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第四章(最終章)
ネタバラシ
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~田中視点
米軍第3艦隊司令スコット・ボーエン中将、ソ大連第1艦隊司令アレクサンデル・ガボーチェフ大将、そして『すざく』の永尾艦長と田宮技師や竹本技師、更に米軍の技術士達が集まって会議を始めた。今後の連合艦隊の方針を決める為の会議だと言うが、そんな場所に同時にいち部隊指揮官に過ぎない長谷川さんも出席していった。
気になるのは長谷川さんが格納庫で鈴代中尉と何かを話し、ピンキーの個人端末を借り受けて行った事と、それ以降ピンキーが輝甲兵に乗りっぱなしで、中で何かを待機している、という事だ。
長谷川さんは俺とすれ違いざま「会議で全部ぶちまけてくるわ」と楽しそうにこぼして行った。
そんな長谷川さんを気にしつつも機体が修理中で手持ち無沙汰な俺は、手元の端末で気になった事を調べてみた。
『幽炉同盟』~データ無し。…まぁそうだろうな。
『ニコライ・シマノビッチ』~ソ大連出身の科学者。幽炉理論の提唱者でその後、全米連合に亡命。S&B社で幽炉を完成させるも事件を起こし逮捕、懲役122年の刑を受け服役中。…だがこれは50年以上昔の記事だ。
…何だか分かる様な分からん様な、非常にややこしい事情があるっぽいのは理解した。幽炉同盟の本拠がS&B社にあるのも偶然では無いのだろう。
極東の大連から、地球のほぼ真裏にある南米ブエノスアイレスまでの逃避行にも、S&B社が目的なら理解できる。
するとつまり、このシマノビッチとか言う米連で服役中のはずの奴が、何故かソ大連製輝甲兵の幽炉の原料として取り込まれており、更にそれが意識を持って操者も居ないのに(少なくとも『鎌付き』の操者槽は俺が大穴を開けたし、操者を貫いた手応えもあった)動き出した、と言う事なのか? そんな事があり得るのか?
『幽炉の中には文字通り幽霊がいる』と言うのは戦場伝説としては有名だ。かく言う俺も零式に乗っていた頃に、何度か正体不明のうめき声の様な物を聞いた事がある。
あの頃は大して気にしていなかったし、接続の際のノイズや単なる『戦場のストレス』として勝手に解釈していたが、もし本当に幽炉が人間の魂で動いていたのならば、俺は操者として過去何人の魂を食い潰してきたのだろう…? 考えるのが怖いな……。
敵としての虫、味方としての幽炉、その双方に人間が乗っており、俺は300以上の虫を殺し、数十の幽炉を使い潰してきた。己の業の深さに戦慄せざるを得ない……。
これ絶対天国には行けないパターンだろうな。下手したら後世に戦犯扱いされて裁かれるかも知れない。
さて、例の会議だが場所は『すざく』のブリーフィング室を使用している。今の段階でどこまで話が進んだのかは分からないが、先程『鎌付き』の政見放送を流した艦内モニターが再度点灯し、今度は長谷川さんが映し出された。
ニュースキャスターの様に座って話している長谷川さん、どうやら個人端末に搭載されているカメラによって撮影され生配信されているようだ。机の上にはピンキーの物と思われる端末が置かれている。
「『すざく』並びに米ソの艦隊の諸君。想定外の事件ばかり起きて混乱している事と思う。今から見せる映像は特撮でも何でも無い。そして『幽炉同盟』と言う存在が、SF映画の様な荒唐無稽な物では無い事の証でもあると承知してもらいたい」
そこで長谷川さんはカメラを後ろ方向に回転させ、米ソの艦隊主導者を映す。彼らは永尾艦長を除き、一様に憮然とした表情をしていた。まぁ真面目な会議に下級士官ごときが何を言ってるんだ? 的な至極当然な反応だな。
しかも会議の内容を広範囲に実況しようとしているのだから、場合によっては軍機違反で即逮捕だ。
「では始めよう。71くん、用意は良いかね?」
ナナヒト? ってピンキーの機体の3071の事か? 何をする気なんだ、あのオッサンは…?
