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第二章
動き出す運命(ストーリー)
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~仲村渠視点
まどかが目覚めてから5日が経った。あたしは毎日の様にまどかを連れ出しては空で踊っていた。あたしの好きな事にまどかが喜んでくれるのがとても嬉しかった。
まどかが元居た世界では絶叫系のアトラクションが好きだったらしい。そんなレールに縛られたアトラクションじゃなくて、高度1万メートルからの自由落下なんてのを何回もやってみせた。その度にまどかは「ヤバい」を連発しながら子供の様に喜んでくれた。
この5日間に起こった出来事を簡単に挙げていくと、まずまどかが軍人になった。
と言っても戦闘兵器を扱う立場として民間人ではいられないのが理由であって、あたしはまどかを戦わせる気は無いし、あの子もそんなつもりは無いだろう。
状況がちゃんと理解できていないまま、あの子をなし崩し的に軍人にしてしまった罪悪感は確かにある。
だからこそあたしは絶対にまどかを守り抜くと心に決めたんだ。
そうそう、中隊に補充用員がやってきた。清田という男と桑原という女。2人とも操者養成所を出たばかりの若い新人という事だ。歳は16で准尉だと。鈴代より若いじゃん。くれぐれも若い身空で死なないでくれよ、と思う。
あと鈴代の3071に変な腕が追加された。で、事情はよく分からないけど武藤さんに撃ちまくられてペイント弾塗れになっていた。
最初は鈴代が武藤さんに虐められたのかと心配したが、鈴代からの依頼の結果そうなったそうだ。まるで訳が分からない。
後で鈴代に詳しく聞いたら、追加された腕は71が操作していたらしい。鈴代が普通に戦っている間、71が盾を使って防御したり弾倉交換をしたりする構想だそうだ。
何それメチャクチャ便利そうじゃんか! という事であたしも真似して腕を追加してもらおうと隊長に掛け合ったら『何言ってんだ、このバカ!』って怒られた。
ひどいよね。鈴代だけ贔屓だよね。まぁあたしの丙型は腕が増えても特にすること無いし無駄に重くなるだけなんだけどさ……。
その翌々日あたりだったか71を見てみたら、追加腕の装甲をかなり削って軽く、動きやすくしている様だった。
でも輝甲兵の装甲に含まれるスペクトナイトは筋肉の役割も持っているから、軽くした事によってあの追加腕のパワーはかなり落ちてしまっているはずだ。
まぁ鈴代と71の2人で話し合って決めた事ならばあたしが口を挟む謂れはない。実戦であの2人がどういう動きを見せるのかとても興味がある。
ペイント弾塗れで思い出した。模擬戦の時に鈴代と『負けた方が機体をピンク色に塗る』という勝負をしたのだが、これは少し揉めた。
あたしと鈴代、お互いに負けを譲らないで、互いが自分の機体をピンク色にするべきだ、と主張した。
鈴代もあいつはあれで結構意地っ張りだから一度決めたら引かない所があるんだよな。まぁあたしもだけどさ。
一瞬雰囲気が悪くなりかけたんだけど、たまたま横であたし達の遣り取りを見ていた武藤中尉の「パーソナルカラーが許可されるのは小隊長以上になってからだぞ?」というツッコミで、即座に平和的に解決した。
「じゃあ早く小隊長になった方が機体をピンク色にする」という謎の約束まで交わされた。鈴代、実はピンク色にしたいのかな…?
あとは大きな事件は無かった。まどかも夜中は普通に眠る様になったし、ワガママも言わなくなった。
71の方は鈴代があたしに何も言ってこない以上、何も問題は起きていない、と信じたい。
シナモン姉さんは数日前に「ちょっとレポートまとめてくるわ」と本国へと帰って行った。もうそろそろこちらに戻ってくるだろう。
あれ? もしかして姉さんいない方が平和だった…?
