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24. 作戦会議
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昼食の集まりは、小一時間ほどでお開きとなった。国王夫妻はもちもん、ルイーズ様もこのあと予定がびっちり詰まってるらしい。
(暇なのは、清掃員の任を解かれた自分だけか……)
ちなみにメイドの仕事もないので、午後から何をしたらいいのだろう。
「今日はとても楽しかったわ。また是非ご一緒しましょうね」
にこやかに送り出してくれた王妃様には申し訳ないけど、正直こちらは緊張し通しで楽しむ余裕などこれっぽっちもなかった。
(まあ美味しい料理でお腹はふくれたから、いっか)
いや、ちっともよくない。前を歩くルイーズ様の背中を見つめながら、どう話を切り出そうか考える。
長い廊下を抜けて、小さな中庭を囲む回廊に出ると、追いかけていた長い影がピタリと止まった。
「……嫌だった? お妃候補の件」
向こうから本題に入ってくれた。なんの前置きもなく、ごく自然に。かねてからの疑問を投げかけるチャンスに、口を開きかけた私に対して、ルイーズ様はさらに質問を重ねてきた。
「どうしようもないくらい嫌悪感とかある?」
それはずるい聞き方だ。好き嫌いの問題じゃない……そういう問題じゃないはずだ。
「どうして、私をお妃候補にしたんですか」
やり返す意味もこめて、質問に質問で返してみた。するとルイーズ様は、あらかじめ用意された答えを読み上げるように、淡々とした口調で話し出す。
「だって、妃候補ならば常に僕の近くにいても不自然に見えない。一緒に仕事もできるし、気軽に相談し合える……それって理想的じゃない?」
執務室へ戻ると、宰相様が出迎えてくれた。
「食事が済んだのなら、お話があります」
昼食会については、特に言及されなかった。出席さえすれば、後の結果なんて特に興味もないようだ。
代わりに新しいギルド編成の表を渡され、ここ最近の魔物討伐について説明があった。
「え、毎回ですか!?」
「その為の夜会ですから」
宰相様の説明によると、連日連夜続いていたパーティーは、ルイーズ様が王宮をこっそり抜け出して魔族討伐に行く為のカモフラージュだったらしい。
なんでも、途中パーティーを中座して王宮を出発、日が昇る前に戻ってくるといったサイクルを、ここ二ヶ月ほど続けてるそうだ。
(それじゃ、寝不足にもなるわけだ)
そういえば以前、真夜中に廊下で倒れているルイーズ様に出くわしたことがあった。その夜は部屋に運び込んで介抱したけど、ルイーズ様は最後まで飲み過ぎたと言い張っていた。
(あの夜もきっと、魔物と戦ったんだ……)
お腹をおさえていたのは、ケガ負ったせいかもしれない。かなり苦しそうだったのに、医者を呼ぶなと言われて、ろくな手当てもできなかった。
毎日寝不足で、あんな無茶して、たった一人で極端な重積を担うのが勇者だとでも言うのか……それはあまりに酷だと思う。
「これもそれも、あれも、すべてルイーズ様がやらなきゃならないなんて……」
「まあ、そうとも言いきれません。勇者にまつわる仕事はたくさんあり、多くの人間がバックアップしてます。また王子殿下としての公務もあるので、あのように忙しい身なのでしょう」
宰相様はドライな口調で説明しながら、手持ちのスケジュール帳をパラパラとめくった。
「少なくとも今後は、あなたという妃候補を得たことで、カモフラージュしやすくなるでしょう。それに寝不足の隈も、無理に化粧で隠す必要がなくなります」
「どういう意味ですか?」
なんだろう、またもや嫌な予感がする。
「なぜならルイーズ様は、あなたという最愛の嫁を得た為、毎晩情熱的に……」
「待ってください、その先は言わないでいいですから!」
大声でさえぎると、宰相様は素直に言葉を引っこめてくれた。
「理解が早くて助かります」
「どうも……」
