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第十三章(最終章)
第179話 くすり
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「えぇっ? じゃああのウマナミさんの正体って蘭ちゃんだったんですか?!」
つばめの素っ頓狂な声が広い居間に響いた。
ユリに蹴散らされた魔族達が去り、無人となった森の奥の屋敷。かつて蘭と沖田が監禁されていた建物を仮の拠点として、つばめ達は物資の補給と同時に蘭や沖田の手がかりをを求めて家探しを行っていた。
「えぇそう。蘭は悪の組織の幹部で改造人間よ。車に轢かれたのに翌日あっさり回復したのは、蘭の祖父であるプロフェッサー悪川にゴリラパワーを移植改造されたからよ」
そう、蘭と睦美との間には密約があった。それは『悪の幹部や改造人間である事をつばめに秘密にする代わりに、シン悪川興業の情報をマジボラにリークする』という物であった。
戦いの舞台が魔界に移った以上、今更シン悪川興業の情報などに何の価値もない。そして恐らくは沖田を人質に取られている故であろうが、現在蘭はマジボラに対し敵対的な立場にいる。
ならばもはや蘭との取り決めに従う義理は無いと判断した睦美は、まるで今までの鬱憤を晴らすかの様に、『親友であるつばめだけには知られたくない』はずの蘭の個人情報を当のつばめにペラペラと喋っていた。
「……」
あまりの情報量の多さに、つばめも全てを消化しきれずに呆けた顔で黙りこんでしまう。
『蘭ちゃんが悪の幹部で改造人間だったなんて… 確かに思い返してみれば蘭ちゃんの挙動に変な所はたくさんあった… でも… それでも私達と過ごした時の明るくて頼りになる蘭ちゃんが、沖田くんを助けると宣言した時の蘭ちゃんの言葉が演技だったとは思えない…』
つばめは蘭が沖田に懸想している事を知らないし、予想してすらいない。だから蘭が「沖田を助ける」と言った時も、純粋に蘭がつばめの為に動いているのだと信じて疑う事は無かった。
それならば蘭が単独先行して魔界に出向けたのも、シン悪川興業絡みの人脈 (?)を使えば可能であろうし、その心当たりがあったからこそ、目の前でみすみす沖田を誘拐された罪悪感から暴走したのも頷ける。
だがしかし、それだけでは納得し得ぬ違和感をつばめは感じていた。
沖田を拐った油小路の後を追って来た世界に、蘭と恐らくは沖田がいる。
蘭が単独でここまで来れた以上、シン悪川興業と魔族のユニテソリの間にはかねてからの親交があったのだろう。組織の幹部である蘭も誘拐犯である油小路と全くの他人では無かったはずだ。
それなのに『沖田はユニテソリに拐われた』と睦美は言っていた。それも大豪院とつばめを釣る餌とする為に。
敵の幹部がこちらの人間関係を知っていないと出来ない芸当であるが、それをリークしたのが蘭であるならば理解出来ない話では無い。
『きっと蘭ちゃんも何かの手違いで沖田くんを拐われちゃって慌てていたんだろう。それで沖田くんを人質に取られて無理やりユリさんと… やっぱり蘭ちゃんも苦しんで戦っているんだよね…』
そこまで考えて、つばめもかねてからの思っていた事を口にする。
「あの、魔王の目的って大豪院くんを殺す事なんですよね? このまま大豪院くんが元気なのをバレない様にしておけば、もしかしてお願いすれば沖田くんを返してくれたりしませんかね…?」
「難しいと思うわよ?」
つばめの平和的解決策を瞬時に否定したのは、元魔王軍の幹部アグエラだった。
「今後の活動の為に食料を補給しようと思って調理場に行ったんだけど、そこでこんな物を見つけたわ」
アグエラは何やら粉末状の薬剤が入っていると思われる小瓶を睦美に投げて寄越した。
瓶のラベルには何やら注意書きが書かれていたが、異界の言葉である様でつばめにはさっぱり意味が分からなかった。
「『魔族化変質薬』…? 何これ?」
睦美にも薬の中身への知識は無さそうだ。アグエラは『そんな事も知らないの?』とでも言いたげに鼻を鳴らす。