そんなこんなで本日はあたしら第1中隊の出撃日だ。朝のブリーフィングで宇宙に展開している偵察部隊から虫の侵攻が確認された、との報告があったと聞いた。今日は久々の出撃があるかも知れない。
まどかは初陣になる、しっかりとフォローをしてあげる必要があるだろう。
《あ、香奈姉おはよ…》
眠そうなまどかの声。
「起こしてゴメンな。今日は出撃がありそうだからそれだけ言っておこうと思ってな」
《戦うの? それって危なくないの…?》
不安そうなまどかの声。
「もちろん危ないよ、戦争だからね。でも大丈夫、あたしが絶対にまどかを守ってみせるから」
気休めなんかじゃない。虫のヘナチョコ弾に当たる程この香奈さんはヘッポコじゃないのだ。
《うん…》
まどかの不安は拭い去れていない様だ。
「それに鈴代… まどかには『みゃーもと』って言った方が分かりやすいか、あいつはメッチャ強いんだぞ? その辺の虫なんかコテンパンなんだからな」
《分かった… かなねー気をつけてね…》
いつもはウザいくらいに饒舌なまどかが今日は大人しい。初陣を控えてそんなに緊張してるのかな?
「大丈夫、何が来たってこの香奈さんがお前を守ってやるから安心しな!」
《うん…》
中隊の皆に先駆けてあたし達は大空へと『飛び込んで』行った。
「感あり! 数は18、いや20です!」
丙型の目と耳が即ち中隊の目と耳だ。あたしの報告に長谷川隊長以下中隊の輝甲兵が隊列を組む。
新人の2人も初陣という事で、あたしの傍から離れずに戦闘の全体を観察しておけ、との命令が長谷川隊長から出ていた。
中隊の編成は第1から第3までの小隊単位で動く事が殆どだ。例外はあたしの丙型と鈴代の3071で、あたしは戦闘に参加せずに情報の収集と伝達が仕事だ。仮に戦闘に参加しても役に立たないのは中隊どころか基地中の全員が知っている。
戦闘の役に立たないあたしと対照的に常に切り札的な運用をされる遊撃部隊(1人)が鈴代だ。あの子は何でも出来るから、遠中近どの距離でも抜群の戦果を上げて帰ってくる。
あの子の使いどころを見極める長谷川隊長の眼力も加わって、鈴代の戦果は軍全体でもトップクラスにまでなっていた。
あたしは鈴代と71のコンビなら、いつか天使・田中を抜く事が出来ると信じている。
《かなねー、何か大きいのが来るよ…》
まどかの呟きに敵陣を見る。見るからにボス敵って感じのふた回りくらいデッカイ虫が群れの中央に鎮座していた。
あんなのは初めて見る。
「中隊、散開! デカイのは俺と鈴代でやる。各機は細かいのを撃墜せ!」
長谷川隊長の指揮の元、小隊ごとに編隊が組まれる。
第2小隊は敵の右翼へ、第3小隊は敵の左翼へと進んでいく。鈴代と第1小隊はデカい奴とその直掩機を倒すべく進軍する。
「清田と桑原はあたしから離れるなよ。今回は見学だけだ、いいね?」
「「はいっ!」」
あたしの命令に新人2人が答える。2人とも声が出ている、緊張はしているが飲まれてはいない。ちゃんと経験を積めれば立派な操者になるだろう。
第3小隊が戦闘に入る。いきなり武藤中尉が撃墜スコアを上げる。いつも慎重な武藤さんらしくないけど、幸先の良いスタートだ。
第1、第2小隊も続けて戦闘に入る。早くも乱戦の様相だ。あたしは敵味方の動きを追跡しながら、敵の陣形に開いた穴や、逆にこちらの守りの弱い部分を次々に指摘していく。
電波撹乱を用いて敵の誘導兵器(虫のくせに生意気にロックオンしてくるんだよ)を妨害したりもする。これでも結構忙しいのだ。
鈴代が敵の防御網に穴を開ける。単騎で突っ込む無茶をやらかしているが、71が盾を持って背中の守りを引き受けているようだ。やっぱり凄くカッコイイじゃん! あれは真似したい。
戦況はこちらが優勢、やはり鈴代の突破が大きい。敵は中央に空いた穴をフォローしようと後退をかけるが、その隙を逃さず第2、第3小隊が追撃する。
《ねぇかなねー、頭痛いよ…》