「まあ蜜月も、そう長く続いてしまうと不審に思われかねません。特に魔物に関しては、早急に手を打たないといけませんね」
宰相様に促されて、最新のギルド編成表を見下ろした。前回に輪をかけて、いびつな構成となってる。
「本当に、この配備でいいんですか……?」
王都のギルドのエリート勢が、ごっそり地方勤務になるなんて、これでは国の中枢の屋台骨がスカスカになったようなもの。この状態で仮に他国に攻め入れられたら、大国シェルベルンとはいえ、ひとたまりもないに違いない。
私の懸念を察した宰相様は、分かっているとでも言いたげに渋面を作った。
「仕方ありません。兵士の訓練は急がせているものの、とても追いつかないのが現状です。平和な世の中が続いたのはよろこばしい限りですが、時代に甘んじて兵力が落ちたのは問題ですね。今までギルドの力に頼りすぎたのでしょう」
宰相様は、どこか他人事のようにそうつぶやいた。今後は兵士をギルドへ出向させ、実践経験を積ませる予定だそうだが、今は即戦力とは言い難い。
室内に重苦しい沈黙が落ちる中、扉がノックされる音が響いた。現れたのは、なんと第一ギルドの隊長であるゲネルさんだった。
「宰相殿、例の使者がお待ちかねだぞ」
「ああ、そうでしたね……」
宰相様は、小さくため息をついて立ち上がると、私に向かって手招きした。
「ちょうどいい機会だから、あなたも同席してください」
魔物の森からやってきたという使者は、城内の奥深くに設えた賓客室に滞在していた。今回は非公式な訪問という事で、城内でも限られた人間しか知らされてないらしい。
宰相様とゲネルさんに続いて賓客室に入った私は、室内に設えたソファーから立ち上がった人物に目を丸くした。
「あれ、今日はニンニクの匂いはしないね?」
「あなたは……!」
穏やかな笑みを浮かべるその人物は、ほんの数日前に森で出会った青年だった。
(この人のこと、すっかり忘れてた!)
しばらく時が止まったかのようにお互い見つめ合っていたら、隣から焦れたような咳払いが聞こえた。
「なぜ君が、この者……サーガを知っているの?」
ルイーズ様は腕組みすると、不機嫌そうに眉をひそめる。
「ええと実は、先日森で助けていただきまして……」
「そうそう、彼女があの変わった提灯を持って迷子になりかけてたから、途中まで道案内してあげたんだよ」
ルイーズ様を追って王宮を抜け出したあの夜……国境の村ナイラの近くの森の中で、突然現れたサーガさんは、親切にもルイーズ様たちが待つ森番の小屋まで案内してくれた。
「その節は、ありがとうございました。おかげさまで、大変助かりました」
「どういたしまして。ところで俺があげたペンダントは、ちゃんと身につけてる?」
「ペンダント……」
森を脱出してからいろいろあって、ペンダントの存在をすっかり忘れてた。気軽に渡されたけど、もしかしたら価値のある品かもしれない。
(たしか、鞄にしまったままだ)
返した方がいいのか悩んでいると、隣のルイーズ様から『何の話だ?』と言わんばかりの視線を感じた。
私とルイーズ様の間に微妙な空気が流れる中、ゲネルさんの明るい声が室内に響いた。
「立ち話もなんですから、続きは座って話しませんか」
私たちは、奥の会議室へ移動することにした。大きな円卓を囲むのはルイーズ様にサーガさん、そして宰相様とゲネルさんに、なぜか私といった面々だ。
「では、まずは状況を整理しましょう」
宰相様が、この場の進行を任されたらしい。まずは何も知らない私のために、サーガさんの立場について説明してくれた。なんでもサーガさんは、ツァーク家と呼ばれる、魔物を管理する一族の一人だという。
「魔物の管理!? そんなこと可能なんですか?」
「僕たちツァークならね」
サーガさんの肯定に、宰相様は小さくうなずく。
「ツァークの存在は、シェルベルン王家と一部の関係者のみしか知られてません。彼らの能力が外部に漏れたら、悪用しようとする者が後を絶たないでしょうからね」
