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第五章
第64話 ういじん
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『え~? 今度は毒なの…? これどっちかでも引き受けて、わたし大丈夫なのかな…?』
サソリに刺された生徒の治療に来たつばめだったが、いつものジレンマに苦しめられる事になる。
生徒達の受けているのは神経毒の類であるようで、症状は『毒』、痛みは『麻痺』と見て取れた。
『これ、わたしが麻痺しちゃったら全く意味が無いから、毒を引き受けるしかないけど… わたし後で死んだり変な痣が出来たりしないよね…?』
懊悩しつつも、目の前で苦しむ女子生徒に向けて手をかざすつばめ。目を閉じ大きく息を吸う。
『怖いよぉ… 怖いけど誰も頼れないよぉ… 神様お願いっ!』
「東京特許許可局!」
つばめのエコモード呪文が成功し、回復した女子生徒は礼を告げて去っていった。
『…とりあえずエコモードでも治せたし今のところ変調は無いけど、このまま続けて大丈夫かな…?』
その時つばめの脳裏に先ほど蘭に抱きしめられて「大丈夫だよ」と言われたシーンが蘇る。
『そうだ、増田さんも1人で戦っているんだ… わたしがへこたれてちゃダメダメじゃん!』
睦美達さえ来れば何とかなる。たとえその時点でつばめらが倒されていても、だ。
睦美らへの信頼感と言えるような言えないような、複雑な気持ちを抱えてつばめは次の生徒の元へと走った。
「ふざけてるの? こっちはちょっとイラッと来てるんだけど…?」
「ま、マロ~ん!」
相手の事が知りたい蘭と一切の情報をこぼさないウタマロん。全ての予定を狂わされた蘭は大層ご立腹であった。
ウタマロんもウタマロんで何かを訴えかけようとしている素振りを見せてはいるのだが、なにぶん「マロ~ん」しか言えないので困っている様子は外からでも見て取れた。
2人の動きがどの様になるのか流動的である為に横に立つサソリ怪人も行動しあぐねていた。そもそもシン悪川興業側としては目の前の黒衣の魔法少女の正体が蘭、つまり味方である事は重々承知しているのだ。
その蘭が『何故かは分からないが』怒っている。
「ねぇ、聞いてんの…?」
手の届く位置まで近付いた蘭がウタマロんの襟首(?)を掴む。その中に人間が入っているとして、どう軽く見ても5~60kgはあるであろうウタマロんを片手で地上10cmまで持ち上げる蘭。
「ここなら芹沢さんには聞こえないでしょ。さぁ、教えなさい!」
「ま、マロ~ん…」
蘭としてもシン悪川興業は身内である。出来ればこの場だけでも穏便に帰ってもらいたかったのだが、この様にふざけた態度を続けられては堪忍袋の緒も保ちそうに無い。
尤も、ウタマロんも外部音声は全て「マロ~ん」と出力される様に作られており、中の人物が何を言おうとしても「マロ~ん」にしかならないのだが、もちろん蘭にはその様な事は知る由もない。
『お爺ちゃん本人が現場に出てくるとは考え難い。かと言って悪の組織のメンバーを外注するとも思えないし、あのジジィにそんな伝手は無いはず。となるとあいつの中身は…?!』
「アンタ… ひょっとして凛じゃないでしょうね…?」
「ま、ま、マロ~ん!」
何やら慌てている様子ではあるが、否定とも肯定とも取れないウタマロんの動きに蘭は余計に苛立ちを募らせる。
事ここに至ってサソリ怪人も緊急事態と悟ったのか、周囲のサソリを蘭に向けて攻撃態勢を取ってきた。
「青巻紙…」
蘭は左足を少しずらして、やや大股になる。
「赤巻紙…」
蘭は持ち上げたウタマロんを更に10cm高く上げる。
「黄巻紙…!」
蘭の周囲1m程が白く靄に包まれる。同時に蘭に襲いかかろうとしていた小サソリ軍団は、蘭の魔法で生じた冷気によって、その多くが氷の彫像と化していた。
持ち上げられているウタマロんには凍結している様子は見られない。恐らくウタマロんにも魔法を阻害する『邪魔具』が取り付けられているのだろう。
魔法は抵抗してはいるものの、持ち上げられて何も出来ずにジタバタしている状態ではあるが。
