特別じゃない贈り物

高菜あやめ

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第二部 特別じゃない贈り物

第三話 買い物の途中で

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 逃げるように駆け込んだアパートの部屋は、いつもよりずっと寒く感じた。
(ひどい言い方しちゃったかな。アーベルさんは、たぶん心配してくれただけなのに)
 今さら後悔しても遅い。俺はしばらく扉を背にしたまま動けなかった。カーテンを掛けてない窓からは、白い月が小さく見える。薄暗がりの部屋の真ん中で、白い息を吐きながら肩を落とした。
(早く寝なきゃ……明日も仕事なんだから)
 別に心配されたのが、わずらわしかったわけじゃない。水仕事で荒れた手が、恥ずかしかったわけでもない。ただ酷く甘えた気持ちが芽生えそうで、それを気づかれたくなくて、気づいたらあんなひどい言葉を相手にぶつけていた。
 その夜は、あまりよく眠れなかった。それでも時間が経てば夜が明けて、いつもの日常が始まった。
「セディ、一番テーブル!」
「はいっ!」
 仕事は相変わらず忙しく、なにかに思い悩む余裕もなく、ただ追われるように一日が過ぎていった。
 日付が変わる頃になって、ようやく厨房の裏口から帰路に着く。その夜、アーベルの姿はなかった。
(別にこれまでだって、毎日やって来たわけじゃない)
 特に今年に入ってからは、ぜんぜん顔を合わせてなかった。しかも昨夜は久しぶりに会ったのに、あんなにひどい態度を取ったのだから、今夜現れなくてもちっとも不思議じゃない。
 それなのに、妙な焦燥感に取りつかれている自分は何だろう……自分から拒絶した癖に、何を今さら。
(もう、愛想つかされちゃったかもな)
 明日は約束の日だ。正午に迎えに来ると言ってたが、こうなっては本当に来るか疑わしい。いや、きっと来ないだろう。俺はひどく落ちこんだ気持ちで、昨夜に引き続きその日の夜も浅い眠りについた。

 翌朝、部屋は冷蔵庫の中のように寒かった。
(うー、寒っ。でも薪けっこう少なくなっちゃってるから、節約しといたほうがいいな)
 悲しいかな、休みの日でも身についた習慣で、早い時間に目覚めてしまう。毛布に包まったままベッドから這い出ると、小さなコンロでお湯を沸かして、うすいコーヒーをいれた。封の開いた食べかけのクラッカーで簡単な朝食をすませたら、顔を洗って身支度を整える。ここまではいつものルーティンだ。
 窓の下をのぞくと、大通りから一本奥に入った裏通りは、通勤時間帯を過ぎたせいか閑散としている。痩せた毛並みの悪い猫が、のたのたと道を横切る姿しか見えない。
(せっかくのシフト休みだから、買い出しにでも行こうかな。でも、あいつとの約束の時間までには、戻ってきたほうがいいかな……)
 アーベルが来るかどうか分からないが、いちおう約束は約束だ。気が進まない自分にそう言い聞かせながら身支度を整え、少し迷ってから白いマフラーを身に着ける。
 財布を入れた鞄を肩に斜めにかけてアパートを出ると、大通り沿いにある安さが売りの大型食料品店を目指した。
(うー、寒い……でも、このマフラーがあるだけマシだよなあ)
 着てるコートは薄くてあまり防寒には役立たないが、首に巻いた白くてふんわりしたマフラーを鼻先まで埋めると、だいぶマシになった。
 路地を抜けて大通りの人気店にやってくると、平日のせいか客足はまばらだった。とりあえず、いつも購入するスープストック一箱に魚の缶詰を三つと、それからクラッカーの袋を買い物かごに入れた。
 野菜や果物は、ほんの少しだけ買うことにする。アパートには冷蔵庫が無いので、生鮮食品はあまり日持ちしない。それでも冬の間は部屋自体が寒いため、窓の近くに置いておけば、野菜もあまり傷まないから助かっている。
(これで十日くらいはもつかな)
 食料品を詰めこんだ袋を抱えて店を出ると、通りをはさんだ向かい側の広場では、来週の年始パレードに向けた飾りつけの真っ最中だった。
 寒い季節で最もにぎやかなイベント準備はとても楽しそうで、引きよせられるように自然と足がそちらへ向いてしまう。
(うわあ、近くでみるとすごいな)
 公園の入口から中央の噴水へと続く並木道には、たくさんの作業員がせっせと木の枝を飾りつけている。その光景をながめながらぶらぶら歩いていると、とつぜん後ろから声をかけられた。
「こんにちは、お買い物ですか」
「え、と……?」
 足を止めて振り返ると、治安部隊の制服姿の男が立っていた。顔に見覚えがあるような気はするのだが、誰だったか思い出せないでいると、相手からにこやかに助け船を出してくれた。
「第五部隊所属のキップスです。年末に一度だけ、事務所でお会いしましたよね?」
「あっ、その節はお世話になりました!」
 ようやく目の前のキップスが、第五部隊の事務所に泊まった夜にコーヒーとサンドウィッチを出してくれた人物と重なった。あの時はバタバタしていて、お互い名のり合うこともなかった。遅ればせながら自己紹介をすると、キップスは知ってますよ、とほがらかに笑った。
「以前からうちの隊長が、たいそうあなたを気にかけてましたからね。様子を見に何度かお店まで足を運んだとうかがってます」
「あ、あー……そうですね」
 なぜアーベルが事務所でそんなことを話しているのか不思議に思っていると、キップスが驚くことを口にした。
「でも犯人も捕まったことですし、これでひと安心ですね」
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