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第九章

第105話 だいごういん

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 大豪院の噂は瞬く間に学校中を駆け巡り、その浸透するスピードは御影以上の物だった。

 その『噂の珍獣』を一目見ようと、休み時間の度に教師を含む学校中の者が1年C組に押し寄せたのだが、教室の外から遠巻きに眺めるだけで積極的に親交を得ようとした者はごくごく限られていた。

 それでも柔道部、ラグビー部、バスケットボール部、バレー部、応援団と言った部活の勧誘は多岐にわたって続いたが、大豪院はいずれにも「興味ない」と一蹴していた。

 かと言って文化部的な活動を希望しているのかと言えばそうでもなく、元より部活動に参加する意思そのものが無さそうであった。

 佐藤教諭からの『任務』で大豪院と接触していた山南、松原、渡部の3人も表面的な挨拶以上の物には踏み込めず、寡黙な大豪院を相手に会話が続かずに気まずい空気になっていた。

 せめて大豪院の表情の一つでも変われば、まだ好みの話題を探る事も出来ようが、実際の本人の思惑はどうであれ、型取りされたマスクの様に全く無表情な大豪院の相手は只の一般人には手に余る代物であった。

 その中にあって自ら大豪院に接触を図ろうとした怖い物知らずが2名いた。
 1人は御影で『珍しい物好き』な性格から「どこから来たんだい?」とか「何のスポーツをしてたんだい?」とか聞いていたのだが、大豪院の「色々」「特には」という淡白な答えに興味を失ったのか、やがて取り巻きの女生徒らと何処かへ行ってしまった。

 もう1人は同じC組の鍬形くわがた  甲かぶと。彼はヤンキー漫画にかぶれて不良に憧れ、高校デビューを飾ろうとしたものの、入学初期から『元』空手部室を根城にしていた桜田一派と衝突し、無惨な敗北を喫した過去を持つ男だ。

 スタートダッシュに失敗して失意の中にあった鍬形であったが、大豪院を一目見て確信した。『桜田一派が壊滅した今、こいつとなら頂点てっぺん取れる!』と。

「な、なぁ、俺と一緒に瓢箪岳高校ひょーこーのテッペン目指そうぜ!」

 と、かなり息巻いて何度も話しかけていた。大豪院は大豪院で鍬形に目を遣る事も無く「知らん」「興味ない」と返していたのだが、鍬形はめげる事なく大豪院にまとわり付いていた。

 ☆

「例の転校生、うちのクラスでも噂になってたよ。なんでも紛争地域帰りの傭兵だったとか…」

「イヤイヤ、あたしは人を20人くらい殺して今まで少年院にいたって聞いたよ?」

 昼休み、蘭と綿子がそれぞれ大豪院に関して仕入れた噂を披露しあっていた。もはや学校全体で「何が真実か?」よりも「どれだけ話を盛れるか?」になりつつあるようだ。

 これも当の大豪院本人がほとんど雑談に応じない事から、他人の想像を掻き立てる原因になっていた。

 つばめはつばめで未だに朝の光景が現実であったと割り切れないでいた。

「わたし、朝登校中に大豪院あのひとに会ったんだけどさぁ…」

 つばめの言葉にウンウンと興味ありげな顔を向ける蘭と綿子。2人とも『つばめは一体どんなネタを仕入れてきたのか?』といった期待の顔である。

「いつもわたしを狙ってくる暴走車いるじゃん? あの車が3台も出てきて、その全部が彼にぶつかったんだよね…」

 つばめの言葉に「ほぉほぉ」と頷く2人。登校時間に学校の近くで大きな交通事故があった事は、すでに生徒達には周知の事実だ。

「車は爆発炎上したんだけど、その炎の中からあの人は無傷で現れたんだよね…」

 蘭と綿子、2人は「おぉーっ!」と感心し手を叩く。遅刻したつばめ、交通事故、煤けた大豪院、すべての条件を内包する素晴らしい『ネタ』であると認定された為である。

「こりゃ悔しいけどつばめっちが優勝だね!」
「うん! シンプルながらもキチンと練られた良いストーリーだったね!」

 ここでようやく、つばめは今の話が2人には真剣に受け取られていない事に気づく。

「イヤ嘘じゃないから! 信じてないでしょ2人とも」

 つばめの剣幕に蘭と綿子は互いを見つめ合い、目で何かを交信させたのか、同時に「だって… ねぇ~?」と、つばめを置いて分かり合っていた。

「つばめちゃん、さすがに車に撥ねられて無傷は無いと思うよ?」
「そうそう、ネタの追い被せとかしてこなくていいから」

 蘭は実際に車に撥ねられている。相手の車はスピードを出していなかったが、それでも軽く当たっただけで蘭は骨折しているのだ。車の怖さは身に沁みていた。
 ゴリラの力を得た今の蘭でも、1台ならまだしも3台もの車に挟まれて無傷でいられる自信は無かった。

「もぉっ! ホントだってばぁ! 信じてよ! …じゃないとわたし自身、今朝見た光景を信じられなくなっちゃうよ…」

 そこまで言ってようやく2人の態度が変わる。つばめの言葉が嘘や酔狂では無いと理解したらしい。

「もしそれが本当なら、あの転校生って一体何者なの…?」

 蘭のその問いに、3人の少女は一様に首を捻っていた。
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