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後日談 夏の思い出
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箱根のサービスエリアに到着すると、駐車場でエンジンを切った津和は、運転席に背を向けて狸寝入りする俺の頭を優しくひと撫でした。
「そのまま、待ってて」
車を降りてドアを閉められると、シンと静まり返った車内に息苦しさを覚える。
(エアコン、つけといてもらえばよかったかなあ)
トイレに行くのか、飲み物を買ってくるのか分からないが、この気温だとエアコンを切った車内は、あっという間に蒸し風呂状態になってしまうだろう。
目を閉じたまま、じわじわ上昇する温度を肌で感じていると、大きな物音と共に助手席のドアが開いた。
「え、ちょっ……な、何やって……!?」
長い腕が膝裏と脇の下に差し込まれ、浮遊感を感じたかと思ったら、津和に抱き上げられていた。
「気分悪いんでしょ。休憩所まで、運んであげる」
「ちょっ、マジやめろ!」
両手両足をばたつかせて暴れると、津和は残念そうな顔で地面に降ろしてくれた。
「そんなに本気で拒否らなくてもいいのに。抱っこなんて、いつもしてるじゃないか」
本気で言ってるのが、この男の恐ろしいところだ……いい歳した成人男子が、公共の場で、同じ年頃の男に横抱きにされるなんて、絵面的にアウトだとなぜ分からないのか。
「ケイ、お腹空いてる?」
そう言って繋ごうとする手をさりげなく避けて、少し先を歩いた。背後からついてくる津和は、それ以上は無理強いしない。しないけど、諦めずに毎回同じことを仕掛けてくる。
いつか差し出される手を、自然と繋ぐ日が来たらどうしよう、と心配になる。
「いや、腹はそんなに空いてないかな……ずっと寝てたし」
「そう。じゃあコーヒーでも飲むか」
寝た振りしてたのは、なんとなくバレてる気がする。でも津和は俺に合わせて、気づかない振りをする……いつもそうだ。
「あと、ついでに野菜買うの忘れないようにしないと」
「野菜?」
「そ。実家でバーベキューやるんだって。野菜の量が足りないから買ってこいってさ」
後ろを振り返ると、スマホの画面を親指でスクロールする津和と一瞬目が合った。
「うーん野菜か。ケイは好き嫌い多いからなぁ」
「そんなことないだろ」
「椎茸嫌いなくせに。あとピーマンも苦いって避けるだろ」
クスクス笑う顔をムッとして肩越しに睨むと、後ろから追いついた津和にポンと頭を叩かれた。
「でも皿に出されたら、我慢して飲み込むんだよな」
「……」
「次出されたら、俺が食ってやるから寄こせよ?」
「いーよ、別に」
津和がこんな風に甘やかそうとする度、俺は出来るだけやんわりと断るようにしている。こんなものに一旦慣れてしまったら、津和への依存に歯止めが効かなくなりそうで怖いからだ。
(適度な距離って、難しいよな)
相手にとって負担にならない距離を測りかねて、いつもグズグズと中途半端な態度を取って、しまいには自己嫌悪に陥ってしまう。いい歳した男が、こんな情け無い有様でいいはずない。だから自分に自信なんて持てるわけがない。
津和の家族の前で、どう振る舞うのが正解なのだろう。こんな自分を、本当に受け入れてもらえるだろうか。
「なんでそんなに緊張してるか知らないけど、うちの家族は全員わりと柔軟だから、拍子抜けするかもしれないよ?」
野菜の袋を抱えた津和は、隣で同じくらいの量を持つ俺に向かって笑う。
「荷物、もう一個持つよ」
「だから平気だって、さっきから言ってるだろう。か弱い女の子じゃあるまいし、そういうの要らねーよ」
