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「――言っておくがこれは買ったものだぞ? まぁ……売りに来た奴がどうやって手に入れたのか? などには目をつぶってしまったかな……」
「……どうやって?」
「――……この石は星雫石といってな、龍脈が結晶化したものなのだ。 そして龍族から不要に溢れ出た妖力を吸い取ってくれる力を持っているんだ」
「……妖力を吸い取って“くれる”?」
 紫釉の言い方に違和感を覚える春鈴。
「龍の暴走は、その力を抑えきれなくなることで起こる。 ――つまりは暴走龍となってしまった龍族にとって、力を吸い取ってくれるこの石は薬のようなもの……そして帆のような、まだ体の出来上がっていない若い龍たちにとっても、体が出来上がるまでの安定剤のような役割も果たしてくれている」
「星雫石は龍族にとっての薬……」
(――というか……この帆って人は、普通に少年だったのか……――龍族だからてっきりそれでも凄い年上なのかと……龍族の年齢が不詳すぎる……)
「……だからこそは龍族は星雫石を求めた。 ――持っているだけで安心なんだからね」
「――薬だと思えばそうなりますよね?」
「――だからこそ石宝村がどうなっているかも知らず……いや、知った後も石を求め続けてしまったんだ……」
 後悔をにじませながら言った紫釉の言葉に、春鈴はもしかしたら紫釉は当時何があったのかを知っているのでは……? と漠然と感じた。
「紫釉様は……昔なにかあったか知ってるんです……?」
 おずおずとたずねる春鈴。
 石宝村に何があったのか知りたい、という好奇心が押さえきれなかった。
 そんな春鈴の言葉に気まずそうな顔になった紫釉だったが、やがて諦めたかのように息を付きぽつりぽつりと語り始めた。
「……元々はきちんとした取引だった――そのはずだったんだ。 石宝村の者が石を掘って研磨して、それを我々龍族が買い取る……――しかしすぐに石の数が足らなくなった……欲しがる龍族が多すぎた……」
 そこまで話して紫釉はゆっくりと体を起こすと、帆に助けられながら立ち上がると長椅子へと移動した、そして春鈴を手招きして隣に座らせる。
そんな紫釉たちに、帆はお茶を新しく入れるべく動き出した。
「そうなるとね……金で解決する者や力で解決する者……様々な者たちが現れ始めたんだ――それでも村は必死に石を掘り研磨し続けてくれた……けれど――龍族は自分にもよこせ、もっとよこせと圧をかけ続けた」
「うわぁ……」
 説明を聞いた春鈴は顔をしかめて呻くような声を上げる。
「――暴走するのは怖い。 自分の子供には安心を送ってやりたい……そんな当たり前の感情だった……――だがあまりに数が多すぎた」
 紫釉は帆から差し出された茶器を受け取り、喉を潤してから再び口を開いた。
「石宝村はとても小さな村だった……龍族が求める量を自分たちだけで賄えるようなことはどう考えても不可能だった」
「……それで、村の人たちは……?」
「――人を雇い入れた。 力自慢の男たちを雇い入れ、石をどんどん採掘していった。 研磨師も招いてどんどん研磨していった……」
(あ、良かった……それでなんとかなりそう)
「それが悪夢の始まりだった――」
「え――?」
「……金になる石が石宝村から取れると、多くの人々に知られてしまった……結果、村は多くの者に狙われ始めた。 泥棒、山賊、盗賊団……――多くの人間が殺され多くの被害が出た」
「ああ……」
 そこまで聞いた春鈴は泣きそうな表情を浮かべて肩を落とした。
「――とうとう村は、どうにかしてほしいと国に助けを求め……――そして国は石宝村を取り上げようとした」
「――ん……?」
 春鈴は紫釉の説明が理解できず首をかしげる。
 助けを求めた結果、なぜ国に村を取り上げなければならないのか理解できなかった。
「国は――人間の役人たちは龍族の欲しがる石が欲しかった。 だからその山に住む石宝村の人々が邪魔だったんだ。 助けを求められたことを、これ幸いと村を移動させ、その山を国で管理すれば良いと考えたようだよ」
「――分かるような、分からないような……? いや、でもそこは石宝村の人たちのものなのに……」
「ああ。 村の者たちもそれは反発をしたらしい……それはそうだ。 我々とて、龍脈はあるからとよその土地に移れと言われたとて、そう簡単には移れん……先祖代々の墓もあれば、住み慣れた土地だ……どこが危なくて、どこにいけば美しいものが買えるのか……思い出も思い入れもある――故郷だ」
「そりゃ反発もするし、納得なんて無理ですよね……?」
