17 / 41
十三日目
しおりを挟む
今朝は早くから、人の出入りが激しかった。
「この人たちは、一体……?」
「君の婚礼衣装を作る為に、集まってもらった。城下町でも腕利きの職人ばかりで、身元もしっかりしてるから安心して」
俺はミルク粥をゴクリと飲み込むと、まだ残っている朝食の皿を断念するかどうか迷う。向かいの殿下は、聴衆が見守る中でもあわてず、なんとも優雅に果物を召し上がっていた。
そんな俺たちの様子を、職人さんたちは扉の近くに控えながら、微笑ましそうに眺めていた。
「殿下」
「なに?」
「残りは後で食べるんで、お先に失礼して、皆さんのご用を済ませていいですか」
「ご飯は残さず食べるのが、君のポリシーではなかったの」
「ええ、ですから後で食べるので、お皿を残しておいていただければ……」
「料理が冷めちゃうよ?」
いや、ハムとかトーストとか、もうとっくに冷めてるから。なんならハムはもともと冷たいから。これから冷めるとすれば、お茶くらいだ。
俺が微妙に困っていると、職人さんたちがそっと声を掛けてくれた。
「王妃様、お気づかいは無用です。約束の時間より早く来たのは、我々の勝手ですから」
「そうですよ、本来ならば廊下でお待ちするはずが、セレスタン王太子殿下殿のご厚意で、こちらの部屋に入れていただいたんです」
そうだったのか。でもずっと立ったまま待ってもらうのは心苦しいし、少し気まずい。俺はメイドさんにお願いして、温かいお茶を配ってもらった。
俺の様子を、殿下はただ楽しそうに眺めていた。
「君にピッタリの、素敵な衣装ができそうで楽しみだね」
「そうですね」
「ふふ、きっとみんな、はりきって作ってくれるよ」
殿下は、終始ご機嫌のまま朝食を平らげると、いつものように仕事へ向かわれた。
「さあ王妃様、まずは採寸からはじめましょう」
「あ、俺は王妃じゃなくて……」
「もう二週間で婚礼の儀が執り行われるのですから、王妃様でよろしいではありませんか」
意外にも口をはさんできたのは、レイクドル隊長だった。みんなの手前だからか、俺に対する口調がやたらかしこまっていて落ち着かない。
ところで、さっきから気になっていたけど、なんでここにいるんだろう。
「あのう、殿下についてなくていいんですか?」
「ええ。その殿下ご本人の指示で、こちらに控えております。きっと、ご心配なのでしょう」
レイクドルによると、殿下にはウォータル副隊長が護衛についてるらしい。
(心配ってどっちだ? 身の安全? それとも浮気?)
殿下はなぜか、俺とウォータルの関係が恋愛へと発展しないか心配してるのだ。ウォータルは少し軽薄な雰囲気があるから、そういった誤解を受けやすくて損してる。根は真面目で、硬派な兄貴なのに。
「それにしても……これはスカートですか」
品の良い、光沢のある黄緑色の生地は、殿下の瞳を彷彿とさせる色合いだ。そこは別にいいけど、裾の長さは床に引きずれるほど長く、まるでスカートのようである。
「いえ、上着の一部ですよ。下はズボンをお作りします」
「……そうですか。でもコレは? まるでティアラですよね?」
「髪飾りの一部ですよ。国王陛下の王冠と、対で作られた品物です」
そう言われては、嫌とか言えない。もともと言うつもりもないが。
俺が、この衣装着ることはない。着るのはもっと、殿下改めて国王陛下の隣に相応しい誰かだ。
(あと二週間か……)
刻々と別れの日は近づいている。時間の流れは止められない。後でふりかえると、あっという間だったなと思うだろう。
「王妃様? いかがされました?」
「なんか、具合が……」
実際、俺はひどい顔色だったようだ。レイクドル隊長は貧血かもしれない、とメイドに指示して医者を呼びにやらせてしまった。
俺は訂正する気も起きず、かと言ってなんて説明すればいいかも分からず、でも一人になりたくて皆に出ていってもらった。せっかく来てもらった医者も、扉の前で帰ってもらった。
おそらく俺は、気をゆるませすぎてた。自分の、ここでの役目はなんなのか、やるべきことはなんなのか、もっとしっかり心にとめておくべきだった。
今回の任務は、感情的にならないよう、細心の注意をしてあたるべきだ。特に夜になって、殿下と閨に入る時や、素肌でやさしく抱きしめられた時ほど、心を無防備にさらけ出してはならない。
(情がわいたら、最終的につらくなるのは自分だ)
このところ、ひとりでいる時間が激減した。私室がなくなり、殿下の部屋で過ごすようになったのも大きい。
朝から殿下がそばにいる。朝食の後は仕事に出かけてしまうが、一人になるチャンスは少ない。
日中はメイドさんたちが部屋の掃除にやってくるので、散歩がてら王宮の中をうろついている。でも必ず護衛の兵士が二、三人ついてくる。どうやら十名ほどでローテーションを組んでるようで、そこそこ時間を過ごすうちに会話も増え、すっかり顔馴染みになってしまった。
そして夜は一晩中、殿下がそばにいて、否応なしに人肌の温もりを与えられる。もう、勘弁して欲しい……。
(こうなったら、早く国へ帰りたいなあ……そういや刺客が片付いたら、任務終了で帰国できるんだっけ?)
