上 下
8 / 58
第一部

8.頭痛持ちの苦悩

しおりを挟む
 今日は土曜でバイトも無い。だから一旦アパートに戻って、一人でいろいろ考えを整理したかった。
 しかし津和は、アパートまで車を出すと言ってきかなかった。
「三日間とはいえ、いろいろ荷物もあるだろうし、それにPCとか、仕事で使うものもあるだろうし、車で運んだほうが便利だろう?」
「ま、まあそうだけど……とにかく、まずは一人で帰るから」
「どうして? 今から車で、アパートまで荷物取りに行けばすむ話じゃないか。そのまま今夜から、うちに泊まった方が効率いいと思わない?」
 こんなわけで、強引についてこられてしまった。しかも理由が、いちいち理にかなっているせいで反対しづらい。
(それに、むきになって反対する理由も、特に無いしなあ……)
 たしかに三日分の荷物とノートPCを手に、電車とバスを乗り継いで、このマンションまで戻ってくるのは面倒だ。たしかにそうなのだが、どうも釈然としない。
 展開の速さについていけず、食べかけのプリンを手に押し黙ってしまう。すると早々に自分の分を食べ終えた津和が、ソファーの背に寄りかかって、ゆったりと足を組みかえた。
「バイトがない土曜のほうが、荷物をまとめたり運んだりしやすいでしょ?」
「それは、そうだけど……」
 ふとレースのカーテン越しに窓の外をながめると、天気アプリの予報どおり、雲行きがあやしくなってきていた。
(やっぱり、低気圧が近づいているな……)
 先刻から頭が重く感じるから、夕方には雨が降り出すに違いない。もし今夜もこのマンションに泊まるなら、いずれにしても一旦アパートに戻って、多めに薬を持ってこないと。
「……って、聞いてる?」
「えっ、ああごめん。何か言った?」
 俺の額に津和の手が触れた。向けられる視線には、心配そうな色を帯びている。
「頭、痛いの?」
「えっ、なんで」
「なんか、具合悪そうな顔してるから」
 俺はガックリと肩を落とした。こんな風に気づかれてしまうなんて、完全に油断していたと自己嫌悪に陥ってしまう。
「ごめん……気をつけてんだけど」
「何のこと?」
 津和はまったくわけがわからない、という顔だ。それもそうだ、これは俺が自分自身で勝手に決めたルールなのだから。
 頭痛で具合悪いことなんか、しょっちゅうだ。むしろ体調がいいときのほうが少ない。
 だからって頭痛が起こる度に、そうだと分かりやすい顔をしていたら、周りを不快な気持ちにさせてしまう。実際、会社勤めをしていたころは『体弱過ぎだろう』とか『体調管理ができてない』と、あきれられたものだ。そして、たとえ吐き気がするほど酷い頭痛に見舞われていても、それを理由に仕事を休むと非難の目を向けられた。
 まだまだ世間では、頭痛自体『大したことない』と思われがちだ。たかが頭痛だろう、熱もないじゃないかと、まるで頭痛に苦しむことすら許されない気にさせられる。だからいつも、急いで薬を飲んで、周囲に悟られないようやり過ごしてきた。痛みだって、じっと耐えた。
(つい、気がゆるんだ……ここに滞在するならば、もっと気を引きしめないと)
 津和の心配そうな顔を見つめ返す。心配するのだって、きっと初めのうちだけだ。すぐに慣れて、次第に面倒臭くなるだろう。しょっちゅう具合悪そうな顔で部屋をうろつかれたら、やがて嫌気が差すに違いない。
 今は台風の季節だから、ほぼ毎日頭痛があっても不思議じゃない。三日間一緒に過ごす間に、津和のほうから同居について、考え直したいと言い出す可能性だって大いにある。
「君さ、ちゃんと病院で薬を処方してもらってる?」
「へっ?」
 突然の津和の質問に、俺は首をかしげた。
「今は頭痛外来もある。一度ちゃんと受診した方がいい」
「え、だって。た、ただの……頭痛だし」
「ただの頭痛じゃない、偏頭痛だろう」
「……」
 俺は唇を引き結んで視線をそらした。たしかに頭痛外来があることは知っている。だが行ったことはない。そんな大げさなものではない。皆そう言ってたじゃないか……熱もないんだ。
「……大丈夫だって、薬もあるし」
「昨日たしか君、薬が効かない時もあるって言ってなかった?」
「それは……」
 俺はもしかしたら、病院に行って『偏頭痛』と診断を下されるのが嫌なのだ。
 偏頭痛に必要な、特殊な薬があることだって知っている。だがそれを処方されたら……本当の『持病持ち』の烙印を押されてしまう。事実を認めるのが、本当は嫌なんだ……きっと痛みより、そっちの方が耐えられない。

 アパートから持ってきた三日分の服や、仕事用のノートPCは、空いている部屋のひとつに置かせてもらうことになった。空いているとはいえ、完全に段ボール置き場と化しているが。
「ところで……寝る場所なんだけど」
「うん?」
「客用布団とか、あったら貸してもらえる?」
「そんなもの無いよ」
 津和は平然と言ってのけた。
(待てよ……『布団は持ってこなくていいよ』って言ってなかったか? ソファーで寝ろってことかな……たしかにこのソファー大きいし、寝心地悪く無さそうだしな)
 俺がひとりで納得していると、津和はあっさりと爆弾発言をかました。
「一緒のベッドで寝よう」
「……はあ!?」
「なに驚いてんの。昨晩だって、二人で寝れたじゃないか。スペース的に問題無さそうだけど?」
 そういう問題ではない。
「ちょっと待った、なんかおかしくないか」
「何がおかしい? 昨日何かおかしかった? 君も俺も、普通に熟睡できただろう」
 たしかに熟睡できた。寝心地も悪くなかったし、お互い気にならないスペースがそれぞれ確保できたし、さすがダブルベッドだと思った。
(でも、やっぱり同じベッドで寝るとか、なんかおかしいだろ)
 俺がモタモタ言い訳を考えてるうちに、津和に手首を取られて寝室へ連れていかれた。
 津和は、うろたえる俺をベッドに引っぱりあげて、仰向けに寝かせた。津和もベッドに寝転がると、俺の方を向いて横向きに頬杖をついた。
「ほら、二人で寝ても平気だろう?」
 のぞきこまれる体勢に、仰向けに寝ている俺は何だか気恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。
(なんだこれ……やべえ、緊張する)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

幼馴染から離れたい。

June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。 だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。 βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。 誤字脱字あるかも。 最後らへんグダグダ。下手だ。 ちんぷんかんぷんかも。 パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・ すいません。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

処理中です...