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◇
「春鈴! 朝だよっ! 水を貯めといとくれ」
「うぃ……」
龍の里から戻った翌日。
それまでとなにも変わらないように、美羽蘭の声で起きた春鈴はそのままノソノソときがあって、目をしぱしぱさせながら着替えると土間の方へとフラフラ蛇行しながら歩いていく。
「んー……眠い……」
「――ちゃんと目を開けて歩け?」
ほとんど目を開けずにふらふらと歩いていく春鈴に、長椅子で寛いでいた蒼嵐が呆れたように声をかけた。
「んー……」
「ああ、春鈴起きたんだね? おはよう、水は私が入れておくから顔洗っておいで」
土間から庭に続く入り口からひょっこりと顔をのぞかせた紫釉が春鈴に優しく声をかける。
顔を泥で汚しながらカゴいっぱいの野菜を抱え、その周りに花すら舞っていそうなほど上機嫌な様子だ。
「むぅ……」
春鈴はこくりと頷くと、再び居間を通って洗面所へとフラフラ歩いて行く。
「――ありゃ、まだ寝ぼけてますねー……」
浩宇も自分の長椅子に座りながら呆れたように言うと、
「髪が気の毒なことに……」
優炎もため息混じりに肩をすくめた。
「ほっほっ どれどれ、じじが梳いてやろうかのぉ?」
橙実が笑いをこらえながら楽しそうに春鈴に話かけ、
「……んー?」
ようやく春鈴は違和感を覚えるのだった。
居間の入り口でピタリと止まった春鈴は首をかしげながら目をこすり、今の中を振り返ると、しょぼくれた目を必死に凝らした。
「――寝ぼけてないで、しゃんとおし!」
「ぅい! ……――あれ? なんで⁉︎」
台所からかけられた美羽蘭の言葉にピシッと姿勢を正す春鈴。
そこでようやく居間にいる人物たちに気がついたようで、目を丸く見開きながら驚いていた。
「――春鈴がこちらに戻ったならば、我々が来るしかあるまい?」
蒼嵐は言外に「当たり前だろう?」というような態度で肩をすくめる。
「……はい?」
「美味しい朝ごはん食べないと、結局仕事が滞るんだよねー……絶対逃げられて迎えに来なきゃいけなくなるし……」
蒼嵐の後ろに場所を移動しながら浩宇が、大きく背伸びをしながら言った。
「それに我々とて、うまい飯にはありつきたいからな……」
優炎も困ったように笑いながら続ける。
「――美羽蘭、食材があるならば四十人前の食事を朝昼晩と頼みたい。 うちの料理人たちならば雑用として差し出せる」
「――ふむ?」
蒼嵐の言葉に、美羽蘭は目を細めながら考えこむ。
「みんな力持ちだよ! 細かい作業は苦手だけど、大鍋いっぱいの魚も一瞬ですり身にしてくれるの!」
美羽蘭よりも交渉能力に劣る春鈴だったが、この取引が“お得”だということくらいは分かっていた。
「なるほど? ならよこしとくれ」
「助かる」
蒼嵐はホッとしたように胸をなで下ろす。
春鈴の料理に慣れてしまった者は自分たちだけではないのだ。
そんな状況で自分たちだけが毎日ここで食事をとっていれば、確実に部下たちに恨まれるであろうことを確信していたのだ――
「美羽蘭! 水貯め終わったよ!」
蒼嵐がホッと息を胸をなでおろしていると、土間のほうから溌剌とした紫釉の声が美羽蘭に向けられた。
「じゃあ次は裏庭の洗濯用たらいにも頼もうかね」
「任せてくれ!」
スキップでもしだしそうなほど軽い足取りで裏庭へと移動する紫釉。
「……なんか紫釉様……元気だね?」
そんな背中を見つめながら首をかしげる春鈴。
「――腹が減ったから早めに食事にしてくれ」
春鈴の質問には答えず、蒼嵐はそう告げると再びごろりと横になった。
「はーい」
そんな蒼嵐の態度に慣れている春鈴は、何の疑問も感じずにそう答えると、祖母の手伝いをするべくパタパタと小走りで土間へと下りていくのだった。