「女とか男とか関係なくて、君だからなんだけど? か弱い男も、君ならそそるけどね……ふふ。か弱いといえば、ニューヨークにいた頃に……」
津和の昔話に耳を傾けながら、いつまでこんなやり取りが許されるのだろうと考える。津和はさりげない気づかいが上手過ぎるのだ。
自分のネガティブ思考が、隣の津和を不快にさせてやしないだろうか。せっかく初めての旅行なのに、楽しめなかったらどうしようと、そんな焦燥感に駆られてしまう。
津和家は俺の想像を遥かに超えた、古風で趣きのある二階建ての洋館だった。
「俺の曾祖父の時代からある建物なんだ。古めかしいけど、ちゃんと中はリフォームされて設備は整っているから安心していいよ。ま、バーベキューだから屋外だし、泊まる場所は別に確保してるから、関係ないかもしれないけどね」
そう説明されて通されたリビングは、自然豊かな景観が素晴らしい、広々とした空間だった。小市民の俺は緊張のあまり、つい腰が引けてしまう。
「疲れたでしょう、スイカでも食べて」
出迎えてくれた津和の母親は、八人掛けの大きなダイニングテーブルの前に立ち、テキパキと皿を並べていく。手伝いを申し出たら「後でたくさん手伝ってもらうから」と断られたので、津和と並んでおとなしく席に着いた。
津和の母親は想像以上の美人だが、なんとも言えない圧というか迫力を感じた。そして時折、うかがうように向けられる視線が、どこか観察するように思えて居心地悪い。
「母さん、目つき悪くなってる。ケイが怖がっているからよして」
津和が不機嫌そうにそんなこと言うから、俺はあわてて首を横に振った。
「全然、そんなことないですから! あ、スイカご馳走様です、すっごく甘いですね」
「そう、よかったわ」
津和母は、わずかに口元を緩めた。でも視線は相変わらず俺に向けられている。
(なんで? 俺、何かやらかした? 緊張で吐きそうだ……!)
スイカを何とか一切れ食べ終わる頃には、妙な疲労感でクタクタにになってしまった。すると津和が俺の肩を叩き、椅子から立ち上がる。
「野菜、キッチンに運ぶの手伝って」
「あ、ああ……」
津和に促されて、とりあえず玄関に置いてきた野菜の袋を取りに行く為リビングを出た。空調が効いている涼しい廊下を数歩進むと、前を歩く津和に突然腕を取られ、背中から壁に押し付けられた。
「な、なんだよ……」
「顔色が悪い。無理してない?」
何て言ったらいいのか分からず無言で視線を逸らすと、顎を掴まれて無理やり顔を上げられてしまった。吐息が掠めるくらい顔を近づけられ、途端に胸の鼓動が早くなる。
「そんな泣きそうな顔しないで……あの人、かなり空気読めなくて無神経なとこあるけど、意地悪とかそういうのじゃ無いから」
「なっ……そんな、こと」
「強がらなくていいんだよ。特に俺の前では、ね」
額に唇を落とされ、胸の奥にジワリと温かさが広がると同時に、やるせない気持ちになった。心配掛けたくないし、甘やかされたくもないし、こんな場所でこんな風に触れないで欲しい。
そんな俺の気持ちは口に出さなくても、態度に現れていたのだろう。津和は大きくため息をつくと、仕方ないなあといった感じで、俺の髪をクシャクシャと両手でかき回した。
「ほらリラックス、リラックス」
「む、無理言うなよっ……」
手を取られて繋がれても、何となく振りほどく気がしなくて、黙って引かれるまま玄関に行きかけた時だった。
「何やってるの、あんたたち」
間が悪いことに、リビングの入口から静かな声が響いた。津和が面倒そうにそちらを見やるも、勇気が無い俺は固まったまま動けない。
(ど、ど、どうしよう……津和母に、見られた……?)
