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第二部

4.甘い朝の言い訳

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 目が覚めると、隣に津和はいなかった。
(今、何時だろう)
 ベッドボードに置かれたスマホに手を伸ばす。今日は土曜日なので、朝寝坊しても問題はない。ただ昨夜のことがあって、津和の姿が見えないのは少し気になった。
(頭痛は治ったみたいだ。とりあえず、よかった……)
 罪滅ぼしではないが、昨夜迷惑をかけたぶん、今日はしっかり働かなくては。津和は朝食を済ませただろうか。そうだとしたら、昼食と夕食を作ろう。掃除機をかけて、風呂とトイレを掃除して、天気が良ければ布団を干そう。シーツも洗わなくては。
(よしっ、時間は無限じゃないんだ。はやくはじめないと)
 勢いこんでベッドから起き上がったとき、ちょうど寝室の扉が開いた。
「あ、起きてる」
 現れた津和はパジャマ姿で、まだ髪のセットすらしてなかった。週末も早起きな彼としてはめずらしい。俺はもう一度、スマホの時刻を確認する。
(午前九時過ぎか。二度寝でもするつもりかな? あれ、ところでいつ着替えたんだろ?)
 あらためて自分を見下ろすと、同じ色違いのパジャマを着ている。だが昨夜は服のままベッドに入った記憶しかない。つまり夜中に、津和が着替えさせてくれたとしか考えられない……俺はさっそく朝から、激しい自己嫌悪に陥った。
(とにかく、昨夜の失態からあやまらなくちゃな)
 顔を上げると、津和の視線とぶつかった。津和はベッドに座ると、ゆったりと口を開いた。
「そろそろ、お腹空かない?」
「あ、うん……でも津和さんは」
「俺もまだ食べてない。用意したから、一緒に食べよう?」
 そう言って頭をなでられた。津和はよくこうやって俺の頭をなでるが、それはなにかしら世話を焼こうとする前兆でもあった。
「なんだよ」
「ん、寝起きも可愛いなあと思って」
 俺は警戒気味に津和の手を押しのけると、ベッドから出ようと毛布をまくった。しかしなぜか、津和の手で押しもどされた。
「朝メシにするんじゃなかった?」
「うん。でもここから動かなくていいよ。今持ってきてあげる」
「え、なんで? 向こうで食べればいいだろ」
「違う違う。週末だからね、忘れたの?」
 津和の含みのある言葉に、俺の顔が少し熱くなった。ここ最近の習慣で、週末前に抱かれた翌朝は、津和が朝食を作ってベッドまで運んでくれる。
(ベッドで朝食って、なんでわざわざそんな面倒なことするんだ?)
 欧米ではめずらしくない光景らしいが、ここは日本で俺は日本人だから、さっぱり理解できない。でも津和には憧れだったそうで、やりたいとせがまれて拒否できなかった。
「お待たせ。今朝はマッシュルームのオムレツにしたよ。ケイの好きなやつ」
「ああ……」
 たしかに好きだが、なんとなく釈然としない。昨日は抱かれてもないし、津和には面倒かけたし、むしろ朝食作って運ぶのは、俺の役目なんじゃないかと思う。
 俺がグズグズと思い悩む中、津和は手際良くテーブルをセットして、俺の前に温かいカフェオレを置いてくれた。砂糖は入れない代わりにミルクたっぷりで、コーヒーがそれほど得意じゃない俺でも飲めるやつだ。
「はい、あーん」
「お前なあ……いい加減それ、やめろよ」
 すると津和は、いかにも不思議そうに俺の顔を見つめた。
「でもケイ、この体勢で食べるの苦手だろう?」
「それは、そうだけど」
「シーツにオムレツ落とすの、嫌なんでしょ」
「まあ、うん、そうだけど」
 反論できないままでいると、ひと口大に切り取られたオムレツが、大きな銀のスプーンで顔の前にさし出された。しかたなく口を開くと、津和は器用にスプーンを斜めに傾けて、うまいことオムレツを俺の唇の間にすべりこませる。うまいけど、これは……なんとも恥ずかしい。
「うん、上手く焼けてる」
 津和は必ず、同じスプーンで交互に自分も食べる。ひと口ずつ、オムレツが皿から消えるまで続けるのだ。こんな面倒なこと、なにが楽しいのか。津和の趣味はさっぱりわからない。
「俺、もう起きないと」
「どうして? せっかくの休みなんだから、もう少しベッドでゴロゴロしようよ」
「いーや、洗濯するの。あと掃除機も掛けたいし、あとは」
「だから、どうして?」
 津和は朝食の皿をサイドテーブルに避難させると、起き上がった俺をつかまえて、再びベッドへ押し倒した。まだ温かいシーツが、背中にふんわりと気持ち良くて、特にこんな寒い冬の朝は誘惑に負けてしまいそうだ。
 俺の顔を見下ろす津和の顔が、やけにキラキラと輝いている。何かを知ってて、でも俺には教えてくれない顔だ。
「ふーん、なるほどね……手ごわいなあ」
「な、何がだよ……」
 津和はクスクス笑いながら、俺にそっと唇をよせた。
「んー、しかたない。君が甘やかされる『理由』を、今あげるよ」
「あ、え……んんっ……」
 深いキスで、俺の言葉が吸い取られてしまう。朝の挨拶にしては、ちょっと濃過ぎやしないか。唇が離されるころには、すっかり息が上がってしまった。
 俺は恨みがましい目で、ゆるく弧を描く濡れた口元をにらむ。すると今度は、その唇が耳元によせられた。
「俺はね、これでも我慢してるの」
「……?」
 甘い声音で囁かれ、俺は目を見開いた。
「君は、まったくわかってないみたいだけど、俺はもっともっと君を甘やかしたいの。世話を焼いて、可愛がって、俺がいないと寂しくて泣いちゃうくらいに」
「泣くか!」
 思わずつっこむと、津和は『だろうね』と笑顔を引っこめて、真っ直ぐ俺を見下ろした。
「なぜだろう。君はどうしても、俺のやりたいことを否定したいんだね。だから、すぐに『借り』を作ったとばかり、どうにか『お返し』をしたがる。そんなもの、俺は望んでないのに」
「……」
 俺の浅はかな考えは、彼にとっくに見破られていた。自分の罪悪感を、ひとりよがりに『お返し』することで解消しようとしてた。それは津和のためじゃない、自分のためだ。自分が楽になりたいから。
「ごめん、俺はただ……」
「いいよ、俺もそんな聖人君子じゃない。とくに据え膳食わないなんて、そんな高尚なこともしない。君のやさしさと甘さに、今からつけこませてもらうよ」
 再び唇が落ちてくる。なでるようにすり合わせ、じれったいほどもどかしい。パジャマのボタンが外されると、胸の尖りに指先が触れた。
「君を抱けば、この甘い朝の言い訳ができるんだろう?」
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