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第二章 シュレーディンガーの幽霊
第24話 シュレーディンガーの猫
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シュレーディンガーの猫――と聞いて、それを知らないという人間はそれ程多くないのかもしれない。
確か、箱の中に猫を閉じ込めて、そこに毒ガスを封入したとする。毒ガスには致死性があるから絶対に猫が死ぬのは理論上間違っていないのだけれど、箱を開けるまでは猫が死んでいるか生きているかを判別することが出来ない。
つまり、箱を開けるまでは二つの可能性が同時に存在する――重ね合わさっている、ということだ。
でも、それが一体?
「シュレーディンガーの猫は、確かに知っている。しかし、それが一体どうしたと?」
「存在するか存在しないか分からない、重ね合わせの状態が存在している状況を、シュレーディンガーの猫という風に現します。それがたとえ、猫であろうとなかろうと……」
「いや、だから質問の答えになってねーって。シュレーディンガーの猫がそういう思想実験であることは知っているけれど、何故いきなりそれを出してきたんだ――っていう質問をしているんだが?」
一般常識を持ち合わせていない、と誰かが言っていたような気がするけれど、確かにそれは間違っていないだろう。
こちらの質問には絶対に答える。それでいて、こちらはきちんと回答する――そういった、普通の会話の流れすら簡単に出来ないとしたら?
ずっとこの絶海の孤島で幽閉されてきたのならば、そういった会話の不自然な流れも頷ける。
「シュレーディンガーの猫と言えるような状況が起きてしまった、とするならば?」
「つまり?」
「――先日、ある人間がこの島にやってきました。彼は、元殺人鬼だったのです」
「正確には、そういった触れ込みでやってきた……というだけではありますがな」
令嬢の言葉を執事が補足する。
まあ、誰だってそうだけれど、自分が自分であると証明することはなかなかに難しい。それが自分の賞賛されるような地位とか名誉を証明するとなれば猶更だ――当然ではあるけれど、目に見えない物を証明しようとしたって、どうすれば良いのだろうか? 簡単に捏造出来る可能性すら有り得る賞状を提出するか? それとも信頼出来る友人を連れて行くか? いずれにせよ、証拠としては乏しい――などと言われてしまっては、こちらとしては何も言えない。致し方なくそれに同意し、相手が欲しいという証拠を無理矢理にでも提出してやらねばならないのだ。
「彼は人を何人も殺した後に、改心した――そういう触れ込みではありました。確かシスターに出会って神様を知ることで自分の愚かな行為を改めるようになった、とも」
胡散臭いこと間違いなしだけれど、良く会おうと思ったな?
「一応、こちらとしてもしっかりと吟味しているつもりではあるのですよ。……しかし、それが上手く機能しなかったのもまた事実。そこについては反省点として今後に生かすこととして――」
「話を戻します。いずれにせよ、彼をこの島に招く結果になってしまった訳です。理性があるものとばかり、最早普通の人間になったとばかり思っていましたから……。はっきり言って、これは盲点です」
「ちょ、ちょっと待てよ」
思い切り椅子から立ち上がった葉加瀬は、肩を竦めながら話を続けた。
「つまり……、まだこの島に殺人鬼が居る、ということなのか?」
「ええ、それは紛れもない事実です。けれども、ご安心下さい。あなた方に被害が及ぶことはありません。既にこちらで対策を講じました。それによって、殺人鬼が攻撃をすることはほぼないと言っても過言ではありません。何かしらの干渉をしてくる可能性も零ではありませんが」
「……? どうしてそういった、曖昧な物言いをしているのかが分からないが……」
「要するに、こちらも馬鹿ではなかった……ということです」
