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第九章
第103話 かべ
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「やっばーい、遅刻遅刻ぅ~っ!」
今日もまたつばめのダッシュから始まる、何の変哲もない平和な朝。
通学路を走るつばめ、次の角はかつて睦美達と出会った曰く付きの四つ角だ。ここで暴走ドライバーと遭遇するのも既に日課となりつつある。
だが今日は少し違ったイベントが発生した。いざ曲がり角に差し掛かろうとした瞬間に、曲がり角のレンガの壁が伸びた様に急につばめの前に迫り出してきたのだ。
「きゃんっ!」
そのまま減速できずに顔からレンガ壁に激突するつばめ。衝撃の反動でバランスを崩して尻もちをついてしまった。
怪我こそせずに済んだものの、鼻先と尻のダメージはしっかりと感じたつばめが涙目で見上げた物、壁だと思っていた物は身長2メートルを超えようかと言うほどの筋骨隆々とした巨漢だった。
腕の太さだけでつばめの腹回りを軽く超える程の骨格と筋肉を持ち、鋭い眼差しから放たれる眼光はそれだけで小動物を射殺せそうな程に力強い。
今つばめが感じている雰囲気は捕食者と被食者の関係に近いと言えるだろう。
ぶつかった相手から何かを言われた訳でも無いし、何かをされた訳でも無い。強いて言うなら『見られた』だけなのだが、つばめの口は意思に関わりなく「殺さないで…」と呟いていた。
レンガ壁が伸びた様に見えたのは、レンガ色をした瓢箪岳高校の制服を着ていた男の体をそのまま壁と見誤ったのだ。つまりこの壁男は瓢箪岳高校の生徒、あるいはそのコスプレをしている、と言う事になる。
「あ、あの… ごめんなさ…」
曲がり角で前方不注意でぶつかったのはつばめの方だ。たとえこちらが一方的にダメージを負ったとしても、悪いのは相手では無くつばめだ。
謝罪の言葉が出かかった矢先、爆音を響かせながら本日も登場した暴走ドライバーの操る赤いスポーツカーが爆走しながら男に突っ込んできた。
しかも1台ではない。今日に限ってつばめの通ってきた道以外の三方向からの計3台が時間を合わせたかの様に男に向けて突進してきたのだ。
「危ないっ…!」
それだけ呟くのがやっとの刹那、避ける予備動作すら見せられなかった壁男と3台のスポーツカーが激突する。
ドン!
ドン!!
ドン!!!
惨劇を想像して、思わず顔を背けきつく目を閉じるつばめ。周りは衝突の際に生じた噴煙で視界がかなり制限されていた。
その制限された中でつばめはぶつかった衝撃で車体が半分ほどに縮んでしまった赤いスポーツカーを見る。操縦席も潰れて縮んでしまっており、中のドライバーの安否が気遣われた。
「ついにやったか?!」
喜色を孕んだ声が煙の中から、人間離れした身のこなしで3台の車の中から3人の男が飛び出してくる。同時にその3台の車が連鎖的に爆発を起こし、普段は平和な交差点が炎に包まれる。
目の前の衝撃展開に頭が従いていかないつばめ。炎は更に勢いを増し、その中心にいたあの大柄な壁男も、とてもでは無いが無事とは思えない。
警察を呼ぶべきか? 消防を呼ぶべきか? はたまた変身して助けに行くべきか? そもそも燃え盛る炎の中に飛び込んでどうにか出来るものなのか…?
「おい、この女はどうする…?」
男たちの1人が声を出す。周りに他の人間は見当たらない。『この女』とはつばめの事で間違いないだろう。
「目標の撃破に成功した今、もうそいつをマークする必要も無い。まとめて丸焼きにしてやろうz…」
何やら物騒な事を相談していた男たちだが、突如炎の中から飛来してきた円状の何かが1人の顔に激突し、それが半分近く顔にめり込む。
『自動車のハンドル』を顔から生やしたまま、生死すら定かでない男は、無言のままその場にバタリと倒れ込んだ。
つばめをいたぶろうと下卑た顔をしていた男たちだったが、一瞬にしてその顔が恐怖に歪み始める。
「バ、バカな…」
「これでもダメなのか…?」
男たちに釣られてつばめも未だ燃え盛る炎を見つめる。その中心に影が現れて、やがて人の形を成す。
人影は確実に歩みを進め、炎の中からハッキリと姿を現す。それは破壊神シヴァの顕現か、不死鳥フェニックスの再生かとも思えるほどに、神秘的かつ暴力的なシルエットだった。
「くそっ、撤退だ!」
男たちの1人が叫ぶと、倒れたもう1人を抱えて全員で影に隠れる様に消えてしまった。
それは人がどんなに技術を極めても成せる技では無い事はつばめにも判断出来た。
炎から現れた人物は、紛れもなく先程つばめとぶつかった壁男だ。
猛スピードの車3台に挟まれて、更に爆発炎上しているのに、外見的には体や服が煤けた程度でほとんどダメージを受けていない様に見受けられる。
壁男はその分厚い胸板の煤と埃をパンパンと数度払いのけると、何事も無かったかのように「ふぅ…」とひと息ついた。そしておもむろにつばめを見て「怪我は、無いか…?」とだけ声を発する。
マジボラに入ってそれなりに不思議現象に慣れているはずのつばめをして、全く身動きが取れなかったこの一連の騒ぎ。
「だ… 大丈夫、です…」