小さくため息をついた津和は、かばう様に俺をそっと抱きよせた。俺はそのまま、津和の腕に縋りつく。普段人前で触れられると拒絶する癖に、こんな時は便乗する自分に嫌気がさす。
「母さん、邪魔しないでよ」
「しないわよ。そういうのは暑苦しいから、自分の部屋でやって」
一瞬、自分の耳を疑った。
「自分の部屋なんてないだろ。俺、この家に住んでたわけじゃないし」
「いつも使っている二階の客室があるでしょ。ああでも、そろそろお父さんとお兄ちゃんが戻ってきちゃうから、あまりゆっくりし過ぎないでよ」
聞こえてくる会話に俺が混乱してると、津和は腕の拘束をますます強くした。すっぽりと懐深く抱きしめられたら、まるで目の前の胸にすがりつくような体勢になってしまう。
「ひゃっ……」
後頭部を撫でられる感触に、思わず身を固くすると、頭上から怒ったような津和の声が響いた。
「おい、急に触るなよ。怖がっているだろ」
「何よ、いいじゃない少しくらい……ケイ君だっけ?」
「は、はぃ」
尻窄まりな返事をすると、フワリと花のような香りがした。
「そんなに怯えなくてもいいのよ。さっきはつい、どんな子かなあとジロジロ見過ぎたわ。ごめんなさいね?」
「そ、そ、んなこと、ないです……すいません」
情けないことに、俺は津和の胸に顔を押し付けて、ますます体を縮こまらせてしまう。ここまできたら、もっときちんと話さなくてはならないのに、混乱が極まって涙まで滲み出てきた。
「おい、俺の恋人をいじめるなよ。だから先に、言っておいたってのに」
その言葉に俺は驚いて顔を上げた。先ほどまで縋っていた胸を押しやると、津和はあからさまにがっかりした表情を浮かべた。
「ちょっと待て、何を言っておいたって……?」
「いやだから、恋人連れてくって話」
俺はへなへなと廊下に座り込んでしまう。
「ど、同棲してるって、黙ってるって約束したのに……なんでだよ?」
すると傍にしゃがみこんだ津和は、俺の顔を下から覗き込んだ。
「あーあ、同棲の部分は言ってなかったのにな」
「えっ」
「自分でばらしたんだから、もういいだろ?」
視線を上げたら、そこにはいたずらっぽい笑みを浮かべた津和がいた。腕を取られ、立たせてもらうと、意を決した俺は今度こそ後ろを振り返った。
(もう、腹をくくるしかない)
先ほどと同じく、観察するような視線を向ける津和母に向かって、深々と頭を下げたのだった。
「ご挨拶が遅くなって、すいません……息子さんと、お付き合いさせていただいております、すいません……」
「そのまま、待ってて」
車を降りてドアを閉められると、シンと静まり返った車内に息苦しさを覚える。
(エアコン、つけといてもらえばよかったかなあ)
トイレに行くのか、飲み物を買ってくるのか分からないが、この気温だとエアコンを切った車内は、あっという間に蒸し風呂状態になってしまうだろう。
目を閉じたまま、じわじわ上昇する温度を肌で感じていると、大きな物音と共に助手席のドアが開いた。
「え、ちょっ……な、何やって……!?」
長い腕が膝裏と脇の下に差し込まれ、浮遊感を感じたかと思ったら、津和に抱き上げられていた。
「気分悪いんでしょ。休憩所まで、運んであげる」
「ちょっ、マジやめろ!」
両手両足をばたつかせて暴れると、津和は残念そうな顔で地面に降ろしてくれた。
「そんなに本気で拒否らなくてもいいのに。抱っこなんて、いつもしてるじゃないか」
本気で言ってるのが、この男の恐ろしいところだ……いい歳した成人男子が、公共の場で、同じ年頃の男に横抱きにされるなんて、絵面的にアウトだとなぜ分からないのか。
「ケイ、お腹空いてる?」
そう言って繋ごうとする手をさりげなく避けて、少し先を歩いた。背後からついてくる津和は、それ以上は無理強いしない。しないけど、諦めずに毎回同じことを仕掛けてくる。