そんなウタマロんを救出するべく、かろうじて冷気の範囲外に居たサソリ怪人が頭を大きく振り、歌舞伎の連獅子の様に髪、いや尻尾を回転させつつ、蘭をその毒針の餌食にしようと狙いを付ける。
この攻撃に対して蘭の反応が少し遅れた。本気の魔法による魔力消費が予想外に大きくて、一瞬目眩を起こしてしまっていたのだ。
そして今まさに蘭の身体にサソリ怪人の毒針が突き立てられようとしたその瞬間、サソリ怪人の頭に何かの球体らしき物体が命中した。
しかしてその球体はサッカーボールであり、それを蹴り出した人物は1年C組の沖田彰馬であった。
沖田も騒ぎを聞きつけて校庭に出ており、そのまま状況を見守っていたのだ。そこで謎の黒衣の少女が謎の怪人と戦っているのを目撃、少女のピンチに見かねて介入を決意した、という次第である。
距離15m程のロングシュートを、正確にサソリ怪人の頭に決めた沖田の実力は計り知れない。前歴のセパタクローの経験が活きたのかも知れない。
何はともあれ奇跡のシュートのおかげで毒針攻撃を避けた蘭、その目は怒りの炎に包まれていた。
『攻撃された』事に対する怒りよりも『子供のイタズラに耐えかねて切れたオカン』に近いオーラであったかも知れない。
「アンタらいい加減にしなさいよ!」
締め上げていたウタマロんを投げ捨て、サソリ怪人に対峙する蘭。ウタマロんはその丸い体型により2、3度バウンドしてから尻餅をつく形で着地した。
最初からあったかどうかも怪しいヤル気が完全に消滅したようで、尻餅の態勢のまま必死に蘭から後ずさっていた。
蘭はそのままサソリ怪人を両手で抱き締め力を込める。サソリ怪人も脱出しようと抵抗するが、蘭のゴリラパワーの鯖折り固めに勝てずに藻掻くだけだ。周囲にもサソリ怪人の背骨にダメージの入るミシミシという音が聞こえてくる。
その態勢から蘭は思いっきり体を後ろに反らす。蘭に抱きつかれたままのサソリ怪人が頭から地面に激突する。
蘭のフロントスープレックスホールドで頭から地面に生えたサソリ怪人は、その残骸と証拠を残さぬ仕様ですぐに霞の様に雲散霧消していった。
「何なの、あの子…?」
ようやく到着した睦美は、その様子を訝しげに見つめていた。
サソリに刺された生徒の治療に来たつばめだったが、いつものジレンマに苦しめられる事になる。
生徒達の受けているのは神経毒の類であるようで、症状は『毒』、痛みは『麻痺』と見て取れた。
『これ、わたしが麻痺しちゃったら全く意味が無いから、毒を引き受けるしかないけど… わたし後で死んだり変な痣が出来たりしないよね…?』
懊悩しつつも、目の前で苦しむ女子生徒に向けて手をかざすつばめ。目を閉じ大きく息を吸う。
『怖いよぉ… 怖いけど誰も頼れないよぉ… 神様お願いっ!』
「東京特許許可局!」
つばめのエコモード呪文が成功し、回復した女子生徒は礼を告げて去っていった。
『…とりあえずエコモードでも治せたし今のところ変調は無いけど、このまま続けて大丈夫かな…?』
その時つばめの脳裏に先ほど蘭に抱きしめられて「大丈夫だよ」と言われたシーンが蘇る。
『そうだ、増田さんも1人で戦っているんだ… わたしがへこたれてちゃダメダメじゃん!』
睦美達さえ来れば何とかなる。たとえその時点でつばめらが倒されていても、だ。
睦美らへの信頼感と言えるような言えないような、複雑な気持ちを抱えてつばめは次の生徒の元へと走った。
「ふざけてるの? こっちはちょっとイラッと来てるんだけど…?」
「ま、マロ~ん!」
相手の事が知りたい蘭と一切の情報をこぼさないウタマロん。全ての予定を狂わされた蘭は大層ご立腹であった。
ウタマロんもウタマロんで何かを訴えかけようとしている素振りを見せてはいるのだが、なにぶん「マロ~ん」しか言えないので困っている様子は外からでも見て取れた。
2人の動きがどの様になるのか流動的である為に横に立つサソリ怪人も行動しあぐねていた。そもそもシン悪川興業側としては目の前の黒衣の魔法少女の正体が蘭、つまり味方である事は重々承知しているのだ。
その蘭が『何故かは分からないが』怒っている。
「ねぇ、聞いてんの…?」