まどかが不調を訴えてきた。可愛そうだけど今はこの場所から動けない。
「ごめんまどか、ちょっとだけ我慢して…」
それしか言えない。まどかを守るって約束したのに、いきなりつらい目に遭わせてしまっている。自分の無力に無意識に歯軋りをする。
鈴代が敵のボスに取り付こうとした瞬間、敵ボスが幽炉を使ったのだろう、猛スピードでにこちらに向かって突っ込んできた。
敵ボスの狙いはこのあたし、丙型だ。鈴代や長谷川隊長を含め、他の機体には目もくれずに飛び込んでくる。
これは、虫のくせにあたしが『何をしているのか』を知っている行動だろうね。
カマキリみたいな形をした巨大な鉤爪を、あたしに突き立てようと振りかぶる。もちろん素直に切られてあげる香奈さんじゃない。
普通の虫の高速モードくらいなら、丙型の幽炉を開放しなくてもあたしは避けられる。動きをよく観察すれば相手の行動が『線』になって見えるんだ。その『線』に触らない様にすれば危険は無い。
敵の攻撃を5、6回避けたくらいで鈴代と長谷川隊長がやって来た。鈴代が両手に短機関銃を持ち、背中の補助腕は両手とも盾を持って前に向けている。
手に持つ盾は重なる被弾でボロボロだが、3071自体は殆どダメージを受けていない様に見受けられる。71がちゃんと仕事をしているようだね、感心感心。
鈴代が下から、隊長が上から銃を乱射しながら挟み撃ちを試みる。あたしを攻撃する手を止め、横に回避して難を逃れる敵ボス。
「香奈さん、大丈夫?」
鈴代から通信が入る。香奈さんは大丈夫だよー。
「問題無し! でも2人とも助かったよ!」
話している間にも敵ボスの攻撃がこちらに向かう。鈴代達を無視してまであたしを撃墜したいらしい。
こんなに情熱的なアプローチされたのは生まれて初めてだよ。
執拗に追い縋る敵ボスの鎌を上方に回避する。逃げながら隊長と鈴代の間に誘い出してやった。そのまま2人の十字砲火を受けて落ちちゃいなちゃーい!
タイミングは完璧だった。特に示し合わせた訳では無いけど、あたしと隊長と鈴代、3人の呼吸はピッタリと合っていた。
敵ボスは蜂の巣になって撃墜される、筈だった…。
次の瞬間にあたしが見たのは、更に輝きを増した敵ボスが鈴代機を弾き飛ばし、隊長機の首をその鎌で刈っている所だった。
そして瞬きをする一瞬の間に、敵ボスはあたしを刈り取れる位置にまで付けていた。早すぎる、敵でも味方でもこんな動きをする奴は初めてだ。
「まどか、ごめん!」
あたしは丙型の幽炉を開放させた。そうしなければあたしとまどか、2人とも死んでいたからだ。
まどかを守ってやると言いながら、あたしはまどかを苦しませてばかりいる。非道い女だと自分でも思う…。
まどかからの返事は無い。怒っているのか、答えられないほど弱っているのか…?
まどか、恨み言でも何でも良いからアンタの声が聞きたいよ。アンタの声があたしの励みになるんだよ……。
幽炉開放して高速化した丙型は敵ボスの一刀を辛うじて避ける事に成功した。だが敵の攻撃は二撃、三撃と速度を増してくる。回避に集中しても機体が追いつかない。『線』が見えない。部隊の指揮管制の仕事は全く出来ていない。
あたしの後下方から鈴代が現れる。あたしが衝立になって敵からは死角の位置から奇襲をかける。
あたしが背面宙返りで後方に体を流すのと入れ替わりに鈴代の3071が敵ボスに肉迫する。
至近距離から叩き込まれる数十発の弾丸が敵ボスの動きを止める。バリアーに遮られて致命弾にはなっていないけれど、数秒の間敵の動きを止めるには十分だった。
うちの中隊にはそのほんの僅かな隙に、敵ボスの頭を正確に狙撃してくれる人がいるんだよな。
渡辺さんの職人芸マジリスペクト、模擬戦で今の射撃されてたらあたし負けてたね。
頭に損傷を受け後退する敵ボス、追撃する鈴代と渡辺さん。長谷川隊長も戦闘は無理そうだけど戦列に復帰して指揮をとっている。