いつか差し出される手を、自然と繋ぐ日が来たらどうしよう、と心配になる。
「いや、腹はそんなに空いてないかな……ずっと寝てたし」
「そう。じゃあコーヒーでも飲むか」
寝た振りしてたのは、なんとなくバレてる気がする。でも津和は俺に合わせて、気づかない振りをする……いつもそうだ。
「あと、ついでに野菜買うの忘れないようにしないと」
「野菜?」
「そ。実家でバーベキューやるんだって。野菜の量が足りないから買ってこいってさ」
後ろを振り返ると、スマホの画面を親指でスクロールする津和と一瞬目が合った。
「うーん野菜か。ケイは好き嫌い多いからなぁ」
「そんなことないだろ」
「椎茸嫌いなくせに。あとピーマンも苦いって避けるだろ」
クスクス笑う顔をムッとして肩越しに睨むと、後ろから追いついた津和にポンと頭を叩かれた。
「でも皿に出されたら、我慢して飲み込むんだよな」
「……」
「次出されたら、俺が食ってやるから寄こせよ?」
「いーよ、別に」
津和がこんな風に甘やかそうとする度、俺は出来るだけやんわりと断るようにしている。こんなものに一旦慣れてしまったら、津和への依存に歯止めが効かなくなりそうで怖いからだ。
(適度な距離って、難しいよな)
相手にとって負担にならない距離を測りかねて、いつもグズグズと中途半端な態度を取って、しまいには自己嫌悪に陥ってしまう。いい歳した男が、こんな情け無い有様でいいはずない。だから自分に自信なんて持てるわけがない。
津和の家族の前で、どう振る舞うのが正解なのだろう。こんな自分を、本当に受け入れてもらえるだろうか。
「なんでそんなに緊張してるか知らないけど、うちの家族は全員わりと柔軟だから、拍子抜けするかもしれないよ?」
野菜の袋を抱えた津和は、隣で同じくらいの量を持つ俺に向かって笑う。
「荷物、もう一個持つよ」
「だから平気だって、さっきから言ってるだろう。か弱い女の子じゃあるまいし、そういうの要らねーよ」
「女とか男とか関係なくて、君だからなんだけど? か弱い男も、君ならそそるけどね……ふふ。か弱いといえば、ニューヨークにいた頃に……」
津和の昔話に耳を傾けながら、いつまでこんなやり取りが許されるのだろうと考える。津和はさりげない気づかいが上手過ぎるのだ。
自分のネガティブ思考が、隣の津和を不快にさせてやしないだろうか。せっかく初めての旅行なのに、楽しめなかったらどうしようと、そんな焦燥感に駆られてしまう。
津和家は俺の想像を遥かに超えた、古風で趣きのある二階建ての洋館だった。
「俺の曾祖父の時代からある建物なんだ。古めかしいけど、ちゃんと中はリフォームされて設備は整っているから安心していいよ。ま、バーベキューだから屋外だし、泊まる場所は別に確保してるから、関係ないかもしれないけどね」
そう説明されて通されたリビングは、自然豊かな景観が素晴らしい、広々とした空間だった。小市民の俺は緊張のあまり、つい腰が引けてしまう。
「疲れたでしょう、スイカでも食べて」
出迎えてくれた津和の母親は、八人掛けの大きなダイニングテーブルの前に立ち、テキパキと皿を並べていく。手伝いを申し出たら「後でたくさん手伝ってもらうから」と断られたので、津和と並んでおとなしく席に着いた。
津和の母親は想像以上の美人だが、なんとも言えない圧というか迫力を感じた。そして時折、うかがうように向けられる視線が、どこか観察するように思えて居心地悪い。
「母さん、目つき悪くなってる。ケイが怖がっているからよして」
津和が不機嫌そうにそんなこと言うから、俺はあわてて首を横に振った。
「全然、そんなことないですから! あ、スイカご馳走様です、すっごく甘いですね」
「そう、よかったわ」
津和母は、わずかに口元を緩めた。でも視線は相変わらず俺に向けられている。
(なんで? 俺、何かやらかした? 緊張で吐きそうだ……!)