するとピンキーの端末からと思われる声が上がった。
《え? マジでやっちゃっていいんスか? 騒ぎになっても俺知りませんよ?》
と言う機械的な合成音声が返ってきたのだ。ボイスチェンジャー等で声を変えている、と言うよりも文章の読み上げソフトで出力された妙なイントネーションの声に聞こえた。
「騒ぎにする為にやるんだよ。今日から君は世界の有名人になる。鈴代、頼んだ」
長谷川さんの声と同時に3071が幽炉開放し始めた。そして事もあろうか開放中に接続を切ってピンキーが操者槽から飛び出したのだ。
おい、そんな事をしたら幽炉が暴走して『すざく』艦内で虚空現象が起こってしまうぞ…?
それにも関わらすピンキーは、手にした携帯ビデオカメラで興味無さげに自分の輝甲兵の撮影を始める。
艦内モニターの映像が会議室から格納庫、つまりピンキーが撮影中の映像に切り替わる。
何が起きているのか理解できないままに、半ば死を覚悟して固まっている俺達が見たものは… 無人のまま動き出した3071だった。
最初は右手を上げてはにかむように頭を掻く仕草、艦内モニターからは《…って言われてもどうしたもんかな?》の声。音声だけは会議室から繋がっているみたいだ。
《えっと…》とグー、チョキ、パーのジャンケンの仕草。
《ボコボコにしてやんよ!》と滑らかなシャドーボクシングの仕草。
《長谷川さん、ここ狭いッス!》と顔の前でバツの字を組む仕草。
そしてそれらの行動を呆れた様な顔つきで撮影するピンキー。その撮影された映像が艦内モニターに同時に映し出されている。紛う事無き生配信だ。
まぁ、俺達は目の前の『無人の輝甲兵が楽しげに動いている』出来事が無茶苦茶すぎて、誰一人リアクションを取れずにいた。
ピンキー1人が平然と撮影を続けているのは、彼女はこの事態を始めから知っていたからに違いない。
つまりピンキーの機体の幽炉にはシマノビッチと同様に覚醒した人格が乗っており、幽炉のみによって機体を動かす事も可能であると言う事なのか?
それはすなわち『幽炉同盟』とやらの存在、シマノビッチ総統という存在が絵空事では無く真実味を帯びてきた事でもある。
…ようやく頭が追いついてきた。ピンキーの機体には腕が増設されており、それを使って機能的に盾で防御したり、弾倉の交換をしていた。
普通に考えれば人間には不可能な制御を、あいつは俺が地球に降下してきた頃から既にやっていたのだ。
輝甲兵の操者には変わり者が多い。ピンキーもそれなりの撃墜王だったから、『器用な奴もいるもんだな』程度にしか考えていなかったが、今にして思えばあの副腕の制御を、ナナヒトと呼ばれる幽炉がやっていたと考えれば疑問も解決する。
まぁ、俺の合流直後に『鎌付き』事件が起きているから、どの道その辺の追求どころでは無かっただろうけどもな。
幽炉は人間の魂を取り込んでいる。
取り込まれた人間が意思を持って会話をし、操者に依らずとも輝甲兵を動かす事が出来る。
幽炉同盟は何らかの手段で輝甲兵の幽炉に働きかけ、制御を奪い自在に操り、幽炉を暴走させ虚空現象を起こす事が出来る。
昨日までなら鼻で笑っていたような諸々の事柄がとても身近に感じられた。これは確かに笑っている場合では無い。
シマノビッチと言う人物がどの様な性格なのかはこの際どうでも良い。地球連合全てを相手にして「蹂躙する」と豪語し、それを成し得る存在。
しかもその首魁が俺らに因縁のある『鎌付き』ならば、ケリを付けるのは俺達の任務であり義務だろう。
「重ねて言うが、今ご覧いただいたのは特撮でも何でもない。この通り幽炉の中の人格が覚醒し、我々と協力関係を築いている例もあるのだ」
長谷川さんの言葉にナナヒトと呼ばれた輝甲兵が腕を組みながら『うんうん』と頷いていた。
そこでモニターの画像は長谷川さんがカメラを意識しつつお偉方に力説する風に構図を取る。
「これで皆様も『幽炉同盟』の存在が狂言では無く『今そこにある危機』であるとご理解頂けたと思います。続きましてシマノビッチらが幽霊同盟を自称する以前に撮られた、ソ大連の基地が彼らに攻撃された際の映像をご覧いただきます」
再び画面が切り替わる。次はピンキーが拾ってきた猫に記録されていた惨劇の上映会になる。俺達『すざく』の乗員は既に見てきた物だが、米ソの連中は驚きを新たにする事だろう。どの様なリアクションが取られているのか確認出来ないのが残念だ。
これで出番を終了したらしいナナヒトの方は『自力で』幽炉を閉鎖して通常の駐機状態に戻る。
先程までの躍動感はまるで消え失せ、他の機体と同様の無機質な物言わぬ巨人となって佇んでいる。
その頭痛を催すほどの違和感が、夢では無い証拠なのだろうか…?