「春鈴! 朝だよっ! 水を貯めといとくれ」
「うぃ……」
龍の里から戻った翌日。
それまでとなにも変わらないように、美羽蘭の声で起きた春鈴はそのままノソノソときがあって、目をしぱしぱさせながら着替えると土間の方へとフラフラ蛇行しながら歩いていく。
「んー……眠い……」
「――ちゃんと目を開けて歩け?」
ほとんど目を開けずにふらふらと歩いていく春鈴に、長椅子で寛いでいた蒼嵐が呆れたように声をかけた。
「んー……」
「ああ、春鈴起きたんだね? おはよう、水は私が入れておくから顔洗っておいで」
土間から庭に続く入り口からひょっこりと顔をのぞかせた紫釉が春鈴に優しく声をかける。
顔を泥で汚しながらカゴいっぱいの野菜を抱え、その周りに花すら舞っていそうなほど上機嫌な様子だ。
「むぅ……」
春鈴はこくりと頷くと、再び居間を通って洗面所へとフラフラ歩いて行く。
「――ありゃ、まだ寝ぼけてますねー……」
浩宇も自分の長椅子に座りながら呆れたように言うと、
「髪が気の毒なことに……」
優炎もため息混じりに肩をすくめた。
「ほっほっ どれどれ、じじが梳いてやろうかのぉ?」
橙実が笑いをこらえながら楽しそうに春鈴に話かけ、
「……んー?」
ようやく春鈴は違和感を覚えるのだった。
居間の入り口でピタリと止まった春鈴は首をかしげながら目をこすり、今の中を振り返ると、しょぼくれた目を必死に凝らした。
「――寝ぼけてないで、しゃんとおし!」
「ぅい! ……――あれ? なんで⁉︎」
台所からかけられた美羽蘭の言葉にピシッと姿勢を正す春鈴。
そこでようやく居間にいる人物たちに気がついたようで、目を丸く見開きながら驚いていた。
「――春鈴がこちらに戻ったならば、我々が来るしかあるまい?」
蒼嵐は言外に「当たり前だろう?」というような態度で肩をすくめる。
「……はい?」
「美味しい朝ごはん食べないと、結局仕事が滞るんだよねー……絶対逃げられて迎えに来なきゃいけなくなるし……」
蒼嵐の後ろに場所を移動しながら浩宇が、大きく背伸びをしながら言った。
「それに我々とて、うまい飯にはありつきたいからな……」
優炎も困ったように笑いながら続ける。
「――美羽蘭、食材があるならば四十人前の食事を朝昼晩と頼みたい。 うちの料理人たちならば雑用として差し出せる」
「――ふむ?」
蒼嵐の言葉に、美羽蘭は目を細めながら考えこむ。
「みんな力持ちだよ! 細かい作業は苦手だけど、大鍋いっぱいの魚も一瞬ですり身にしてくれるの!」
美羽蘭よりも交渉能力に劣る春鈴だったが、この取引が“お得”だということくらいは分かっていた。
「なるほど? ならよこしとくれ」
「助かる」
蒼嵐はホッとしたように胸をなで下ろす。
春鈴の料理に慣れてしまった者は自分たちだけではないのだ。
そんな状況で自分たちだけが毎日ここで食事をとっていれば、確実に部下たちに恨まれるであろうことを確信していたのだ――
「美羽蘭! 水貯め終わったよ!」
蒼嵐がホッと息を胸をなでおろしていると、土間のほうから溌剌とした紫釉の声が美羽蘭に向けられた。
「じゃあ次は裏庭の洗濯用たらいにも頼もうかね」
「任せてくれ!」
スキップでもしだしそうなほど軽い足取りで裏庭へと移動する紫釉。
「……なんか紫釉様……元気だね?」
そんな背中を見つめながら首をかしげる春鈴。
「――腹が減ったから早めに食事にしてくれ」
春鈴の質問には答えず、蒼嵐はそう告げると再びごろりと横になった。
「はーい」
そんな蒼嵐の態度に慣れている春鈴は、何の疑問も感じずにそう答えると、祖母の手伝いをするべくパタパタと小走りで土間へと下りていくのだった。
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