上 下
41 / 80
第三章

博士の異常な愛情

しおりを挟む
~シナモン視点

 会話は続く。
「で、その大天才様がなんでまた幽炉になんかなってんの? ひょっとして『永遠の命の探求』とかそんな感じなの?」
 如何にも悪い博士が考えそうなパターンだよね、そういうの。

《ふむ… さてなぁ? 私も今の様に、はっきりとした意識を持って話せるようになったのは、つい最近なのだ。なんだかずっと悪い夢を見ているような感じでな…》

 悪い夢… まどかちゃんも似たような事を言っていた。71ナナヒトくんは真柄ちゃんに誘われてすぐに覚醒したみたいだったね。

《とにかくずっと身動きも取れない、狭い所に閉じ込められている感覚でな、夢の中で私をそんな目に遭わせた奴に、どんな復讐をしようかと漠然と考えていたのだよ》

 その捻くれ曲がって肥大化した復讐の念が周囲に漏れまくって、まどかちゃんや他の幽炉ひと達、そして元々の『鎌付き』のパイロット氏に悪影響を与えてきた訳だね。

《そして先日、私の腹の中の男が死んでな。それが切っ掛けで完全にこの輝甲兵の体で蘇る事が出来た、という訳だ》

 …この人、意外と話し好きなのかな? このまま大人しく生徒役を演じていれば、知っている事を何でもかんでも教えてえくれそうな気もする。

 まぁ、目の前のシマノビッチ博士が、自己顕示欲が人一倍強い人だって事は理解した。
 そりゃ天才だもんね、褒め称えられたいよね。その気持ちはボクにも分かるよ。ボクも天才の端くれだからね、うん。

《しかし、この体になってみて、『人間』という器から色々と解き放たれた感じがするのは確かだな。『不老不死』とやらは考えた事も無かったが、この体ならば成し遂げられそうではあるな》

 あらら、これは要らん事を教えてしまったかな?
 言外に『もしそうなれば永遠に子供を殺し続けるられるぞ』という愉悦の意識が読み取れて軽い吐き気を覚える。

 ボク自身結構他の人から「頭おかしい」とか「倫理観が壊れている」とか、子供の頃から言われてきたけど、悪い意味で『上には上が居る』って事を思い知った気がするよ。

「シマノビッチ博士って、米連で事件を起こして服役中だったんじゃないの? 何がどうしてこんな形に…? そもそもどうやって米連に逃げ込めたのさ?」

《愚問だぞ娘。私の能力ちからを使えば、数人で運用している船の占拠など造作もない。米連での事件とやらも運が悪かっただけなのだ。あの少年の親が私の『食事中』に訪れさえしなければ、こんな事にはならなかったのだからな》

 猟奇殺人を犯しておいて、さもそれがおやつのつまみ食いが見つかった程度にしか認識されていない。これがサイコパスってやつなのかなぁ?

《ソ大連の記録を調べると、私はどうやら20年近く殺人鬼として『展示』されていたらしい。いかにも『我が祖国』がやりそうな事だ》

 シマノビッチ博士は楽しそうに言うが、全く笑えないよね。と言うか、話が唐突過ぎて意味が分からない。

《これは私の推測に過ぎないが、私が寝ている間に米連からソ大連に身柄の引き渡しが行われ、私は自分の知らぬ間に見世物にされ、その後幽炉にされていた。私を幽炉にしたのが何者かは分からぬが、今となってはどちらでも構わん》

「いくら凶悪犯でも、見世物とか酷いね…」
 少し、ほんの少しだけ目の前の狂気の天才が不憫に思えた。

《なぁに、国家の偉大な指導者の遺体は特殊加工されて国民に展示される事がある。単にそれの亜流なだけだな。最終的に『幽炉の開発者を幽炉にする』、この出来の悪い洒落を考えた奴はさぞご満悦だったろうな》

 今の連合法では『死刑』は廃止されている。でも死刑にするしかないような極悪人がこの世から居なくなる事は無い。
 これはあくまで私見だけど、そんな時に「殺しはしないけど幽炉にしてしまう」というのは手段としてはアリなのかも知れない。

 重犯罪者と言えども生きる為には空気と水と食料が必要だ。でももし幽炉にしてしまえば、その全てが不要になるばかりか、社会に有力な動力源として用いる事が出来る。
 それが倫理的に正しいかどうかと言えば、かなりグレーな判定になると思うけどさ……。

 相手が無期囚ならば、幽炉残量はゼロまで使い切っても誰も文句は言わないだろうし、「服役中に獄中で刑死した」と発表しても嘘では無いから問題も起こらない。

 輝甲兵の開発初期には、犯罪者や重病人の魂を幽炉に使用する、という行為も行われていたらしいから、「社会にとって有害、或いは重荷となる人間を極めて効率的に排除できるシステム」として捉えられていた側面も否めない。

 後年、縞原重工が開発したとされる『超時空精神感応システム』が実用化された事によって、幽炉並びに輝甲兵が量産され始めた訳だけど、それはそれで71ナナヒトくんやまどかちゃんの様な被害者を無数に生み出す結果になってしまった。

 ちなみに『超時空精神感応システム』というのも縞原重工社内トップシークレット事項だ。ボクも装置の名前と『そういうのが在る』って事しか知らない。
 このシステムを掌握できれば、71ナナヒトくん達の帰還も含めて様々な事が可能になる。
 まぁ、これの仕組みを探ろうとしてボクは真柄ちゃんを仕掛け、それが見つかって逮捕された訳だけどね……。