次に現れたのは縞原重工の技術士代表で出席している田宮技師だ。『鎌付き』の襲撃で負った傷がまだ完治しておらず、『すざく』付きの主任技術士である竹本技師の介助を受けている。
「私ら技術士も幽炉の原料に人間の魂を使っていたのは知っていた。輝甲兵を虫に見せかける偏向フィルターの存在もな。その上で『その秘密に気が付きそうな操者や整備員が居たら縞原重工に報告しろ』と言われていた…」
体が痛むのか、秘密を吐露する心情が苦しいのか、田宮技師の顔が小さく歪む。
「ダーリェン基地でも私や丑尾は何人も報告… いや密告してきたよ。その度に密告された奴らは精神疾患と診断されて強制的に入院させられたり、不慮の事故で亡くなったりしていた。そして私も最近までそれが『おかしい』と考える事も無かった…」
…確かに幽炉周りの作業は縞原重工の技術士にしか行えない決まりになっている。変なうめき声くらいなら担当の技術士に相談するのは普通に考えられる。
ピンキーの場合は、相談した相手がたまたま上官の長谷川さんだったから、運良く今まで無事だったのだろう。
これでもし相談相手が縞原重工の人間だったら、ピンキーは人知れず逮捕拘禁されて、今頃はあの世か精神病院の住人になっていたかも知れない。
「…恥ずかしながら、私は長いこと自分を『国同士の戦争ゲームの傍観者』だと思っていた。整備した輝甲兵が撃墜されても、同じ釜の飯を食った操者が戦死しても、天災に見舞われたが如く『仕方ない、自分に出来る事はない』と己に言い聞かせて何もしなかった…」
田宮技師の目には溢れそうなほど涙が溜まっていた。積年の想いが堰を切った様に湧き出てきているのだろう。
「だがダーリェン基地が『鎌付き』の襲撃を受けて、丑尾を始めとする多数の同僚や部下たちが殺されたと聞いて、遅まきながらに目が覚めた。ティンダの基地でソ大連の技術士らを説得して輝甲兵から偏向フィルターを解除させた。こんな歪な世界は修正しなくちゃならん、と私は思う。幽炉同盟を止めた後は、世界中で起きている戦争を止めなくちゃならんと考えている…」
田宮技師の男泣きに俺も柄にも無く胸を詰まらせる。そうだ、『鎌付き』を片付けて全て終わりじゃない。その後は地球連合という俺達を騙し続けていた機構そのものにメスを入れていく必要もあるだろう。
泣き崩れる田宮技師を画面から外し、そろって苦虫を噛み潰す様な顔をしている米ソの両提督をカメラは映し出す、そこに永尾艦長が声を被せる。
「ボーエン中将、ガボーチェフ大将、両閣下にお尋ねします。我々は『なぜ』『いつから』、そして『いつまで』幻の敵を相手に戦争をせねばならんのかお聞かせ願いたい。勿論大体の予想は出来ているが、是非とも『知っている』方々からのお言葉が欲しいと考えます」
俺達だけでなく、米ソ両艦隊の観衆全てが息を呑んで状況を見守っているであろうと予想される。
やがてボーエン中将が観念した様子で大きく息を吐き出した。
「…もはや隠し通す事は不可能であるか…」
そこで不意に2発の銃声が轟きボーエン中将の言葉が中断された。ガボーチェフ大将が携帯していた拳銃でボーエン中将を射殺したのだ。
射出された2発の弾丸は両方共ボーエン中将の顔面に撃ち込まれ、ボーエン中将はうめき声を上げる間もなく即死した。
まさかの事態に硬直する会議室の面々、そしてその隙を突いてガボーチェフ大将は、自身のこめかみに銃弾を撃ち込み自殺してしまったのだった。
米ソ2国の艦隊司令官が3秒の間に無理心中してしまったのだ。
冷静になって考えてみれば、これは立派なテロ行為だ。軍人と言えども非戦闘状態時に誰かを殺せば『殺人罪』以外の何物でもない。
結果として永尾艦長の、いや俺達一般兵士全体の抱く疑問は解消される事は無かった。ガボーチェフ大将はそこまでして秘密を守りたかったのか? この世界には一体何が起きているんだ…?