「――しかしな? 当時の龍族たちは人間の国とのやりとりにうんざりしていた……欲しいものはたくさんあった。 ――しかしそれを口にすれば国が出てきて、やれ外交だ、やれ国同士のやりとりを! と迫ってくる……それを嫌がった者たちは人間の国に出て来られる前に、と無理矢理村から石を奪うように買い取った」
「あーもう……」
「――国からはさっさと出て行けと迫られ、龍族からはいいからさっさとよこせと石を奪われ……――石宝村の憤りはいかほどであっただろうな……」
(……そりゃ呪いだなんて噂が流れるよ……)
「そんな時、あの痛ましい事件が起きてしまった……」
「痛ましい事件……?」
 春鈴は嫌な予感を感じながらも聞き返す。
「……何者かが石宝村を襲ったのだ」
「うわぁ……」
「石宝村のほとんどのものが惨殺され、村にあったとされる多くの星雫石が消えた」
「あったとされる……?」
「詳しいところはわからないんだ。 龍族があらかた買い漁ったのだろう……とも言われているが、研磨前の原石すら一つも見つかってはいない……」
「原石も……それは不自然ですね……」
「――実際その後、出所不明な星雫石が龍の里に出回った……」
「――もはや真実では?」
「……だが、誰に襲われたのかがわからない……山賊や窃盗団に狙われたのか、国が軍を派遣したのか……内部から裏切り者が出たか――龍族の犯行か……」
「あ、やっぱりその線も……」
「今はともかく、昔は人間たちを武力で支配してしまおうと言う者たちも多くいたからな……」
「少なくなってくれて良かったです……」
「だが――誰が村を襲ったのだとしてもはっきりしていることが一つある。 ……龍族が星雫石を欲しがらなければ……――いや龍族さえいなければあんな事件は起こらなかった、と言うことだ……」
「――そりゃそうですけど……でも人間だってだいぶ対処が悪い気も……」
 春鈴がモゴモゴと言葉を口の中で転がしていると、紫釉がピクリと茶器を握っている指先を揺らし、出入り口を見つめながら口を開いた。
「――さて、話しすぎたな……名残惜しいが時間らしい」
 紫釉がそう言い終わった瞬間、見つめていた出入り口が大きく開かれた。
「春鈴! 無事か⁉︎」
 大声で叫びながら飛び込んできたのは蒼嵐。
 そしてその後ろから焦った顔で優炎たちが走ってきているのが見えた。
 紫釉の背後では、慌てた様子で帆が紫釉を守るべく動いていた。
「蒼嵐!」
(――あ、私が式飛ばしちゃったから……もう無事になったって伝えるの忘れてたや……)
「――これは……」
 明らかに争った跡のある部屋を見て、紫釉にきつい視線を送る蒼嵐。
 しかし紫釉はシレッとした表情を浮かべて蒼嵐に話しかけた。
「――それで実行犯と黒幕はきちんと捕まえたんだろうね?」
「それは……」
 紫釉の言葉に口ごもり、刺々しかった蒼嵐の気配が霧散した。
「その、不足の事態が起こり……実行犯と思われる人物を発見した際には……――すでに息絶えており……逃げる際、足を滑らせがけから転落したものと……」
 蒼嵐は春鈴に気づかうような視線を送りながらその言葉を口にした。
(――息たえた……? ――蒼嵐が話してる実行犯って……凛風のこと、だよね……?)
 蒼嵐の言葉に動揺した春鈴は、視線を揺らしながら長いため息を付いて、ゆっくりと俯いた、話を聞いただけではあまり実感がないためなのか、涙は込み上げてこず、悲しいという感情もそこまで強く沸き上がってはこないようだった。
「黒幕――あの商人はどうした?」
「……商人はすでに里を出ており行方は……」
 再び言いにくそうに蒼嵐が答えた。
「――まさかここまでの大事件を引き起こした犯人を『捕まえられない』なんて言いだすんじゃないだろうね……?」
「――人間の手を借りることになりますが、よろしいか?」
 その言葉に紫釉は再度、その指先をピクリと動かした。
「……外交問題を勝手に進められるのは面白くはない、かな……?」
「――では此度の一件、紫釉様の一存により内々に処理をした……という事で……?」
 蒼嵐の言葉は下手に出るものであったが、その視線は少々威圧的なものだった。
「――構わん。……せいぜい、うまく使わせてもらおう」
 肩をすくめ面白くなさそうに紫釉は顔をしかめた。
 そんな紫釉に一礼をした蒼嵐は春鈴に向かって手を差し出しながら口を開く。
「――行くぞ」
「あ、はい」
 反射的にその手取り、立ち上がる春鈴。
 扉の前まで来た時、紫釉に呼び止められた。
「……春鈴」
「はい?」
「――ありがとう。君のおかげだ」
「……紫釉様が爆発しなくて良かったです!」
 春鈴の言葉を聞いた紫釉は笑顔でうなずきかえすと、蒼嵐に向かって人間では聞き取れないような小さな声で「きちんと説明しておきなさい……」と伝えたのだった――
 
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