みすみす殺人鬼を島に招いてしまった時点でかなりの失態だと思うけれど、そこはもう蒸し返さない方が良い、ということだろうか。
「この屋敷には様々な侵入者を罰する対策が為されています。入り口は厳重に警戒しており、我々使用人が持ち歩くセキュリティカード以外は開くことは有り得ません」
いきなりハイテクになってきたな。
こんな古い屋敷だとするならば、そういったセキュリティカードで自動的にドアの開閉制御を行うことなど、出来ないような気がするけれど……そこはこの国最大の財閥でもある一斤染財閥の資金力を褒めるべきか。
「セキュリティカードがあったとしても、使用人を騙してしまえば中には簡単に入れる、ということでは?」
「最終的に、人間の見る目に判断されます。我々使用人は――今こちらにいらっしゃる皆様を含め、はじめに値踏みさせていただいております。大変不快に感じるお客様もいらっしゃいますが、お嬢様を守るためのこと。致し方ありません」
「値踏みの腕は確かだ、という証拠は?」
「証拠としてはありませんな。しかしこの二重のファイアウォールによって、何とかお嬢様と不審者が邂逅するのないように、配慮しております」 ……ちなみに予想している通り、途中から話は執事が担当していた。令嬢は話をしようとしていたけれど、流石にIT関係には明るくないらしく、話をしたくてもどういう話をすれば良いのか分からない――みたいな、そんな曖昧なニュアンスが感じられた。
「――屋敷のセキュリティについては理解した。しかし、その殺人鬼はどうしたんだ? 島から追い出すとしてもそう簡単にはいかないような気もするが……」
「一斤染財閥の資金力を嘗めてもらっては困りますな」
嘗めたつもりはないのだけれどね。
「この屋敷には様々なトラップが用意されている。それによってどうなるかだとか、そういった話は追々説明することといたしまして……。違和感に気付いた我々は特別室へと案内いたしました」
「特別室?」
「要するに監禁したのですよ。信頼を得ることが出来なかった、ただそれだけの話です。横暴を働き、このままではお嬢様にも被害が及ぶ可能性がある。ともなれば、守りに入らねばならない。しかし、徹底的に排除をしようとしたとて、それが実現出来るとは言い切れません。ですから、我々としては特別室への監禁を――」
「いや、ちょっと待って……。つまり、まだ殺人鬼はこの島に居るというのか? それが脱出しないという証拠は? 確固たる理由はあるというのか? 幾ら堅牢であったとしても、相手は殺人鬼なのだろう。であるならば、少しは危機感を共有して欲しいと思うものだけれど、違うのか?」
精神科医は、やはり人間の心情を読み取ることが出来るからか――正確にはそれではなく、分析という言葉が正しいのかもしれないけれど――人間の恐怖を簡単に汲み取ることが出来る。正確には、汲み取ってそれを改善しようとしているのだろうけれど、今は煽っているだけにしか見えない。
確か、箱の中に猫を閉じ込めて、そこに毒ガスを封入したとする。毒ガスには致死性があるから絶対に猫が死ぬのは理論上間違っていないのだけれど、箱を開けるまでは猫が死んでいるか生きているかを判別することが出来ない。
つまり、箱を開けるまでは二つの可能性が同時に存在する――重ね合わさっている、ということだ。
でも、それが一体?
「シュレーディンガーの猫は、確かに知っている。しかし、それが一体どうしたと?」
「存在するか存在しないか分からない、重ね合わせの状態が存在している状況を、シュレーディンガーの猫という風に現します。それがたとえ、猫であろうとなかろうと……」
「いや、だから質問の答えになってねーって。シュレーディンガーの猫がそういう思想実験であることは知っているけれど、何故いきなりそれを出してきたんだ――っていう質問をしているんだが?」
一般常識を持ち合わせていない、と誰かが言っていたような気がするけれど、確かにそれは間違っていないだろう。
こちらの質問には絶対に答える。それでいて、こちらはきちんと回答する――そういった、普通の会話の流れすら簡単に出来ないとしたら?