何はともあれ司令官を殺された米軍は慌ててソ大連艦隊に向けて展開の準備を始める。
米軍が相手を『人間』と分かっていて戦闘の準備をするのは、地球連合発足以来実に300年振りだろう。
しかしソ大連艦隊の方が遥かに反応が早かった。
「ガボーチェフ大将の行為は大将の個人的な行動であり、ソ大連軍の意思ではない。ボーエン提督の不幸は甚だ遺憾であり、厚くご冥福をお祈りする。また、司令官を失した事により艦隊の自治権を喪失した我が第1艦隊は、やむを得ず当作戦より離脱して元の首都防衛の任務に戻る事とする。貴官らの健闘を心より願うものである」
との通信を残して全部隊がそそくさとソ大連領内に帰ってしまった。
まるでこうなる事が初めから予定されていたかのような、それは見事な逃げ足であった……。
いつの間にか俺の横にいたテレーザが『チッ!』と舌打ちする音が格納庫に虚しく響いたのが妙に印象的だった。
米軍第3艦隊司令スコット・ボーエン中将、ソ大連第1艦隊司令アレクサンデル・ガボーチェフ大将、そして『すざく』の永尾艦長と田宮技師や竹本技師、更に米軍の技術士達が集まって会議を始めた。今後の連合艦隊の方針を決める為の会議だと言うが、そんな場所に同時にいち部隊指揮官に過ぎない長谷川さんも出席していった。
気になるのは長谷川さんが格納庫で鈴代中尉と何かを話し、ピンキーの個人端末を借り受けて行った事と、それ以降ピンキーが輝甲兵に乗りっぱなしで、中で何かを待機している、という事だ。
長谷川さんは俺とすれ違いざま「会議で全部ぶちまけてくるわ」と楽しそうにこぼして行った。
そんな長谷川さんを気にしつつも機体が修理中で手持ち無沙汰な俺は、手元の端末で気になった事を調べてみた。
『幽炉同盟』~データ無し。…まぁそうだろうな。
『ニコライ・シマノビッチ』~ソ大連出身の科学者。幽炉理論の提唱者でその後、全米連合に亡命。S&B社で幽炉を完成させるも事件を起こし逮捕、懲役122年の刑を受け服役中。…だがこれは50年以上昔の記事だ。
…何だか分かる様な分からん様な、非常にややこしい事情があるっぽいのは理解した。幽炉同盟の本拠がS&B社にあるのも偶然では無いのだろう。
極東の大連から、地球のほぼ真裏にある南米ブエノスアイレスまでの逃避行にも、S&B社が目的なら理解できる。
するとつまり、このシマノビッチとか言う米連で服役中のはずの奴が、何故かソ大連製輝甲兵の幽炉の原料として取り込まれており、更にそれが意識を持って操者も居ないのに(少なくとも『鎌付き』の操者槽は俺が大穴を開けたし、操者を貫いた手応えもあった)動き出した、と言う事なのか? そんな事があり得るのか?
