上 下
6 / 55

6

しおりを挟む


 
 虎族たちとの取引が完了し、一行を見送った春鈴たちは、お茶を飲みながら茶飲み話に花を咲かせていた。
「あの孫バカにも困ったもんさね」
「テヨンのおばちゃま、ジヨン君に跡を継がせる! っていつも言ってるけど……あれ本気なのかな?」
 春鈴はお茶を口に運びながら首をかしげる。
 虎族の者は実力主義者が多い。
 いくら孫とはいえ、どう育つか分からない、あんな小さな子共を後継者として指名するのは、だいぶ無理があると感じていた。
「アレには息子も娘もいるっていうのにねぇ……」
 美羽蘭はふー……と大きく息をきながら、首を左右に振る。
「ようやく生まれた待望の初孫ってやつだから、可愛くて仕方ないんだろうってのは分かるけど……」
「だからって仕入れにまで連れ歩くのは、ただのバカ祖母だろう?」
 呆れたようにそう言った美羽蘭の言葉に、春鈴は肩をすくめて答えを濁した。
 
「そういえば、龍王様が病気で里帰りしてるって話聞いた?」
「ああ、テヨンのヤツにね。 ……王都は気がよどんどる。 いかに強靭な龍族といえど、長く暮らす事は難しいだろうさね」
「――……今までは普通に暮らせていなかった……?」
「定期的に帰っていたとは思うよ? 龍族が長く龍脈から離れられるとは思えん」
「そっか……――あのさ?」
 春鈴はガボクと話しをしていて、思いついたことを祖母にぶつけることにした。
「なんだい?」
「龍族って飛ぶのめっちゃ早いじゃん?」
「だねぇ」
「なら毎日里から通うのとかはダメなのかな? 龍族が全力で飛んだら王都と竜の里って十分通えちゃう気がするんだけど……」
「……毎日毎日、龍王が空を飛んでいたら確実に狙われるし、国を狙ってるヤツらは龍族がいなくなった後を見計らって、攻め込んで来るんだろうね……?」
「――あー……龍王が最強の用心棒か」
「まぁ……近衛込みで、だがね? そもそも龍王に任命される者は、龍族の中でも妖力が多いと認められた者だ。 候補にあがるだけでも強者の証だろうて」
「あ、そっか。 龍王って龍族の王族とは関係ないんだっけ?」
「いくら龍族が人間を守りたいと思っていても、自分の所の王族を龍脈のない地には追いやれまい?」
「えー? じゃあ王都の人も龍族も、龍脈が通ってないって分った上で、龍王が病期になるまで、王都で生活させてたの? それ生贄じゃん……」
「龍族が何を考えているのかまではわからないが、今代の龍王は白龍で気のよどみにも強いと言われているし――……残念ながら人間で龍脈の重要性が理解できているヤツは少ないさね……」
 そう言ってズズ……とお茶をすする美羽蘭。
 そんな祖母の言葉に春鈴は盛大に顔をしかめる。
「そんな……――人間だって、ずっと雨ばっかりでジメジメしてたら気が滅入るし、ずっとホコリっぽい空気吸ってたら病気になるのに⁉︎」
「ははっ それとこれを結びつけられるのは、私たちがこの目を持っているからだよ」
「――……そうなの?」
 祖母の言葉に少し傷ついたような表情をして、視線を揺らす春鈴。
 
――春鈴は人間でありたがった。
妖力が使えることは便利に感じていたし、龍脈の力を感じることは気持ちがいいと理解していたが、それでも春鈴は人間であることを強く望んでいた。
 