たしかに、魔物を手懐ける力なんて、争いの種になりそうだ。シェルベルン国内だけじゃなく、諸外国でも魔物制御には苦労してると聞くから、きっと取り合いになってしまう……そこに人権が存在するとは到底思えない。
「ツァークは、もともとシェルベルン王家の血筋を引く家系なんだ」
なんでもツァークの祖先は、過去に大量の瘴気を浴びたことが原因で、魔物に近い力を体内に宿すようになったと伝えられている。以来ツァーク家の人間は、人でありながら魔物の力、いわゆる魔力を持って生まれるようになったそうだ。
「個人差はあるけど、魔力があると多少なりとも魔物を手懐けることができてね。王家の血筋ってこともあるから、先祖代々シェルベルンに生息する魔物の管理を任されているんだ」
ツァーク家の人々は、その特殊な能力故に普通の人々とは相入れず、隔離された森の奥で魔物を管理しながらひっそりと暮らしているらしい。
「つまり今回の騒動は、うちの管理不行き届きが原因ってこと」
苦笑気味にそう話すサーガさんに対し、宰相様は首を振った。
「しかしツァーク家の血を引く人間は年々減少してて、この数年はずっと人手不足のままです。その為、今後ますますギルドの力が必要とされるでしょう」
その後を引き継ぐように、ルイーズ様が口を開いた。
「こちらもギルドの数を増やしてはいるが、この状況ではとても対処しきれない」
ふと私の頭に、先ほど宰相様から渡されたばかりのギルド編成表が浮かんだ。
(どこも人手不足が深刻だ……)
王宮にやってくる前は、世の中人があまっていて、だから自分は就職難に陥ってると思ってた。しかし、本当に必要とされる人材は数が少なく、代わりを務めるだけの能力を持つ者はそう簡単に見つからない。需要と共有のバランスの悪さは、社会的な問題と言える。それは田舎町だって、王宮内だって、魔物の森だって同じだ。
「こちらをご覧ください」
宰相様は、会議テーブルに大きな地図を広げたると、それを取り囲む面々をぐるりと眺めた。
「国境に被っている森は、南西部で主に三箇所あります。中でも、先日ルイーズ様達が赴いたナイラ村の付近が、ここ最近で一番被害報告が増えてます。今回の魔物討伐はツァークも参加するので、かなり大規模となるでしょう。本当は、これまでのように公にならないよう、秘密裏に行いたいところですが……まあ今回ばかりは難しいでしょうね」
そういった配慮が欠けると、市井が動揺したり不安がったりして、他国に付け入る隙を与えてしまう可能性があると宰相様は話す。それまで黙って聞いていたゲネルさんは、椅子の背もたれに寄りかかって思案げに腕を組んだ。
「まさか今回の魔物討伐が、ここまで長期化するとは思わなかった。うちの第一部隊でも、かなり腕の立つメンバーを派遣してるんだが、なかなか苦戦を強いられている。だがこれ以上、王都のギルドを派遣するのは得策じゃない。だからと言って、地方のギルドメンバーだけで魔物討伐は難しいだろう」
ルイーズ様は、ゲネルさんの言葉に同意を示して、さらに続けた。
「ならば倒すのではなく、森の奥へ追い込みさえすれば、後はツァークに捕縛してもらうことも可能ではないか? ツァーク側の機動力は?」
「恐らく十名から、多くても十五名かな」
サーガさんが慎重に応えると、ゲネルさんが横から口をはさんだ。
「二、三人こっち側に借りれないか? ギルドだけで魔物を追い込むには数が足りない。しかもこの間のナイラ村の付近の森に出た魔物は、かなりの強さなんだろう? 二軍とはいえうちの第一ギルドのマッカス達ですら、あの有様だ。せっかく派遣しても、肝心の魔物を倒せないまま逃げ帰ってこられちゃ意味がない」
ルイーズ様は、その言葉に硬い表情を浮かべた。きっとあの夜の事を気にしてるに違いない。
(私も、安易に逃げようなんて提案すべきじゃなかったな……)
最終的にはルイーズ様が判断したのだし、私の意見で左右されたとは思わない。でも結果、あの夜は魔物を仕留めることはかなわず、皆命からがら森から逃げてきたのだ。
「ヨリ」
「は、はいっ」
ルイーズ様に名前を呼ばれて、私は飛び上がった。
