特別じゃない贈り物

高菜あやめ

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第三部 特別じゃないデート

前編

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 なだらかな丘へと続く道の両側は、すがすがしい緑の芝が広がり、ふんわりただよう綿雲が浮かぶ青空と、鮮やかなコントラストを描いていた。
 ピクニック日和とは、まさにこんな日を指すのだろう。俺は雲の影を目で追いかけながら、スキップしてしまいそうな足取りで、アーベルと一緒に『西の砦』と呼ばれる遺跡へと続く一本道を歩いていた。
「わあ、すっげ! だんだん見えてきた!」
 遺跡の一部が丘のてっぺんから頭を出すと、テンションはさらに上がった。
「俺、先に行ってる! アーベルさんは、ゆっくり来ていいよ」
「おい、あわてて転ぶなよ」
「大丈夫、大丈夫」
 アーベルの心配そうな言葉が追いかけてきたけど、そよ風の中を突っきるとたまらなく気持ちよくて、走り出した足は止まりそうになかった。
 やがて崩れた石垣がぽっかりと浮かぶ、数百年前に建てられたと言われる要塞の跡地までたどり着くと、勢いづいたかけ足がようやく落ち着きをとりもどした。
 跡地と呼ばれるだけあって、建物の原型はとどめておらず、青く茂った芝を縁取るように、崩れた石壁が残っているばかりだ。風化が進んでいる上、苔に包まれているせいか、遠くから見ると緑の丘の一部となりつつあった。きっと子供の頃に見つけてたら、うってつけの遊び場になってたに違いない。
「アーベルさん、ここすごいね。秘密基地とか作るのにピッタリじゃん!」
 追いついたアーベルが、一瞬キョトンとし、次の瞬間吹き出した。
「なんで、そこで笑うんだよー」
「そんなこと言うのは君くらいだ」
「そうかな? 食料とか持ちこんでさ、夜どおし作戦会議とかやったら楽しそうだろ」
「夜は冷えるし、風邪でも引いたらどうする。野営するならば、それなりの準備をしなくては」
 真面目で冷静な返しは、いかにもアーベルらしい。
「野営って、軍隊じゃあるまいし、寝袋でもありゃ足りるだろ。まっ、一晩中起きてるだろうから、そんなもん必要無さそうだけどな」
「まさか本気で夜を明かすつもりか」
「それもいいかもな」
「明日も仕事だろう。どうするつもりだ」
「いやなにも今日とは言ってねーよ。そうだとしても、ここから通えばいいだろ。さいわい食べ物もタップリあるしな」
 アーベルが持つ大きなバスケットには、彼の屋敷の料理長が用意してくれた特製ランチが、食べきれないほどつまっているはずだ。
「……夜冷えてきたら、どうするつもりだ」
「アーベルさんのマントがあるじゃん」
 アーベルは驚いた顔で俺を見つめ、それからサッと頬を赤らめた。
「秘密基地に隊員ひとりじゃ、かっこうつかないだろ。隊長も必要だしな、アーベル隊長」
「……それならば隊長は君だ。セディウス・ゾルガー隊長」
 なんか耳まで赤くしてるけど、今のどこに照れるポイントがあったのだろう。心地よい風が、アーベルの銀色に輝く前髪を揺らす。こうして二人きり向き合っていると、なんだか俺まで照れてきた。
 さいきんアーベルと二人でいるだけで、胸が苦しいような、つまったような、それでいてくすぐったいような、おかしな気分になって困る。
「さーてと、腹減ったな。飯にしようぜ。あ、あの場所がいいんじゃね?」
 多少わざとらしくても、無理やり話題を変える俺は、けっこう意気地なしだ。こんな場所に二人きりでやってきて、しかもデートだってわかっていて、それなのに相手を意識したとたん、つい話をそらしてしまうのだから。

 昼飯は予想以上に素晴らしかった。かなりの量があったけど、青空の下で食べる解放感もあってか、ペロリと平らげてしまった。
「あー、うまかった!」
 携帯用のポットに入れてきたお茶を飲み干すと、心地よい満腹感を覚えながら、敷物の上にゴロリとあおむけに寝転んだ。薄雲がやわらかいブランケットのように、ふんわりと全身をおおうように流れていく。
 そよ風が草花ゆらして、さやかな音色を奏でながら耳元を通りすぎていく。もう少しで眠りに落ちそうになったとき、薄い布が体を包みこむ感触に気づいた。
 薄目を開くと、アーベルのマントが肩までかけられていた。頬がじわりと熱くなって、思わず飛び起きてしまった。そして驚いた様子のアーベルに向かって、ぶっきらぼうにマントを突き返す。
「アーベルも少しは休めよ。昨日は夜勤だったんだろ」
「休んでいる。こうして君とのんびりしてるだけで疲れは取れる」
「いいから、少しは寝ろよ」
 渋るアーベルを無理やり敷物の上に押し倒すと、首元までマントをかけてやる。すると当惑気味だった男の口元が、わずかにほころんだ。
「では、君も一緒に寝るといい」
「お、俺はいいよ」
「このところ君は、毎日遅くまで仕事をしていた。私が寝る必要があると言うのならば、君も同じだ」
 力強い腕に引っぱられ、俺の体はいとも簡単にあおむけに転がった。すぐ隣のアーベルの肩と肩がぶつかって心臓がはねる。
「いいって言ったのに……」
「ときには休むことも必要だろう、セディウス・ゾルガー隊長」
「……セディだよ」
 半身を起こして、隣で目を丸くしているアーベルの顔をのぞきこむ。
「セディウス・ゾルガーじゃ、いちいち長いだろ。セディ、でいいよ」
「セディ」
「ん、それでいーよ」
 空を背にした俺のシルエットが、アーベルの体に重なる。薄く形の良い唇が、何か言いたげに開き、銀色の長いまつげが、透明な水色の瞳に濃い影を落とした次の瞬間……ポツリ、と白いなだらかな頬に水滴が落ちた。
(ん? 雨……?)
 ポツ、ポツと空から落ちてくる雨粒に、おだやかな空気は一掃されてしまう。俺たちがあわてて荷物をまとめている間にも、雨足はどんどん激しさを増していった。
「うわっ、冷たっ!」
「こっちだ、これを被るといい」
 サッと頭からマントをかぶされ、腕を取られて走りだす。どこへ向かうかと思ったら、砦の風化しかかった壁の一角まで連れてこられた。ちょうど崩れた建物の角にあたる場所で、打ち付けてくる雨からある程度は濡れるのを防いでくれる。
 アーベルはマントを頭上まで引き上げた状態で、折りたたんだ敷物を足元に広げてくれた。壁を背にして並んで座ると、ちょうど小さなテントの中にいるみたいだ。
「寒くないか」
「平気だよ。アーベルさんもだいぶ濡れちゃったね」
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