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第十一章

第137話 おもかげ

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「さてさて、これは予想外な事になってきましたね…」

 アンドレや大豪院らが死闘を重ねている駐車場上空500m程の場所に小さな雲塊が漂っていた。
 その雲塊は上空の強い風に流される事も無くその場に留まり、なおかつ思考する能力を備えている。

 雲塊の正体は魔王『ギル』軍幹部、油小路ことユニテソリ。大豪院の転生を阻むべく魔界より派遣された男である。

 彼の実体は『水に宿った悪霊』であり、体を液体化して狭い場所に入り込んだり、物理攻撃や火炎属性の攻撃をほとんど無効化出来る。
 また現在の様に体を水蒸気化させて雲になる事も出来るし、逆に凍結させて氷になる事も出来る。現状氷になるメリットはほぼ無いのだが。

 任務遂行に邪魔なアグエラを追いやり、現在は空から悠々自適に大豪院の監視を続けている訳である。
 本来ならば油小路自身が空に浮いてまでやる仕事では無いのだが、部下や使い魔では大豪院の超感覚に察知され、正確に小石を直撃させられ無駄にダメージを負う事になる。

 雲ならば物理攻撃は通らない。現状最も適任なのが油小路であり、彼はその様に『下っ端のやる仕事』でも彼が行うのが最適解であれば率先して現場に臨む職人気質な面もあった。

「我が魔王軍の技術の結晶である『強化魔殻 (ウタマロん)』の鉄壁の装甲を大豪院くんは打ち破る事が出来るかな…?」

 事態を静かに見守る油小路の下で、アンドレ&大豪院vsシン悪川興業の戦いの火蓋が切られた。

 最初に動いたのはウタマロん、アンドレに向けて発射していた両手の腕マシンガンの片方を大豪院に向ける。
 しかし大豪院はその攻撃に対し、腕で防御態勢を取る。

 ウタマロんの腕マシンガンは直径5mmの球状の弾丸を、ゆるい矢印の形をした腕の先(従ってウタマロんには指が無い)から撃ち出す技だ。
 この弾丸はウタマロんの装甲の内側にある防御用緩衝材ではあるのだが、この様に緊急時には武器として使える様に繁蔵に改造されていた。

 威力は狩猟用空気銃よりもやや低い物で、装甲されている物はおろか、普通自動車のドアすら貫通させる事は叶わないが、人間程の生物であれば皮膚を貫き肉にめり込む程度の事は可能であった。
 これはもちろんシン悪川興業の目的である恐怖のエナジー集めの為には『傷を付けても殺すな』というモットーで運用されているためである。

 …ではあるのだが、今回は相手が悪すぎた。大豪院は当初腕を構えて前方の守りの構えとしていたのだが、やがて弾丸の散布域を見切ったのか右のてのひらを前に掲げる。
 するとウタマロんの攻撃は大豪院の右手に現れた『見えない盾』の様な物に防がれ、その全てを地面に落としていた。
 銃弾を全て体に当たる前に弾いて落としながら、大豪院はウタマロんへと緩やかに歩を進めている。

 仰天したのはその様子を真横で見ていたアンドレであった。

「あの技は、《護気盾》…? なぜ日本人の大豪院くんが…?」

 アンドレには大豪院の作り出す『見えない盾』が見えていた。間違いなくオーラの類の力で直径70cm程の円形の障壁が作られていたのだ。
 そしてその技を使う事が出来る、いやかつて出来た人物の心当たりがアンドレには1人だけあった。

「まさかガイラム殿下…? いやそれは無い。大豪院くん、君は一体…?」

 考えとは別に体が動く。ウタマロんからの攻撃が半分になった事で、アンドレは僅かながらも反撃の為の動きが可能になった。

 ウタマロんの視線は大豪院を追っている。ならばその隙に住民を捕えている植物怪人を先に仕留めるべきだ。
 そう考えたアンドレは、大豪院とは反対側に体を飛躍させる。そのまま弧を描く様に移動し、植物怪人をウタマロんのカバーする範囲から外す事に成功した。丁度アンドレ、植物怪人、ウタマロん、大豪院の順で一直線に並ぶ形になる。

「喰らえ! 秘剣『❧❏❍○❋◁❊✶▲サイコクラッシャー』!」

 アンドレは闘気を纏い植物怪人へ飛び込む様に跳躍する。手にした警棒を突き出しながら体を高速回転させ、まるで1本のドリルの様に植物怪人へと突き進んだ。

 植物怪人も迎撃の為にアンドレへ触手攻撃を行うも、回転するアンドレに触れた触手は全て弾けたり削られたりで、アンドレに届く事は無かった。

 回転するアンドレはやがて植物怪人を貫き大穴を開けた。そして怪人の反対側にいたウタマロんに激突する。
 怪人の体はアンドレの闘気に焼かれ、枯れ木が燃え尽きる様に朽ち果てていった。
 そしてアンドレの攻撃の余波を無防備の後方から受けたウタマロんも、バランスを崩して大豪院に自ら一歩踏み出す形で近付いた。

 そのタイミングで大豪院が盾にしている右手を軽く引き、掌底を撃ち込む形でウタマロんを鋭く突いた。
 アンドレの闘気斬りですらかすり傷しか負わせられなかったウタマロんのボディに穴が開く。
 突き込まれた大豪院の手は、特殊合金で造られたウタマロんの堅牢な防備の幾つかを打ち破り、機械とはまるで違う、生身の何やら張りがありつつも柔らかい不思議な物体に触れた所で止まった。

「ま、まろーん!! (キャー! どこ触ってんのよ、このスケベ! 変態! 強姦魔!!)」

 乙女として触られたくない場所を触られてしまったらしい凛は、パニックを起こして以前にも使った緊急脱出装置を起動させてしまう。

 ウタマロんの脇の下から強力なジェット噴射が起こる。本来なら真上に飛び上がるはずのウタマロんであったが、差し込まれた大豪院の腕が抜け切らずに引っ掛かり、変な角度で打ち上がってしまった。

「まろーん! (ヤバい! 姿勢制御出来ない?! 死んじゃう? お姉、助けて!!)」

 ウタマロんは数百メートル不安定な飛行を続けた後、近隣の公園近くに墜落する。

 そしてその現場には、重要な青春イベントを経て、今まさに握手をしようと手を伸ばしていたつばめと沖田が居た。
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