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第十二章

第161話 たびだち

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「芹沢つばめが居ないな。あいつはどうした…?」

 大豪院の一言で全体の空気が凍ったように停止した。
 今この場につばめが居ない理由は、一昨日警察バス内で話し合ったメンバーならば容易に想像がつくはずである。
 現にマジボラの事情をほとんど知らない鍬形ですら、『なにやらヤバい事情』を感じ取ってつばめには同情的であった。

「つばめなら来ないわよ。あの子にはこの会合は連絡してないもの」

「そうか…」

 睦美の返答に『ならば用はない』と大豪院が立ち上がった。

 確かに魔界がどうとか沖田がどうとかは大豪院には関わりの無い事だ。「つばめが居ないのなら話し合いは無駄」とばかりにドライな大豪院の対応に睦美は表現しがたい胸の痛みを覚える。

 それは、もし大豪院が本当に兄ガイラムの生まれ変わりなのであれば世のため民のために自ら率先して問題解決に当たろうとする、ガイラムの性格の一端でも受け継いでいて欲しかった、という身勝手な要望ではあった。
 傍らの久子も同様の事を思っているのか、寂しげな表情を隠そうともしなかった。

 今の睦美や久子は大豪院を止める言葉を持たない。御影ですら大豪院に何と声掛けすれば良いのか掴みあぐねている様だった。

 大豪院が部室から退出しようと体の向きを変えた時に、部室出入り口の引き戸がガラリと開けられた。

「芹沢つばめ、遅れました! て言うかわたしを仲間外れにしないで下さいよぉっ!」

 ☆

 昨夜、久子は確かにつばめへの連絡を意図的に遮断した。それは多分に優しさから生まれた心遣いではあったが、同時に何よりも沖田救出に意欲を燃やすつばめの意志をはなから無視するものでもあったからだ。

 そして久子的に痛恨であったのは、『つばめにはメールを送っておらず、つばめには口外無用で事を進めるべし』との注意書きを怠っていた事であった。

「あ、綿子からメール…?」

 風呂上がりで火照る体を炭酸水で冷やしていたつばめは綿子からのメールに気がついた。

 メールには「明日マジボラの皆が出発するみたいだけどつばめっちは行かないよね?」

 この一文だけですべてを察したつばめは、『久子からのメールを受け取っていない事を悟らせずに』綿子から情報を聞き出すべく慎重に言葉を選んで幾度かのやりとりをした。そして会合場所と時間を聞き出す事に成功する。

「あたしも彼氏や家族を心配させたくないから行けないけど、つばめっちの心配する気持ちはすごく良く分かる。だからあの強い先輩たちを信じて、沖田くんや皆の無事を祈って大人しく待ってようよ」

 そう言って締めてきた綿子に対して、つばめは「うん、そうだね」とだけ返信した。

 ☆

「つばめ…? アンタ何で…?」

 さすがの睦美もつばめがここに来るとは予想していなかったらしく驚きの色を隠せない。

「何でも何もわたしのせいで沖田くんは拐われたのだし、わたしが居ないと大豪院くんは来てくれません。わたしが1番の当事者じゃないですか? わたし抜きで話を進める方がおかしいんですよ!」

 つばめとて睦美らが連絡を寄越さなかった理由は十二分に理解している。その上で自分つばめが同行する場合よりも二段も三段も下の策を敢行しようとしている睦美らに苛立ちを覚えていた。

「アンタ… 自分で何やってんのか理解してるの? その上で魔界行きに参加しようとしてるの…?」

 睦美の問い詰める様な鋭い眼光に恐怖を感じながらも、つばめは睦美の目を見返し無言のまま力強く頷いた。

「芹沢さん… 私には何も言えないけど、どうか希望を諦めないで。そして元気に帰ってきて…」

 不二子は当初、もしつばめが現れたら何としても魔界行きを阻止するつもりだった。
 しかし、現状を理解しつつも同行すると決意したつばめの紅い瞳に言葉を失ってしまう。

『ここで芹沢さん抜きで低い成功率の作戦を行い、もし失敗でもしたら皆の心に甚大な傷を負わせる事になる。もし芹沢さんが参加して、その結果彼女が人間で無くなっても、同じ立場の私なら少しはフォロー出来るかも知れない…』

 不二子の中でも激しい葛藤が渦巻いている。そしてこの場にいる大豪院を除く全員が、大なり小なりのリスクを計算して来ているのだ。

「あの… 思ったんですけど、芹沢さんは変態せずに『境界門ゲート』付近に待機する、とかじゃダメなんでしょうか…? あと出来れば戦力外の私もそんな感じで…」

 野々村がおずおずと挙手して意見を述べる。つばめの回復能力不使用を前提にするのなら、戦闘力を持たずに貢献できないメンバーは安全な場所で待機しておいた方が、他のメンバーの心労の元にならずに済むだろう。

 「それならばそもそも弱い奴は行かない方が良い」とも考えられるが、『境界門ゲート』の座標を固持出来なかった場合、帰還に支障をきたす可能性もあり、いわゆる『留守番役』も必要と考えられた。

 つばめは野々村の提案が不満らしく反対意見を述べようと口を開いたが、つばめが言葉を発する前に睦美が割って入った。

「野々村の作戦を採用するわ。野々村とつばめ、そして大豪院の付属品(鍬形)は後方で待機。つばめもそれで良いわね?」

 睦美の強い口調に抵抗するべくつばめは睦美を見遣るが、睦美の隣で寂し気に首を振る久子を見て意気を萎ませる。
 最初のメールの件にしろ、睦美や久子なりにつばめを気遣ってのものなのは間違い無いのだ。

「もし現地でつばめちゃんの『姿』が必要ならば、私が用意するよ。だからつばめちゃんは絶対に無茶しないで」

 御影もつばめを気遣う。彼女自身は危険を顧みず前衛フォワードを務めるつもりらしい。
 不二子は御影に対しても何かを言おうと口を開くが、御影が不二子に対し艶っぽく立てた口元の人差し指に『何を言っても無駄』と悟り、言葉は生まれなかった。

「では最終確認です。魔界突入メンバーは睦美様、久子くん、アンドレ、つばめくん、御影くん、野々村くん、大豪院くん… と、誰だっけ?」

「鍬形っす…」

「っと、了解。以上8名で良いかな? 不二子くんと武藤さんは不測の事態に備えて動けるようにしてもらえると助かります」

 アンドレの言葉に全員が頷く。それらの顔を確認して睦美が3、4の呪文を唱え部室内に魔界へと通じる『境界門ゲート』を作った。

 様々な思いを込めてマジボラの勇者たちは魔界へと足を踏み入れる事になる。

 つばめの思いは沖田の事、そして『蘭ちゃんどこで何をしているんだろう? わたし達の知らない何かを知っていたみたいに見えたけど…』であった。
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