『幽炉の中には文字通り幽霊がいる』と言うのは戦場伝説としては有名だ。かく言う俺も零式に乗っていた頃に、何度か正体不明のうめき声の様な物を聞いた事がある。
あの頃は大して気にしていなかったし、接続の際のノイズや単なる『戦場のストレス』として勝手に解釈していたが、もし本当に幽炉が人間の魂で動いていたのならば、俺は操者として過去何人の魂を食い潰してきたのだろう…? 考えるのが怖いな……。
敵としての虫、味方としての幽炉、その双方に人間が乗っており、俺は300以上の虫を殺し、数十の幽炉を使い潰してきた。己の業の深さに戦慄せざるを得ない……。
これ絶対天国には行けないパターンだろうな。下手したら後世に戦犯扱いされて裁かれるかも知れない。
さて、例の会議だが場所は『すざく』のブリーフィング室を使用している。今の段階でどこまで話が進んだのかは分からないが、先程『鎌付き』の政見放送を流した艦内モニターが再度点灯し、今度は長谷川さんが映し出された。
ニュースキャスターの様に座って話している長谷川さん、どうやら個人端末に搭載されているカメラによって撮影され生配信されているようだ。机の上にはピンキーの物と思われる端末が置かれている。
「『すざく』並びに米ソの艦隊の諸君。想定外の事件ばかり起きて混乱している事と思う。今から見せる映像は特撮でも何でも無い。そして『幽炉同盟』と言う存在が、SF映画の様な荒唐無稽な物では無い事の証でもあると承知してもらいたい」
そこで長谷川さんはカメラを後ろ方向に回転させ、米ソの艦隊主導者を映す。彼らは永尾艦長を除き、一様に憮然とした表情をしていた。まぁ真面目な会議に下級士官ごときが何を言ってるんだ? 的な至極当然な反応だな。
しかも会議の内容を広範囲に実況しようとしているのだから、場合によっては軍機違反で即逮捕だ。
「では始めよう。71くん、用意は良いかね?」
ナナヒト? ってピンキーの機体の3071の事か? 何をする気なんだ、あのオッサンは…?
するとピンキーの端末からと思われる声が上がった。
《え? マジでやっちゃっていいんスか? 騒ぎになっても俺知りませんよ?》
と言う機械的な合成音声が返ってきたのだ。ボイスチェンジャー等で声を変えている、と言うよりも文章の読み上げソフトで出力された妙なイントネーションの声に聞こえた。
「騒ぎにする為にやるんだよ。今日から君は世界の有名人になる。鈴代、頼んだ」
長谷川さんの声と同時に3071が幽炉開放し始めた。そして事もあろうか開放中に接続を切ってピンキーが操者槽から飛び出したのだ。
おい、そんな事をしたら幽炉が暴走して『すざく』艦内で虚空現象が起こってしまうぞ…?
それにも関わらすピンキーは、手にした携帯ビデオカメラで興味無さげに自分の輝甲兵の撮影を始める。
艦内モニターの映像が会議室から格納庫、つまりピンキーが撮影中の映像に切り替わる。
何が起きているのか理解できないままに、半ば死を覚悟して固まっている俺達が見たものは… 無人のまま動き出した3071だった。
最初は右手を上げてはにかむように頭を掻く仕草、艦内モニターからは《…って言われてもどうしたもんかな?》の声。音声だけは会議室から繋がっているみたいだ。
《えっと…》とグー、チョキ、パーのジャンケンの仕草。
《ボコボコにしてやんよ!》と滑らかなシャドーボクシングの仕草。
《長谷川さん、ここ狭いッス!》と顔の前でバツの字を組む仕草。
そしてそれらの行動を呆れた様な顔つきで撮影するピンキー。その撮影された映像が艦内モニターに同時に映し出されている。紛う事無き生配信だ。
まぁ、俺達は目の前の『無人の輝甲兵が楽しげに動いている』出来事が無茶苦茶すぎて、誰一人リアクションを取れずにいた。
ピンキー1人が平然と撮影を続けているのは、彼女はこの事態を始めから知っていたからに違いない。
つまりピンキーの機体の幽炉にはシマノビッチと同様に覚醒した人格が乗っており、幽炉のみによって機体を動かす事も可能であると言う事なのか?