なんとか絞り出すように答えたつばめに対し、壁男は無表情のまま「そうか…」とだけ答えて1人で学校の方向へと歩き去っていった。
今日もまたつばめのダッシュから始まる、何の変哲もない平和な朝。
通学路を走るつばめ、次の角はかつて睦美達と出会った曰く付きの四つ角だ。ここで暴走ドライバーと遭遇するのも既に日課となりつつある。
だが今日は少し違ったイベントが発生した。いざ曲がり角に差し掛かろうとした瞬間に、曲がり角のレンガの壁が伸びた様に急につばめの前に迫り出してきたのだ。
「きゃんっ!」
そのまま減速できずに顔からレンガ壁に激突するつばめ。衝撃の反動でバランスを崩して尻もちをついてしまった。
怪我こそせずに済んだものの、鼻先と尻のダメージはしっかりと感じたつばめが涙目で見上げた物、壁だと思っていた物は身長2メートルを超えようかと言うほどの筋骨隆々とした巨漢だった。
腕の太さだけでつばめの腹回りを軽く超える程の骨格と筋肉を持ち、鋭い眼差しから放たれる眼光はそれだけで小動物を射殺せそうな程に力強い。
今つばめが感じている雰囲気は捕食者と被食者の関係に近いと言えるだろう。
ぶつかった相手から何かを言われた訳でも無いし、何かをされた訳でも無い。強いて言うなら『見られた』だけなのだが、つばめの口は意思に関わりなく「殺さないで…」と呟いていた。
レンガ壁が伸びた様に見えたのは、レンガ色をした瓢箪岳高校の制服を着ていた男の体をそのまま壁と見誤ったのだ。つまりこの壁男は瓢箪岳高校の生徒、あるいはそのコスプレをしている、と言う事になる。
「あ、あの… ごめんなさ…」
曲がり角で前方不注意でぶつかったのはつばめの方だ。たとえこちらが一方的にダメージを負ったとしても、悪いのは相手では無くつばめだ。
謝罪の言葉が出かかった矢先、爆音を響かせながら本日も登場した暴走ドライバーの操る赤いスポーツカーが爆走しながら男に突っ込んできた。
しかも1台ではない。今日に限ってつばめの通ってきた道以外の三方向からの計3台が時間を合わせたかの様に男に向けて突進してきたのだ。
「危ないっ…!」
それだけ呟くのがやっとの刹那、避ける予備動作すら見せられなかった壁男と3台のスポーツカーが激突する。
ドン!
ドン!!
ドン!!!
惨劇を想像して、思わず顔を背けきつく目を閉じるつばめ。周りは衝突の際に生じた噴煙で視界がかなり制限されていた。
その制限された中でつばめはぶつかった衝撃で車体が半分ほどに縮んでしまった赤いスポーツカーを見る。操縦席も潰れて縮んでしまっており、中のドライバーの安否が気遣われた。
「ついにやったか?!」
喜色を孕んだ声が煙の中から、人間離れした身のこなしで3台の車の中から3人の男が飛び出してくる。同時にその3台の車が連鎖的に爆発を起こし、普段は平和な交差点が炎に包まれる。
目の前の衝撃展開に頭が従いていかないつばめ。炎は更に勢いを増し、その中心にいたあの大柄な壁男も、とてもでは無いが無事とは思えない。
警察を呼ぶべきか? 消防を呼ぶべきか? はたまた変身して助けに行くべきか? そもそも燃え盛る炎の中に飛び込んでどうにか出来るものなのか…?
「おい、この女はどうする…?」
男たちの1人が声を出す。周りに他の人間は見当たらない。『この女』とはつばめの事で間違いないだろう。
「目標の撃破に成功した今、もうそいつをマークする必要も無い。まとめて丸焼きにしてやろうz…」
何やら物騒な事を相談していた男たちだが、突如炎の中から飛来してきた円状の何かが1人の顔に激突し、それが半分近く顔にめり込む。
『自動車のハンドル』を顔から生やしたまま、生死すら定かでない男は、無言のままその場にバタリと倒れ込んだ。
つばめをいたぶろうと下卑た顔をしていた男たちだったが、一瞬にしてその顔が恐怖に歪み始める。
「バ、バカな…」
「これでもダメなのか…?」
男たちに釣られてつばめも未だ燃え盛る炎を見つめる。その中心に影が現れて、やがて人の形を成す。
人影は確実に歩みを進め、炎の中からハッキリと姿を現す。それは破壊神シヴァの顕現か、不死鳥フェニックスの再生かとも思えるほどに、神秘的かつ暴力的なシルエットだった。
「くそっ、撤退だ!」
男たちの1人が叫ぶと、倒れたもう1人を抱えて全員で影に隠れる様に消えてしまった。
それは人がどんなに技術を極めても成せる技では無い事はつばめにも判断出来た。
炎から現れた人物は、紛れもなく先程つばめとぶつかった壁男だ。
猛スピードの車3台に挟まれて、更に爆発炎上しているのに、外見的には体や服が煤けた程度でほとんどダメージを受けていない様に見受けられる。
壁男はその分厚い胸板の煤と埃をパンパンと数度払いのけると、何事も無かったかのように「ふぅ…」とひと息ついた。そしておもむろにつばめを見て「怪我は、無いか…?」とだけ声を発する。
マジボラに入ってそれなりに不思議現象に慣れているはずのつばめをして、全く身動きが取れなかったこの一連の騒ぎ。
「だ… 大丈夫、です…」
なんとか絞り出すように答えたつばめに対し、壁男は無表情のまま「そうか…」とだけ答えて1人で学校の方向へと歩き去っていった。
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