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第十三章(最終章)

第165話 こころのこり

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「んで、勇者サマ? アンタは日本に帰りたいって事で良いのかしら? でもアタシらの世界がアンタの元いた世界と同じだって保証は無いよ?」

 同行を申し出たユリに対して、睦美は確認をする様にユリに問い掛けた。ユリも数秒考えるふりをしたあと、

「『帰りたい』って気持ちは否定しませんけど、色々難しい部分もあると思うんです。私が転生してこちらの世界で1年以上活動しているので、もし元の世界で同じだけ時間が経っていたら私の戸籍とかも抹消されているだろうし、死んだはずの人間が突然現れても驚くだけだろうし…」

 『家族や友人に会いたい』という気持ちはユリにも強くあるのだが、それ以上に『ようやく落ち着いたであろう彼らの心を乱したくない』との気持ちの方が強い。

「せめて親とか仲の良かった人とかにキチンとお別れが出来たらなぁって思って… 事故で即死だったから何も伝えられなくて… あ、やば、メール…」

 そこまで言って急に顔を真っ赤に染めて黙り込むユリ。何かを思い出した様だが、それが何かは睦美らには計り知れない。

「まぁアンタの希望は分かったわ。魔王を倒したっていう勇者の実力、期待して良いのかしら?」

「ええ、それはもう。アグエラ達の監視も込みでお手伝いさせてもらいます。私、こう見えてチートパワー盛り盛りなんで結構強いんですよ?」

 冗談めかして話すユリだが、魔王であるデムスを単身で撃ち破った実力は、この世界の人々のお墨付きである。

 睦美としてはいつもの様に久子を使って、ユリの実力を測ろうとも考えたが、下手に試すような真似をして相手ユリの気を悪くさせても意味がないと結論づけた。もちろん御影が居れば容易にユリを操縦できる事も織り込み済みでだ。

「で、その魔族の女どもは何やってんのさ…?」

 睦美とユリ、2人の視線の先にはアグエラと話す大豪院の姿があった。

 ☆

「そろそろ話してもらうぞ。俺に掛けられた『呪い』とやらの正体を…」

 虜囚の身から解放されたアグエラに大豪院は詰め寄った。大豪院からすれば『それ』こそが再重要案件であり、魔王や沖田の事は些事に過ぎない。

「…え?」

 かつて山奥に隠棲していた大豪院を、淫魔部隊と接触させる為に市街地へと誘導したアグエラであったが、大豪院を味方に引き込む作戦は油小路の横槍もあって失敗していた。

 その後、劣勢のデムス軍を援護するべくこちらの世界へと戻ったものの、その時点で既に魔王は討たれいくさの大勢は決していた。
 そのままユリら王国の残敵狩りに追われながらも、アグエラは身を挺して淫魔部隊を逃した。頭を失い狼狽する淫魔部隊が睦美らと遭遇するのは、その数日後である。

 まぁつまるところ、色々ありすぎて大豪院の気を引くためにでっち上げた『呪い』の事などアグエラ自身が忘れ去っていた、という訳だ。

「……」

 アグエラのあまり誠意の感じられない態度に大豪院は軽く握っていた拳を固く握りしめ、表情も『へ』の字型の口が鋭角さを増す。

「アグエラ様、アレですよアレ…」

 大豪院の雰囲気に並々ならぬ恐怖を感じたオワが、その経緯も含めてアグエラにこっそり耳打ちする。
 オワの助言に状況を思い出したアグエラだが、大豪院に対してどう言い繕うかしばらく考えた後に、説明の全てを放棄する様に諦めた顔で冷笑してみせた。

「はんっ、『呪い』なんて嘘っぱちよ。いいえ、呪いなんて甘っちょろいものじゃなくて、これは大豪院あんたの『運命』、いや『宿業』と言うべき物よ。誰かに治してもらえる様なチャチな仕掛けじゃないのよ…」

「ど、どういう事だよ…?」

 大豪院の隣に隠れる様に佇んでいた鍬形が、無言のまま拳を握る力を強めた大豪院に代わりアグエラに質問する。

 大豪院の半生は生まれた時より血と混乱に塗れている。未遂を含めるとこれまで旅客機の墜落込みで11度の交通事故に遭っており、大豪院以外の累計死傷者数は500を超えていた。

 大豪院は何故自分が何度もその様な凄惨な目に遭うのか? また大型トラックや複数のスポーツカーに挟撃されても怪我1つ負わない、人間離れした強靭な肉体を授かったのか? その経緯も含めて、己に科せられた『呪い』、いや『宿業』とやらのカラクリを解き明かしたかったのだ。

「まず大豪院、結論から言うとアンタは『神』と『魔王』、対立しているその両方から命を狙われているのさ」

 説明になっているのかなっていないのか判然としないアグエラの言葉にすべからく頭上に「?」を浮かべるマジボラ一行とユリ。

「そこの『ユリの勇者』と同じ様に、魔王に対する切り札として別の世界に生まれ変わらせる為に『一度死んでもらう』必要があったのさ。そして魔王側もむざむざ刺客が送られてくるのを座して待つ気もなかった…」

 元々『転生』という概念自体に馴染みの薄いマジボラ一行だが、予想の遥か斜め上の展開に誰一人として話にいてこれていなかった。

「私達の主『デムス様』とは別の魔王でギルってのが居るんだけど、多分そいつがあんたを暗殺者ヒットマンに仕立ててまで神が消し去りたい標的だろうね」

 周りの反応が少し薄くなってきたのを自覚して、アグエラは話の軌道を修正させた。

「あたしらはその大豪院くんが殺されて勇者にされる前にこちらの陣営に引き込んで、そこの『ユリの勇者』に当たらせて共倒れさせようと思ってたんだけど、彼はあたしらでどうにかなるうつわの子じゃなかったみたいね…」

 その場の全員の視線が大豪院に集まる。大豪院が只者でない事は十二分に承知していたはずなのだが、ここまで数奇な運命に翻弄されてきたとなると同情すらも的外れなものに思えてくる。

「淫魔部隊の魅了の魔法や毒が効かなかった所をみるに、恐らく大豪院自身が既にどこかの勇者の生まれ変わりで何らかの加護を受けているんだろうさ。それが何者かまでは知る由もないけどね…」

 アグエラの説明に対して睦美は一言、「お兄様…」とだけ呟いた。
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