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第二部

3.中庭でのひととき

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 それから数日後。ヒースダインに『二人目』の王子がやってきた。
「よくぞ参られた」
 エドワード国王は謁見の間で、件の王子を出迎えた。玉座の右側にはマイヤー王太子殿下が、左側にはバージル宰相が立ち、賓客の対応は彼らが、対するヒースダイン側は、外務補佐官と名のる男が王子の代弁者として応じた。
 カシュアの席は、玉座の置かれた台から一段下げられた場所に設けられていた。同席を強要されなかったものの、カシュアは今後『役立つ』動きをするためにも、この一連のやり取りをつぶさに観察する必要性を感じていた。
 エドワード国王は会話をほぼバージルに任せきりで、ただ鷹揚にかまえてるだけのように見受けられた。そして国王陛下にのみ許される長いマントを着用してるものの、その下は簡易なシャツにズボンと言った、およそ賓客と対峙する装いではなかった。
 対するヒースダインは、王子はもとより外務補佐官も豪華な衣装を身にまとい、どこか落ち着かない様子だ。それもそうだろう、この謁見の間はまだクーデターの爪痕も生々しく、壁のところどころは剥がれかけ、破れたカーテンが取り払われた窓はむき出しで、荒れた状態だ。
 ヒースダインの外務補佐官は、あらためて玉座にむかって、うやうやしく頭を下げた。
「大変な時期にもかかわらず、こうして迎え入れていただき、我が国を代表して感謝申し上げます」
「いやこちらもかような状況により、たいしたもてなしをできぬが、ゆるりとくつろいで旅の疲れを癒されよ」
 ヒースダインの一行が退出する際、カシュアは王子の後ろに控える背の高い人物を認め、息を飲んだ。
(あの服装は、宮廷医師に違いない)
 ひとりくらい王子の付き添いとして医師を同行させるのは、至極あたりまえかもしれない。しかしヒースダインの宮廷医師は、普通の医師とは少し違う。
(あいつらの目的は、病人や怪我人の治癒ではない。むしろ……)
 カシュアは手にした扇をギュッとにぎりしめ、背を向ける医師の男をにらむ。一瞬だけ垣間見たその横顔は、見知った医師のひとりかどうかの判別はつかなかった。
「カシュア、どうした」
 バージルに声をかけられ、カシュアはハッとして室内を見回した。すでに、ほとんどの人間が退出した後のようだ。あわてて席を立とうとすると、頭上から落ちた影にやんわり止められた。
「なにか気づいたことでも?」
 バージルの声音は、いつか聞いたことのある、感情の乗らない事務的な響きがした。カシュアは少し緊張気味に口を開く。
「宮廷医師の姿がありました。王子のすぐ後ろにいた、背の高い人物です」
「なるほど、すぐに調べさせよう」
 バージルは短くこたえると、両手を伸ばして軽々カシュアを抱き上げてしまった。カシュアは突然高くなった視界に、全身をこわばらせてもがいた。
「下ろしてください」
「今日はもうこれ以上、歩かないほうがいい。体が心配だ」
 心配と言われてしまうと、カシュアはうまく反論できなくなる。バージルは片手でカシュアを抱いたまま、もう片手で器用に上着の内側から懐中時計を取り出した。
「午後三時過ぎてるな」
「ならば、このまま図書室まで運んでいただけますか」
「また本か。あなたは本の虫だ」
 つまらなそうにぼやくバージルは、暗にかまってくれと言ってる。
「私は今から少しばかり休憩が取れる。あなたと中庭へ行きたい」
「中庭に、なにかあるのですか」
「花壇の花がいくつか咲いた。あなたは花を摘むことを嫌がるだろう? だから摘まずに一緒にながめたい」
 かわいらしい希望を口にするものだと、カシュアは頬がゆるむ。バージルはカシュアより年上で、この国の宰相を務めるほど頭が切れるのに、カシュアの前では少年のような無邪気さを見せることがままある。
「では、中庭へご一緒します」
「よかった。もう侍女たちには茶の用意をさせていたのだ。あなたが姿を表さないと、皆がっかりしてしまう」
 無邪気なようで、用意周到なところがまた彼らしい。カシュアはそんなところも、嫌いじゃないと思う。
(ところで……エンシオ王子の件は、どうするつもりだろう)
 たしか『早々にお取り引き願うつもりだ』とは言っていた。しかしどうやって? バージルのことだから、すでに対処方法は決めてるはずだ。聞けば教えてくれるかもしれない。
(しかし聞いてどうする。決定事項は覆されるわけがない。それに俺の意見が求められてるわけでもない)
 カシュアの意見を求めるのであれば、この話が出たときに、とっくに聞かれていたはず。それを聞かれないということは、つまりカシュアの意見は不用という意味だ。
 今や王弟殿下であり、この国の宰相となったバージルには、ふさわしい妃が必要だ。カシュアを彼の妃に迎え入れられたのは、ヒースダインを刺激しないため。おそらく国が安定する半年ないし一年ももてばいい、そんなかりそめの立場だった。
 しかしバージルは、カシュアに思いを寄せてくれた。つかの間の婚姻関係になる可能性が高いにも関わらず、好意的に接してくれる。それはカシュアにとって思いがけないことで、密かに恋慕の気持ちを抱くようになるまで時間はかからなかった。
 だが王族の婚姻は、好いた惚れたの問題ではない。国益に関わることで、当人同士の気持ちなど考慮されないのが普通だ。
「また、難しいことを考えてるな」
 紅茶の入ったカップを手に、ぼんやりしてたようだ。カシュアは笑ってごまかそうとした。
「なにも、難しいことなど考えておりません」
「あなたはごまかすのが下手だ。作りものの笑顔も、とてもぎこちない」
「殿下は人のお気持ちを読むことが、とてもお上手なのですね」
「そのような、かけ引きめいた返事などいらない。あなたには、もっと打ち解けてもらいたいだけだ。少なくとも私の前では、思っていることを素直に表情に出してほしい」
 バージルは、テーブルの向かいから身を乗り出さんばかり両手を伸ばし、カシュアの手をカップごとにぎりしめた。
「殿下、お茶がこぼれそうで危ないっ……手にかかったら火傷しますよ」
「たしかに、あなたの手はやわくて、この熱さでも火傷しそうだ」
「そうではなく、殿下の手が」
 バージルは腰を上げて本格的に身を乗り出すと、カシュアの手ごとカップを持ち上げてお茶を飲み干してしまった。
「これで問題は片付いた」
 カシュアの頬が燃えるように熱をはらむ。おそらくバージルから見ても、真っ赤になってるに違いない。心臓が激しく打って、全身の血が騒ぎだす。
「すまない、あなたがここまで動揺するとは思わなかった。体に障るから、部屋まで送り届けよう」
 その言葉とともに、カシュアは椅子から抱き上げられ、再びバージルの腕の中におさまってしまった。
「あなたは軽くて、あたたかいな。力を入れ過ぎたら、つぶしてしまいそうだ」
 バージルはそう言って庭に立ちつくしたまま、なかなか歩き出そうとしない。困ったカシュアが周囲を見回そうとするも、それすらも許さないとばかり、胸に深く抱えこまれてしまった。そんな二人の様子を、そばに控える侍女たちや付き添いの兵士たちが、微笑ましげにながめていた。
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