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後日談 夏の思い出
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それは夕食中に、お盆休みの話題が出た時だった。
「休み中、泊りで一緒に出掛けない?」
突然の提案をしてきた恋人の津和梓は差し向いに座り、優雅な箸使いで冷奴の角を崩して口に運んでいる。俺こと千野敬二郎は、咀嚼していたご飯を喉に詰まらせそうになってしまった。
「でも津和さん、休み取れるの?」
「お盆だからね」
勤務先が外資系企業で、しかも北米担当チームに在籍してて、お盆休みとかあまり関係ないんじゃないかと思う。俺の休みに合わせて、有休を取ってくれたことは容易に想像できたけど、敢えて口にはしなかった。ただ津和の気遣いがうれしかったので、そのまま甘えてみたくなった。
「そっか、それはいいな」
「箱根でいい?」
すでに行き先まで決めていたとは、ちょっと周到な気がした。箱根に何があるのだろう。大体その旅行先は、俺の中では温泉のイメージが強い。
(温泉なんて、とんでもないけどな……)
大浴場を思い浮かべただけで、先ほどようやくおさまったばかりの頭痛が再発しそうで恐ろしい。このところ台風が多いせいで、ほとんど毎日のように偏頭痛があり、つい先ほども薬を飲んだばかりだ。そろそろストックが切れそうだから、旅行に出掛けるなら、その前に病院に行って処方箋を出してもらわないと。
でも一緒に旅行できるのは、正直うれしい。
「いいよ、箱根で」
「じゃあ決まり。ついでに実家にも寄るけど、夜は老舗旅館に泊まるからね。そこ、料理がなかなかいけるから期待していいよ」
「ま、待った、今何て言った?」
サラッと、物凄く重要な事を言った気がする。
「料理がうまいって話し」
「ちがっ、その前!」
「老舗旅館?」
「……おい、分かってて言ってるだろ……」
俺が腕を組んで睨みつけると、津和は味噌汁のお椀から口を離して、少し上目遣いにいたずらっぽく微笑んで見せた。
「両親にはルームメイトと遊びに行くって伝えてあるから、変に緊張しなくても大丈夫」
「ルームメイト、ね」
「あれっ、同棲している人って言っておけばよかった?」
「それは駄目だって!」
俺があわてて反対すると、津和は頬杖をつき、少し俯き加減にうっそりと唇で弧を描く。その艶めいた微笑みに一瞬見とれていたけど、ハッと我に返って椅子から立ち上がった。
「お、俺、シャワー浴びてくるわ」
「……それは駄目って言ったら?」
素早く取られた手首に、長い指が絡みつく。親指の腹でそっと手の甲を撫でられると、彼の意図を察して顔が熱くなった。俺はこみ上げてくる羞恥心と戦いながら、悪あがきのつもりでじりじりと後退る。
「け、今朝も、したばっかだろ……俺、会社あるのに」
「うん、ごめんね」
今の会社はフレックス制で週三回、午前十時から午後四時勤務で、あとは在宅という好条件で雇われている。半年前までフリーで仕事していたが、プロジェクトを通じて世話になったのがきっかけで、先月から正社員として採用された。
無理なく働ける職場環境にホッとする反面、出社が十時とあって、朝早く目が覚めた津和にいたずらを仕掛けられてしまうことがよくある。そして大抵の場合、いたずらでは済まず、結局最後まで抱かれてしまうのだ。
(津和さんこそ残業多いし、朝だって俺より早いのに……どうしてあんなに元気なんだよ……!)
明日は休みとあって、そういう日は津和もなるべく早めに仕事を切り上げて、一緒に遅めの夕食を取る。そして食欲が満たされると、言わずもがなベッドに連れ込まれて、心ゆくまで抱かれてしまうのだった。
「だから、今夜は……津和さんも、たまにはゆっくりした方が」
「うん、ゆっくりするから」
グッと腰を引き寄せられ、熱を孕んだ胸板がぶつかる。鼓動が大きく跳ねて、握られた手が熱い。
視線を落とすと、頤に指をかけられ、押し上げられた。そして何か言葉を発する前に、撫でるように唇が重ねられる。。じれったい触れ合いだが、それだけで済まされる雰囲気はまったく感じらない。
(ゆっくりの、意味が違う!)
