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十日目

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「いや、あなた何しでかしたのです? 余計なことをするのは契約違反ですよ!」

 久しぶりに宰相補佐の執務室に呼ばれたのは、朝食を終えて殿下を仕事へ送り出した直後だった。
 扉を開けるなり、カンカンになった眼鏡に叱り飛ばされた。激昂するのは分かるが、少し冷静になって欲しい。とか言えば、もっと怒られるから黙ってる。

「あと二十日です。それが過ぎれば、あなたは用済みなんですからね?」
「分かってます」
「分かってたら、不必要に殿下に近づかないでください。あの方はおやさしいから、万が一あなたに情が移って、二番目の妾として留め置きたいとかご所望されたらどうするのです」
「お断りします」

 だって、うちのX国じゃ一夫一妻制が常識なもんだから、二番目とかあり得ない。いくら美形で優しくて金持ちでもダメだ。

「なにを、こなまいきな顔してるのです? あなたに拒否権などあるものですか」
「ありますよ。だって俺、ここの国民じゃないから治外法権です」
「あなた仮にも殿下の妾でしょう。ならば殿下に従うべきです。あの方に望まれて、お断りできるわけがない」

 俺に断って欲しいのか、受け入れて欲しいのか、一体どっちなんだ。きっと宰相補佐は混乱してて、冷静な判断がつかないんた。そのくらい、俺が殿下の寝所に引っぱりこまれたのは、想定外の大事件だったのだろう。
 俺は、極力相手を刺激しないよう、そろりと小さく手をあげる。

「えーと、殿下に恋人はいないんですか? 特定のじゃなくても、そのう、気軽に付き合ってる感じの人?」
「……なんですか、気軽に付き合ってる人、とは?」
「ぶっちゃけ、体だけの関係とか」
「けがらわしい! あの方を、そのような目で見てるのですか!? つくづくあの方にふさわしくない。そもそも結婚もまだなのに関係を持つなんて、何をほざいているのです?」
「えっ、この国って婚前交渉はタブーなんですか?」
「あたりまえでしょう。神と精霊、祖先に対する冒涜です」

 驚いた。望めば何人妾をかかえても許されるのに、そこはケジメのつけどころなのか。いや待て、じゃあ妾って何するの、という質問はひとまず置いといて……異文化コミュニケーションって難しい。

(でも俺はやだな。たとえ平等にやさしくされても、相手にとっての唯一じゃなきゃ)

 相手が殿下でも、そこんとこは許容できそうにない。国に帰って恋人作った方が良さそうだ。

「よく分かりました。お役目果たしたら、ちゃんと国へ帰ります」
「……国に恋人でもいるのですか」
「います」

 嘘も方便かと思って肯定する。宰相補佐は、いくぶんホッとしたようだが、それでも渋面は消えなかった。

「殿下は、どうしてもあなたと寝所を共にしたいと仰せです。あなたは恋人に対して不貞を働いている、ということになりますが、その辺りはいいのですか」
「いや、よくはないです」
「では、お互い内密にするとしましょう……あなたは毎晩一人で眠っている。これまでも、これからも。いいですね?」

 見て見ぬふりするってことか。まあどうせメイドとかにバレてるから、いずれ広まっちゃうだろうけど。まあ俺は一応、妾として王宮にいるのだから、たとえ寝所が一緒でも、殿下の名誉に傷がつくことにはない。たぶん。

(それにしても、お堅いのかなんなのか、よく分からない文化だな)





 その夜。俺は再び殿下の寝室にいた。

「よかった、来てくれたんだね」
「いやだって、ベッドもソファーも無くなってたもんですから」

 そう、俺が宰相補佐の執務室から戻ると、部屋からベッドとソファーが消えていた。
 床で寝る考えもあったが、毛布すら見当たらない。ちなみにクローゼットの中身も見当たらず、防寒着どころか下着すら無くなっていた。ようするに、俺の部屋だった場所は、空っぽになっていたんだ。カーテンだって外されてて、寒々しい。

「君のベッドでも構わないけど、僕のベッドの方が大きいからね。ほら、二人で寝ても広々してる」
「たしかに広いですね」

 殿下のベッドは、とにかく大きかった。ここに誰かを招き入れたこと、本当に無いのかな? あの眼鏡が知らないだけじゃないの?

(色恋沙汰にうとそうだもんなあ、あの眼鏡)

 どうでもいい宰相補佐の恋愛事情を考えていたら、殿下に軽くたしなめられた。

「こら、恋人の寝所で上の空なのは失礼だよ?」
「あ、すいません」
「僕のことだけ考えて。どれ、足の傷をみせてごらん……うん、少し良くなってきた」

 あっという間にズボンをむかれて、下半身はパンツ一枚にされてしまった。醜い足の傷を、殿下の大きな手がやさしく撫ぜる。

(……あれ? たしかにいつもと少し違うような)

 赤く引きつれていた部分が、やや落ち着いたピンク色になってる気がする。今夜は冷えるから、血行が悪くなってるのかもしれない。冷えるとじくじく痛むから寒いのは嫌いだ。
 殿下はゆっくりと顔を下げると、昨日と同じように傷をなめはじめた。時間をかけて、何度もなめるから、二日目にして慣れてきてしまいそうだ。

「はい終わり。もう眠い? それともまだ起きてられそう?」
「そうですね」

 俺の曖昧な返事は、まだ起きてられると受け止めたようだ。殿下は手を伸ばして、ベッドサイドの引き出しから何かを取り出した。

「なんですか、これ」
「君の後ろを慣らすためのものだよ」

 そのストレートな告白に、俺はあっけに取られた。

「えーと、たしか婚前交渉はタブーじゃなかったんですか」
「その通り。君と結ばれるのは、戴冠式の後に続く婚姻の儀を終えてからだ。でも初夜にいきなり体を繋げると、君にはかなりの負担を強いてしまう」

 そうでしょうね、と俺は殿下の股間を眺めた。たぶん入らない。入れる予定はないけど。

「だから初夜に向けて、今から慣らしておく必要があるんだ。大丈夫、ゆっくりするから」
「はあ、そう、ですか……」

 断るのはたぶん、とても難しいだろう。俺は仮にも、殿下の妾なんだから。いやまて、妾なら体繋げてもよくない? 婚前交渉とかタブーとか関係なくない?

(でも、いきなりやられるよりマシか)

 殿下はやさしいから、無茶はしないと信じたい。俺は少し泣きたい気持ちになった。
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