数匹の虫を連れて後退する敵ボスに妙な動きがあった。2匹がボスに近寄ってきたのだが、そのうちの1匹の腹部に鎌型の鉤爪を突き立てたのだ。
『味方相手に何をしているのか?』と思う間もなく、敵ボスはその死にかけの体をこちらに、正確にはあたしに向けて投げつけた。
敵ボスの意図が理解できた。
「各機、上方回避! 虚空が来るよ!」
あたしの声に中隊全員が高度を上げる。目の前いっぱいに広がるプラズマ放電、その電光に飲み込まれる様に虫の死体は消滅した。
そして虚空現象の際に起こる電波障害によって、敵の追尾は不可能になった。
しかし、まさか自分達を逃す為に仲間である他の虫をわざわざ殺すなんてえげつない真似をしてくるとは思わなかったよ。あんな上司の元では働きたくないもんだね。
とりあえずは戦闘終了だ。今日はヤバかった。まさか丙型を重点的に狙ってくる敵がいるなんて思いもしなかったからね。
中隊の損害は隊長を含む中破が8、鈴代を含む小破が7とかなり軽微な物だった。
鈴代のあの無茶苦茶な突貫が功を奏して、敵陣を乱してくれた為に被害が抑えられたのだ。71の扱う追加の腕があったからこその戦果だろう。最初バカにしててごめんな。
逆にこちらの戦果は10匹を撃墜。数だけ言うなら大勝利だ。しかしそれはあの敵ボスがあたしを執拗に狙う余り、他の輝甲兵を見向きもしなかったおかげであり、奴が新人2人を始めとする他の隊員を狙っていたら、彼我の損害数は逆転していたかも知れない。
「よーし、戦死者はいないな? 全員基地に帰投するぞ!」
「「「了解!」」」
今日も命を拾ったあたし達は基地への帰路につく。昨今類を見ない大勝利に隊の皆は浮かれているようだ。
でもあたしは頭痛を訴えたきり全然言葉を発しないまどかが心配で仕方が無かった。
幽炉の残量が36%、出撃前が48%だった。今日は開放したから減りが早いのは分かるけど、1日でこの減り方は異常だ。
それだけまどかに負担が掛かっていた、と言う事だ……。
《ねぇ、かなねー…》
基地に帰ってすぐまどかから声が掛かった。元気は無いが意識はしっかりとしているようだ。
「何だまどか? 戦闘中は構えなくてゴメンな、頭が痛いとか言ってたけど大丈夫か?」
少しの沈黙。大丈夫じゃないんだろうな……。
《あのさ、みんな虫と戦ってどうこうって言ってたじゃん…?》
「ああ、今日はデッカイのが出て来てたよなぁ。怖かったろ?」
また少しの沈黙。何か気になる事があるんだろうか?
《あのさ… 『虫』ってどの辺が虫なの…?》
「え?!」
虫は虫じゃんか。この子は何をおかしな事を言っているのだろう? 元の世界で虫を見た事が無いのかな?
《…あ、ううん、何でも無いよ。あーしの勘違いだよね、多分…》
「どうしたんだまどか? 何か心配事ならあたしが何でも…」
《だいじょぶ… 何でも無いから…》
その日、まどかはそれ以上喋らなかった。
この日を境にまどかは変わった。あのキャンキャン騒がしい明るさは鳴りを潜め、塞ぎこんで何かを悩むような素振りを見せる事が増えた。
この時にもう少しキチンとフォロー出来ていれば『あんな事』にはならなかったんだろうな……。
まどかが目覚めてから5日が経った。あたしは毎日の様にまどかを連れ出しては空で踊っていた。あたしの好きな事にまどかが喜んでくれるのがとても嬉しかった。
まどかが元居た世界では絶叫系のアトラクションが好きだったらしい。そんなレールに縛られたアトラクションじゃなくて、高度1万メートルからの自由落下なんてのを何回もやってみせた。その度にまどかは「ヤバい」を連発しながら子供の様に喜んでくれた。
この5日間に起こった出来事を簡単に挙げていくと、まずまどかが軍人になった。
と言っても戦闘兵器を扱う立場として民間人ではいられないのが理由であって、あたしはまどかを戦わせる気は無いし、あの子もそんなつもりは無いだろう。
状況がちゃんと理解できていないまま、あの子をなし崩し的に軍人にしてしまった罪悪感は確かにある。
