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第五章

第66話 へんじん

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「ジジィ! おるかぁっ!!」

 勢い良く玄関扉が開け放たれ、その音が向こう三軒両隣に鳴り響く。これはヤンキー漫画の一幕では無い。可憐で薄幸な女子高生、増田蘭の帰宅である。

 本日の学校への襲撃と蘭の知らない幹部(?)。蘭は祖父である繁蔵、もといシン悪川興業の総裁プロフェッサー悪川へ聞きたい事が山ほどあったのだ。

 増田家の中は暗かった。玄関から窺う限り人の気配は無い。
 気勢をがれた蘭は慎重に家に上がり居間へと向かう。

 暗い部屋に明かりを灯す。ダイニングテーブルに置かれていたメモ紙片を見つけた蘭は、それを手に取り書かれている文字を確認する。

『買い物に行ってきます。探さないで下さい』

 この如何にも人を食ったような書き置きに、蘭は新たな怒りの炎を燃やす。

「全くもうっ!」

 燃えた怒りもぶつける相手が不在では仕方が無い。メモを握り潰した蘭は不満を全身で表しながら居間のソファへと飛び込んだ。

 そのまま横になりながら、怒りを鎮める様に大きくため息をつく。ふと思い出すのは、サソリ怪人の奇襲から蘭を助けてくれたサッカー少年の事だった。

「あの男の子、誰だったんだろう…? 現れ方がちょっとヒーローっぽくてカッコ良かったかも…」

 ろくな事の無い1日ではあったが、『カッコ良かった』と思えるほどの男子と出会えたのは幸運だったかも知れない。
 つばめを目の当たりにしてきて、少女漫画で見る様な『恋する乙女』のシチュエーションを少々羨ましく思っていた感も否めない。

『恋かぁ… まだよくわかんないなぁ…』

 1人呟きながら目を閉じる蘭。
 それにしても強制されたスパイ任務、事件への対応、魔法の使用、家族のストレス、色々な物が積み重なり蘭の疲労は発散される事なく溜まりに溜まっていた。

 いや、先程の戦闘で思いっきり暴れた事で少しは解消されたが、それでも全体から見ればあくまで『少し』だ。
『眠い』と思う間もなく、いつしか蘭は微睡まどろみに沈んでいた。

 どれだけ眠っていたのだろうか、ガチャリというドアの開く音に反応して目を覚ます蘭。

「ただいま~。おーい蘭、おるんじゃろ? ちょっと手伝え!」

 散々他人様ひとさまに迷惑をかけておきながら平気な顔で呼びつけてくる繁蔵。
 蘭は『顔を見合わせるなり小一時間説教してやろう』と玄関に向かうが、その先で目撃した予想外の代物に目を奪われて固まってしまった。

 蘭の見た物、それは『リヤカーに乗せられた傷だらけで薄汚れたウタマロん』であった。

「いやぁ、ナビの調子が良くなくて隣町の雑木林まで飛んで行ってしまってな。えらく遠出する羽目になったわい」

『隣町…? あのジジィ意外と健脚なのね… って、それどころじゃ無いわ』

「ちょっとお爺ちゃん、そんな事より色々と聞きたい事が…」

 なんとか正気を取り戻した蘭が繁蔵に迫るも、

「話は後じゃ。ご近所はともかく警察には見られたくない。急いで研究所に運ぶぞ」

 蘭の話を遮って繁蔵が自分の都合を押し付ける。ちなみに繁蔵自身はご近所には『あそこの爺さんは変わり者だから…』と知れ渡っており、色々やらかしても結構スルーしてもらえる愛されキャラだったりする。
 当然繁蔵がリヤカーにゆるキャラの着ぐるみを乗せて走っていたとしても、ご近所には事件として認識される事は無い。

 マジボラとは別のシステムで認識阻害能力を持つ人物、それが増田繁蔵であった。

「え…? あ、うん…」

 蘭も『このまま放置してはヤバい』事は十分理解している。学校には警察が来ていて、マジボラやシン悪川興業の事を嗅ぎまわっている事は間違いないのだ。
 自宅が官憲にロックオンされる事は蘭も望む所ではない。

 シン悪川興業研究所。それは増田家の地下に造られた秘密の施設である。この研究所に於いて繁蔵、いやプロフェッサー悪川は日に日に改造人間や合成怪人の研究や実験、製造を行っているのだ。

 その入り口は増田宅の1階と2階を繋ぐ階段、その下に一見物置きスペースに偽装して設置されている、地下へと続くエレベーターである。

 蘭は片手で軽々とウタマロんを掴みあげると、そのまま玄関を通り、エレベーターに乱暴にウタマロんを投げ入れた。
 ドアが閉じる瞬間にウタマロんが発した「マロ~ん…」の声がとても哀愁を帯びていた様に感じたのは、果たして蘭のセンチメンタリズムだったのか。

「さて…」

 繁蔵に向き直る蘭。怒りのオーラが素人目にもはっきりと見える程に湧き上がっていた。

「まずは説明してちょうだい。あの丸っこいのは何者で、何でよりにもよって私の通っている高校を襲ったのか?」

 そんな蘭のオーラを躱すように繁蔵は居間へと進みくつろぎ始める。

「まぁ、ゆっくりと話そうか。まずは茶でも淹れてくれ…」
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