手の届く位置まで近付いた蘭がウタマロんの襟首(?)を掴む。その中に人間が入っているとして、どう軽く見ても5~60kgはあるであろうウタマロんを片手で地上10cmまで持ち上げる蘭。
「ここなら芹沢さんには聞こえないでしょ。さぁ、教えなさい!」
「ま、マロ~ん…」
蘭としてもシン悪川興業は身内である。出来ればこの場だけでも穏便に帰ってもらいたかったのだが、この様にふざけた態度を続けられては堪忍袋の緒も保ちそうに無い。
尤も、ウタマロんも外部音声は全て「マロ~ん」と出力される様に作られており、中の人物が何を言おうとしても「マロ~ん」にしかならないのだが、もちろん蘭にはその様な事は知る由もない。
『お爺ちゃん本人が現場に出てくるとは考え難い。かと言って悪の組織のメンバーを外注するとも思えないし、あのジジィにそんな伝手は無いはず。となるとあいつの中身は…?!』
「アンタ… ひょっとして凛じゃないでしょうね…?」
「ま、ま、マロ~ん!」
何やら慌てている様子ではあるが、否定とも肯定とも取れないウタマロんの動きに蘭は余計に苛立ちを募らせる。
事ここに至ってサソリ怪人も緊急事態と悟ったのか、周囲のサソリを蘭に向けて攻撃態勢を取ってきた。
「青巻紙…」
蘭は左足を少しずらして、やや大股になる。
「赤巻紙…」
蘭は持ち上げたウタマロんを更に10cm高く上げる。
「黄巻紙…!」
蘭の周囲1m程が白く靄に包まれる。同時に蘭に襲いかかろうとしていた小サソリ軍団は、蘭の魔法で生じた冷気によって、その多くが氷の彫像と化していた。
持ち上げられているウタマロんには凍結している様子は見られない。恐らくウタマロんにも魔法を阻害する『邪魔具』が取り付けられているのだろう。
魔法は抵抗してはいるものの、持ち上げられて何も出来ずにジタバタしている状態ではあるが。
そんなウタマロんを救出するべく、かろうじて冷気の範囲外に居たサソリ怪人が頭を大きく振り、歌舞伎の連獅子の様に髪、いや尻尾を回転させつつ、蘭をその毒針の餌食にしようと狙いを付ける。
この攻撃に対して蘭の反応が少し遅れた。本気の魔法による魔力消費が予想外に大きくて、一瞬目眩を起こしてしまっていたのだ。
そして今まさに蘭の身体にサソリ怪人の毒針が突き立てられようとしたその瞬間、サソリ怪人の頭に何かの球体らしき物体が命中した。
しかしてその球体はサッカーボールであり、それを蹴り出した人物は1年C組の沖田彰馬であった。
沖田も騒ぎを聞きつけて校庭に出ており、そのまま状況を見守っていたのだ。そこで謎の黒衣の少女が謎の怪人と戦っているのを目撃、少女のピンチに見かねて介入を決意した、という次第である。
距離15m程のロングシュートを、正確にサソリ怪人の頭に決めた沖田の実力は計り知れない。前歴のセパタクローの経験が活きたのかも知れない。
何はともあれ奇跡のシュートのおかげで毒針攻撃を避けた蘭、その目は怒りの炎に包まれていた。
『攻撃された』事に対する怒りよりも『子供のイタズラに耐えかねて切れたオカン』に近いオーラであったかも知れない。
「アンタらいい加減にしなさいよ!」
締め上げていたウタマロんを投げ捨て、サソリ怪人に対峙する蘭。ウタマロんはその丸い体型により2、3度バウンドしてから尻餅をつく形で着地した。
最初からあったかどうかも怪しいヤル気が完全に消滅したようで、尻餅の態勢のまま必死に蘭から後ずさっていた。
蘭はそのままサソリ怪人を両手で抱き締め力を込める。サソリ怪人も脱出しようと抵抗するが、蘭のゴリラパワーの鯖折り固めに勝てずに藻掻くだけだ。周囲にもサソリ怪人の背骨にダメージの入るミシミシという音が聞こえてくる。
その態勢から蘭は思いっきり体を後ろに反らす。蘭に抱きつかれたままのサソリ怪人が頭から地面に激突する。
蘭のフロントスープレックスホールドで頭から地面に生えたサソリ怪人は、その残骸と証拠を残さぬ仕様ですぐに霞の様に雲散霧消していった。
「何なの、あの子…?」
ようやく到着した睦美は、その様子を訝しげに見つめていた。
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