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第十三章(最終章)

第192話 おもいびと

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「ちょっ、沖田くんなに言ってんの?」

 思わずツッコミを入れてきたのは御影である。人間を辞める決死の覚悟でここまでやって来て、真摯な想いを伝えたつばめに対する答えが「他に好きな女がいる」では、沖田も人の心が無いにも程がある。

「…いいんだよ御影くん。わたしは逆に嬉しいんだよ? だって前は『恋心』そのものが分からないって言ってた沖田くんが恋をした。それは今まで分かってもらえなかったわたしの心が、今の沖田くんには分かってもらえる、という事だから」

 対してつばめはとても穏やかな顔をしていた。つばめは以前沖田に告白して振られている。それは『恋愛という物がわからないから』という理由であった。
 そして今、『恋愛』を理解した沖田ならば、つばめの想いを理解する事も可能だろう。

 もちろん沖田の愛は恐らくはつばめとは別の女性に向いている。だが沖田が愛を知った事がつばめには嬉しかったのだ。
 それに前回の告白の時につばめは「いつか沖田くんが恋を知った時に、沖田くんとその女の間にズカズカと乗り込んでくる女がこのつばめちゃんなのです!」と宣言している。

 全くの脈無しから、攻め方次第では本懐を遂げる事が可能な所まで事態が動いたのだ。つばめにはそれが堪らなく嬉しかった。

「それはそれとして沖田くんのハートを射止めた羨ましい女は誰なの? 時間的に魔界ここに攫われてきてからの関係だよね? はっ?! もしかして…」

 沖田の想い人を聞き出そうとしたつばめだったが、その質問の途中で沖田の答えを聞く事なく自ら答えを引き当ててしまった。つばめの告白が断られてから今に至るまでの期間で沖田に恋愛感情を蜂起させるほどに接していた女性と言えば……。

『蘭ちゃんしかいないじゃん…』

 魔界で沖田と蘭がどの様な生活をしていたのかはつばめは知らない。だが蘭が恒常的に沖田の前で露出の多いウマナミ改の姿でいたのであれば、以前不二子の前で見せたように『決して女体に興味が無いわけではない』沖田の心を掴んでしまった可能性は決して低くはないだろう。

 つばめの心に初めて黒い嫉妬の炎が燃える。蘭はサッカー部に別に好きな男がいたはずではないのか? それなのに沖田を体で誘惑するなんて、と裏切られた気分になる。
 況してや先程、蘭が転移で消える直前に「大事な話がある」と言い残している。沖田の事と考えたら全ての辻褄は合うのだ。

『酷いよ蘭ちゃん… 沖田くんはわたしが先に好きになったのに横取りするの…? 親友だと思っていたのに… 女の友情ってやっぱりそんな物なの…?』

 いささか心のすれ違いはあるものの、概ね状況を正確に理解したつばめは蘭との決着の意志を新たにする。

「状況は大体わかった。今はとにかく蘭ちゃんを追い掛けて牢の鍵を渡してもらおう。沖田くん、必ず戻るから、それまで待っててね…」

 つばめはアグエラに目で合図をする。『ここでの用事は済んだから睦美らと合流するぞ』という事だ。
 ここからまた魔王城を抜けて徒歩で帰るのは現実的ではない。それを了解しているアグエラは、黙って転移門を作成した。

 つばめは沖田を振り返る事なく転移門に踏み込み姿を消す。続いてアグエラが、最後に御影が門に入ろうとした時に沖田が声を掛けてきた。

「な、なぁ御影! お前も魔法少女なんだろ? お前は『ピンクの魔法少女』の事を何か知らないか…?」

「その娘が何なのさ…?」

 冒頭の会話から御影は沖田に対しての信頼度が下がっている。対応が冷たいのは致し方ない話であった。

「何かつばめちゃんは1人で納得して行っちゃったけど、俺の好きな子はカイちゃんじゃなくて『ピンクの魔法少女』なんだよ… 話をしたことも無いし、名前も知らない。怪我して気を失っていたから顔も薄っすらとしか覚えていない… でも命の恩人なんだよ! 同じ魔法少女の御影おまえなら何か知っているんじゃないのか?!」

 沖田の衝撃の告白に、御影は虚を突かれた様に一瞬呆けてしまう。そして何かを考える顔をして、おもむろに「ジャズ歌手シャンソン歌手…」と唱え指をパチンと鳴らした。
 次の瞬間、長身で緑色のボーイッシュな服を着た魔法少女フリーダムフローラルは、ピンクのフリルドレスにピンクのボブヘア、深く紅い瞳を持った魔法少女マジカルスワローの姿へと変わっていた。

「そう! その娘だよ!! 知っているんだな? 頼む、彼女の事を教えてくれ…」

 沖田の反応に御影はとても楽しそうに顔を歪めた。そして誰に向けるでもなく「うんうんそうかそうか」と何度も1人で頷いて、沖田を正面から見据えた。

「知ってるけど今は教えられないかな? 多分近いうちに会えると思うから、その時に本人に聞くといいよ!」

 それだけ言い残して御影も転移門の渦の中へ飛び込んで行った。

 ☆

 つばめ達が転移してきたのは魔王城の手前、アグエラの部下であるエトが偵察してきた地点である。ここから睦美らと合流するには暗い山道を登って行くしかない。

「御影くん、何かあったの? 遅かったけど…」

 遅れて帰ってきた御影を心配するつばめ。対して御影も笑顔で応える。

「なんでもないよ。沖田くんと『つばめちゃんは可愛いよね』って話をしていただけ」

「は…?」

 御影と沖田でその様な会話にはならない事をつばめはよく知っている。御影の含みのある笑顔がいかにも怪しい。怪しいのは確かだが、つばめには御影を追求出来るネタも時間も持ち合わせてはいなかった。

「まぁそのうち分かるよ。つばめちゃんが凄い子だっていう話をしていたのは本当だよ?」

「…………???」

 混乱するつばめを今度はアグエラが後ろから抱きしめた。

「あたしも何か感動しちゃった。あそこまで立派に啖呵切れる女って女から見ても惚れるわぁ。ね、精気を貰う相手さぁ、彼じゃなくて貴女でも良いかしら…?」

「えっ?! ちょっ!」

 つばめが質問に答える前に、アグエラはつばめの体を回転させ自分と正対させる。
 そのままつばめの顔に手を添えて、有無を言わせずにつばめのファーストキスを奪ってしまった。
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