「――その目が疎ましいかい?」
「……そんなことないよ」
「ふふ、お前は昔から嘘がヘタだね?」
「嘘じゃないし……」
「――私は疎ましかったね。あの人に……じいさんに会ってなきゃ、今でも疎ましかったんだろうさ」
「じっちゃ……?」
「ああ。じいさんはそりゃあ情熱的な人でね、結婚した後も事あるごとに口説かれたもんさね……」
(――あれ? 私は今、実の祖母にのろけられているのか……?)
「数ある口説き文句の中でも一番グッときたのが『――私は君が嫌いなその瞳も、その瞳を嫌いな君も大好きだよ』って言葉さ――どうだい? いい男だろう?」
「まぁ……悪くはないよね?」
(はっはーん? これはただの自慢だな?)
「好いた男にそう言ってもらえるなら、この目も悪くない……人生で初めてそう思えた」
 ジッと指にはめられた指輪を眺め、懐かしそうに……どこか寂しそうに笑う美羽蘭。
「ばっちゃ……」
「――あんたもいつかそんな男が現れる」
「……でも、あの村の連中は、私の目は化け物みたいで気持ち悪いって」
「ははっ いつの話を引きずってるんだい?」
「だって……」
「あの村が世界の全てじゃない。男なんて国の外にもわんさかいる! あんたにゃ、人よりちーとばかし時間があるからね、気長にじっくり見極めればいいのさ」
「そう……かも?」
(せめて、こんな瞳でもいいよって言ってくれる人がいいな……)
「――さて、せっかく菓子を作ったんだ、明日は市にでも出稼ぎに行こうかね?」
 美羽蘭はニヤ……と何かを企んでいるような顔つきで春鈴に笑いかける。
(……明日も菫家のヤツが来るって分かってて、家を開ける。 って言ってるな……? 私だって会うのヤだけどー!)
「いいねー! 私、月饅頭食べたい、白あんでカニの焼印ついてるやつ!」
「お前は変わらないねぇ?」
 小さな頃から大好きな菓子を、あいも変わらずねだってくる春鈴に、美羽蘭は目を細めて答えるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完璧な姉とその親友より劣る私は、出来損ないだと蔑まれた世界に長居し過ぎたようです。運命の人との幸せは、来世に持ち越します

珠宮さくら
恋愛
エウフェシア・メルクーリは誰もが羨む世界で、もっとも人々が羨む国で公爵令嬢として生きていた。そこにいるのは完璧な令嬢と言われる姉とその親友と見知った人たちばかり。 そこでエウフェシアは、ずっと出来損ないと蔑まれながら生きていた。心優しい完璧な姉だけが、唯一の味方だと思っていたが、それも違っていたようだ。 それどころか。その世界が、そもそも現実とは違うことをエウフェシアはすっかり忘れてしまったまま、何度もやり直し続けることになった。 さらに人の歪んだ想いに巻き込まれて、疲れ切ってしまって、運命の人との幸せな人生を満喫するなんて考えられなくなってしまい、先送りにすることを選択する日が来るとは思いもしなかった。

【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい

小達出みかん
恋愛
私は、悪役令嬢。ヒロインの代わりに死ぬ役どころ。 エヴァンジェリンはそうわきまえて、冷たい婚約者のどんな扱いにも耐え、死ぬ日のためにもくもくとやるべき事をこなしていた。 しかし、ヒロインを虐めたと濡れ衣を着せられ、「やっていません」と初めて婚約者に歯向かったその日から、物語の歯車が狂いだす。 ――ヒロインの身代わりに死ぬ予定の悪役令嬢だったのに、愛されキャラにジョブチェンしちゃったみたい(無自覚)でなかなか死ねない! 幸薄令嬢のお話です。 安心してください、ハピエンです――

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

派手好きで高慢な悪役令嬢に転生しましたが、バッドエンドは嫌なので地味に謙虚に生きていきたい。

木山楽斗
恋愛
私は、恋愛シミュレーションゲーム『Magical stories』の悪役令嬢アルフィアに生まれ変わった。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。その性格故に、ゲームの主人公を虐めて、最終的には罪を暴かれ罰を受けるのが、彼女という人間だ。 当然のことながら、私はそんな悲惨な末路を迎えたくはない。 私は、ゲームの中でアルフィアが取った行動を取らなければ、そういう末路を迎えないのではないかと考えた。 だが、それを実行するには一つ問題がある。それは、私が『Magical stories』の一つのルートしかプレイしていないということだ。 そのため、アルフィアがどういう行動を取って、罰を受けることになるのか、完全に理解している訳ではなかった。プレイしていたルートはわかるが、それ以外はよくわからない。それが、私の今の状態だったのだ。 だが、ただ一つわかっていることはあった。それは、アルフィアの性格だ。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。それならば、彼女のような性格にならなければいいのではないだろうか。 そう考えた私は、地味に謙虚に生きていくことにした。そうすることで、悲惨な末路が避けられると思ったからだ。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m

男爵夫人となった私に夫は贅沢を矯正してやると言い、いびられる日々が始まりました。

Mayoi
恋愛
結婚を機に領主を継いだブレントンは妻のマーガレットへの態度を一変させた。 伯爵家で染みついた贅沢を矯正させると言い、マーガレットの言い分に耳を貸さずに新入りメイドとして扱うと決めてしまった。 あまりの惨状にマーガレットはブレントンに気付かれないよう親に助けを求めた。 この状況から助けてと、一縷の望みを託して。

処理中です...