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第十三章(最終章)

第167話 まおう

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「おいユニテソリ、例のあいつ魔界に来たらしいじゃん。さっさと連れてこいよ」

 どこかの平原、直径50m、高さ15m程の岩塊が鎮座しており、その横で油小路ユニテソリが畏まった態度で直立している。
 よく見るとその岩塊は微妙に上下運動をしており、明らかに岩であるのにまるで生きて脈動しているかの様な動きを見せていた。

「は、現在色々と仕込み中でして、今しばらくお待ち頂ければ、ギル様に最高の催しをご提供致しますのでなにとぞ…」

 上下運動する岩塊に澄ました顔で報告する油小路。この岩塊が『魔王ギル』なのであろうか?

「お前の『仕掛け』とやらはまどろっこしい上にあまり面白くないんだよ。たまには素直に俺の言うことを聞け」

 言葉と同時に岩塊が高く跳ね飛び、真上に飛んで返ってくる様な軌道で轟音と共に油小路の直上に着地、いや落下し下敷きになる油小路。

 岩があった場所には筋骨隆々で灰色の肌をした1人の青年が立っていた。どうやら岩自体は何の変哲もないただの珪素体であり、筋トレの材料でしか無かったようである。

 青年の身長は2.5mほど。体脂肪率が一桁代と思われる筋の浮いた肌。年の頃は20代半ばに見える。彫りが深く端正な顔立ちではあるが、顎周りが太く繊細さを感じさせない。
 身長と肌の色を除けば角も羽根も尻尾も無い、普通に人間の男性と変わらない外見、だがその体から自然と発せられる闘気は近づいただけで気絶してしまいそうになるほど『圧』が強い。

 彼こそが油小路の主であり、魔王の連合体である「ギルドラバキゴツメグロン」の発起人にして首魁、睦美の故郷アンコクミナゴロシ王国を滅ぼした極悪人、『祖にして全』たる魔王ギルその人である。

「部下の斥候の報告に拠れば、奴らどうやら魔王デムスを討ったユリの勇者も仲間に加えて転移してきたらしく、こちらも相応の準備が必要かと…」

 岩に押し潰されたはずの油小路の言葉が何処からともなく湧き上がる。
 岩の下から滲み出た液体が、空き瓶に溜まる水の様に次第に上へと伸びていき、ぼんやりと人型を形成すると徐々に色が付いて油小路の体を作り上げた。

「余計な小細工は不要だと言っている。俺もそろそろ暴れたいんだよ…」

 苛立ちを孕んだ魔王の言葉に油小路は恭しく頭を下げ「御意」とだけ答えて、再び体を液体化させると土壌に染み込んで何処かへと去っていった。

「フッ、脳筋神輿みこしの分際で…」

 油小路の独り言は誰の耳にも届かぬまま土の中へと霧散していった。

 ☆

「沖田くん、お待たせ。今日のご飯はゴーヤチャンプルーよ」

「わぁ、美味しそうだ。ここの生活は窮屈だけど、の作る料理は美味いからな。それだけが楽しみだよ」

「え? 本当に美味しい? 嬉しいな…」

 異世界生活5日目。古い屋敷に軟禁されて不満たらたらだった沖田も、蘭の献身的な世話に徐々に… いやかなりオープンに心を開いていた。

 元々残念な知能に加えて、生来のヘコたれない天真爛漫さ、そして顔をマスクで隠してはいるものの露出の高いナイスバデーのお姉さんと終始一緒なのだから気分が悪いはずもない。美味い飯まで付いてくるのなら尚更だ。

 蘭も蘭で好きな男の側にいて、彼の笑顔が増えてくれるなら、と張り切って沖田の世話にいそしんでいる。

 補給物資と称して油小路の部下のアモンが隔日で持ち込むアイテムは多岐に渡り、最近の物では文庫本小説や携帯ゲーム機などもあって、『暇潰し』に餓えていた沖田と蘭にとってとてもありがたい物となっていた。

 もちろん当人同士がその気であるならば「繁殖行為」を行っても咎める者は居ない。当初油小路は『そうなる』と予想して色々と用意していたが、それらは結局最後まで使われる事は無かった。

 若い男女を共に住まわせてかつ、一方は一方に恋心を抱いているのだ。増してや恋をしている方は相手を誘惑しやすい様に肌の露出の多い服を着ている。
 これで何も無い方が不自然であると油小路は考えたのだが、実際は『まだ』何も起こっていない。

 これは沖田と蘭を結ばせる事で、大豪院に連なるつばめへの心理攻撃の確度を深めようと画策した油小路の作戦であったのだが、今現在は良い結果は出ていなかった。

 実は沖田と蘭の両人ともが男女交際未経験であり、ノウハウ蓄積量の圧倒的不足に加え、沖田は「ピンクの魔法少女」への淡い想いを胸に、蘭の『肉感的誘惑』への抵抗を行っていた。

 結果、肉体関係に至っていないだけで、甘ったるい青春ラブコメみたいな煮えきらない展開になっているのであった。

 その証として沖田は、初めは警戒していた蘭の手料理を何の疑いもなく食べているし、あまつさえ「カイちゃん(ウマナミ改の『カイ』であろう)」と愛称まで付けて呼んでいる。そして蘭もその生活が満更でもないのだ。

 くっつくのかくっつかないのかイライラしながら別室で沖田達を監視しているアモンへ油小路からの念話テレパシーが届いた。

《私だ。魔王様の要望で予定が早まりそうだ。例のものは使っているか?》

 突然の上司からの連絡に慌てつつも、アモンは視線を沖田らから外さずに念を返した。

《ええ、『魔族化変質薬』は食料に混ぜておいたので気付かれてはいません。男の方はバクバク料理を食っていますが、女の方は男が食っているのを嬉しそうに見ているのだけなので、摂取量には大きな差が出てはいる様ですが…》

《それで構いません。むしろその方が楽しそうじゃないですか…》

 油小路の声は新しい玩具おもちゃを手にした子供の様に生き生きと弾んでいた。
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