でOKマークを作る睦美。ユリはほっとした表情を浮かべて《転移門ゲート》に入っていった。

 次いで御影、久子、野々村、鍬形が《転移門ゲート》に入り、蘭の番となった。

「何か言いたい事はあるかしら…?」

「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした…」

 蘭は睦美にゆっくりと、そして深々と頭を下げた。睦美は蘭の裁定は始めからつばめに任せるつもりだったので、つばめの方へ目を遣る。
 つばめも睦美の思惑を分かっているようで、ニッコリと笑って大きく頷いた。

「…行きなさい」

 つばめの裁定に従い、睦美は蘭を《転移門ゲート》へ通した。蘭は再度頭を下げて《転移門ゲート》の奥へと消えて行く。

「さて、つばめアンタ達はリア充罪で居残り決定ね。達者で暮らしなさい」

「今そんなボケ要らねぇんですよ! コントにもTPOを考えて下さい!!」

 つばめ達を残して《転移門ゲート》に入ろうと背を向けた睦美に、つばめの激しいツッコミが炸裂する。
 プンスコと睦美を無視してつばめは沖田を引っ張る様に《転移門ゲート》へと消えて行く。

『つばめ、強くなったわねぇ… 何かやりにくいわ…』

 つばめ達を見送った睦美はつまらなそうに口を尖らせていた。

「…………」

「アンタにも世話になったわね。アンタのお陰で魔王も倒せたし、お兄様にも会えた…」

 最後に残った大豪院にしみじみ語る睦美。だが大豪院は睦美を無視して後方を気にしていた。

「…どしたの?」

「いや、まだ何かありそうでな…」

 大豪院は周囲を見回して、まだ見ぬ何かを警戒する素振りを見せる。

「ちょっと、不吉なこと言うのやめて。フラグ立ったらどうすんのよ? さっさと帰るわよ」

 睦美の言葉に促される様に、大豪院も憂いを払って《転移門ゲート》に入って行った。

 睦美は最後に崩れゆく魔王ギルの世界を目に焼き付ける。極めて危険な作戦にも関わらず完全にやり遂げた。しかも誰も死なせずにだ。

 束の間の勝利の余韻を味わった睦美は、鼻でフッと笑って《転移門ゲート》に消える。睦美に続いて近衛のアンドレが殿しんがりとして帰還の途に着いた。

 睦美らの去った後、彼らの居た場所のすぐ近くにあったはずのてのひらサイズの水溜まりが、いつの間にか無くなっていた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし〜

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

伯爵家の次男に転生しましたが、10歳で当主になってしまいました

竹桜
ファンタジー
 自動運転の試験車両に轢かれて、死んでしまった主人公は異世界のランガン伯爵家の次男に転生した。  転生後の生活は順調そのものだった。  だが、プライドだけ高い兄が愚かな行為をしてしまった。  その結果、主人公の両親は当主の座を追われ、主人公が10歳で当主になってしまった。  これは10歳で当主になってしまった者の物語だ。

処理中です...