だからこそあたしは絶対にまどかを守り抜くと心に決めたんだ。
そうそう、中隊に補充用員がやってきた。清田という男と桑原という女。2人とも操者養成所を出たばかりの若い新人という事だ。歳は16で准尉だと。鈴代より若いじゃん。くれぐれも若い身空で死なないでくれよ、と思う。
あと鈴代の3071に変な腕が追加された。で、事情はよく分からないけど武藤さんに撃ちまくられてペイント弾塗れになっていた。
最初は鈴代が武藤さんに虐められたのかと心配したが、鈴代からの依頼の結果そうなったそうだ。まるで訳が分からない。
後で鈴代に詳しく聞いたら、追加された腕は71が操作していたらしい。鈴代が普通に戦っている間、71が盾を使って防御したり弾倉交換をしたりする構想だそうだ。
何それメチャクチャ便利そうじゃんか! という事であたしも真似して腕を追加してもらおうと隊長に掛け合ったら『何言ってんだ、このバカ!』って怒られた。
ひどいよね。鈴代だけ贔屓だよね。まぁあたしの丙型は腕が増えても特にすること無いし無駄に重くなるだけなんだけどさ……。
その翌々日あたりだったか71を見てみたら、追加腕の装甲をかなり削って軽く、動きやすくしている様だった。
でも輝甲兵の装甲に含まれるスペクトナイトは筋肉の役割も持っているから、軽くした事によってあの追加腕のパワーはかなり落ちてしまっているはずだ。
まぁ鈴代と71の2人で話し合って決めた事ならばあたしが口を挟む謂れはない。実戦であの2人がどういう動きを見せるのかとても興味がある。
ペイント弾塗れで思い出した。模擬戦の時に鈴代と『負けた方が機体をピンク色に塗る』という勝負をしたのだが、これは少し揉めた。
あたしと鈴代、お互いに負けを譲らないで、互いが自分の機体をピンク色にするべきだ、と主張した。
鈴代もあいつはあれで結構意地っ張りだから一度決めたら引かない所があるんだよな。まぁあたしもだけどさ。
一瞬雰囲気が悪くなりかけたんだけど、たまたま横であたし達の遣り取りを見ていた武藤中尉の「パーソナルカラーが許可されるのは小隊長以上になってからだぞ?」というツッコミで、即座に平和的に解決した。
「じゃあ早く小隊長になった方が機体をピンク色にする」という謎の約束まで交わされた。鈴代、実はピンク色にしたいのかな…?
あとは大きな事件は無かった。まどかも夜中は普通に眠る様になったし、ワガママも言わなくなった。
71の方は鈴代があたしに何も言ってこない以上、何も問題は起きていない、と信じたい。
シナモン姉さんは数日前に「ちょっとレポートまとめてくるわ」と本国へと帰って行った。もうそろそろこちらに戻ってくるだろう。
あれ? もしかして姉さんいない方が平和だった…?
そんなこんなで本日はあたしら第1中隊の出撃日だ。朝のブリーフィングで宇宙に展開している偵察部隊から虫の侵攻が確認された、との報告があったと聞いた。今日は久々の出撃があるかも知れない。
まどかは初陣になる、しっかりとフォローをしてあげる必要があるだろう。
《あ、香奈姉おはよ…》
眠そうなまどかの声。
「起こしてゴメンな。今日は出撃がありそうだからそれだけ言っておこうと思ってな」
《戦うの? それって危なくないの…?》
不安そうなまどかの声。
「もちろん危ないよ、戦争だからね。でも大丈夫、あたしが絶対にまどかを守ってみせるから」
気休めなんかじゃない。虫のヘナチョコ弾に当たる程この香奈さんはヘッポコじゃないのだ。
《うん…》
まどかの不安は拭い去れていない様だ。
「それに鈴代… まどかには『みゃーもと』って言った方が分かりやすいか、あいつはメッチャ強いんだぞ? その辺の虫なんかコテンパンなんだからな」
《分かった… かなねー気をつけてね…》
いつもはウザいくらいに饒舌なまどかが今日は大人しい。初陣を控えてそんなに緊張してるのかな?