「めずらしく、呼び出してないのにやってきたかと思えば」
久しぶりに宰相補佐の執務室を訪れると、相変わらず嫌そうな顔した眼鏡の男が、ぶしつけな視線をよこした。
「こちらは、あなたがしでかした余計なことで、余計な仕事が増えて迷惑しているのですよ」
「それは、余計なことばかり、申し訳ありません」
心当たりはなんとなくある。紅葉狩りの一件や、殿下の部屋にうつったことや、周りがやたら過保護になったことや、そんなとこだろうか。
「刺客の捕縛は進んでますか」
「残っているのは、あと一人です」
「一人! もうすぐ終わるんですね!?」
俺の明るい声に、宰相補佐は不機嫌そうに舌打ちする。
「最後の一人が、一番やっかいなのです。なんといっても、相手は王宮の関係者ですから」
「えっ、身元は割れてるんですか?」
「まだ割れてません。ですが王宮内に潜伏してます」
そして宰相補佐は、俺を憐れむような視線を向けた。
「あなた……あまり殿下を舐めてはいけませんよ」
「えっ」
「あなたの考えも行動も読まれてます。今のうちにうまく離れないと、逃げるチャンスを失いますよ。いいのですか」
「逃げ損ねたら、どうなります?」
宰相補佐は、ますます不機嫌そうに眉をひそめた。
「おそらく、あなたが望まない結果になるでしょうね」
「この人たちは、一体……?」
「君の婚礼衣装を作る為に、集まってもらった。城下町でも腕利きの職人ばかりで、身元もしっかりしてるから安心して」
俺はミルク粥をゴクリと飲み込むと、まだ残っている朝食の皿を断念するかどうか迷う。向かいの殿下は、聴衆が見守る中でもあわてず、なんとも優雅に果物を召し上がっていた。
そんな俺たちの様子を、職人さんたちは扉の近くに控えながら、微笑ましそうに眺めていた。
「殿下」
「なに?」
「残りは後で食べるんで、お先に失礼して、皆さんのご用を済ませていいですか」
「ご飯は残さず食べるのが、君のポリシーではなかったの」
「ええ、ですから後で食べるので、お皿を残しておいていただければ……」
「料理が冷めちゃうよ?」
いや、ハムとかトーストとか、もうとっくに冷めてるから。なんならハムはもともと冷たいから。これから冷めるとすれば、お茶くらいだ。
俺が微妙に困っていると、職人さんたちがそっと声を掛けてくれた。
「王妃様、お気づかいは無用です。約束の時間より早く来たのは、我々の勝手ですから」
「そうですよ、本来ならば廊下でお待ちするはずが、セレスタン王太子殿下殿のご厚意で、こちらの部屋に入れていただいたんです」
そうだったのか。でもずっと立ったまま待ってもらうのは心苦しいし、少し気まずい。俺はメイドさんにお願いして、温かいお茶を配ってもらった。
俺の様子を、殿下はただ楽しそうに眺めていた。
「君にピッタリの、素敵な衣装ができそうで楽しみだね」
「そうですね」
「ふふ、きっとみんな、はりきって作ってくれるよ」
殿下は、終始ご機嫌のまま朝食を平らげると、いつものように仕事へ向かわれた。
「さあ王妃様、まずは採寸からはじめましょう」
「あ、俺は王妃じゃなくて……」
「もう二週間で婚礼の儀が執り行われるのですから、王妃様でよろしいではありませんか」
意外にも口をはさんできたのは、レイクドル隊長だった。みんなの手前だからか、俺に対する口調がやたらかしこまっていて落ち着かない。
ところで、さっきから気になっていたけど、なんでここにいるんだろう。
「あのう、殿下についてなくていいんですか?」
「ええ。その殿下ご本人の指示で、こちらに控えております。きっと、ご心配なのでしょう」
レイクドルによると、殿下にはウォータル副隊長が護衛についてるらしい。
(心配ってどっちだ? 身の安全? それとも浮気?)
