上 下
179 / 209
第十三章(最終章)

第179話 くすり

しおりを挟む
「えぇっ? じゃああのウマナミさんの正体って蘭ちゃんだったんですか?!」

 つばめの素っ頓狂な声が広い居間に響いた。
 ユリに蹴散らされた魔族達が去り、無人となった森の奥の屋敷。かつて蘭と沖田が監禁されていた建物を仮の拠点として、つばめ達は物資の補給と同時に蘭や沖田の手がかりをを求めて探しを行っていた。

「えぇそう。ゴリ子は悪の組織の幹部で改造人間よ。車に轢かれたのに翌日あっさり回復したのは、蘭の祖父であるプロフェッサー悪川にゴリラパワーを移植改造されたからよ」

 そう、蘭と睦美との間には密約があった。それは『悪の幹部や改造人間である事をつばめに秘密にする代わりに、シン悪川興業の情報をマジボラにリークする』という物であった。
 
 戦いの舞台が魔界に移った以上、今更シン悪川興業の情報などに何の価値もない。そして恐らくは沖田を人質に取られている故であろうが、現在蘭はマジボラに対し敵対的な立場にいる。
 
 ならばもはや蘭との取り決めに従う義理は無いと判断した睦美は、まるで今までの鬱憤を晴らすかの様に、『親友であるつばめだけには知られたくない』はずの蘭の個人情報を当のつばめにペラペラと喋っていた。
 
「……」

 あまりの情報量の多さに、つばめも全てを消化しきれずに呆けた顔で黙りこんでしまう。

『蘭ちゃんが悪の幹部で改造人間だったなんて… 確かに思い返してみれば蘭ちゃんの挙動に変な所はたくさんあった… でも… それでも私達と過ごした時の明るくて頼りになる蘭ちゃんが、沖田くんを助けると宣言した時の蘭ちゃんの言葉が演技だったとは思えない…』

 つばめは蘭が沖田に懸想している事を知らないし、予想してすらいない。だから蘭が「沖田を助ける」と言った時も、純粋に蘭がつばめの為に動いているのだと信じて疑う事は無かった。

 それならば蘭が単独先行して魔界に出向けたのも、シン悪川興業絡みの人脈 (?)を使えば可能であろうし、その心当たりがあったからこそ、目の前でみすみす沖田を誘拐された罪悪感から暴走したのも頷ける。
 だがしかし、それだけでは納得し得ぬ違和感をつばめは感じていた。

 沖田を拐った油小路ユニテソリの後を追って来た世界に、蘭と恐らくは沖田がいる。
 蘭が単独でここまで来れた以上、シン悪川興業と魔族のユニテソリの間にはかねてからの親交があったのだろう。組織の幹部である蘭も誘拐犯である油小路と全くの他人では無かったはずだ。

 それなのに『沖田はユニテソリに拐われた』と睦美は言っていた。それも大豪院とつばめを釣る餌とする為に。
 敵の幹部がこちらの人間関係を知っていないと出来ない芸当であるが、それをリークしたのが蘭であるならば理解出来ない話では無い。

『きっと蘭ちゃんも何かの手違いで沖田くんを拐われちゃって慌てていたんだろう。それで沖田くんを人質に取られて無理やりユリさんと… やっぱり蘭ちゃんも苦しんで戦っているんだよね…』

 そこまで考えて、つばめもかねてからの思っていた事を口にする。
 
「あの、魔王の目的って大豪院くんを殺す事なんですよね? このまま大豪院くんが元気なのをバレない様にしておけば、もしかしてお願いすれば沖田くんを返してくれたりしませんかね…?」

「難しいと思うわよ?」

 つばめの平和的解決策を瞬時に否定したのは、元魔王軍の幹部アグエラだった。

「今後の活動の為に食料を補給しようと思って調理場に行ったんだけど、そこでこんな物を見つけたわ」

 アグエラは何やら粉末状の薬剤が入っていると思われる小瓶を睦美に投げて寄越した。
 瓶のラベルには何やら注意書きが書かれていたが、異界の言葉である様でつばめにはさっぱり意味が分からなかった。