何度顔を背けても、執拗に唇を求められる。逃げたくても、背中に回った腕に体を拘束され、それも叶わない。
「だから、駄目だってば……や、やり過ぎるとっ……」
「ふっ……でも、すごく甘くて……ん、止められそうに、ないんだけど……」
切れ切れに囁きながら繰り返し唇を食まれ、腰にぞくぞくと甘い痺れが走る。下唇を舐められ、吸い付かれると、もう自分の足で立っていることすらままならなくなり、思わず目の前の体に縋りついてしまった。涙目で見上げると、蕩けるような笑顔が向けられた。
「もっと、寄りかかっていいよ」
「やっ……やめ、津和さ……駄目だって、こ、こ、こわ」
「ん……怖くなんかないから」
違う。怖いんじゃない。
「そう、じゃなくて、こ、壊れちゃう、から……ああっ!?」
次の瞬間、なぜか抱き上げられてしまった。断っておくが、俺は平均的な成人男子の身長と体重のはずだ。だから、こんな簡単にお姫様抱っこされるわけにはいかないはずだ。そう毎回思うのに、結局相手のなすがままなのが地味に悔しい。
抱き上げられたまま熱い唇が耳に押し当てられ、ビクッと肩を揺らすと、忍び笑いが聞こえた。
「いけない子だね……そんなエロい言葉で、俺を煽って」
掠れた、甘い毒のような声が耳へと流し込まれ、体中の隅々まで蝕んでいく。
「あ、煽ってなんか」
痺れた舌で喘ぐように反論しても、説得力は皆無に等しい。
「無自覚なら、仕方ないか……でも責任は取ってもらうよ?」
寝室に連れ込まれると、性急にベッドに押し倒された。俺がソファーじゃ嫌だと何度も言ったから、津和もちゃんと学んで、近頃はどんなに急いている時も必ずベッドまで我慢してくれる。
(……って、違うだろ、俺!? ベッドまで、とかじゃなくって、そういう行為自体を我慢させろよ!)
だが鮮やかな手つきで、あっという間に服を剥かれてしまい、両手をシーツに縫い留められると、もはや抵抗する余地などどこにも残されてなかった。俺は弄るような情熱的なキスを受けながら、涙目で睨みつけるのが精一杯だ。
「いいね、その目……ゾクゾクする」
「へ、変態……」
「変態で結構。君を愛せるなら、俺は何者でも構わないよ」
わざわざ『抱ける』ではなく『愛せる』と言われると、俺は弱い。もうなし崩しに許す事しかできなくなってしまう。
「んん……」
強く擦れあった唇から官能が刺激され、自然と浮かび上がった涙の膜越しに、シャツを脱ぎ捨てた津和を見つめた。
間接照明の仄暗いライトを浴びた肢体は、綺麗に筋が入った筋肉に沿って陰影が刻まれる。赤い舌で唇をゆっくりと舐めて潤すその様は、獲物を目の前にした獰猛な獣を連想させられた。
「君の望み通り、ゆっくり、ね……」
結局その夜も散々貪られてしまい、翌朝すっかり声を枯らしてしまった俺は、上機嫌で朝食をベッドまで運んできた津和を、思いっきりどついたのは言うまでもない。
お盆休み初日の朝。車で箱根へ向かう際に、渋滞に巻き込まれないよう、夜が明ける前に起きて出発することになった。
一泊分の荷物をトランクに積み終えると、助手席に乗ってシートベルトを着ける。一応、津和のご両親に会うのだからと、普段の着古したTシャツを避けて、薄いブルーの半袖シャツにした。多少なりとも、きちんとして見えるといいが。
「君は眠ってていいよ」
「いや、眠くないから」
津和は微かに眉を上げると手を伸ばし、俺の両目を塞いでしまった。仕方なく目を閉じたが、緊張しているのか眠気は吹き飛んでしまってる。
「向こうに着いたら朝食にしよう。それまでゆっくりしているといい……頭は痛くない?」
「ああ、大丈夫……」
目を閉じたまま答えると、瞼にキスを落とされた……こういうことは、恥ずかしいからやめて欲しい。照れ隠しに、しばらく寝た振りを装ったが、それもすぐに飽きてしまい、そっと薄目を開けて、運転する津和をこっそり観察した。淡いパープルのサマーニットに、ベージュのズボンがやたらカッコよく決まってる。
(こんな息子を持って、ご両親もさぞかし鼻が高いだろうなあ)
そんな自慢であろう息子が、よりによって俺みたいな男と付き合っていると知ったら、どう思うだろうか。この際性別の問題は置いといたとしても、俺のような持病持ちの半人前は、友達としてすら歓迎されない可能性もある。
