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第四章(最終章)

南極点戦役

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 ~鈴代視点

 渡辺中尉だ! 『鎌付き』のダーリェン基地襲撃の際に腕を負傷して、ティンダの基地で『すざく』を降りて静養していたはずだが、私達を追撃してきたソ大連艦隊に同乗していたのか、久々に元気な姿を見せてくれた。

「感動の再会といきたいが、またのっぴきならない事態になっているな。味方のはずのソ大連に追われるなんて、今度は何をやらかしたんだ?」

 何もやってませんよ! 私達は完全に被害者です! 全面的に巻き込まれただけです!
 …と口から出かかるが、悠長に説明しているヒマはない。

「…話は後です。あの赤い部隊の奥にいる丙型を倒さないと、こちらが全滅しそうです」

「あぁ、あの丙型は親衛隊の指揮官らしいな。だがもう大丈夫だ」

 …? 渡辺中尉は何を言っているのだろう? 今現在の戦況は三宅中尉以下、私の小隊員とテレーザさんが赤熊部隊に包囲され、良い様に攻撃されまくっている。

 私と渡辺さんにもテレーザさんの包囲陣から数機が抜けて来て、先程と同様に挟撃作戦を仕掛けるべく散開してきた。

 2、3機の敵機を撃墜した所で絶望的な危機は去っていない。71ナナヒトによる盾防御も、機構上機体の下半身には及ばない。敵の丙型の実力を鑑みるに、その弱点を見破られるのもそう大した時間は掛からないだろう。

 渡辺さんの存在も認識したらしい丙型によって、後詰めの部隊から長距離ライフルを持った機体が2機前進してくる。狙撃手スナイパーの天敵は同じ狙撃手スナイパーだ。
 相手は電子戦に長けた丙型に率いられた30サンマル式が複数、こちらは旧式の24フタヨン式が1機だけ。

 私の武器では相手に取り付く前に集中砲火を浴びて蜂の巣にされるだろう。かと言って、いくら渡辺さんが射撃の名手と言えど、1人で切り抜けられる場面ではない。

《渡辺さんの増援で形勢逆転かと思ったけど、更に状況悪くなってないか、これ…?》

 …分かってるわよ。考え中よ。でも私の元にやって来た新たな敵機の波状攻撃で、ゆっくり考える余裕も無い。

 小隊員達の叫び声が上がる。じわじわとなぶり殺しにされている。
 テレーザさんの苦悶の声も聞こえる。これ以上の攻撃には斥力場バリアが保ちそうに無い。

 渡辺中尉は「もう大丈夫だ」と言った。しかしここから更なる援軍が来るとは思えない。万事休す再びだ。

 だが渡辺中尉は根拠も無くカラ元気で気休めを言う人では無い。彼が大丈夫だと言うなら何か策を講じていると信じたいのだが……。

 その瞬間、遠景モニターに映し出されている赤熊部隊の丙型がビクンと痙攣したような動きを見せた。

 そして丙型がおもむろに幽炉を開放してこちらに突進して来る。

 …違う、よく見れば丙型の後ろにもう1機の24フタヨン式輝甲兵がいる。ついさっきまでそんな反応は無かったのに…?

「こちら第1中隊の矢島やじま みつる少尉です! ソ大連の丙型を鹵獲しましたよ。『すざく』での収納を頼みます!」

 矢島少尉?! 確かに矢島少尉は以前から影がうす… 隠密行動が得意だったが、音も光(輝甲兵だけに)も無く忍び寄ってあんな動きをした事など無かったのに、いつの間にそんな技を身に着けたのだろうか?

 幽炉開放して丙型がこちらに突進してくるとは、赤熊部隊にとっても青天の霹靂へきれきであった様で、私達やテレーザさんを包囲していた彼らにも小さな動揺が走った。

 私とテレーザさんはその小さな好機を逃さない。丙型に気を取られた赤熊部隊に急接近し、ほぼ同じタイミングで1機ずつ屠る。

《矢島さんって、模擬戦で森に篭って長谷川さんと戦ってた人だよな? どこかの暗殺者アサシンみたいな芸当してくれるな》

「ええ、彼は部隊単位では無くて単独で特務に就かせた方が有能なのかも知れないわね…」

 矢島さんの才能の話題に関してはともかく、赤熊部隊の司令塔である丙型を無力化出来たのはとても大きい。
 まさかこんな形で敵の指揮官を討ち取れるとは夢にも思わなかったのだから尚更だ。

 勿論これで終わりでは無い。頭脳を失ったとて赤熊部隊はソ大連の最強部隊だ。
『すざく』に向けて飛んでいく赤熊部隊の丙型、もとい背後から丙型の幽炉のみを鉈で貫いて、機体を無効化させたまま鹵獲した機体を押しながら進んでいく矢島少尉の24フタヨン式を追いかけて、残りの赤熊部隊全ての機体が追撃行動に移る。