「元々は人間が政敵や他国の奴隷を『ヒトならざる物』に貶める為に作られた魔法薬ね。今では魔族軍が殺すには勿体ない有能な人間を魔族に変えて仲間に引き入れる為に使われるわ。主に食事に混ぜて長い時間を掛けて変質させていくの」
アグエラの話を聞いてつばめの顔が青ざめる。
「え? そんなの摂取してたら沖田くんや蘭ちゃんは…?」
「ええ、いずれは身も心も魔族に成り変わってしまうの。ユニテソリが何の目的でそんな真似をするのかまでは分からないけど、あいつに限って善意でやっているってのは100%無いでしょうね。たとえ魔王と交渉しても帰ってくるのは、魔族として角や尻尾の生えた沖田くんである可能性が高いわ…」
「そんな…」
絶望のあまりその場にへたり込むつばめ。せっかく助けに来たのに、肝心の沖田が化け物になってしまっては元も子もないではないか。
それに蘭はその様な薬が使われているのを知っているのだろうか? 知っていて魔族に協力しているのなら蘭の目的は何なのだろうか? 様々な疑問が頭の中を駆け巡り、つばめはすっかり混乱してしまう。
「もし沖田を助けたいのであれば、早急に動く必要があるわよ?」
淡々と話すアグエラだが、そこまで言って視線を宙に泳がせる。何かを思案している様に見えた。
「そこまで言うなら何か考えがあるみたいね。聞かせてちょうだい」
睦美の要請にアグエラは今少し思案を重ねた上で口を開く。
「恐らくは彼を閉じ込めている魔王の居城、そこに侵入してその沖田くんって男の子を救い出す、それしか無いわ。別に無理に魔王やユニテソリを倒す必要も無いし、その手段も無いでしょうしね…」
アグエラの視線が曇る。魔王や油小路に対しては実力が違いすぎてアグエラでは有効打がゼロのままであり、どうやら意趣返しは出来そうに無いという無念が顔に表れていた。
恐らく次のミッションは潜入探索になりそうである。各々が無言のままで潜入の人選や作戦を頭の中で練っていた時に、不意につばめ達の隣室でユリが声を上げた。
「きゃーっ! みんな見て見て! こんなの見つけちゃった!!」
嬉しそうに寝室から居間に入ってきたユリが手にしていたのは、油小路の部下が補給物資として持ち込んできた避妊具であった……。
つばめの素っ頓狂な声が広い居間に響いた。
ユリに蹴散らされた魔族達が去り、無人となった森の奥の屋敷。かつて蘭と沖田が監禁されていた建物を仮の拠点として、つばめ達は物資の補給と同時に蘭や沖田の手がかりをを求めて家探しを行っていた。
「えぇそう。蘭は悪の組織の幹部で改造人間よ。車に轢かれたのに翌日あっさり回復したのは、蘭の祖父であるプロフェッサー悪川にゴリラパワーを移植改造されたからよ」
そう、蘭と睦美との間には密約があった。それは『悪の幹部や改造人間である事をつばめに秘密にする代わりに、シン悪川興業の情報をマジボラにリークする』という物であった。
戦いの舞台が魔界に移った以上、今更シン悪川興業の情報などに何の価値もない。そして恐らくは沖田を人質に取られている故であろうが、現在蘭はマジボラに対し敵対的な立場にいる。
ならばもはや蘭との取り決めに従う義理は無いと判断した睦美は、まるで今までの鬱憤を晴らすかの様に、『親友であるつばめだけには知られたくない』はずの蘭の個人情報を当のつばめにペラペラと喋っていた。
「……」
あまりの情報量の多さに、つばめも全てを消化しきれずに呆けた顔で黙りこんでしまう。
『蘭ちゃんが悪の幹部で改造人間だったなんて… 確かに思い返してみれば蘭ちゃんの挙動に変な所はたくさんあった… でも… それでも私達と過ごした時の明るくて頼りになる蘭ちゃんが、沖田くんを助けると宣言した時の蘭ちゃんの言葉が演技だったとは思えない…』
つばめは蘭が沖田に懸想している事を知らないし、予想してすらいない。だから蘭が「沖田を助ける」と言った時も、純粋に蘭がつばめの為に動いているのだと信じて疑う事は無かった。
それならば蘭が単独先行して魔界に出向けたのも、シン悪川興業絡みの人脈 (?)を使えば可能であろうし、その心当たりがあったからこそ、目の前でみすみす沖田を誘拐された罪悪感から暴走したのも頷ける。