殿下はなぜか、俺とウォータルの関係が恋愛へと発展しないか心配してるのだ。ウォータルは少し軽薄な雰囲気があるから、そういった誤解を受けやすくて損してる。根は真面目で、硬派な兄貴なのに。
「それにしても……これはスカートですか」
品の良い、光沢のある黄緑色の生地は、殿下の瞳を彷彿とさせる色合いだ。そこは別にいいけど、裾の長さは床に引きずれるほど長く、まるでスカートのようである。
「いえ、上着の一部ですよ。下はズボンをお作りします」
「……そうですか。でもコレは? まるでティアラですよね?」
「髪飾りの一部ですよ。国王陛下の王冠と、対で作られた品物です」
そう言われては、嫌とか言えない。もともと言うつもりもないが。
俺が、この衣装着ることはない。着るのはもっと、殿下改めて国王陛下の隣に相応しい誰かだ。
(あと二週間か……)
刻々と別れの日は近づいている。時間の流れは止められない。後でふりかえると、あっという間だったなと思うだろう。
「王妃様? いかがされました?」
「なんか、具合が……」
実際、俺はひどい顔色だったようだ。レイクドル隊長は貧血かもしれない、とメイドに指示して医者を呼びにやらせてしまった。
俺は訂正する気も起きず、かと言ってなんて説明すればいいかも分からず、でも一人になりたくて皆に出ていってもらった。せっかく来てもらった医者も、扉の前で帰ってもらった。
おそらく俺は、気をゆるませすぎてた。自分の、ここでの役目はなんなのか、やるべきことはなんなのか、もっとしっかり心にとめておくべきだった。
今回の任務は、感情的にならないよう、細心の注意をしてあたるべきだ。特に夜になって、殿下と閨に入る時や、素肌でやさしく抱きしめられた時ほど、心を無防備にさらけ出してはならない。
(情がわいたら、最終的につらくなるのは自分だ)
このところ、ひとりでいる時間が激減した。私室がなくなり、殿下の部屋で過ごすようになったのも大きい。
朝から殿下がそばにいる。朝食の後は仕事に出かけてしまうが、一人になるチャンスは少ない。
日中はメイドさんたちが部屋の掃除にやってくるので、散歩がてら王宮の中をうろついている。でも必ず護衛の兵士が二、三人ついてくる。どうやら十名ほどでローテーションを組んでるようで、そこそこ時間を過ごすうちに会話も増え、すっかり顔馴染みになってしまった。
そして夜は一晩中、殿下がそばにいて、否応なしに人肌の温もりを与えられる。もう、勘弁して欲しい……。
(こうなったら、早く国へ帰りたいなあ……そういや刺客が片付いたら、任務終了で帰国できるんだっけ?)
「めずらしく、呼び出してないのにやってきたかと思えば」
久しぶりに宰相補佐の執務室を訪れると、相変わらず嫌そうな顔した眼鏡の男が、ぶしつけな視線をよこした。
「こちらは、あなたがしでかした余計なことで、余計な仕事が増えて迷惑しているのですよ」
「それは、余計なことばかり、申し訳ありません」
心当たりはなんとなくある。紅葉狩りの一件や、殿下の部屋にうつったことや、周りがやたら過保護になったことや、そんなとこだろうか。
「刺客の捕縛は進んでますか」
「残っているのは、あと一人です」
「一人! もうすぐ終わるんですね!?」
俺の明るい声に、宰相補佐は不機嫌そうに舌打ちする。
「最後の一人が、一番やっかいなのです。なんといっても、相手は王宮の関係者ですから」
「えっ、身元は割れてるんですか?」
「まだ割れてません。ですが王宮内に潜伏してます」
そして宰相補佐は、俺を憐れむような視線を向けた。
「あなた……あまり殿下を舐めてはいけませんよ」
「えっ」
「あなたの考えも行動も読まれてます。今のうちにうまく離れないと、逃げるチャンスを失いますよ。いいのですか」
「逃げ損ねたら、どうなります?」
宰相補佐は、ますます不機嫌そうに眉をひそめた。
「おそらく、あなたが望まない結果になるでしょうね」
40
お気に入りに追加
263
あなたにおすすめの小説
【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!
N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い
拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。
Special thanks
illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560)
※独自設定です。
※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。

当て馬系ヤンデレキャラになったら、思ったよりもツラかった件。
マツヲ。
BL
ふと気がつけば自分が知るBLゲームのなかの、当て馬系ヤンデレキャラになっていた。
いつでもポーカーフェイスのそのキャラクターを俺は嫌っていたはずなのに、その無表情の下にはこんなにも苦しい思いが隠されていたなんて……。
こういうはじまりの、ゲームのその後の世界で、手探り状態のまま徐々に受けとしての才能を開花させていく主人公のお話が読みたいな、という気持ちで書いたものです。
続編、ゆっくりとですが連載開始します。
「当て馬系ヤンデレキャラからの脱却を図ったら、スピンオフに突入していた件。」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/239008972/578503599)


繋がれた絆はどこまでも
mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。
そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。
ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。
当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。
それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。
次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。
そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。
その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。
それを見たライトは、ある決意をし……?

続・聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』(完結)の続編になります。
あらすじ
異世界に再び召喚され、一ヶ月経った主人公の古河大矢(こがだいや)。妹の桃花が聖女になりアリッシュは魔物のいない平和な国になったが、新たな問題が発生していた。
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる