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第十章

第120話 しんせいりょく

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 つばめ達の住む瓢箪岳ひょうたんだけ市に隣接する南瓢箪岳市、その中心部に駅ビルと融合した超高層マンションがある。
 部屋のお値段も相応にお高いが、駅から徒歩1分、更にすぐ近くに大型商業施設があるという利便性と、マンションのセキュリティも最高級の物を備える仕様に、そこに住む(裕福な)住民は皆満足して居住、生活していた。

 大豪院覇皇帝かいざあの現住所はそこである。高校に通うのに山に住まわせる訳にもいかず、不動産業を営む彼の叔父の勧めでそのマンションに住む事になったのだ。
 これは善意による措置ではなく、何かと災難を呼び込む覇皇帝かいざあを世間から隔離する意味も多分に含まれていた。
 彼を平屋アパートになぞ住まわせたら、その日のうちに建物にトラックが突っ込んできかねない。という不安が親戚一同にあったのは否めない。

 実際地上30階に住む大豪院を油小路ら魔王軍が暗殺しようとしたら、どうしても派手な手段を取らざるを得ず、隠密性が重要な魔王軍としての任務は失敗に終わるだろう。
『魔王軍が覇皇帝かいざあを暗殺しに来る』などとは夢にも思わなかった大豪院家だが、結果的に彼や近隣住民、ひいては町全体を守る事に意図せず成功していた。

 日も沈んだ頃、帰宅して建物の中に消えていく大豪院、そしてそのマンションを遠目に見つめ不敵な笑みを浮かべる女がいた。

「待っていたわよ大豪院覇皇帝かいざあ。貴方を助けてあげる、神の刺客や魔王ギルの刺客からね…」

 歳の頃は20代半ばから30代始めといった辺り。光のあたり具合によって黒と紫、あるいはその中間に色を変える長い髪の美人である。
 どことなく不二子と似た雰囲気を持つが、不二子程には肉感的ではない。不二子のイメージが『アブナイ女教師』であるならば、こちらの女性は『調子に乗っているアパレル系女社長』といった所だろうか?

「アグエラ様、本当に大豪院に手を出すのですか? このエリアは魔王ギル様の担当ですから我々が動くと約定違反になりますが…?」

『アグエラ』と言うのが例の女社長(?)の名前らしい。声を掛けたのは年若いミドルティーンと思しき少女だ。良く見るとその少女と並んで更に4人の少女が並んでいる。瓢箪岳高校とは違うどこかの学校の制服に見を包んだ彼女らは皆それぞれに美しく、人気のアイドルユニットと言われても遜色ない外見をしていた。

「やるわよ。できなきゃ何の為に占い師に変装してまであのデクの棒を都会に引き込んだと思ってるの? あれだけの力を持つ男を殺すなんて勿体無いもの。それにあの男を味方に出来ればデムス様だって絶対にお喜びになるわ」

 アグエラが後方の少女達に演説する。

「それにギルの部下のユニテソリも動いているわ。あいつは理屈優先で作戦に拘るタイプで手が遅いから、速攻で横から掠め取っちゃえば良いのよ。その為の貴女達なんだから、覚悟決めて気合い入れなさいよ?!」

「「「「「ハイ!」」」」」

 アグエラの檄に5人の少女が応える。

 ☆

「あ~ん、遅刻遅刻ぅ~っ!」

 早朝の街角、食パンを咥えて走る1人の少女がいた。皆様お馴染みの芹沢つばめ… では無い。顔も髪型も服装も違う全く別の少女だ。
 その見知らぬ少女が走る先には、今まさにマンションから出てきた大豪院が居た。

 目の前に現れた『壁男』こと大豪院に真っ向から向かっていく食パン少女。その瞳にはおよそラブコメ作品には相応しくない強い闘志の光が見て取れた。

 大豪院の真横、左腕の部分に正面から激突する食パン少女。『ゴッ』という鈍い音を出しながら衝突した2人は、そのまま抱き合ったままもつれる様に倒れ込み… などと言う展開はなく、単に弾き飛ばされて転倒した食パン少女が一方的にダメージを負っただけであった。

「…いったぁ。マジいったぁ… って、鼻血出てるし! テメェ、ぶっころ… じゃなくて、『ちょっと危ないじゃない! どこ見てんのよ!』」

「」と『』とでまるでトーンの違う喋り方で大豪院に啖呵を散らす食パン少女。大豪院との激突の際に鼻を強打したのか、割と洒落にならない感じでダラダラと鼻血を垂れ流している。

 一方もらい事故で動きを止めていた大豪院であったが、前日のつばめに続き2日連続で食パン少女と激突するという事態に少々混乱していた。

 事態を把握すべく、そのまま足元に尻もちをついたままの食パン少女、いや鼻血少女をしばし見つめる大豪院。

 その特に何の意思も通ってはいない眼光ではあったが、鼻血少女を戦慄させるには十分だった。

「『女の子が走っていたら道を空けるのが男ってモンじゃ…』ひぃっ!」

 鼻血少女の顔色が一瞬で青ざめる。昨日のつばめは大豪院の同様の視線に自身の命を諦めかけた。大豪院の視線、その目力の威力は推して知るべしであろう。

 やがて大豪院は無言のままスボンのポケットから、純白のシルクのハンカチを取り出し鼻血少女に渡す。そして「済まなかった」とだけ口に出して、そのままその場を去っていった。

 受け取ったハンカチを顔に当てぬまま呆然と大豪院を見送っていた鼻血少女の後ろに数名の少女らが現れる。

「何してんのよアミ? コントやりに来たんじゃないんだからね?」
 長い髪をカールさせた気の強そうな少女が鼻血少女に話しかける。

「うるさいなぁ。ちょっと調子が悪かっただけよ。高校生のガキ相手なら鉄板のネタだったんだけど、大豪院あいつは少し違ったかなぁ…?」

 目を潤ませてハンカチを握りしめるアミを、呆れた半目で見つめる少女たち。
 彼女らこそが『魔王』デムスの秘密兵器、敵の男をたぶらかし仲間に引き入れる、夢将アグエラ率いる淫魔部隊の精鋭達であった。
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