スイカを何とか一切れ食べ終わる頃には、妙な疲労感でクタクタにになってしまった。すると津和が俺の肩を叩き、椅子から立ち上がる。
「野菜、キッチンに運ぶの手伝って」
「あ、ああ……」
津和に促されて、とりあえず玄関に置いてきた野菜の袋を取りに行く為リビングを出た。空調が効いている涼しい廊下を数歩進むと、前を歩く津和に突然腕を取られ、背中から壁に押し付けられた。
「な、なんだよ……」
「顔色が悪い。無理してない?」
何て言ったらいいのか分からず無言で視線を逸らすと、顎を掴まれて無理やり顔を上げられてしまった。吐息が掠めるくらい顔を近づけられ、途端に胸の鼓動が早くなる。
「そんな泣きそうな顔しないで……あの人、かなり空気読めなくて無神経なとこあるけど、意地悪とかそういうのじゃ無いから」
「なっ……そんな、こと」
「強がらなくていいんだよ。特に俺の前では、ね」
額に唇を落とされ、胸の奥にジワリと温かさが広がると同時に、やるせない気持ちになった。心配掛けたくないし、甘やかされたくもないし、こんな場所でこんな風に触れないで欲しい。
そんな俺の気持ちは口に出さなくても、態度に現れていたのだろう。津和は大きくため息をつくと、仕方ないなあといった感じで、俺の髪をクシャクシャと両手でかき回した。
「ほらリラックス、リラックス」
「む、無理言うなよっ……」
手を取られて繋がれても、何となく振りほどく気がしなくて、黙って引かれるまま玄関に行きかけた時だった。
「何やってるの、あんたたち」
間が悪いことに、リビングの入口から静かな声が響いた。津和が面倒そうにそちらを見やるも、勇気が無い俺は固まったまま動けない。
(ど、ど、どうしよう……津和母に、見られた……?)
小さくため息をついた津和は、かばう様に俺をそっと抱きよせた。俺はそのまま、津和の腕に縋りつく。普段人前で触れられると拒絶する癖に、こんな時は便乗する自分に嫌気がさす。
「母さん、邪魔しないでよ」
「しないわよ。そういうのは暑苦しいから、自分の部屋でやって」
一瞬、自分の耳を疑った。
「自分の部屋なんてないだろ。俺、この家に住んでたわけじゃないし」
「いつも使っている二階の客室があるでしょ。ああでも、そろそろお父さんとお兄ちゃんが戻ってきちゃうから、あまりゆっくりし過ぎないでよ」
聞こえてくる会話に俺が混乱してると、津和は腕の拘束をますます強くした。すっぽりと懐深く抱きしめられたら、まるで目の前の胸にすがりつくような体勢になってしまう。
「ひゃっ……」
後頭部を撫でられる感触に、思わず身を固くすると、頭上から怒ったような津和の声が響いた。
「おい、急に触るなよ。怖がっているだろ」
「何よ、いいじゃない少しくらい……ケイ君だっけ?」
「は、はぃ」
尻窄まりな返事をすると、フワリと花のような香りがした。
「そんなに怯えなくてもいいのよ。さっきはつい、どんな子かなあとジロジロ見過ぎたわ。ごめんなさいね?」
「そ、そ、んなこと、ないです……すいません」
情けないことに、俺は津和の胸に顔を押し付けて、ますます体を縮こまらせてしまう。ここまできたら、もっときちんと話さなくてはならないのに、混乱が極まって涙まで滲み出てきた。
「おい、俺の恋人をいじめるなよ。だから先に、言っておいたってのに」
その言葉に俺は驚いて顔を上げた。先ほどまで縋っていた胸を押しやると、津和はあからさまにがっかりした表情を浮かべた。
「ちょっと待て、何を言っておいたって……?」
「いやだから、恋人連れてくって話」
俺はへなへなと廊下に座り込んでしまう。
「ど、同棲してるって、黙ってるって約束したのに……なんでだよ?」
すると傍にしゃがみこんだ津和は、俺の顔を下から覗き込んだ。
「あーあ、同棲の部分は言ってなかったのにな」
「えっ」
「自分でばらしたんだから、もういいだろ?」
視線を上げたら、そこにはいたずらっぽい笑みを浮かべた津和がいた。腕を取られ、立たせてもらうと、意を決した俺は今度こそ後ろを振り返った。
(もう、腹をくくるしかない)
先ほどと同じく、観察するような視線を向ける津和母に向かって、深々と頭を下げたのだった。
「ご挨拶が遅くなって、すいません……息子さんと、お付き合いさせていただいております、すいません……」
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