ずっとこの絶海の孤島で幽閉されてきたのならば、そういった会話の不自然な流れも頷ける。
「シュレーディンガーの猫と言えるような状況が起きてしまった、とするならば?」
「つまり?」
「――先日、ある人間がこの島にやってきました。彼は、元殺人鬼だったのです」
「正確には、そういった触れ込みでやってきた……というだけではありますがな」
令嬢の言葉を執事が補足する。
まあ、誰だってそうだけれど、自分が自分であると証明することはなかなかに難しい。それが自分の賞賛されるような地位とか名誉を証明するとなれば猶更だ――当然ではあるけれど、目に見えない物を証明しようとしたって、どうすれば良いのだろうか? 簡単に捏造出来る可能性すら有り得る賞状を提出するか? それとも信頼出来る友人を連れて行くか? いずれにせよ、証拠としては乏しい――などと言われてしまっては、こちらとしては何も言えない。致し方なくそれに同意し、相手が欲しいという証拠を無理矢理にでも提出してやらねばならないのだ。
「彼は人を何人も殺した後に、改心した――そういう触れ込みではありました。確かシスターに出会って神様を知ることで自分の愚かな行為を改めるようになった、とも」
胡散臭いこと間違いなしだけれど、良く会おうと思ったな?
「一応、こちらとしてもしっかりと吟味しているつもりではあるのですよ。……しかし、それが上手く機能しなかったのもまた事実。そこについては反省点として今後に生かすこととして――」
「話を戻します。いずれにせよ、彼をこの島に招く結果になってしまった訳です。理性があるものとばかり、最早普通の人間になったとばかり思っていましたから……。はっきり言って、これは盲点です」
「ちょ、ちょっと待てよ」
思い切り椅子から立ち上がった葉加瀬は、肩を竦めながら話を続けた。
「つまり……、まだこの島に殺人鬼が居る、ということなのか?」
「ええ、それは紛れもない事実です。けれども、ご安心下さい。あなた方に被害が及ぶことはありません。既にこちらで対策を講じました。それによって、殺人鬼が攻撃をすることはほぼないと言っても過言ではありません。何かしらの干渉をしてくる可能性も零ではありませんが」
「……? どうしてそういった、曖昧な物言いをしているのかが分からないが……」
「要するに、こちらも馬鹿ではなかった……ということです」
みすみす殺人鬼を島に招いてしまった時点でかなりの失態だと思うけれど、そこはもう蒸し返さない方が良い、ということだろうか。
「この屋敷には様々な侵入者を罰する対策が為されています。入り口は厳重に警戒しており、我々使用人が持ち歩くセキュリティカード以外は開くことは有り得ません」
いきなりハイテクになってきたな。
こんな古い屋敷だとするならば、そういったセキュリティカードで自動的にドアの開閉制御を行うことなど、出来ないような気がするけれど……そこはこの国最大の財閥でもある一斤染財閥の資金力を褒めるべきか。
「セキュリティカードがあったとしても、使用人を騙してしまえば中には簡単に入れる、ということでは?」
「最終的に、人間の見る目に判断されます。我々使用人は――今こちらにいらっしゃる皆様を含め、はじめに値踏みさせていただいております。大変不快に感じるお客様もいらっしゃいますが、お嬢様を守るためのこと。致し方ありません」
「値踏みの腕は確かだ、という証拠は?」
「証拠としてはありませんな。しかしこの二重のファイアウォールによって、何とかお嬢様と不審者が邂逅するのないように、配慮しております」 ……ちなみに予想している通り、途中から話は執事が担当していた。令嬢は話をしようとしていたけれど、流石にIT関係には明るくないらしく、話をしたくてもどういう話をすれば良いのか分からない――みたいな、そんな曖昧なニュアンスが感じられた。
「――屋敷のセキュリティについては理解した。しかし、その殺人鬼はどうしたんだ? 島から追い出すとしてもそう簡単にはいかないような気もするが……」
「一斤染財閥の資金力を嘗めてもらっては困りますな」
嘗めたつもりはないのだけれどね。
「この屋敷には様々なトラップが用意されている。それによってどうなるかだとか、そういった話は追々説明することといたしまして……。違和感に気付いた我々は特別室へと案内いたしました」
「特別室?」
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「いや、ちょっと待って……。つまり、まだ殺人鬼はこの島に居るというのか? それが脱出しないという証拠は? 確固たる理由はあるというのか? 幾ら堅牢であったとしても、相手は殺人鬼なのだろう。であるならば、少しは危機感を共有して欲しいと思うものだけれど、違うのか?」
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