「大丈夫、何が来たってこの香奈さんがお前を守ってやるから安心しな!」
《うん…》
中隊の皆に先駆けてあたし達は大空へと『飛び込んで』行った。
「感あり! 数は18、いや20です!」
丙型の目と耳が即ち中隊の目と耳だ。あたしの報告に長谷川隊長以下中隊の輝甲兵が隊列を組む。
新人の2人も初陣という事で、あたしの傍から離れずに戦闘の全体を観察しておけ、との命令が長谷川隊長から出ていた。
中隊の編成は第1から第3までの小隊単位で動く事が殆どだ。例外はあたしの丙型と鈴代の3071で、あたしは戦闘に参加せずに情報の収集と伝達が仕事だ。仮に戦闘に参加しても役に立たないのは中隊どころか基地中の全員が知っている。
戦闘の役に立たないあたしと対照的に常に切り札的な運用をされる遊撃部隊(1人)が鈴代だ。あの子は何でも出来るから、遠中近どの距離でも抜群の戦果を上げて帰ってくる。
あの子の使いどころを見極める長谷川隊長の眼力も加わって、鈴代の戦果は軍全体でもトップクラスにまでなっていた。
あたしは鈴代と71のコンビなら、いつか天使・田中を抜く事が出来ると信じている。
《かなねー、何か大きいのが来るよ…》
まどかの呟きに敵陣を見る。見るからにボス敵って感じのふた回りくらいデッカイ虫が群れの中央に鎮座していた。
あんなのは初めて見る。
「中隊、散開! デカイのは俺と鈴代でやる。各機は細かいのを撃墜せ!」
長谷川隊長の指揮の元、小隊ごとに編隊が組まれる。
第2小隊は敵の右翼へ、第3小隊は敵の左翼へと進んでいく。鈴代と第1小隊はデカい奴とその直掩機を倒すべく進軍する。
「清田と桑原はあたしから離れるなよ。今回は見学だけだ、いいね?」
「「はいっ!」」
あたしの命令に新人2人が答える。2人とも声が出ている、緊張はしているが飲まれてはいない。ちゃんと経験を積めれば立派な操者になるだろう。
第3小隊が戦闘に入る。いきなり武藤中尉が撃墜スコアを上げる。いつも慎重な武藤さんらしくないけど、幸先の良いスタートだ。
第1、第2小隊も続けて戦闘に入る。早くも乱戦の様相だ。あたしは敵味方の動きを追跡しながら、敵の陣形に開いた穴や、逆にこちらの守りの弱い部分を次々に指摘していく。
電波撹乱を用いて敵の誘導兵器(虫のくせに生意気にロックオンしてくるんだよ)を妨害したりもする。これでも結構忙しいのだ。
鈴代が敵の防御網に穴を開ける。単騎で突っ込む無茶をやらかしているが、71が盾を持って背中の守りを引き受けているようだ。やっぱり凄くカッコイイじゃん! あれは真似したい。
戦況はこちらが優勢、やはり鈴代の突破が大きい。敵は中央に空いた穴をフォローしようと後退をかけるが、その隙を逃さず第2、第3小隊が追撃する。
《ねぇかなねー、頭痛いよ…》
まどかが不調を訴えてきた。可愛そうだけど今はこの場所から動けない。
「ごめんまどか、ちょっとだけ我慢して…」
それしか言えない。まどかを守るって約束したのに、いきなりつらい目に遭わせてしまっている。自分の無力に無意識に歯軋りをする。
鈴代が敵のボスに取り付こうとした瞬間、敵ボスが幽炉を使ったのだろう、猛スピードでにこちらに向かって突っ込んできた。
敵ボスの狙いはこのあたし、丙型だ。鈴代や長谷川隊長を含め、他の機体には目もくれずに飛び込んでくる。
これは、虫のくせにあたしが『何をしているのか』を知っている行動だろうね。
カマキリみたいな形をした巨大な鉤爪を、あたしに突き立てようと振りかぶる。もちろん素直に切られてあげる香奈さんじゃない。
普通の虫の高速モードくらいなら、丙型の幽炉を開放しなくてもあたしは避けられる。動きをよく観察すれば相手の行動が『線』になって見えるんだ。その『線』に触らない様にすれば危険は無い。
敵の攻撃を5、6回避けたくらいで鈴代と長谷川隊長がやって来た。鈴代が両手に短機関銃を持ち、背中の補助腕は両手とも盾を持って前に向けている。
手に持つ盾は重なる被弾でボロボロだが、3071自体は殆どダメージを受けていない様に見受けられる。71がちゃんと仕事をしているようだね、感心感心。
鈴代が下から、隊長が上から銃を乱射しながら挟み撃ちを試みる。あたしを攻撃する手を止め、横に回避して難を逃れる敵ボス。
「香奈さん、大丈夫?」
鈴代から通信が入る。香奈さんは大丈夫だよー。
「問題無し! でも2人とも助かったよ!」
話している間にも敵ボスの攻撃がこちらに向かう。鈴代達を無視してまであたしを撃墜したいらしい。
こんなに情熱的なアプローチされたのは生まれて初めてだよ。
執拗に追い縋る敵ボスの鎌を上方に回避する。逃げながら隊長と鈴代の間に誘い出してやった。そのまま2人の十字砲火を受けて落ちちゃいなちゃーい!
