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第十二章

第152話 まかい

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「油小路さん…? なぜここに? それに沖田くんをどこに連れて行ったんですか?」

 顔を合わせるが早いか油小路に食って掛かる蘭。沖田誘拐の経緯を知らない繁蔵と凜は、蘭の急変に戸惑いながらも静観の構えを取る。

「そう、それです。その沖田くんの事で貴女の力を借りたくて、わざわざやって来たのです…」

 油小路は表情こそ困惑顔であるが、その実は『事態に困っている』よりも『面倒に巻き込まれた』程度にしか思っていない事は蘭にも容易に推し量れた。

「私としては今の所・・・彼に危害を加えるつもりは無いのですが、『ご招待』のやり方が些か気に入らなかったのか大変御立腹の様子でして、どうにも非協力的なので困っている次第なのですよ」

 そりゃ問答無用でいきなり縛り上げて拉致されれば文句の一つも言いたくなるだろう。沖田の気持ちは蘭にも痛いほど共感できた。
 加えて油小路を怒らせなければ沖田の無事が確保されると計算出来る状況になったのは、蘭にとっても僥倖であった。

「とりあえず沖田ゆうじんが無事で安心しました。それで、私に何をしろと仰るのですか…?」

 本題はここからである。蘭は油小路に警戒しつつも、予想よりも遥かに早く沖田へのコンタクトが計れそうな事に大きな安心も抱いていた。

「なぁに、簡単なお仕事です。貴女には沖田くんの身の回りのお世話をお願いしたいのですよ。顔見知りの貴女になら彼も大人しくしてくれるでしょうし」

「えっ…?」

 油小路の言葉が唐突すぎて蘭も理解が追い付かない。沖田の世話役を務めるにしても、その為には……。

「じゃあ早速行きましょうか。きっと沖田くんも首を長くして貴女を待っていますよ… まぁ少なくとも現在彼の相手をしている私の部下は貴女の到着を待ち焦がれているはずです」

 油小路はそれだけ言うと蘭の返答を聞くまでもなく、増田家地下研究所の一角に『境界門ゲート』を作り出した。

「えっ? あの…」

 その台詞を最後に蘭は『境界門ゲート』に吸い込まれる様に、繁蔵や凛の目の前から消失した。

「ではお騒がせしました。失礼します」

 油小路も繁蔵らに挨拶を送り、同じ『境界門ゲート』に消えていった。

 ☆

「…ねぇお爺ちゃん、お姉がいきなり拉致られちゃったんだけどヤバくない? どうすんのこれ…?」

「うむぅ… ていうかお爺ちゃん状況がよく分かんないんだけど? 何で蘭がそんな事に巻き込まれているのか…?」

 凛の質問に頭を捻りながら答える繁蔵。事情の分からない2人が知恵を集めても有効的な答えが出てくるはずもない。

「『沖田くん』って言ってたから、相手は多分男の子だよ? まさかお姉は美人でスタイルが良いから、何かエロい事をお世話させるつもりで連れて行ったとかじゃ…?」

「お、落ち着け凜。変な漫画の読みすぎだし、そういう作品を読むのお爺ちゃん感心しないな。ま、まずは油小路さんにちゃんと話を聞こう…」

 繁蔵はふところから携帯電話を取り出して通話やメールによる連絡を試みたが、それ以降油小路との連絡は繋がる事は無かった。

 ☆

「ここが魔界なんですか…? なんだか思ってたのと違いますね…」

 油小路によって有無を言わさず連れてこられた蘭であったが、今は恐怖よりも戦意が多少なりとも勝っており、周囲を確認する余力くらいは残っていた。

 蘭のイメージとしては『魔界』と言うからにはとてもおどろおどろしい、地獄の様な光景を想像していたのだが、実際蘭の目の前に広がる光景は地獄と呼ぶにはあまりにも似合わない、むしろ牧歌的ですらある平和な物であった。

 蘭達が『境界門ゲート』を通って現れた先は、どこかの集落の脇であろうか。ファンタジー系の漫画やゲームによく見られる様な長閑のどかと言って差し支えのない風景だ。
 村レベルの大きさのその集落には煉瓦造りと思われる家々が並んでいる。その家々に設けられた煙突の幾つかから煙がたなびいており、『そこに住む者の生活』の痕跡が見て取れた。

 ファンタジー系の作品でよく見かける光景ではあるが、一般の常識と大きく違っていたのはその村の住民が皆、基本人型でありながら翼だの角だの尻尾だのと何かしら『人間ではない』と思われる付属品を付けていた事である。

「彼らが珍しいですか? 彼らは皆かつて『異形』として虐げられていた魔族達です。魔王様の御威光によって、彼らは自由を手に入れたんですよ。素晴らしいと思いませんか?」

 蘭が何かを聞く前に油小路が率先して状況を説明してくれた。要は「魔王が奴隷を開放して人権と自由を与えた」という事らしい。
 それだけ聞けば美談の様にも聞こえるが、蘭は心に浮かんだ疑問を口にせずにはおけなかった。

「あの… つかぬ事をお伺いしますが、元々この地を治めていた人達はどちらに行かれたんですか…?」

 蘭のおずおずとした質問に、油小路は満面の笑顔を見せて嬉しそうに口を開いた。

「食べましたよ。我々みんなで!」

 油小路の目には明らかに『この世の倫理から隔絶された物』の持つ狂気の光が宿っていた。
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