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17. 脱出作戦

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「どうして君がここに!?」

 ルイーズ様は、数時間前に別れた騎士服ではなく、シンプルなグレーの詰襟の上着に着替えていた。手にした剣の刃は大きく迫力があるのに、柄の部分に施された金色の華奢な装飾がやけにミスマッチに見える。それが、扱い慣れた手つきで鞘におさめられ、その手が今度は私を引っ張り起こしてくれた。
 ルイーズ様はサッと私の全身に目を走らせると、小さく「ケガはないな」とつぶやいた。

「ところでマッカスはどこにいる。一緒じゃないのか?」
「マッカス?」

 どこかで聞いた名前だと思った。そう、たしか園遊会で話していた、第一ギルドから派遣された人だ。

「村に向かったはずなんだ。君がどうしてこんなところまで来たのか、後で聞かせてもらうとして……マッカスの案内がなければここまで来れなかったはずだ」

 つまり、あのケガをしたギルドの人が、マッカスさんだったのだ。名前を聞いてなかったから気づけなかった。

「とにかく中に入れ。外は危ない」

 ルイーズ様は、つかんだ私の手首を強く引いて扉の内側に入ると、しっかりと鍵をしめた。
 部屋の中は、四方の壁に囲まれた納屋のようで、必要最低限の家具だけが置かれていた。普段からあまり使われてる形跡はなく、森番はもう長いことここには住んでないことがうかがえた。

 狭い部屋の奥には、横になっている人や壁にもたれてぐったりと座っている人がルイーズ様の肩越しに見えた。

「あの、ルイ……殿下、ここは」
「……臭い」

 低い声とともに、ルイーズ様が振り返って私をにらみつけた。

「君、一体何を持ちこんだ? なんだその手にぶら下げた、けったいな物は」
「何って、提灯ですけど……」

 なんせ獣も逃げ出す量のニンニクが仕込んであるのだ……臭くないわけがない。扉の近くにはもう一人、見張りだろうか。剣を構えていた手を下ろして、やはり驚きの表情で私を見つめてる。

「殿下、そのお嬢さんは、殿下のお知り合いの方ですか?」
「ああ、彼女はヨリ・クラルテ嬢……僕の執務室の、新しい清掃係だ」
「「「ええっ!」」」

 ルイーズ様が紹介するや否や、部屋中がどよめいた。

「とうとう殿下が、女性にご興味を……」
「あの恋に奥手な殿下がねえ……」
「いつの間にお相手を見つけたんだ……」
「清掃係だと言ってるだろう、おかしな想像はよせ。コンラッド、なんだその目は……リシューもヘインズも、笑うな」

 いつなく乱暴な言葉づかいのルイーズ様は、私の目にはとても新鮮に映った。しかもよく見ると、服も汚れてボロボロで、いつもの優雅さからほど遠い粗野で荒れた雰囲気だ。
 でも乱れた前髪からのぞく紫色の瞳が、いつもよりずっと力強くキラキラ輝いていた。こんな大変な状況だけど、なんだか王宮で見かける姿よりも、生き生きとしている。

(あ、頰に切り傷がある……)

 私は思わず手を伸ばすと、ルイーズ様は身じろいだ。

「な、なんだ」
「痛くないですか。少し血がにじんでます」

 私は提灯と背中の荷物を床に下ろすと、荷物の袋を開いて救急箱を取り出した。中には消毒薬や傷口を塞ぐテープ、包帯等たくさんある。

「ルイーズ様、皆さん、おケガやどこか痛いところがあれば言ってください。鎮痛剤も傷薬も包帯も、いっぱい持ってきましたから。それに食べ物だって、持てるだけ運んできてます。まずは、簡易コンロで温かいお茶を」
「……君、少し落ち着け」

 忙しなく動かしていた手は、ルイーズ様の手にそっと上からおさえられる。誰かの体温に触れられてはじめて、自分の手が震えてることに気付かされた。

「すいません……少しばかり、取り乱しました」
「いや、気にしなくていい。ありがとう、助かった」

 するとルイーズ様の後ろから、別の男性がひょっこり顔を出す。

「すごいなぁ。これだけ薬と包帯があれば、ライリーの応急処置も出来るぞ。お嬢さん、ありがとう」
「い、いえ……」

 改めてお礼を言われ、照れながら首を振ると、隣で片膝をついたルイーズ様に肩を引き寄せられた。

「ところで君、どうやってここまで来た? マッカスが案内したんじゃないのか。もし君を逃すために、彼が魔物のおとりになっているのなら、僕とリシューが迎えに行く。だから方角と、おおよその場所を」
「いえ、それが……」

 私は、マッカスさんが大ケガを負って、ナイラ村で手当てを受けてる旨を説明した。説明し終わると、小屋の中に重い沈黙が落ちた。

「……話は分かったが……君はどうやって、ここまで無事に来れたんだ? マッカスが負傷したのは、村へ行く途中だ。君は魔物に遭遇しなかったのか? だとしても、あまりにも無謀すぎる行動だ」

 ルイーズ様の疑問はもっともな話だ。そこで私は、簡単にここまで至った経緯を話した。

「……というわけで、この『魔避けの提灯』のお陰で、ここまで無事たどり着けたんです」

 ルイーズ様たちは私を取り囲むと、真剣な表情で聞いている。

「マッカスの容体はひどいのか」
「少なくとも、お話しはできる状態でした。でも村の医師の方は、すぐに王都の病院へ運んで手当てを受けた方がいいと言ってました。それで代わりに、私がここまで来ることになったんです」
「それにしても、か弱い女性を一人で森へ送り出すなんて、村の連中は何を考えているんだ!? 俺には到底理解できん!」