タイミングは完璧だった。特に示し合わせた訳では無いけど、あたしと隊長と鈴代、3人の呼吸はピッタリと合っていた。
敵ボスは蜂の巣になって撃墜される、筈だった…。
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そして瞬きをする一瞬の間に、敵ボスはあたしを刈り取れる位置にまで付けていた。早すぎる、敵でも味方でもこんな動きをする奴は初めてだ。
「まどか、ごめん!」
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『味方相手に何をしているのか?』と思う間もなく、敵ボスはその死にかけの体をこちらに、正確にはあたしに向けて投げつけた。
敵ボスの意図が理解できた。
「各機、上方回避! 虚空が来るよ!」
あたしの声に中隊全員が高度を上げる。目の前いっぱいに広がるプラズマ放電、その電光に飲み込まれる様に虫の死体は消滅した。
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しかし、まさか自分達を逃す為に仲間である他の虫をわざわざ殺すなんてえげつない真似をしてくるとは思わなかったよ。あんな上司の元では働きたくないもんだね。
とりあえずは戦闘終了だ。今日はヤバかった。まさか丙型を重点的に狙ってくる敵がいるなんて思いもしなかったからね。
中隊の損害は隊長を含む中破が8、鈴代を含む小破が7とかなり軽微な物だった。
鈴代のあの無茶苦茶な突貫が功を奏して、敵陣を乱してくれた為に被害が抑えられたのだ。71の扱う追加の腕があったからこその戦果だろう。最初バカにしててごめんな。
逆にこちらの戦果は10匹を撃墜。数だけ言うなら大勝利だ。しかしそれはあの敵ボスがあたしを執拗に狙う余り、他の輝甲兵を見向きもしなかったおかげであり、奴が新人2人を始めとする他の隊員を狙っていたら、彼我の損害数は逆転していたかも知れない。
「よーし、戦死者はいないな? 全員基地に帰投するぞ!」
「「「了解!」」」
今日も命を拾ったあたし達は基地への帰路につく。昨今類を見ない大勝利に隊の皆は浮かれているようだ。
でもあたしは頭痛を訴えたきり全然言葉を発しないまどかが心配で仕方が無かった。
幽炉の残量が36%、出撃前が48%だった。今日は開放したから減りが早いのは分かるけど、1日でこの減り方は異常だ。
それだけまどかに負担が掛かっていた、と言う事だ……。
《ねぇ、かなねー…》
基地に帰ってすぐまどかから声が掛かった。元気は無いが意識はしっかりとしているようだ。
「何だまどか? 戦闘中は構えなくてゴメンな、頭が痛いとか言ってたけど大丈夫か?」
少しの沈黙。大丈夫じゃないんだろうな……。
《あのさ、みんな虫と戦ってどうこうって言ってたじゃん…?》
「ああ、今日はデッカイのが出て来てたよなぁ。怖かったろ?」
また少しの沈黙。何か気になる事があるんだろうか?
《あのさ… 『虫』ってどの辺が虫なの…?》
「え?!」
虫は虫じゃんか。この子は何をおかしな事を言っているのだろう? 元の世界で虫を見た事が無いのかな?
《…あ、ううん、何でも無いよ。あーしの勘違いだよね、多分…》
「どうしたんだまどか? 何か心配事ならあたしが何でも…」
《だいじょぶ… 何でも無いから…》
その日、まどかはそれ以上喋らなかった。
この日を境にまどかは変わった。あのキャンキャン騒がしい明るさは鳴りを潜め、塞ぎこんで何かを悩むような素振りを見せる事が増えた。
この時にもう少しキチンとフォロー出来ていれば『あんな事』にはならなかったんだろうな……。
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歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
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第8回歴史時代小説参加しました!
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
タイムワープ艦隊2024
山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。
この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
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