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「ねーちゃん、腹減った。 菓子買いに行こう」

 お世辞にも綺麗で広いとは言えない部屋の中。
 6歳ぐらいの少年ーーザームーーが、グウグウと鳴き止まないお腹を押さえながら、窓のそばで本を読んでいる姉に声をかけた。

「……それ、買うまでに“私が働いてお金稼ぐ”って工程が抜けてない?」
「……手伝うし。 早く行こ」
「ーーせめて「お願いしますリアーヌお姉さま」とか言えないわけ?」
「オネガイシマス。 りあーぬオネェサマ」
「カタコトー……」

 呆れたように言った姉のリアーヌは、それでも笑いながら本を閉じ、簡素な作りの椅子から立ち上がった。
 立ち上がったリアーヌの背丈はザームよりも頭半分程度高い程度、歳はさほど離れていないように見えた。

「母さーん」

 そして、隣の部屋で縫い仕事をしていた母に向かい声をかける。

「はいはい。 今日は一日雨で畑仕事も出来ないだろうから、いってらっしゃい。 気をつけるのよ?」
「はーい」
「ーーあ、お砂糖を買ってきてくれたら、明日は母さんが美味しいおやつを作ってあげるわ」
「ーーはぁーい」

 母の言葉に少しだけ微妙な表情を浮かべたリアーヌは、そのまま大人しく返事を返した。
 心の中で(つまりは、バイト代で砂糖買ってこいってことですね……)と、グチをこぼしながら。



 リアーヌとザームの姉弟は、シトシトと雨の降る中、水溜りばかりの小道を歩いていく。
 パイヴォと呼ばれる、大きな葉っぱを傘がわりにして。

(見た目だけはファンタジー感、つよつよアイテムなんだよなぁー。 トトロみたいでさ。 ーー実用性はねぇ……これ葉っぱだしなぁ……)

 リアーヌは、頭上で雨から身を守ってくれている大きな葉っぱをチラリと見上げ、口を尖らせながら呟いた。

「傘が欲しい……」

 しかし独り言のようなその言葉は、しっかりと弟の耳に入っていたようで、少し先を歩いていたザームは、クルリと振り返りながら首をかしげた。

「かさ? 貴族の日焼けか⁇」
「雨除けにもなるんですよー」
「……高いだろ?」
「……まぁね?」
「ーーそんなもんより、肉か菓子がいい」
「……うん。 確かに今すぐ貰えるなら、その2つのどっちかだね……?」

 リアーヌは今の自分たちの生活水準を思い返しつつ、肩をすくめながら同意した。

 ーーリアーヌには、いわゆるというものがある。
 ここではない世界の、ここには無い国ーー日本で生きていたという記憶が。

(……これが有名な異世界転生ってやつなんだろうか? ……なんか思ってたのと違うんだけど……「えっ、ここどこ⁉︎ 日本じゃないの⁉︎ 私、転生しちゃった⁉︎」とかなるものかと……ーーそもそも、そうなるほど、元の記憶が鮮明じゃないんだよなぁー……)

 リアーヌの記憶は酷く偏りがあり、食べものや使ってた道具、通っていた景色などはハッキリと覚えていたのだが、“どこで”“誰と”生活していたのか? といった所の記憶は大分だいぶ
おぼろげだった。

(……親はいた気がする。 友達と遊んだ記憶もある……気がする。 食卓に並んでるご飯や可愛いお弁当、それに誰かと手をつないで遊園地……そんな記憶はあるんだから、その相手は親、だよね……? それから制服を着てアイス食べたり、プリクラ撮ってた記憶もーーボッチでこれやってたら寂し過ぎるから、是非ともいたということにしておきたい……! ーーただ、誰の顔も声も思い出せない。 話していた内容とかは覚えてるのにな……どういう仕組みになってるんだろ? ーーあの人生が壮大な夢だった説……⁇)
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