それはすなわち『幽炉同盟』とやらの存在、シマノビッチ総統という存在が絵空事では無く真実味を帯びてきた事でもある。
…ようやく頭が追いついてきた。ピンキーの機体には腕が増設されており、それを使って機能的に盾で防御したり、弾倉の交換をしていた。
普通に考えれば人間には不可能な制御を、あいつは俺が地球に降下してきた頃から既にやっていたのだ。
輝甲兵の操者には変わり者が多い。ピンキーもそれなりの撃墜王だったから、『器用な奴もいるもんだな』程度にしか考えていなかったが、今にして思えばあの副腕の制御を、ナナヒトと呼ばれる幽炉がやっていたと考えれば疑問も解決する。
まぁ、俺の合流直後に『鎌付き』事件が起きているから、どの道その辺の追求どころでは無かっただろうけどもな。
幽炉は人間の魂を取り込んでいる。
取り込まれた人間が意思を持って会話をし、操者に依らずとも輝甲兵を動かす事が出来る。
幽炉同盟は何らかの手段で輝甲兵の幽炉に働きかけ、制御を奪い自在に操り、幽炉を暴走させ虚空現象を起こす事が出来る。
昨日までなら鼻で笑っていたような諸々の事柄がとても身近に感じられた。これは確かに笑っている場合では無い。
シマノビッチと言う人物がどの様な性格なのかはこの際どうでも良い。地球連合全てを相手にして「蹂躙する」と豪語し、それを成し得る存在。
しかもその首魁が俺らに因縁のある『鎌付き』ならば、ケリを付けるのは俺達の任務であり義務だろう。
「重ねて言うが、今ご覧いただいたのは特撮でも何でもない。この通り幽炉の中の人格が覚醒し、我々と協力関係を築いている例もあるのだ」
長谷川さんの言葉にナナヒトと呼ばれた輝甲兵が腕を組みながら『うんうん』と頷いていた。
そこでモニターの画像は長谷川さんがカメラを意識しつつお偉方に力説する風に構図を取る。
「これで皆様も『幽炉同盟』の存在が狂言では無く『今そこにある危機』であるとご理解頂けたと思います。続きましてシマノビッチらが幽霊同盟を自称する以前に撮られた、ソ大連の基地が彼らに攻撃された際の映像をご覧いただきます」
再び画面が切り替わる。次はピンキーが拾ってきた猫に記録されていた惨劇の上映会になる。俺達『すざく』の乗員は既に見てきた物だが、米ソの連中は驚きを新たにする事だろう。どの様なリアクションが取られているのか確認出来ないのが残念だ。
これで出番を終了したらしいナナヒトの方は『自力で』幽炉を閉鎖して通常の駐機状態に戻る。
先程までの躍動感はまるで消え失せ、他の機体と同様の無機質な物言わぬ巨人となって佇んでいる。
その頭痛を催すほどの違和感が、夢では無い証拠なのだろうか…?