「君の提灯を使えないかな」
「……? 私の提灯、ですか?」
「うん、魔物避けの。あれを遣えば、戦わすとも魔物を追い込めるんじゃないかと思って」
(暇なのは、清掃員の任を解かれた自分だけか……)
ちなみにメイドの仕事もないので、午後から何をしたらいいのだろう。
「今日はとても楽しかったわ。また是非ご一緒しましょうね」
にこやかに送り出してくれた王妃様には申し訳ないけど、正直こちらは緊張し通しで楽しむ余裕などこれっぽっちもなかった。
(まあ美味しい料理でお腹はふくれたから、いっか)
いや、ちっともよくない。前を歩くルイーズ様の背中を見つめながら、どう話を切り出そうか考える。
長い廊下を抜けて、小さな中庭を囲む回廊に出ると、追いかけていた長い影がピタリと止まった。
「……嫌だった? お妃候補の件」
向こうから本題に入ってくれた。なんの前置きもなく、ごく自然に。かねてからの疑問を投げかけるチャンスに、口を開きかけた私に対して、ルイーズ様はさらに質問を重ねてきた。
「どうしようもないくらい嫌悪感とかある?」
それはずるい聞き方だ。好き嫌いの問題じゃない……そういう問題じゃないはずだ。
「どうして、私をお妃候補にしたんですか」
やり返す意味もこめて、質問に質問で返してみた。するとルイーズ様は、あらかじめ用意された答えを読み上げるように、淡々とした口調で話し出す。
「だって、妃候補ならば常に僕の近くにいても不自然に見えない。一緒に仕事もできるし、気軽に相談し合える……それって理想的じゃない?」
執務室へ戻ると、宰相様が出迎えてくれた。
「食事が済んだのなら、お話があります」
昼食会については、特に言及されなかった。出席さえすれば、後の結果なんて特に興味もないようだ。
代わりに新しいギルド編成の表を渡され、ここ最近の魔物討伐について説明があった。
「え、毎回ですか!?」
「その為の夜会ですから」
宰相様の説明によると、連日連夜続いていたパーティーは、ルイーズ様が王宮をこっそり抜け出して魔族討伐に行く為のカモフラージュだったらしい。
なんでも、途中パーティーを中座して王宮を出発、日が昇る前に戻ってくるといったサイクルを、ここ二ヶ月ほど続けてるそうだ。
(それじゃ、寝不足にもなるわけだ)
そういえば以前、真夜中に廊下で倒れているルイーズ様に出くわしたことがあった。その夜は部屋に運び込んで介抱したけど、ルイーズ様は最後まで飲み過ぎたと言い張っていた。
(あの夜もきっと、魔物と戦ったんだ……)
お腹をおさえていたのは、ケガ負ったせいかもしれない。かなり苦しそうだったのに、医者を呼ぶなと言われて、ろくな手当てもできなかった。
毎日寝不足で、あんな無茶して、たった一人で極端な重積を担うのが勇者だとでも言うのか……それはあまりに酷だと思う。
「これもそれも、あれも、すべてルイーズ様がやらなきゃならないなんて……」
「まあ、そうとも言いきれません。勇者にまつわる仕事はたくさんあり、多くの人間がバックアップしてます。また王子殿下としての公務もあるので、あのように忙しい身なのでしょう」
宰相様はドライな口調で説明しながら、手持ちのスケジュール帳をパラパラとめくった。
「少なくとも今後は、あなたという妃候補を得たことで、カモフラージュしやすくなるでしょう。それに寝不足の隈も、無理に化粧で隠す必要がなくなります」
「どういう意味ですか?」
なんだろう、またもや嫌な予感がする。
「なぜならルイーズ様は、あなたという最愛の嫁を得た為、毎晩情熱的に……」
「待ってください、その先は言わないでいいですから!」
大声でさえぎると、宰相様は素直に言葉を引っこめてくれた。
「理解が早くて助かります」
「どうも……」
「まあ蜜月も、そう長く続いてしまうと不審に思われかねません。特に魔物に関しては、早急に手を打たないといけませんね」
宰相様に促されて、最新のギルド編成表を見下ろした。前回に輪をかけて、いびつな構成となってる。
