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第十三章(最終章)

第164話 りょしゅう

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 湿度の高い牢獄の中、アグエラは苔とかびで埋め尽くされた壁で仕切られた個室の中央に、大の字に四肢を鎖で繋がれて倒れ込む事すら出来ない姿勢で拘束されていた。

 着衣は最低限で体には殴打の跡が多数見受けられた。恐らくは長いこと牢獄を管理する兵士達の慰み物とされていたであろう事は容易に想像出来る。女性の多いマジボラに於いて、少なくない面子があからさまに顔に不快感を表していた。

「アグエラ様!」

 淫魔部隊の面々がアグエラの牢の格子に駆け寄る。馴染みのある声にアグエラの閉じられていた目が開く。目の前の淫魔部隊を視界に入れたアグエラの瞳に涙が溢れ出した。

 ☆

「うーん、さすがに御影くんのお願いでも『夢将アグエラ』の解放は無理だよ。アグエラとそこの淫魔部隊のせいで私達は散々味方同士で殺し合う羽目になったんだから…」

 睦美と利害が一致すると考えた淫魔部隊のオワが、睦美 (と御影)を通じてアグエラを救出するべくユリに働きかける。
 その条件は『もう二度と人を襲わないし、この世界から別の世界に転移して二度と眼の前に現れない』であった。

 淫魔部隊は元々から人間を経口摂取する必要はなく、人間の放出する精気だけでも十分に生存は可能であり、男性1人を虜にして死なない程度に精気を吸収し続けていれば、肉体を食わずとも余裕で生きていけるのだ。
 従って『人を襲わない』という約定も説得力があり、ユリの判断を鈍らせていた。

 確かにユリの言う通り、この世界の国々の役人、兵士、商人、果ては貴族に至るまで、多くの男達がアグエラ以下淫魔部隊によって誘惑されたぶらかされてきた。
 その結果、汚職は蔓延し、辺境の兵士は盗賊化し、国に対する反乱は頻発し、ついには王位継承第一位の王子までもが暗殺された。

 国は乱れ、人心は荒廃し、誰もが誰をも信じられなくなった頃に、ユリが異世界 (現代日本)から転生してきた、という流れなのだ。

 淫魔部隊は魔法や薬物の力で、男性に対しては比類なき強さを持つ反面、そういった小細工が通用しない女性相手だと普通の村娘と同等の強さしか持ち得ない。
 ユリがこの世界を救うべく勇者として選ばれたのは、少なからざる比重で『ユリが女性だから』であった事は否めない。

「アグエラは… まぁ形だけではあるけど裁判で死刑、それも公開処刑が確定しているから、今からじゃ私が何を言っても民は納得しないしそれは覆らないよ…」

 困り顔で御影らに視線を送るユリだったが、睦美は何か考えがあるのかよこしまな微笑を崩さなかった。

 ☆

「あんたたち、何でっ…? 逃げなさいって言ったのに…」

 己の身を賭して逃げ道を作ってやったはずの淫魔部隊の部下たちが、勇者に連れられて地下牢にまでやって来た。
 アグエラの目に光るのは絶望の涙だ。

 油小路ユニテソリによって告げられた魔王デムスの窮地。それを救うべく急いで転移して帰還したものの、時既に遅くデムスは勇者ユリに討ち取られていた。
 寄る辺を無くしたデムス配下の魔族たちは勇者の率いる王国軍に稲穂のごとく刈り取られていき、その余波が未だ状況を飲み込めずにいたアグエラ達を襲ったのだ。

 必死の囮作戦で王国軍の気を引いて部下を逃したのに、その思いも虚しく淫魔部隊全員が虜囚となってアグエラの前に立っていた。

「違うんですアグエラ様! 私達助かるんです! 勇者が『他の次元に逃げてもいい』って!」

 アミの興奮した声に、理解の及ばないアグエラが怪訝な表情を見せる。
 アミが一歩退くと代わりに睦美が一歩踏み出して体を入れ替える。

「アタシらが勇者を説得してアンタらを助けてやるから、今度はアタシらの為に働きな。なぁに、ユニテソリをぶん殴りたいなら目的は一致しているよ」

 アグエラは更に眉間を寄せ、高校生のコスプレをした不可解な年増女を見つめる。隣にユリが『やれやれ』という顔をしていたので、アミや初対面の年増女の言うことも満更嘘でも無さそうだ。

「というわけで早速だけど『夢将アグエラ』とその配下『淫魔部隊』の処刑を執り行うわよ」

 「お昼ご飯は魚を食べたい」と同レベルに軽く呟かれたユリの言葉は、状況の分からないアグエラを更に混乱させ、また絶望させた。

 ☆

「なるほど… 『幻影』の魔法で私達の虚像を作って、それを処刑したように見せかけるのね…」

地下牢からほど近い街の広場で、幻影のアグエラ達が次々に首を撥ねられている。集まった民衆はそれを大喝采で見ているのだ。
 傍目からあまり気持ちの良い場面では無いのだが、近世ヨーロッパ的なこの世界では、『罪人の処刑』はまだまだエンターテイメント足り得ているようであった。

 それらの茶番劇を実施していたのはもちろん御影であるのだが、この様な凄惨な光景すらも薄ら笑いで楽しげに演出している御影に、つばめと野々村はかなり引いていた。

 民衆の輪から少し離れた所で『御影薫の魔族解体ショー』を眺めていたアグエラ達を迎えたマジボラ一行。アグエラ達は深くフードを被って顔を隠し、魔族を憎む民衆の視線から逃れていた。

「さて、これでこの世界での仕事は終わりね。運が良かったのか悪かったのかよく分からないけど、とりあえず目的の世界へは飛べそうね… んでアンタは何でいて来てるの? 御影は置いていかないわよ?」

 御影の腕を組んで離さないユリに睦美が無情な言葉を掛ける。
 いつもであれば軽口を返す性格のユリではあったが、今回は何か言いづらそうにモジモジしていた。
 やがて意を決したのか睦美を真っ直ぐ見つめてユリは口を開いた。

「あ、あのさ… そっちの魔王なんとかってのを倒したら貴女達は現代日本に帰るんだよね…? あのさ、私も一緒に行って良いかな…?」
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