ご両親に反対されたら、どうしようか……何度振り払っても、同じ不安が何度も押し寄せてくる。
そんなことばかり考えていたら、緊張と心配で気持ち悪くなってしまった。それでも津和に心配掛けたくなくて、ひたすら寝た振りを続けていた。
「休み中、泊りで一緒に出掛けない?」
突然の提案をしてきた恋人の津和梓は差し向いに座り、優雅な箸使いで冷奴の角を崩して口に運んでいる。俺こと千野敬二郎は、咀嚼していたご飯を喉に詰まらせそうになってしまった。
「でも津和さん、休み取れるの?」
「お盆だからね」
勤務先が外資系企業で、しかも北米担当チームに在籍してて、お盆休みとかあまり関係ないんじゃないかと思う。俺の休みに合わせて、有休を取ってくれたことは容易に想像できたけど、敢えて口にはしなかった。ただ津和の気遣いがうれしかったので、そのまま甘えてみたくなった。
「そっか、それはいいな」
「箱根でいい?」
すでに行き先まで決めていたとは、ちょっと周到な気がした。箱根に何があるのだろう。大体その旅行先は、俺の中では温泉のイメージが強い。
(温泉なんて、とんでもないけどな……)
大浴場を思い浮かべただけで、先ほどようやくおさまったばかりの頭痛が再発しそうで恐ろしい。このところ台風が多いせいで、ほとんど毎日のように偏頭痛があり、つい先ほども薬を飲んだばかりだ。そろそろストックが切れそうだから、旅行に出掛けるなら、その前に病院に行って処方箋を出してもらわないと。
でも一緒に旅行できるのは、正直うれしい。
「いいよ、箱根で」
「じゃあ決まり。ついでに実家にも寄るけど、夜は老舗旅館に泊まるからね。そこ、料理がなかなかいけるから期待していいよ」
「ま、待った、今何て言った?」
サラッと、物凄く重要な事を言った気がする。
「料理がうまいって話し」
「ちがっ、その前!」
「老舗旅館?」
「……おい、分かってて言ってるだろ……」
俺が腕を組んで睨みつけると、津和は味噌汁のお椀から口を離して、少し上目遣いにいたずらっぽく微笑んで見せた。
「両親にはルームメイトと遊びに行くって伝えてあるから、変に緊張しなくても大丈夫」
「ルームメイト、ね」
「あれっ、同棲している人って言っておけばよかった?」
「それは駄目だって!」
俺があわてて反対すると、津和は頬杖をつき、少し俯き加減にうっそりと唇で弧を描く。その艶めいた微笑みに一瞬見とれていたけど、ハッと我に返って椅子から立ち上がった。
「お、俺、シャワー浴びてくるわ」
「……それは駄目って言ったら?」
素早く取られた手首に、長い指が絡みつく。親指の腹でそっと手の甲を撫でられると、彼の意図を察して顔が熱くなった。俺はこみ上げてくる羞恥心と戦いながら、悪あがきのつもりでじりじりと後退る。
「け、今朝も、したばっかだろ……俺、会社あるのに」
「うん、ごめんね」
今の会社はフレックス制で週三回、午前十時から午後四時勤務で、あとは在宅という好条件で雇われている。半年前までフリーで仕事していたが、プロジェクトを通じて世話になったのがきっかけで、先月から正社員として採用された。
無理なく働ける職場環境にホッとする反面、出社が十時とあって、朝早く目が覚めた津和にいたずらを仕掛けられてしまうことがよくある。そして大抵の場合、いたずらでは済まず、結局最後まで抱かれてしまうのだ。
(津和さんこそ残業多いし、朝だって俺より早いのに……どうしてあんなに元気なんだよ……!)
明日は休みとあって、そういう日は津和もなるべく早めに仕事を切り上げて、一緒に遅めの夕食を取る。そして食欲が満たされると、言わずもがなベッドに連れ込まれて、心ゆくまで抱かれてしまうのだった。
「だから、今夜は……津和さんも、たまにはゆっくりした方が」
「うん、ゆっくりするから」
グッと腰を引き寄せられ、熱を孕んだ胸板がぶつかる。鼓動が大きく跳ねて、握られた手が熱い。
視線を落とすと、頤に指をかけられ、押し上げられた。そして何か言葉を発する前に、撫でるように唇が重ねられる。。じれったい触れ合いだが、それだけで済まされる雰囲気はまったく感じらない。
(ゆっくりの、意味が違う!)
