上 下
159 / 209
第十二章

第159話 ずれ

しおりを挟む
 沖田彰馬しょうまは細身で長身、端正な顔立ちで運動神経にも秀でているため、女子からの人気は高校入学以前から相当高かった。
 それでもその時分の男子にありがちな、友人との遊びやスポーツへの興味が女子との恋愛よりも勝っていた面もあり、特定の女子との交際には未だ至った事が無かった。

 無論沖田とて思春期の男子高校生、若い女子に興味が無い訳はない。
 とは言うものの、その頃の多くの男子の興味は主に「女子の体」であって、女子との「恋愛ごっこ」にはさほど情熱を燃やされない傾向がある。

 さて、いきなり蘭の胸に顔を埋める事になった沖田、一瞬何が起こったのか理解できずに意識が飛んだように固まってしまう。
 そして数秒、蘭の胸の柔らかな感触と仄かに甘い体臭の心地よさの非現実ぶりから、逆に沖田は意識を取り戻す。

 自分の状況を理解して混乱する沖田は慌てて蘭から離れようと蘭の腰を掴むが、更に力を込めた蘭からは逃げられずに身動きが取れなくなってしまう。
 そしてより蘭との密着度の上昇によって沖田の鼻と口が塞がれてしまい、心理的にではなく物理的に息が出来なくなっていた。

 そして蘭も蘭で混乱していた。

『沖田くんの捨てられた子犬みたいな心細そうな顔に思わず抱きしめてしまったけど、この後どうすればいいんだろう? よりにもよって男の子、それも沖田くんの顔を胸で挟む様に抱きしめるなんて… 2日間着替えもお風呂も出来てないから、臭かったらどうしよう…?』

 この辺りのタイミングで沖田が動き出したのだが、蘭は力を込めて沖田の拘束を強めた。
 恥ずかしさと働かない頭の両輪から生み出された苦し紛れの解決策ではあったが、呼吸を断たれた沖田の抵抗は必死なものだった。

 相手の胸に顔があるせいで、抵抗しようと手を動かすと、それは自然と相手の腹や腰の辺りを手探る事になる。
 そして沖田が自由 (な呼吸)を求めて動かした指が、蘭の穿いているウマナミ改の『腰部装甲パーツA層』、つまりパンツに引っ掛かり数センチ下へとずらしてしまう。

 これに驚いたのは蘭である。女性の象徴たる乳房に顔を埋めさせておいたのだから、沖田が蘭に対して劣情を抱いてしまったのだと誤解してしまったのだ。

『ちょ、ちょ、ちょっと沖田くん、それは駄目だよ! 私達まだ高校生できちんとお付き合いもしてないのにそんな…』

 男子高校生を胸に抱える形で頭を抱きしめて、ずり下がったパンツから臀部を半分曝け出しながら慌てふためく魔族に扮した悪の女幹部、とてもシュールな光景であるが、当事者2名は至って本気でこの状況を収めたいと思っていた。

 沖田は息継ぎのために蘭から早く離れたい。蘭は半裸から更に露出を上げた7割裸 (?)の姿を沖田に見られるのは恥ずかしいから、装備を立て直す間、今少し目を塞いで居てほしい。
 両者の思いは真っ向から対立していた。

『この女、なんて馬鹿力だ… 全く引き剥がせそうにない。くっ、もう呼吸が…』

『お願い沖田くん、気持ちは嬉しいけどまだダメだよ… 私、今絶対臭いもん、せめてお風呂に入りたい。あとは… あとは油小路さんの言ってた避妊具! あの時はセクハラかと思ってたけど、やっぱり必要だったのね!』

 蘭の想いは燃え広がっているが、沖田の命の炎は今にも消えてしまいそうである。
 再び沖田の意識が薄れ始めて来た時に部屋の扉が開かれ、大荷物を抱えた何者かが入ってきた。油小路の従者魔族の1人、アモンである。

「戻ったぞ…」

「きゃぁぁぁぁっっ!!!」

 アモンの乱入にそれこそ心臓が飛び出るほど驚いた蘭は、反射的に今まで抱きしめていた沖田を力の限り突き飛ばしてしまう。

 蘭に突き飛ばされた、もとい投げられた沖田は部屋の反対側の壁に激突し、ベッドの脇に落ちる際「グェっ」とカエルの様な声を発して気絶してしまった。

「たった1日で発情してんのか、下等生物が…」

 軽蔑した目で吐き捨てる様に悪態をつくアモン。蘭は乱れた腰布を直しながらアモンに向き直る。

「あの、こ、これは違うんですよ! 私達は決してその様な関係ではなくてですね… って1日…?」

 アモンとの会話に違和感を覚える蘭。蘭がここに来てから2日間は経過していたはずだが……。

「ああ、この魔界とお前らの世界では時間の流れる速さが違うからな、ここはお前らの世界の約2倍の速さで時が過ぎるんだ」

 荷物を下ろしながら、アモンが蘭に不承不承説明を入れる。
 不思議な現象であるが、蘭には確かに幾つかの心当たりがあった。

 沖田が油小路に攫われてから皆でミーティングをし、蘭が部室を飛び出し魔界に辿り着くまでに擁した時間は恐らく小一時間程度であったろう。
 しかし、この魔界で沖田と再会した時、沖田はすでに数時間の拷問を受けたと言っていた。

 あの時は「多大なストレスに晒された頭脳が時間感覚を狂わせた」ものと勝手に解釈していたが、アモンの言うように時間の流れに差があるのならば納得のできる話でもあるし、アモンが補給物資の調達に倍の時間が掛かったのも得心がいく。

『という事はまだ向こうの世界では1日しかたってないのか… 向こうからの救援はこちらの半分の時間しか使えないから後手に回りやすい。やはり自力でなんとか沖田くんを助けないと駄目なんだわ…』

 アモンの持ち込んだ補給物資をチェックしながら、その中に下着類に紛れて本当に避妊具があったのを発見する蘭。
 先程までの自分たちを思い出し、仮面の奥の素顔が真っ赤に染め上がる。

『長引けば長引くほど沖田くんの心が保たないし、多分私の理性も保たなくなってくる気がするよ…』

 そこまで思って蘭はようやく先程壁にぶん投げた沖田を思い出し、大慌てで介抱に向かっていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし〜

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

伯爵家の次男に転生しましたが、10歳で当主になってしまいました

竹桜
ファンタジー
 自動運転の試験車両に轢かれて、死んでしまった主人公は異世界のランガン伯爵家の次男に転生した。  転生後の生活は順調そのものだった。  だが、プライドだけ高い兄が愚かな行為をしてしまった。  その結果、主人公の両親は当主の座を追われ、主人公が10歳で当主になってしまった。  これは10歳で当主になってしまった者の物語だ。

処理中です...