「本当に、この配備でいいんですか……?」
王都のギルドのエリート勢が、ごっそり地方勤務になるなんて、これでは国の中枢の屋台骨がスカスカになったようなもの。この状態で仮に他国に攻め入れられたら、大国シェルベルンとはいえ、ひとたまりもないに違いない。
私の懸念を察した宰相様は、分かっているとでも言いたげに渋面を作った。
「仕方ありません。兵士の訓練は急がせているものの、とても追いつかないのが現状です。平和な世の中が続いたのはよろこばしい限りですが、時代に甘んじて兵力が落ちたのは問題ですね。今までギルドの力に頼りすぎたのでしょう」
宰相様は、どこか他人事のようにそうつぶやいた。今後は兵士をギルドへ出向させ、実践経験を積ませる予定だそうだが、今は即戦力とは言い難い。
室内に重苦しい沈黙が落ちる中、扉がノックされる音が響いた。現れたのは、なんと第一ギルドの隊長であるゲネルさんだった。
「宰相殿、例の使者がお待ちかねだぞ」
「ああ、そうでしたね……」
宰相様は、小さくため息をついて立ち上がると、私に向かって手招きした。
「ちょうどいい機会だから、あなたも同席してください」
魔物の森からやってきたという使者は、城内の奥深くに設えた賓客室に滞在していた。今回は非公式な訪問という事で、城内でも限られた人間しか知らされてないらしい。
宰相様とゲネルさんに続いて賓客室に入った私は、室内に設えたソファーから立ち上がった人物に目を丸くした。
「あれ、今日はニンニクの匂いはしないね?」
「あなたは……!」
穏やかな笑みを浮かべるその人物は、ほんの数日前に森で出会った青年だった。
(この人のこと、すっかり忘れてた!)
しばらく時が止まったかのようにお互い見つめ合っていたら、隣から焦れたような咳払いが聞こえた。
「なぜ君が、この者……サーガを知っているの?」
ルイーズ様は腕組みすると、不機嫌そうに眉をひそめる。
「ええと実は、先日森で助けていただきまして……」
「そうそう、彼女があの変わった提灯を持って迷子になりかけてたから、途中まで道案内してあげたんだよ」
ルイーズ様を追って王宮を抜け出したあの夜……国境の村ナイラの近くの森の中で、突然現れたサーガさんは、親切にもルイーズ様たちが待つ森番の小屋まで案内してくれた。
「その節は、ありがとうございました。おかげさまで、大変助かりました」
「どういたしまして。ところで俺があげたペンダントは、ちゃんと身につけてる?」
「ペンダント……」
森を脱出してからいろいろあって、ペンダントの存在をすっかり忘れてた。気軽に渡されたけど、もしかしたら価値のある品かもしれない。
(たしか、鞄にしまったままだ)
返した方がいいのか悩んでいると、隣のルイーズ様から『何の話だ?』と言わんばかりの視線を感じた。
私とルイーズ様の間に微妙な空気が流れる中、ゲネルさんの明るい声が室内に響いた。
「立ち話もなんですから、続きは座って話しませんか」
私たちは、奥の会議室へ移動することにした。大きな円卓を囲むのはルイーズ様にサーガさん、そして宰相様とゲネルさんに、なぜか私といった面々だ。
「では、まずは状況を整理しましょう」
宰相様が、この場の進行を任されたらしい。まずは何も知らない私のために、サーガさんの立場について説明してくれた。なんでもサーガさんは、ツァーク家と呼ばれる、魔物を管理する一族の一人だという。
「魔物の管理!? そんなこと可能なんですか?」
「僕たちツァークならね」
サーガさんの肯定に、宰相様は小さくうなずく。
「ツァークの存在は、シェルベルン王家と一部の関係者のみしか知られてません。彼らの能力が外部に漏れたら、悪用しようとする者が後を絶たないでしょうからね」
たしかに、魔物を手懐ける力なんて、争いの種になりそうだ。シェルベルン国内だけじゃなく、諸外国でも魔物制御には苦労してると聞くから、きっと取り合いになってしまう……そこに人権が存在するとは到底思えない。
「ツァークは、もともとシェルベルン王家の血筋を引く家系なんだ」