何度顔を背けても、執拗に唇を求められる。逃げたくても、背中に回った腕に体を拘束され、それも叶わない。
「だから、駄目だってば……や、やり過ぎるとっ……」
「ふっ……でも、すごく甘くて……ん、止められそうに、ないんだけど……」
切れ切れに囁きながら繰り返し唇を食まれ、腰にぞくぞくと甘い痺れが走る。下唇を舐められ、吸い付かれると、もう自分の足で立っていることすらままならなくなり、思わず目の前の体に縋りついてしまった。涙目で見上げると、蕩けるような笑顔が向けられた。
「もっと、寄りかかっていいよ」
「やっ……やめ、津和さ……駄目だって、こ、こ、こわ」
「ん……怖くなんかないから」
違う。怖いんじゃない。
「そう、じゃなくて、こ、壊れちゃう、から……ああっ!?」
次の瞬間、なぜか抱き上げられてしまった。断っておくが、俺は平均的な成人男子の身長と体重のはずだ。だから、こんな簡単にお姫様抱っこされるわけにはいかないはずだ。そう毎回思うのに、結局相手のなすがままなのが地味に悔しい。
抱き上げられたまま熱い唇が耳に押し当てられ、ビクッと肩を揺らすと、忍び笑いが聞こえた。
「いけない子だね……そんなエロい言葉で、俺を煽って」
掠れた、甘い毒のような声が耳へと流し込まれ、体中の隅々まで蝕んでいく。
「あ、煽ってなんか」
痺れた舌で喘ぐように反論しても、説得力は皆無に等しい。
「無自覚なら、仕方ないか……でも責任は取ってもらうよ?」
寝室に連れ込まれると、性急にベッドに押し倒された。俺がソファーじゃ嫌だと何度も言ったから、津和もちゃんと学んで、近頃はどんなに急いている時も必ずベッドまで我慢してくれる。
(……って、違うだろ、俺!? ベッドまで、とかじゃなくって、そういう行為自体を我慢させろよ!)
だが鮮やかな手つきで、あっという間に服を剥かれてしまい、両手をシーツに縫い留められると、もはや抵抗する余地などどこにも残されてなかった。俺は弄るような情熱的なキスを受けながら、涙目で睨みつけるのが精一杯だ。
「いいね、その目……ゾクゾクする」
「へ、変態……」
「変態で結構。君を愛せるなら、俺は何者でも構わないよ」
わざわざ『抱ける』ではなく『愛せる』と言われると、俺は弱い。もうなし崩しに許す事しかできなくなってしまう。
「んん……」
強く擦れあった唇から官能が刺激され、自然と浮かび上がった涙の膜越しに、シャツを脱ぎ捨てた津和を見つめた。
間接照明の仄暗いライトを浴びた肢体は、綺麗に筋が入った筋肉に沿って陰影が刻まれる。赤い舌で唇をゆっくりと舐めて潤すその様は、獲物を目の前にした獰猛な獣を連想させられた。
「君の望み通り、ゆっくり、ね……」
結局その夜も散々貪られてしまい、翌朝すっかり声を枯らしてしまった俺は、上機嫌で朝食をベッドまで運んできた津和を、思いっきりどついたのは言うまでもない。
お盆休み初日の朝。車で箱根へ向かう際に、渋滞に巻き込まれないよう、夜が明ける前に起きて出発することになった。
一泊分の荷物をトランクに積み終えると、助手席に乗ってシートベルトを着ける。一応、津和のご両親に会うのだからと、普段の着古したTシャツを避けて、薄いブルーの半袖シャツにした。多少なりとも、きちんとして見えるといいが。
「君は眠ってていいよ」
「いや、眠くないから」
津和は微かに眉を上げると手を伸ばし、俺の両目を塞いでしまった。仕方なく目を閉じたが、緊張しているのか眠気は吹き飛んでしまってる。
「向こうに着いたら朝食にしよう。それまでゆっくりしているといい……頭は痛くない?」
「ああ、大丈夫……」
目を閉じたまま答えると、瞼にキスを落とされた……こういうことは、恥ずかしいからやめて欲しい。照れ隠しに、しばらく寝た振りを装ったが、それもすぐに飽きてしまい、そっと薄目を開けて、運転する津和をこっそり観察した。淡いパープルのサマーニットに、ベージュのズボンがやたらカッコよく決まってる。
(こんな息子を持って、ご両親もさぞかし鼻が高いだろうなあ)
そんな自慢であろう息子が、よりによって俺みたいな男と付き合っていると知ったら、どう思うだろうか。この際性別の問題は置いといたとしても、俺のような持病持ちの半人前は、友達としてすら歓迎されない可能性もある。
ご両親に反対されたら、どうしようか……何度振り払っても、同じ不安が何度も押し寄せてくる。
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