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第三部

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 カッレラの停車場は首都とあって、乗り入れ列車が多数ある、西側では最大の交通網ハブの役目を担っていた。
 駅の構内は、一大ショッピングセンターなみに店が立ちならび、その多くが土産物店としてしのぎを削ってる。観光地としても注目されてるこの街のため、どの店でも地方から訪れた旅行者が喜びそうな、名物の酒や菓子を取りそろえていて、正直ほとんど違いはない。
 テオドアは、まず目的地までの切符を購入すると、適当に目に着いた店に入って酒を物色する。中には帝都でもおなじみの種類もチラホラあって、逆に土産を忘れた旅行者向けをねらってるようでもある。

(こっちの酒は、どれがうまいかわからねえから、帝都の定番買ってもよさそうだな)

 あまり迷っててもしかたないので、一本手に取りレジへ向かった。会計を待つ間、ふと店員の後ろに設置された、ガラスケースにならぶ高級酒のラベルをながめる。

(……あの酒はたしか、大佐のとこで飲んだやつだ。あっちも……うわっ、馬鹿高え)

 あれこれ飲まされてた酒が、まさかの値段で目を丸くしてると、レジの店員がクスリと笑った。

「こんな値段だから、めったに売れないんですよ」
「それでも、中には買う人もいるんでしょう?」

 たとえば大佐みたいな人間とか、と心の中でつけたす。しかし大佐自身はあまり飲まずに、ひたすらテオドアばかりに勧めてくるのが常だった。
 高いだけあってたしかにうまいが、手ごろなエールでもじゅうぶん楽しめる。人によっては、高い酒の味を占めてしまうと、安い酒は受け付けないそうだが、テオドアに限っては、そういったことはなかった。

(メシも、なんかうまいもん食わしてもらってても、ファストフードの味が恋しくなるもんだしな)

 先刻食べたバーガーやフライを思い出して、小さく吹き出してしまった。

「どうかされましたか?」
「いや、あんま上品なやつばっかでも、満足できないもんだなと」
「そうですね、高ければそれなりに味の保証はありますけど、お手頃な価格でもなかなかいいものもございますよ。たとえばこちらの葡萄酒なんて、有名ワイナリーの畑の近隣にある、小さなワイナリーで醸造されたものですが、土壌も気候も変わらないので、味は負けてないと思いますよ? 試してみませんか」

 試飲させてもらったが、普通にうまい。テオドアは、じゃあそれもと追加で一本購入した。財布を出して支払いをすませると、後ろからどこかで聞いた声が響いた。

「なぜあなたがここに?」
「……いや、そりゃ俺のセリフだろ、サウル」

 今朝別れたばかりの少年は、素直に目を丸くした。

「僕は父の見送りにきた帰りです」
「あ、ああ……そうだったか」

 たしかにクリフトン大尉は、今夜の列車で帝都へ戻ると聞いていたが、国境行きと違い、帝都行きは深夜まで走っているため、もっと遅い出発だと勝手に思いこんでいた。

「それで、あなたは何をしに?」
「……友人の家に、夕食に招かれてんだ。だから手土産を買いに来たんだよ」
「わざわざ駅の構内へ?」
「隣街に住んでるから、これから列車に乗るところだ……お前も、寮で荷解きしたりと忙しいはずだろ?」
「荷物が届くのは明日です」

 驚きの表情は、徐々に怪訝な顔つきへと変化していく。

(グズグズ立ち話してると、痛くねえ腹を探られそうだ)

 これ以上会話を続けるのは得策ではない、と判断したテオドアは、店員から酒が二本入った袋を受け取ると、改めてサウルに向き直った。

「じゃあな、学校楽しめよ」
「あ、はい」

 テオドアは、まだ何か言いたげな少年をその場に残したまま店を出ると、目的のホームへ向かった。

 ホーム内は夕方のせいか、観光を終えた旅行者らが土産袋を携えてごった返している。自分も間違いなくそのうちの一人に見えるだろうと苦笑を漏らしたところで、銀色の頭を発見した。
 先刻別れたばかりのイライアスが、同じ車両に乗ろうとしてる。お互い知らないフリをして、このまま国境まで向かうことになるだろうか。もしくはネストリニーロに到着後に、陸路の足を用意してくれるつもりなのかもしれない。

(まあ、向こうに着いてみりゃわかるか……)

 あまり気にとめず車両に乗りこむと、ドア近くのボックス席に腰をおろした。向かいには、年老いた夫婦らしき旅行者が、大きな旅行鞄を通路を塞ぐように置いて、周囲の非難混じりの視線を集めていた。

「奥、つめてもらえますか」
「あ……ええっ?」

 テオドアは顔を上げて唖然とした。せまい通路に窮屈そうに立っていたのは、先刻土産店で別れたばかりのサウルだったからだ。

「なんでお前がここにいるんだ?」
「切符を買って、乗車したからですよ」
「屁理屈言ってないで、早く帰れよ」
「無理ですね、もう発車してしまいます」

 サウルの言葉が終わらないうちに、高い笛の音が聞こえ、続いてドアの閉まる音がした。テオドアはしぶしぶ奥につめながら、なんとか追い返す算段を考えねばと眉をよせる。

「次の駅で降りろよ」
「あなたは?」
「俺は、もう少し先で降りる」
「次の駅過ぎると、乗り入れの急行になって、一時間は止まりませんよ? それにあの辺りは工業地帯で……」

 そこでサウルは言葉を切ると、まさかとテオドアの方へ身を乗り出した。

「あなた、まさか国境の砦へ向かうつもりですか」
「なっ……」
「やはり休暇のフリして、実は仕事だったんですね。だから父も同行したんだ」

 下手に否定しても、車内で人の目もあるから悪目立ちしそうだ。テオドアは無言の肯定をするしかなかった。

「……でもな、親父さんは、お前をカッレラまで送り出すことが一番の目的だったんだぞ。俺の方は、あくまでついでだ。そこんとこ、かんちがいするなよ」
「変な気づかいはいりません。そんなことよりあなた、気づいてますか」

 サウルは体を寄せると、テオドアの耳元にそっと囁く。

「あなた、付けられてますよ。それも二人に」





 結果的に、サウルを次の駅で追い返すことに失敗した。
 もちろん説得を試みたが、本人は『あなたを一人にするのは心配だ』の一点張りで、決して首を縦に振ろうとしなかったからだ。

(俺、そんなに頼りなさそうに見えんのかな)

 足元に置いた、酒瓶の入った紙袋をブーツの足ではさみながら、車窓の外をぼんやりとながめる。隣の少年も外をながめてるのだろうか……それともテオドアを見てるのだろうか。横からやけに視線を感じた。
 やがて景色が薄闇に溶け、車内の照明が窓ガラスを煌々と照らすころ、横から静かな声が響いた。

「申し訳ありませんでした」
「……分かってんなら、前の駅で降りりゃよかったのに。もう遅いだろ」
「そうじゃありません。そっちではなくて」

 テオドアが隣に顔を向けると、思いの外近くに少年の真剣な顔があった。

「夕食の時、あなたにとても失礼な態度を取ったことです。あのようなこと、言うべきではなかった……謝ります」
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