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第十一章

第140話 はつこい

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「つばめくんっ! しっかり! 一体何があったんですか?!」

 遅れて到着したアンドレらには、倒れ伏しているつばめを始め、飛び去ったウタマロん、瓢箪岳高校の制服を着た男子を担いで走り去った蘭というカオスすぎる状況に理解が追い付かなかった。

 アンドレはまずは倒れたままのつばめをあらためる。ところどころ土で汚れてはいるが、その汚れ方の度合いや地面の荒れ具合から、何か攻撃を受けたのではなく、倒れてからの汚損と判断できた。

「外傷は無さそうですね。ただ気絶しているだけ…? それなら…」

 アンドレはつばめを横向きに寝かせて、彼女の背中、肩甲骨の中間辺りに右手を添える。そのまま右手越しに「ハッ!」と喝を入れると、つばめの体がビクンと一度大きく震え、意識を取り戻したつばめが激しくせた。

「ゲホッゲホッ… あ~、死ぬかと思った~。でも生きてる~、嬉しい~。でもまだ頭がガンガンする~、痛いよぉ~… ってあれ? アンドレ先生? 何でここに先生が?」

 つばめのこの言葉でアンドレは大体の事情を読み取った。

「まずは君に怪我が無くて何よりですよ。他に助けを必要としている人は居ますか?」

 アンドレの問につばめは寝惚け眼のままキョロキョロと周囲を見回す。

「あの、蘭ちゃんと沖田くんはどこに行ったか分かります? 沖田くんの怪我がちゃんと治ってると良いんだけど…」

「あぁ、蘭くんなら男の子を担いで駅の方に走って行きました。多分どこかの病院に連れて行ったかと…」

 アンドレの答えにつばめは心底安堵した笑顔を見せる。

「そっか、それなら良かった。蘭ちゃん細い割に力持ちだから、任せて正解だったなぁ…」

 アンドレは睦美から蘭の秘密を聞いているが、つばめは蘭の裏の顔については何も知らない。蘭からも「つばめには秘密にして欲しい」と要請されているので、蘭の力の事は『火事場の馬鹿力』的な運用で誤魔化すしか無いだろう。

 その時、つばめを覆っていた影が動いた。アンドレに集中しすぎて、つばめの視界に全体像が入って居なかったが為に認識されていなかったのだが、アンドレのすぐ横には大豪院も控えていたのだ。

『ひっ! 大豪院くん居たのか… びっくりしたぁ…』

 予想外の人物の存在に仰天するつばめだったが、更に驚きを増す事になる。
 いつも仏頂面で無表情な大豪院が珍しく驚いた表情を見せていたのだ。まぁ大豪院の表情筋はほとんど仕事をしないので、それ込みのマイルドな変化ではあるのだが。

「お前は、他人の怪我を治せるのか…?」

 期待に満ちた(当社比)口調で大豪院はつばめへと問い掛けた。

 ☆

 沖田の意識がはっきり戻ったのは、必死に走る蘭の肩の上だった。

「ここは…? 俺は一体…?」

 つばめと弁当を食べてから今の状況に至るまでの記憶が一部抜け落ちている感じがする。

「沖田くん、気が付いた? 良かった…」

 どうやら誰かに担がれている事、それが女性であろう事は理解した沖田。

『ぼんやりと思い出してきた… 俺は何かデカい物にぶつかって怪我をした。当たった瞬間に骨の折れる感触があった。それから気絶していたみたいだけど…?』

 朧気おぼろげに記憶の糸を辿る沖田だったが、意識を取り戻しかけた時に一瞬だけ見えたピンク色の服装の少女だけが妙に頭に残っていた。

「ごめん、ちょっと降ろしてもらえるかな? 俺は大丈夫だから…」

 沖田の言葉を受けて、事件のあった駐車場付近まで戻って来ていた蘭は、立ち止まり沖田をそっと降ろす。蘭自身必死で気が付いていなかったが、若い娘が男を担いで走り回る様は下手したらそれだけでニュースになりかねない。

 蘭… というかノワールオーキッドの服装はデザインこそ魔法少女風だが、色調は全面黒であつらえられており、『オシャレ着』と強弁できない事もない。それ故に女性らしからぬ行動をすれば、余計に衆目を浴びる事になる。

 自由になった沖田は、やや困惑した表情で蘭を見つめる。沖田の明るい笑顔しかイメージの無かった蘭は、その表情のギャップに少し戸惑いを覚えた。

「君が俺を助けてくれたんだよね? 感謝してる、ありがとう… それでさ、もう1人俺と一緒に女の子が居たと思うんだけど、その娘はどうなったか分かるかな?」

 沖田の言う女の子とは当然つばめの事である。もちろんそれを分かっている蘭は、分かっているが故に答えを返す事が出来ない。

『つばめちゃんならさっきの公園で気絶してますよ』とは口が裂けても答えられない。

「え、えぇと、その子は私の仲間が保護して安全な場所に避難させている… はずです…」

 歯切れの悪い返答を返す蘭。ここで「貴方の怪我を治したのはつばめちゃんですよ」と言ってしまえれば気持ちも楽になったのだろうが、今の蘭には何故かそれを口にする事は躊躇われた。

『つばめちゃんの恋を応援したい気持ちもあるけど、それと同じ位に応援したくない気持ちもある… ナニコレ…? 凄くイヤな娘だな、私…』

「仲間ってあのピンクの髪と服の娘だよね? 前に学校が襲われた時にも君ら2人が戦って助けてくれたんだよね? あの時ピンクの娘が皆の怪我を治してたって聞くから、さっき俺の怪我を治してくれたのはその娘なんだよね?」

 沖田からの質問攻撃に、どう答えた物か判断が付かずに「え~と…」と苦笑いを見せる蘭。

「ピンクの娘は凄いな。尊敬、と言うかもう憧れしか無いよ… あ、今までピンと来なかったけど、この気持ちが『恋』ってやつなのかな…?」

 答えに窮して口をつぐんでしまった蘭を気遣って、沖田が更なる爆弾を放り込んだ。
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