なんでもツァークの祖先は、過去に大量の瘴気を浴びたことが原因で、魔物に近い力を体内に宿すようになったと伝えられている。以来ツァーク家の人間は、人でありながら魔物の力、いわゆる魔力を持って生まれるようになったそうだ。
「個人差はあるけど、魔力があると多少なりとも魔物を手懐けることができてね。王家の血筋ってこともあるから、先祖代々シェルベルンに生息する魔物の管理を任されているんだ」
ツァーク家の人々は、その特殊な能力故に普通の人々とは相入れず、隔離された森の奥で魔物を管理しながらひっそりと暮らしているらしい。
「つまり今回の騒動は、うちの管理不行き届きが原因ってこと」
苦笑気味にそう話すサーガさんに対し、宰相様は首を振った。
「しかしツァーク家の血を引く人間は年々減少してて、この数年はずっと人手不足のままです。その為、今後ますますギルドの力が必要とされるでしょう」
その後を引き継ぐように、ルイーズ様が口を開いた。
「こちらもギルドの数を増やしてはいるが、この状況ではとても対処しきれない」
ふと私の頭に、先ほど宰相様から渡されたばかりのギルド編成表が浮かんだ。
(どこも人手不足が深刻だ……)
王宮にやってくる前は、世の中人があまっていて、だから自分は就職難に陥ってると思ってた。しかし、本当に必要とされる人材は数が少なく、代わりを務めるだけの能力を持つ者はそう簡単に見つからない。需要と共有のバランスの悪さは、社会的な問題と言える。それは田舎町だって、王宮内だって、魔物の森だって同じだ。
「こちらをご覧ください」
宰相様は、会議テーブルに大きな地図を広げたると、それを取り囲む面々をぐるりと眺めた。
「国境に被っている森は、南西部で主に三箇所あります。中でも、先日ルイーズ様達が赴いたナイラ村の付近が、ここ最近で一番被害報告が増えてます。今回の魔物討伐はツァークも参加するので、かなり大規模となるでしょう。本当は、これまでのように公にならないよう、秘密裏に行いたいところですが……まあ今回ばかりは難しいでしょうね」
そういった配慮が欠けると、市井が動揺したり不安がったりして、他国に付け入る隙を与えてしまう可能性があると宰相様は話す。それまで黙って聞いていたゲネルさんは、椅子の背もたれに寄りかかって思案げに腕を組んだ。
「まさか今回の魔物討伐が、ここまで長期化するとは思わなかった。うちの第一部隊でも、かなり腕の立つメンバーを派遣してるんだが、なかなか苦戦を強いられている。だがこれ以上、王都のギルドを派遣するのは得策じゃない。だからと言って、地方のギルドメンバーだけで魔物討伐は難しいだろう」
ルイーズ様は、ゲネルさんの言葉に同意を示して、さらに続けた。
「ならば倒すのではなく、森の奥へ追い込みさえすれば、後はツァークに捕縛してもらうことも可能ではないか? ツァーク側の機動力は?」
「恐らく十名から、多くても十五名かな」
サーガさんが慎重に応えると、ゲネルさんが横から口をはさんだ。
「二、三人こっち側に借りれないか? ギルドだけで魔物を追い込むには数が足りない。しかもこの間のナイラ村の付近の森に出た魔物は、かなりの強さなんだろう? 二軍とはいえうちの第一ギルドのマッカス達ですら、あの有様だ。せっかく派遣しても、肝心の魔物を倒せないまま逃げ帰ってこられちゃ意味がない」
ルイーズ様は、その言葉に硬い表情を浮かべた。きっとあの夜の事を気にしてるに違いない。
(私も、安易に逃げようなんて提案すべきじゃなかったな……)
最終的にはルイーズ様が判断したのだし、私の意見で左右されたとは思わない。でも結果、あの夜は魔物を仕留めることはかなわず、皆命からがら森から逃げてきたのだ。
「ヨリ」
「は、はいっ」
ルイーズ様に名前を呼ばれて、私は飛び上がった。
「君の提灯を使えないかな」
「……? 私の提灯、ですか?」
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