次に現れたのは縞原重工の技術士代表で出席している田宮技師だ。『鎌付き』の襲撃で負った傷がまだ完治しておらず、『すざく』付きの主任技術士である竹本技師の介助を受けている。
「私ら技術士も幽炉の原料に人間の魂を使っていたのは知っていた。輝甲兵を虫に見せかける偏向フィルターの存在もな。その上で『その秘密に気が付きそうな操者や整備員が居たら縞原重工に報告しろ』と言われていた…」
体が痛むのか、秘密を吐露する心情が苦しいのか、田宮技師の顔が小さく歪む。
「ダーリェン基地でも私や丑尾は何人も報告… いや密告してきたよ。その度に密告された奴らは精神疾患と診断されて強制的に入院させられたり、不慮の事故で亡くなったりしていた。そして私も最近までそれが『おかしい』と考える事も無かった…」
…確かに幽炉周りの作業は縞原重工の技術士にしか行えない決まりになっている。変なうめき声くらいなら担当の技術士に相談するのは普通に考えられる。
ピンキーの場合は、相談した相手がたまたま上官の長谷川さんだったから、運良く今まで無事だったのだろう。
これでもし相談相手が縞原重工の人間だったら、ピンキーは人知れず逮捕拘禁されて、今頃はあの世か精神病院の住人になっていたかも知れない。
「…恥ずかしながら、私は長いこと自分を『国同士の戦争ゲームの傍観者』だと思っていた。整備した輝甲兵が撃墜されても、同じ釜の飯を食った操者が戦死しても、天災に見舞われたが如く『仕方ない、自分に出来る事はない』と己に言い聞かせて何もしなかった…」
田宮技師の目には溢れそうなほど涙が溜まっていた。積年の想いが堰を切った様に湧き出てきているのだろう。
「だがダーリェン基地が『鎌付き』の襲撃を受けて、丑尾を始めとする多数の同僚や部下たちが殺されたと聞いて、遅まきながらに目が覚めた。ティンダの基地でソ大連の技術士らを説得して輝甲兵から偏向フィルターを解除させた。こんな歪な世界は修正しなくちゃならん、と私は思う。幽炉同盟を止めた後は、世界中で起きている戦争を止めなくちゃならんと考えている…」
田宮技師の男泣きに俺も柄にも無く胸を詰まらせる。そうだ、『鎌付き』を片付けて全て終わりじゃない。その後は地球連合という俺達を騙し続けていた機構そのものにメスを入れていく必要もあるだろう。
泣き崩れる田宮技師を画面から外し、そろって苦虫を噛み潰す様な顔をしている米ソの両提督をカメラは映し出す、そこに永尾艦長が声を被せる。
「ボーエン中将、ガボーチェフ大将、両閣下にお尋ねします。我々は『なぜ』『いつから』、そして『いつまで』幻の敵を相手に戦争をせねばならんのかお聞かせ願いたい。勿論大体の予想は出来ているが、是非とも『知っている』方々からのお言葉が欲しいと考えます」
俺達だけでなく、米ソ両艦隊の観衆全てが息を呑んで状況を見守っているであろうと予想される。
やがてボーエン中将が観念した様子で大きく息を吐き出した。
「…もはや隠し通す事は不可能であるか…」
そこで不意に2発の銃声が轟きボーエン中将の言葉が中断された。ガボーチェフ大将が携帯していた拳銃でボーエン中将を射殺したのだ。
射出された2発の弾丸は両方共ボーエン中将の顔面に撃ち込まれ、ボーエン中将はうめき声を上げる間もなく即死した。
まさかの事態に硬直する会議室の面々、そしてその隙を突いてガボーチェフ大将は、自身のこめかみに銃弾を撃ち込み自殺してしまったのだった。
米ソ2国の艦隊司令官が3秒の間に無理心中してしまったのだ。
冷静になって考えてみれば、これは立派なテロ行為だ。軍人と言えども非戦闘状態時に誰かを殺せば『殺人罪』以外の何物でもない。
結果として永尾艦長の、いや俺達一般兵士全体の抱く疑問は解消される事は無かった。ガボーチェフ大将はそこまでして秘密を守りたかったのか? この世界には一体何が起きているんだ…?
何はともあれ司令官を殺された米軍は慌ててソ大連艦隊に向けて展開の準備を始める。
米軍が相手を『人間』と分かっていて戦闘の準備をするのは、地球連合発足以来実に300年振りだろう。
しかしソ大連艦隊の方が遥かに反応が早かった。
「ガボーチェフ大将の行為は大将の個人的な行動であり、ソ大連軍の意思ではない。ボーエン提督の不幸は甚だ遺憾であり、厚くご冥福をお祈りする。また、司令官を失した事により艦隊の自治権を喪失した我が第1艦隊は、やむを得ず当作戦より離脱して元の首都防衛の任務に戻る事とする。貴官らの健闘を心より願うものである」
との通信を残して全部隊がそそくさとソ大連領内に帰ってしまった。
まるでこうなる事が初めから予定されていたかのような、それは見事な逃げ足であった……。
いつの間にか俺の横にいたテレーザが『チッ!』と舌打ちする音が格納庫に虚しく響いたのが妙に印象的だった。
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