 丙型の奪還はさせない。
αアルファより各機へ。矢島少尉を全力で援護! デルタはこの隙に『すざく』へ帰還して」

 号令を待ち構えていたのだろう、弾かれる様に動き出す隊員たち。

 追撃する私達を察知した赤熊部隊は3機を矢島少尉の追跡、残りをこちらへの迎撃に向けてきた。

 丙型のいる部隊は、管制を丙型に頼りきって丙型を無力化されると部隊ごと無力化してしまう事がよくある。先程の米軍はそうであったし、香奈さんがいた頃の私達もその傾向があった様に思う。

 しかし、赤熊部隊は即座に指揮系統を再編し、練度の高い部隊運用を見せる。正直こういう崩れないタイプの敵が一番面倒くさい。

 しかし、先程までの完全シンクロと言えるレベルの部隊機動は最早ありえない。そこに付け入る隙を見つけられれば……。

「さっきはよくもタコ殴りしてくれたね!」

 我々に先んじてテレーザさんのT-1が二段開放して突撃する。まるでかつての『鎌付き』を思わせる一直線の加速で交差した赤熊部隊の1機の頭部を跳ね飛ばす。

 テレーザさんが次の獲物を狙おうとした瞬間、私達が再び赤熊部隊と接敵しようとする瞬間に、米ソの艦隊から同時に停戦を意味する信号弾が打ち上げられた。

 まるで試合終了の笛が鳴ったスポーツの試合の様に、今まさに殺し合いの第2ラウンドを始めようとしていた赤熊部隊と私達は同時に動きを止める。
 お互いに相手の停戦破りを警戒するように、視線を外さないまま自陣に後退して行く。

 そんな私達を尻目に、矢島少尉の24フタヨン式は赤熊部隊の丙型を抱えたまま『すざく』へと進んで行く。

 幽炉を貫かれて機能を停止している丙型は、現在操者の生命維持を含む全ての機構が止まってしまっている。このまま放置しては遠からず丙型乗りの何とかスキー少佐は死んでしまうだろう。早急に『すざく』で介抱する必要があった。

 彼は捕虜として丁重な扱いを… ってあれ? 今まで戦っていたのはソ大連軍で、私達も今はソ大連所属の義勇軍だ。
 これって、どういう扱いになるのだろうか? 捕虜になるにも色々と細かいルールが存在するのだが、書類上は友軍同士の同士討ちになる。

 …まぁ、小難しい事は私の管轄では無い。ここから先は長谷川大尉なり永尾艦長なりが判断する事だ。

 赤熊部隊が執拗に丙型の奪還を狙わなかったのは、私達が『人間』であり、それ相応の扱いが期待できる事を理解しているからなのだろう。

「グラコワ大尉と鈴代隊、ご苦労だった。全機帰投してくれ。渡辺と矢島もよく来てくれた。おかえり、歓迎するよ」

 長谷川大尉の命令を受けて、私達はソ大連艦隊に背を向けて『すざく』へと向かった。

《今回はかなりやばかったな。やっぱり戦争は数なんだな、アニキ》

「ええ、数も技量も上回る相手によく頑張ったわ。あと何よアニキって… また何かのセリフ?」

 おかしな事だが、71ナナヒトの軽口を聞いて私はようやく『生き残った』事を実感していた。私だけではない。小隊の皆、テレーザさん、渡辺中尉や矢島少尉までが強敵を前にして生き残る事が出来た。

 石垣中尉だけは残念な結果になってしまったが、今はまだ大きな感情は生じていない。おそらく2時間くらいしたら彼の口調や彼の笑顔を思い出して、一気に悲しみや後悔が押し寄せるのだろう。
 そうなる前に様々な小事を済ませて自室に帰っておきたい。他の人に泣き顔を見せたくないから……。

 後世に「南極点戦役」と呼ばれる大戦おおいくさはこうして集結したのであった。


『すざく』の格納庫に戻ると田中中尉が待っていた。彼の3008サンマルマルハチは中破していたが、田中中尉自身は怪我一つ無いようで安心した。

「…俺のせいでお前の部下を死なせた。済まなかった…」

 田中中尉は目を伏せている。私の確認したい事は一つだ。

「…石垣中尉の最期は立派でしたか?」

「…あぁ、奴が居なかったら間違いなく俺は死んでいた。この恩は一生掛かっても返せるとは思えねぇ…」

「田中中尉、あまり御自分を責めないで下さい。石垣中尉の望みは貴方が悔恨に染まって潰れてしまう事では無いはずです…」

 私の言葉を聞き、田中中尉は深呼吸するように大きく息を吸って、一泊後にその全てを吐き出した。

「…あーあ、こういう湿っぽいのが嫌いだから単独で動いてたんだけどな… まぁ迷惑かけたならしょうがない。奴の代わりに俺がお前の小隊のβベータを引き継いでやるよ」

 え…? まさかの提案に体が固まる。田中中尉がうちの小隊に、私の指揮下に入るって言う事?
 …でもそれはそれで別の苦労を背負い込みそうな気もするのだが、大幅な戦力アップには変わりない。さて、どうしたものか…?

「…遠慮するな。明日からはお前の指示で動いてやるから、…よろしくな隊長」

 沈黙する私の態度を肯定と受け取ったのか、田中中尉は珍しく屈託の無い笑顔を浮かべて私の肩を叩いて去って行った。
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