 憤慨したように言葉を吐き捨てたのは、ルイーズ様の後ろに控えていたリシューさんという名の、がっしりとした体に厳しい顔立ちをした人だった。今回ケガはしていないようだけど、まくった袖から見える生々しい古傷が、ギルドの一員として、これまで何度も危険な戦いに挑んだのであろう事を物語っている。

「いえ、違うんです……私が、自分から行きますって言ったから」
「あなたが、ご自分で? なぜです?」

 静かに疑問を投げかけるのは、ヘインズさんという落ち着いた物腰の人だった。左目を覆う長い前髪の下から首筋に向かって、大きな傷が走っているところから、激しい戦闘の経験者であることが分かる。
 そして、薄い毛布にくるまって、床に寝かされている人がコンラッドさんのようだ。腹部を負傷したらしく、傷はそれほど深くないが熱が出てるので、先ほど熱冷ましの薬を飲んでもらった。鎮静剤も含まれるいるから、じき楽になるだろう。

「と、とにかく皆さん、一度村へ戻りませんか」

 私の提案に、リシューさんとヘインズさんは顔を曇らせた。

「それが、外は魔物だらけで、ここで足止めくっちまってて」
「しかし、この小屋には結界をはってるから多少はマシですが、安全とは断言できませんね」

 私は、ここぞとばかり荷物の袋を軽く叩いた。

「大丈夫です、皆さんの分の提灯も用意できますから!」
「そうだ、さっきから気になっていたんだが、そのヘンテコな提灯は一体何なんだ? 『魔避けの提灯』とか言ったか?」

 ルイーズ様が、至近距離でジッと見つめてきた。そろそろ肩、離して欲しい……近すぎて変に緊張して、声が裏返りそうだ。

「そのう、うちの実家で昔から伝わる提灯でして。作りは全く単純なんですが、持っていると魔物を寄せ付けない効果があるんです」
「それで、なんで『君が』それをここまで運んできた?」

 肩にかかった手に、グッと力がこめられた。少し痛いけど、文句言える雰囲気ではなかった。

「それは、私が使わないと効果無いって言ったからです……」
「おい、君は……!」
「だって! そう言わないと、ケガしてるマッカスさんが行くって言い出しかねないもの」

 マッカスさんは、この提灯が自分も使えると知れば、絶対に譲らなかっただろう。
 ルイーズ様は口をへの字に曲げ、不満そうな顔をしているが、それ以上は何も言わなかった。
 私は改めて、荷物に手をかけた。

「提灯は、予備も含めて5個用意してきました。ちょうど五人ですから、ひとり一個ずつ持っていけます……それで皆で村へ戻りませんか?」

 ルイーズ様はしばらく無言で私を見つめていたが、やがて決意した様子で立ち上がった。

「よし、ここはひとまず撤退しよう。これ以上この場に留まっても、体力が持たずに遅かれ早かれ犠牲者が出てしまう」
「そうだな」
「仕方ありませんね……コンラッドは、もう動けそうですか」
「ああ」

 撤退案について、誰もが仕方なく納得してくれた様子だ。コンラッドさんなんて傷だらけで、まさに満身創痍といった状態なのに、まだ戦う気だったのだ……どんな覚悟の上で、この場にいるのだろう。戦いを知らない私には、想像すらできない。そんな私が水を差す真似をして、本当に申し訳ない気持ちになった。

「……ごめんなさい」
「なぜ君があやまる?」

 ルイーズ様が不思議そうな表情で私を見下ろしている。だが私はルイーズ様を含めたこの人たちを前に、安易に村へ戻ろうと提案した事がとても失礼な発言だったと恥じた。

 もう一度謝ろうと顔を上げると、壁にもたれて座っていた人が立ち上がり、前に進み出た。

「それでは魔物の一掃は、後日体制を整えてから、再度行うことにしましょう」
「ああ、残しておくわねには行かねえからな。なるべく早く戻ってこよう」

 リシューさんも同意を示すと、私に向かって微笑んだ。

「ありがとう、お嬢さん。ここから脱出する道を示してくれて感謝する」
「……!」

 まともにお礼を言われ、顔が熱くなる。するとルイーズ様は「よし」とグルリと部屋を見回した。

「そうと決まれば、さっさと出発するぞ。リシューは後方の守りを頼む。ヘインズはコンラッドを支えてくれるか。それから、ヨリ」
「は、はいっ」

 再び肩を引き寄せられ、ルイーズ様の懐にすっぽりと包まれてしまう。

「村までの案内を頼む」
「はい……」
「僕がそばで守るから、安心して」

 サラリと髪を撫でられ、心臓の鼓動がバクバクと騒がしくなった。

「殿下、そのようにされていたら、ヨリ様が仕度することが出来ないのでは?」

 ルイーズ様は微かに体を固くすると、スッと体を離した。周囲からクスクスと忍笑いが聞こえる。

「いやあ、まさかルイーズ様がなあ」
「これほど入れこんでいらっしゃるとは」

 顔を背けたルイーズ様の首筋が、室内に灯されたランプの弱々しい光の中でもはっきりと見て取れるほど、鮮やかに赤く染まった。
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