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第十三章(最終章)

第202話 おにごっこ

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 魔王城の中庭はおよそ25m四方の正方形、魔王に奪われる前は練兵場として使われていた様だが、ギルが占拠してからは彼の筋トレ場として機能していたようだ。

 今その場では、少女2人の『恋のバトル決勝戦』が、しめやかに行なわれていた。
 種目は『鬼ごっこ』、制限時間内にわずかでも蘭に触れられればつばめの勝ち、というルールである。
 
 そしてこのゲームの敗者は『沖田を諦める』事が条件となる。つばめも蘭も共に『人で在る』事を捨ててまで、沖田の為に魔界までやってきて散々苦しんできたのだから、簡単に諦める訳にはいかない。
 この勝負を捨てる事は命を捨てる事に等しい、2人の意識はそこまで煮詰まっていたと言える。

「はっ! やっ! たぁっ!」
 
 気合だけは威勢が良いが、つばめの手は全く蘭には届かない。蘭はそもそも素の身体能力の高さに加えて、改造手術によってゴリラの筋力と瞬発力を有している。
 
 つばめも魔法少女に変態してはいるが、その身体能力は『女子アスリート並』でとどまっており、改造人間である蘭とは比べるべくも無い上に、頻発する地震に足を取られてまっすぐ走る事も覚束ない。

『沖田くんを逃がすなら、これ以上時間は掛けられない。残された時間はせいぜいあと3分、つばめちゃんは始まって1分も経たないうちから息が上がっている… なんとか諦めてくれないかな…?』

 蘭もつばめのしぶとい性格をよく理解している。それが故に対処法も分かっている。
 距離を詰めて飛びかかるつばめに対して、蘭は直前で回避するだけの動きで済ませていた。
 
 蘭も始めのうちは余裕のある距離で対応していたが、1分もやってつばめがバテバテになる頃にはつばめの動きを完全に見切って、正確にセンチメートル単位の間合いでつばめからの攻撃を回避して見せていたのだ。

「負ける… もんかぁっ!」

 それでも馬鹿の一つ覚えの様に突撃を繰り返すつばめ。もう少し知恵を使えば対策の一つも立てられそうな物なのだが、今のつばめにそこまでの心の余裕を求めるのは到底無理な話であった。

 ☆

「まさかつばめちゃんが『ピンクの魔法少女』だったなんて… 御影の言っていたのはこの事だったのか… だとしたら俺はなんて馬鹿な男なんだろう…?」

 つばめの変態を目の当たりにした沖田も混乱から覚められずにいた。自分が振ったはずの少女が実は自分の想い人だったとは… それを知らずに何度もつばめを傷つけてしまった事に、つばめに顔向けできない気持ちで一杯になる。

 更に沖田には理解し難い事がある。

「そもそも何でカイちゃんとつばめちゃんが争っているんだ? もう魔王は倒したんじゃないのか…?」

 沖田の疑問に応えたのはこれまで敢えて無言で通してきたアグエラであった。彼女は自分が『部外者』である事をわきまえて口を出すことをしなかった。
 ただ沖田のあまりのデリカシーの無さに堪忍袋の緒が切れて、思わず口を挟んでしまった、といった感じである。

「事情が分からないなら分からないで良いから、キミは勝った方を思い切り抱きしめて上げなさい」

「は…? え…? ていうかオバサン誰ですか…?」

 今まで沖田の眼中にも入ってなかった事にアグエラのプライドは痛く傷ついた。
 淫魔部隊のおさとして『この男を虜にして骨抜きにする』為につばめと蘭の両者を倒して戦利品を横取りしてしまおうかとも考える。

 まぁ後からユリとか睦美とかにお仕置きされるのも嫌なので、アグエラは参戦を取り止め蟀谷こめかみを引きつらせながら「私はアグエラよ。宜しくね…」とだけ返答した。

 ☆

「はぁ… はぁ… はぁ…」

「つばめちゃん、もうやめましょう。私はあと1時間でも動き続ける事が出来るよ? つばめちゃんは息をするのも苦しそうだけど、あと何分動けそう?」

 疲労困憊のつばめと余裕綽々の蘭、その対比は圧倒的だ。蘭の言う通りつばめの息は上がり、目の焦点すらもブレ始めている。それでも電池の切れかけた玩具の様に無様に蘭を追いかけて掴もうとしてくる。

「うるさいなぁ… わたしは… 諦めない…! 例え沖田くんに嫌われても… ここで投げたら、今までが全部無駄になるもんっ!!」

「それは沖田くんを犠牲にしてまで貫く意味があるの?! わがままも大概にしなよ!!」

「うるっ、さぁい!!」

 つばめは最後の力を振り絞って蘭に飛びかかる。しかし蘭はまたしてもつばめの動きを見切って、闘牛士マタドールが荒牛をあしらう様に最小の動きで回避して見せた。

 つばめは勢い余って転倒し、もはや立ち上がる気力すら無さそうにゼェゼェと荒い息を吐いていた。
 蘭はうつ伏せに倒れているつばめの傍に立ち、悲しげな瞳をつばめに向けた。

「もう終わりだよ。そろそろ動かないと避難する時間も無くなる。もう立ち上がる力も残ってないでしょ…? ごめんね、私の勝ちだよ…」

 つばめは荒い息のまま答えない。立ち上がろうと手を動かすが、砂を掴むだけで全く力が入っていないのは傍目からでも見て取れた。

「まだ…」

 それは意地だけで発したと思われるつばめの呟き。
 指先しか動かせない状態でも諦めないその精神は、他人事であれば感動を誘う姿であろうが、当事者の蘭からすれば苛立ちしか催さなかった。

「もう無理だよ、諦めなよ! つばめちゃんの根性は認めるよ? でも勝負は私の勝ち! もう行かないと沖田くんも私達も助からないの分かってるでしょ?!」

 蘭は倒れ伏すつばめの頭の横にしゃがみ込み、どうすればつばめが諦めてくれるのかを一生懸命に思案している。
 つばめは顔を上げる体力すら尽きた様で、掴んだ砂を虚しく握りしめていた。
 
「その手に掴んでいる砂を投げようとしても無駄だからね… バイザーしている私の目には砂は入らないし、つばめちゃんがどれだけ速く動いても私には触れない…」

「こっ、これがっ、最後の、根性~っ!!」

 うつ伏せに倒れていたつばめが、声と同時に両手をついて上半身を起こす。歯を食いしばり、砂だらけ埃塗れの汚れた顔を蘭に向ける。
 つばめの両手両足は地面に付いている。手を伸ばせば届く距離に蘭はいるが、つばめには手も足も、舌さえも伸ばせる物はもう無かった。

 はずであった……。

 次の瞬間、つばめの頭から伸びた白い物体が蘭の体に接触していたのだ。
 その正体は、つばめのアホ毛を縛るシュシュに模した、変態バンドに宿った謎の生命体、プリアだった。

「わたしの、勝ちぃぃぃっ!!」

 魔王城の中庭に雷鳴と地震の振動に紛れて、そのまま仰向けに倒れ込んだつばめの勝利の雄叫びが小さく響いた。
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