だがしかし、それだけでは納得し得ぬ違和感をつばめは感じていた。
沖田を拐った油小路の後を追って来た世界に、蘭と恐らくは沖田がいる。
蘭が単独でここまで来れた以上、シン悪川興業と魔族のユニテソリの間にはかねてからの親交があったのだろう。組織の幹部である蘭も誘拐犯である油小路と全くの他人では無かったはずだ。
それなのに『沖田はユニテソリに拐われた』と睦美は言っていた。それも大豪院とつばめを釣る餌とする為に。
敵の幹部がこちらの人間関係を知っていないと出来ない芸当であるが、それをリークしたのが蘭であるならば理解出来ない話では無い。
『きっと蘭ちゃんも何かの手違いで沖田くんを拐われちゃって慌てていたんだろう。それで沖田くんを人質に取られて無理やりユリさんと… やっぱり蘭ちゃんも苦しんで戦っているんだよね…』
そこまで考えて、つばめもかねてからの思っていた事を口にする。
「あの、魔王の目的って大豪院くんを殺す事なんですよね? このまま大豪院くんが元気なのをバレない様にしておけば、もしかしてお願いすれば沖田くんを返してくれたりしませんかね…?」
「難しいと思うわよ?」
つばめの平和的解決策を瞬時に否定したのは、元魔王軍の幹部アグエラだった。
「今後の活動の為に食料を補給しようと思って調理場に行ったんだけど、そこでこんな物を見つけたわ」
アグエラは何やら粉末状の薬剤が入っていると思われる小瓶を睦美に投げて寄越した。
瓶のラベルには何やら注意書きが書かれていたが、異界の言葉である様でつばめにはさっぱり意味が分からなかった。
「『魔族化変質薬』…? 何これ?」
睦美にも薬の中身への知識は無さそうだ。アグエラは『そんな事も知らないの?』とでも言いたげに鼻を鳴らす。
「元々は人間が政敵や他国の奴隷を『ヒトならざる物』に貶める為に作られた魔法薬ね。今では魔族軍が殺すには勿体ない有能な人間を魔族に変えて仲間に引き入れる為に使われるわ。主に食事に混ぜて長い時間を掛けて変質させていくの」
アグエラの話を聞いてつばめの顔が青ざめる。
「え? そんなの摂取してたら沖田くんや蘭ちゃんは…?」
「ええ、いずれは身も心も魔族に成り変わってしまうの。ユニテソリが何の目的でそんな真似をするのかまでは分からないけど、あいつに限って善意でやっているってのは100%無いでしょうね。たとえ魔王と交渉しても帰ってくるのは、魔族として角や尻尾の生えた沖田くんである可能性が高いわ…」
「そんな…」
絶望のあまりその場にへたり込むつばめ。せっかく助けに来たのに、肝心の沖田が化け物になってしまっては元も子もないではないか。
それに蘭はその様な薬が使われているのを知っているのだろうか? 知っていて魔族に協力しているのなら蘭の目的は何なのだろうか? 様々な疑問が頭の中を駆け巡り、つばめはすっかり混乱してしまう。
「もし沖田を助けたいのであれば、早急に動く必要があるわよ?」
淡々と話すアグエラだが、そこまで言って視線を宙に泳がせる。何かを思案している様に見えた。
「そこまで言うなら何か考えがあるみたいね。聞かせてちょうだい」
睦美の要請にアグエラは今少し思案を重ねた上で口を開く。
「恐らくは彼を閉じ込めている魔王の居城、そこに侵入してその沖田くんって男の子を救い出す、それしか無いわ。別に無理に魔王やユニテソリを倒す必要も無いし、その手段も無いでしょうしね…」
アグエラの視線が曇る。魔王や油小路に対しては実力が違いすぎてアグエラでは有効打がゼロのままであり、どうやら意趣返しは出来そうに無いという無念が顔に表れていた。
恐らく次のミッションは潜入探索になりそうである。各々が無言のままで潜入の人選や作戦を頭の中で練っていた時に、不意につばめ達の隣室でユリが声を上げた。
「きゃーっ! みんな見て見て! こんなの見つけちゃった!!」
嬉しそうに寝室から居間に入ってきたユリが手にしていたのは、油小路の部下が補給物資として持ち込んできた避妊具であった……。
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