「『魔族化変質薬』…? 何これ?」

 睦美にも薬の中身への知識は無さそうだ。アグエラは『そんな事も知らないの?』とでも言いたげに鼻を鳴らす。

「元々は人間が政敵や他国の奴隷を『ヒトならざる物』に貶める為に作られた魔法薬ね。今では魔族軍が殺すには勿体ない有能な人間を魔族に変えて仲間に引き入れる為に使われるわ。主に食事に混ぜて長い時間を掛けて変質させていくの」

 アグエラの話を聞いてつばめの顔が青ざめる。

「え? そんなの摂取してたら沖田くんや蘭ちゃんは…?」

「ええ、いずれは身も心も魔族に成り変わってしまうの。ユニテソリが何の目的でそんな真似をするのかまでは分からないけど、あいつに限って善意でやっているってのは100%無いでしょうね。たとえ魔王と交渉しても帰ってくるのは、魔族として角や尻尾の生えた沖田くんである可能性が高いわ…」

「そんな…」

 絶望のあまりその場にへたり込むつばめ。せっかく助けに来たのに、肝心の沖田が化け物になってしまっては元も子もないではないか。
 
 それに蘭はその様な薬が使われているのを知っているのだろうか? 知っていて魔族に協力しているのなら蘭の目的は何なのだろうか? 様々な疑問が頭の中を駆け巡り、つばめはすっかり混乱してしまう。

「もし沖田かれを助けたいのであれば、早急に動く必要があるわよ?」

 淡々と話すアグエラだが、そこまで言って視線を宙に泳がせる。何かを思案している様に見えた。
 
「そこまで言うなら何か考えがあるみたいね。聞かせてちょうだい」

 睦美の要請にアグエラは今少し思案を重ねた上で口を開く。

「恐らくは彼を閉じ込めている魔王の居城、そこに侵入してその沖田くんって男の子を救い出す、それしか無いわ。別に無理に魔王やユニテソリを倒す必要も無いし、その手段も無いでしょうしね…」

 アグエラの視線が曇る。魔王や油小路に対しては実力が違いすぎてアグエラでは有効打がゼロのままであり、どうやら意趣返しは出来そうに無いという無念が顔に表れていた。

 恐らく次のミッションは潜入探索になりそうである。各々が無言のままで潜入の人選や作戦を頭の中で練っていた時に、不意につばめ達の隣室でユリが声を上げた。

「きゃーっ! みんな見て見て! こんなの見つけちゃった!!」

 嬉しそうに寝室から居間に入ってきたユリが手にしていたのは、油小路の部下が補給物資として持ち込んできた避妊具であった……。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで

ひーにゃん
ファンタジー
 誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。  運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……  与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。  だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。  これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。  冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。  よろしくお願いします。  この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

学園首席の私は魔力を奪われて婚約破棄されたけど、借り物の魔力でいつまで調子に乗っているつもり?

今川幸乃
ファンタジー
下級貴族の生まれながら魔法の練習に励み、貴族の子女が集まるデルフィーラ学園に首席入学を果たしたレミリア。 しかし進級試験の際に彼女の実力を嫉妬したシルヴィアの呪いで魔力を奪われ、婚約者であったオルクには婚約破棄されてしまう。 が、そんな彼女を助けてくれたのはアルフというミステリアスなクラスメイトであった。 レミリアはアルフとともに呪いを解き、シルヴィアへの復讐を行うことを決意する。 レミリアの魔力を奪ったシルヴィアは調子に乗っていたが、全校生徒の前で魔法を披露する際に魔力を奪い返され、醜態を晒すことになってしまう。 ※3/6~ プチ改稿中

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

夢の中でもう一人のオレに丸投げされたがそこは宇宙生物の撃退に刀が重宝されている平行世界だった

竹井ゴールド
キャラ文芸
 オレこと柊(ひいらぎ)誠(まこと)は夢の中でもう一人のオレに泣き付かれて、余りの泣き言にうんざりして同意するとーー  平行世界のオレと入れ替わってしまった。  平行世界は宇宙より外敵宇宙生物、通称、コスモアネモニー(宇宙イソギンチャク)が跋扈する世界で、その対策として日本刀が重宝されており、剣道の実力、今(いま)総司のオレにとってはかなり楽しい世界だった。

処理中です...