よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜

番外編

クリスマス前編

　もうすぐクリスマスだね、と言われて驚いた。どうやら津和は、クリスマスを楽しみにしているらしい。
　俺にとってクリスマスとは、子供のイベントだ。小学生の頃は、家族でケーキを食べた。プレゼントも、ゲームか何かねだって買ってもらった記憶がある。
　うちの両親は共働きで、夕食は大抵一人で食べる事が多かった。中高では、同級生の多くは共働き家庭だったから、まあ他所も似たようなものだ。
　高校生になると、クリスマスにカラオケへ行く連中も多かったが、大勢で狭い密室の中、しかも大音量で歌って騒ぐなんて、想像しただけで気分が悪くなりそうだから、とても参加する気になれなかった。今ほど酷くはなかったものの、この頃から頭痛持ちで、人混みを故意に避けていた節がある。
　つまり何が言いたいかというと、クリスマスを祝うなんて小学生以来だという事だ。

（たしかに世間では、クリスマスは恋人と過ごすのが定番だよなあ）

　他人事のように考えていたイベントが、今年からいきなり当事者になるなんて思ってもみなかった。

（津和はアメリカ帰りだからな。たしかあっちでは、クリスマスって一大イベントだったよな）

　恋人も例に漏れず、彼にとってクリスマスは一大イベントなのだろう。それをうかがえる場面が、ひと月ほど前から度々あった。
　何か欲しい物あるかと、直接は聞いてこない。でも出掛けると、常に俺の視線の先を気にしていた。また、さりげなく会話に質問を織り交ぜて、反応をうかがう事もあった。きっと俺の好みをリサーチしていたのだろう。

（ところで俺も、プレゼント用意しなくちゃならないよな……どうしようか）

　津和にはまだまだ謎が多くて、趣味も好みもよく分からない。あまり詮索するのも悪いからと、これまで真剣に考えたことがなかった。そのうち自然と分かるだろうと、のんきに構えていたツケがここにきてやってきた。

（えーと、とりあえずケーキくらい用意しとく？　ケーキ……食べるよな？）

　外で食事をする時、津和は一度としてデザートを注文した事がない。

（いや、何度かあったよな……でも結局、俺に食べるよう押しつけてきたっけ）

　自分で食わないなら頼むなよ、と文句を言ったら、次から俺の分しか頼まなくなったんだ。でも家にはゼリーやらプリンやらたくさんあって、甘い物が嫌いなわけではないと思う。むしろ甘党だと思っている。

（あー、クソッ……津和はもう俺の好みを分かってるんだろうなあ）

　付き合っている相手のことを積極的に知ろうとしないなんて、恋人失格だ……早急に改めなくては。

「なあ……ちょっといい？」

　クリスマスまで一週間を切った、ある日の夕食後。俺は二人分のお茶を用意して、ソファーでくつろぐ津和に声を掛けた。
　津和はタブレットでニュース記事を読んでいたようだが、俺の姿を認めてすぐ画面を消すと、端末をコーヒーテーブルに置いた。

「あのさ、俺よく分からないから正直に聞くけど……クリスマスプレゼント、何が欲しい？」

　津和は一瞬驚いた顔をして、それから破顔した。隣に座るよう言われたので、ソファーの横に並んで腰を下ろす。

「で、何が欲しいんだ？　あんま、むちゃくちゃ高い物は無理だけど、ある程度なら」

　ストレート過ぎる質問だったかもしれない。でも津和のように、相手の好みをさりげなく探るなんてできないから仕方ない。

「んー、欲しい物はいろいろあるけど……どれがいいかなあ」

　津和は気まぐれにいろんなもの、実用的なものから役に立ちそうにないものまで、に手を出す悪癖がある。一貫性がない為、本当に好きなものが分かりにくい。
　半年以上未開封のままだった段ボールの中からは、様々なものが発掘された。その大半は、津和にもなぜ買ったか分からないそうだ。
　荷物を片づける俺が呆れてるのを見て、津和も何か思うところがあったのだろう。荷物が一通り片づいた後は、何か余計なものを買ってこなくなった。もしかして我慢しているかもしれないから、そろそろ悪い虫が騒ぎ出す頃かもしれない。