 改めて考えさせられるけど、幽炉ってどえらく業の深い存在だよね……。

「それで、これからどこへ行って何をするつもりなの? 貴方を幽炉にした人達は恐らく全員が既に亡くなっているよ?」

 …………。
 結構長い沈黙。あの饒舌なオジサンがここまで考え込むのも少し珍しい。

《そうだな… 今の私は幽炉だ。わたしと『まどか』、そして彼女に聞いたが更に『ミャーモト』とか言う奴も居るそうじゃないか。ならばこの広い世界にはもっと多くの覚醒した幽炉が居るかも知れない。そうだろう?》

「多分ね。世界中の輝甲兵の配備数、ピュアワン幽炉の確率、幽炉が覚醒する確率はまるで分からないから仮に1%としてザックリ計算しても、4大国全体で両手に余るくらいの覚醒幽炉が居る可能性があるね」

《…なるほどな。まぁ、我々を含めて覚醒幽炉が10名ほど居るとして、私は彼らにもきちんと人としての権利を与え、平和と安住の地と提供したいと考えているのだよ》

 え…?

 まさか凶悪な殺人鬼からそんな事を言われるとは予想だにしていなかったから、ボクも呆気にとられて動きが止まってしまった。
『幽炉にも人権を与え、人間と共存していく世界』それはボクの願っていた世界でもある。

「ぼ、ボクもそんな世界に…」

《その上で全人類を隷属化して使役してやろう。今よりも産児制限を緩めれば私の『楽しみ』の幅も増えるだろうて…》

 うわぁ、やっぱりそんなオチがついたか……。この手のサイコパスおじさんは絶対に改心しないから、最終的には滅しないとダメなパターンだね。

《ん? ボクも何だって?》

「何でもないよ! その野望と今現在ちまちまと基地を襲っているのと、どういう関係があるのさ?」

『鎌付き』とまどかちゃんが出かけて行った後、ボクは『はまゆり』に1人残される事になる。そこで船の制御系とかをいじって、彼らを出し抜いたり… 出来る技術がある訳もなく、手持ち無沙汰で待っている事が多い。

 彼らがどうやっているのかは分からないけれど、毎回たくさんの幽炉や船の燃料、ボク用の食料等を持ってくる。
 でも、こんな海賊まがいの事をし続けても、いつかは捕捉されて撃破されるに決まっている。

《今までの行動は全て練習と検証だ。…まどか》

 シマノビッチ博士がまどかちゃんを呼ぶ。まどかちゃんはボクやアンジェラちゃんがどんなに声を掛けてもずっと聞こえないふりをして無視していた。

 まどかちゃんが香奈ちゃんを殺した話は聞いている。そして香奈ちゃんとまどかちゃんが、どれだけ仲良しだったかも知っている。
 まどかちゃんは、ボクらに香奈ちゃんの件で責められると思い、心を閉してしまっているのかも知れない。

「悪いのは研究と称して面白半分にまどかちゃんを覚醒させたボクであって、まどかちゃんは巻き込まれただけで何も悪くないんだよ」

 そう言って上げたいのだが、そこまでのコミュニケーションすら取れていなかった。

《…なに? うっぴー》

 画面にまどかちゃんの物と思われる返答ログが現れる。まどかちゃんはシマノビッチ博士の事を『うっぴー』って呼んでいるんだね。まどかちゃんらしい可愛いネーミングだ。ボクも真似して『うっぴー』って呼んでみようかな…? 怒られそうだな……。

《遠隔操作のやり方は慣れたか? 現在幾つまで動かせるようになった?》

 遠隔操作とか、何を言っているのかよく分からないけど、話に介入せずにこのまま見ていよう。その方が情報を集められそうな気がするよ。

《直接操作なら25か26体、数を減らせばもっと細かい動きも出来るよ。多分1体に集中すれば71みゃーもとより速く、正確に動かせると思う。計算上は、だけど…》

《なるほど。前に教えた条件で起動するやり方ならどうだ?》

《最終的に「反応」の操作はあーしがやらないとダメだけど、それ以外にただ数を置いて、近くに来た奴に抱きつくだけなら、多分1200は同時に出来ると思う》

 まどかちゃんが他の輝甲兵を操って鈴代ちゃん達と戦ったのは、ボクもアンジェラちゃんから聞いている。
 今の話を聞くに、シマノビッチ博士はまどかちゃんに輝甲兵部隊を指揮、いや操作させて何か軍事的な行動を取ろうとしているのだろう。

 まどかちゃんも、少し学力が足りない系の女の子かと思っていたけど、いつの間にか具体的な数字を挙げて物が言える様になっていた。これは丙型の電算とまどかちゃんの思考がリンクしているからだろうな。

 でもまどかちゃんは、こんな血の通わない、冷たい言葉を発する娘じゃなかったはずだ。そうなった原因がボクなのは分かるよ。だからこそ、何としてもまどかちゃんを元の明るい子に戻してあげたいと真剣に思う。

 まどかちゃんの為にボクとアンジェラちゃんが出来る事って何だろう…?
『鎌付き』の幽炉交換をボイコット… しても、ボクが宇宙に捨てられて別の技術士が誘拐されてくるだけだろうしなぁ……。
 何か打開策を考えないと、このままでは事態は悪い方へ悪い方へと流れていくのは目に見えている。

 まぁとにかく、今になって彼らを放置するのは『極めて危険である』と認識したよ。「シマノビッチ博士の元で勉強したい」とか悠長な事を言っていられない状況だったんだね、これは……。

《そうか、まぁそれだけ出来れば上等だな。ではこれより我々は、米連の南米ブエノスアイレス上空にあるソウル&ブレイブス本社コロニーを占拠、要塞化して独立宣言を行う事にしよう。ふふふ、世界中がお祭り騒ぎになるぞ! 想像しただけでニッコリしてしまうな!》

 想像しただけでゲッソリしてしまうよ……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...