「サンタがいい」
「は？」

　津和は焙じ茶の入ったカップを両手で持ちながら、にっこりと微笑む。

「サンタの服を着て欲しい」
「……ホームセンターで、衣装買ってくればいいのか」
「うん」
「ふざけんな」

　津和は『やっぱダメかあ』と笑ったが、俺が憮然とした面持ちでいると、スッと表情を引き締めた。

「じゃあせめて、赤いセーター着てよ」
「……セーター？　赤なんて、持ってたかな……」
「俺が用意するから」
「……」
「それを着て『メリークリスマス』って言ってよ」

　まるで子どもがおねだりするように、甘えた口調で言われて……俺は頷くしかなかった。

（失敗した……これじゃ俺がプレゼントもらうだけじゃん……）

　仕方なく振り出しに戻って、もう一度プレゼントを考え直すしかないのか。

（いや、待てよ。セーターか……）

　俺はふと思いついて、スマホを取り出す。しばらくネットで検索すると、ようやくイメージ通りのものが見つかった。

（プレゼントはコレにしよう）





「メリークリスマス」
「メリークリスマス……」

　もう何度言わされたか分からない掛け声？に、俺は失笑するしかない。途中からは、津和もふざけてわざと言ってると思う。
　パーティーは夕方から、家で開くことになった。ケータリングと、簡単にこしらえた料理を組み合わせて、テーブルの上はかなり豪華になったと思う。
　残念ながら、俺は今朝から偏頭痛があって、薬で痛みを抑えられたものの、アルコールは一切口にできない。津和が用意したシャンパンを開けるのは、正月へ持ち越しとなった。

「部屋の温度、暑くない？」
「心配しなくても、大丈夫だよ」

　ざっくりした編みの、真っ赤なセーターを着ている俺の為に、室温はいつもより低く設定されていた。
　予想通り津和のプレゼントはセーターで、しかもかなりいいブランドのものだった。このセーターに対抗するには、もう例のセーター以外考えられない。

「津和さんこそ、寒くないの？　なんか着た方がいいんじゃない？」
「そうだな……上着取ってくる」

　そう言って席を立とうとするのを、片手で静止させる。

「どうせ着るなら、これにしてよ」

　テーブルの足元に置いといた紙袋を掲げると、津和は待ってましたとばかりに微笑んだ。

「さっきからずっと気になってたんだ。何だろうなと思って……俺へのプレゼントだったんだね」
「うん。散々悩んだけど、津和と同じくセーターにしてみた」
「あ、それ以上言わないで……開ける楽しみもあるんだから」

　津和は、中身も知らないくせに、ホクホクしながら包み紙を丁寧に開いてる。アメリカってもっとこう、ビリビリ破くイメージだけど、そこら辺は感化されてないようだ。

「……うっは……すご……」

　出てきたのは、正面に大きなトナカイ模様が編み込まれた、いわゆる『ダサいセーター』だ。毎年、海外ではSNSでダサいセーター選手権を催されていて、俺も画面越しに楽しませてもらっている。
　津和にあげたやつは、クリスマスらしい緑を基調とした手編み風のもので、両腕には白い雪模様が散っている。そして正面部分のトナカイの顔が、コミカルでインパクトがものすごい。おまけに胸の中央を飾る、真っ赤な丸い鼻がワンポイントになってた。
　リアルなダサいセーターに、俺たちは涙が出るほど笑い転げた。ようやく笑いが収まる頃、実際に津和が着てみせてくれたので、そこからまたしばらく笑いが止まらなかった。





（後編へ続く）