すべてはあなたを守るため

高菜あやめ

文字の大きさ
上 下
8 / 41

8.紅葉狩りとは

しおりを挟む
紅葉狩もみじがり、ですか?」
「うん。お昼前には出発するから、あたたかい服を着て、出かける準備しておいてね」
 朝食の席で、殿下に本日の予定を告げられた。俺は残りのスクランブルエッグを口につめこみながら、紅葉狩りの意味について考える。紅葉狩り……聞いたことないフレーズだ。
(狩猟みたいなもんかな。でもこの国って、あまりいい飛び道具はないからなあ)
 Y国を含む多くの国では、いまだ戦いにおけるメインの武器は剣か槍だ。それというのも、銃みたいな飛び道具は最新のやつでもコントロールがむずかしく、接近戦でないとほぼ命中しない。その上あたっても、防具服を着られたら貫通しないから、敵にダメージを与えにくくて非効率なのだ。
 まして山に生息する、すばしっこい獣ならば、よっぽど腕利きじゃないと、しとめるのはほぼ不可能だろう。
(となると、剣とか槍とか使って獲物を追いこむのかな)
 俺にもそれ、やらせてもらえるのだろうか。
(今日こそ帯刀を許されるかも。やっぱ丸腰だと、護衛としては片手落ちだもんなあ)
 殿下が仕事に行ってしまった後も、ひとり自室であれこれ考えていたら、新しい防寒着が届いた。
「えっ。これ、俺が着るんですか」
「ええ、殿下のお見立てです」
 色づいた紅葉のように真っ赤なコート。こんなの着てたら、獲物が一目散に逃げてしまいそうだ。しかし、そこは殿下のチョイスなので、着る選択肢しかない。サイズは少し大きめで、裾がマントのように広がるタイプは、やはりユニセックスなデザインでちょっと、いやだいぶ気恥ずかしい。こんなお洒落なコート似合わないし、なにより動きづらそうだし。
 実際、届けてくれたメイドの手で着せてもらったが、ハッキリ言って動きづらい。俺の微妙な反応に、メイドは『何か文句あるのか』といった顔でにらんでくる。
(こんなんで、まともに動けるかよ。俺、殿下の護衛なのに)
 やや気分が下がってきたところで、殿下が部屋まで迎えにやってきた。そして俺の姿を一目見て、ぶわっといっせいに花が咲くような笑顔を見せた。
「ああ、よく似合うね。可愛い」
「それは、よかったです……」
 殿下の後ろには、当然のようにレイクドル隊長がついてきた。隊長は俺を一瞥いちべつすると、苦笑いを浮かべている。うんわかる、殿下の審美眼は壊れてるんだ。俺、勘違いしてないから、遠慮なく笑ってくれ。
 とにかく可愛いを連呼する殿下をどうにか止めたくて、俺はコホンと咳払いとともに無理やり話題を変えた。
「あのー、今回の外出は仕事の一環ですか?」
「ん? 紅葉狩りのこと? もちろんプライベートだよ。でも君にはしっかり楽しんでもらいたいから、今回だけはレイクドルを連れていくことにした。ごめんね?」
「いえ、それはかまいませんが」
 何を狩るのかわからないけど、俺に楽しんでもらうって、この服で?
(もしや殿下は……俺を試そうとしてる?)
 この国にやってきて早六日目。殿下も薄々、俺がただの妾ではなく護衛だと気づいても不思議じゃない。だから実施で、俺の実力がどの程度か確認しておきたいのだろう。きっとそうだ。
「わかりました。ご期待にそえるようがんばります」
「ふふ、はりきってるね。僕も楽しみだ」
 こんな動きづらいコートを着させたのも、さてはハンディ付きの戦いだな? やさしい顔して、殿下は案外意地悪なのかもしれない。

 王宮の裏山に到着すると、殿下の指示により、付きそいの近衛兵たちがテントの設営に取りかかった。紅葉狩り一行は、なぜだかやたらと荷物が多く、それに加えてレイクドル隊長率いる小隊もついてきたため、予想以上に大所帯になってしまってる。だからテントもたくさん、お昼時も近いせいか、食料もあれこれ用意してきたようだ。
(なんだかピクニックみたいなノリだな)
 ちなみに俺はテントの設営も食事の準備も手伝わせてもらえず、手持ちぶさたでウロウロしてる。殿下は、座ってればいいとか言うけど、じっとしてても落ち着かない上、体も冷えてしまいそうだ。
(少しだけウォームアップしたほうがいいかもな)
 テントの設営場所は山の斜面にもかかわらず、人工的に盛土された土地らしく、広く平らにひらけていた。辺りをグルリと見回すと、赤や黄色に色づいた木々が目を楽しませてくれる。空気もひんやりして気持ちがいいので、軽く走ってもいいな。俺は隣で設営の指揮を取る殿下に、そっと声をかけた。
「お忙しいところすいません。少しだけ、この辺りをぐるっと回ってきていいですか」
「いいけど、あまり遠くにいっちゃダメだよ? もうじき昼食のしたくも整うからね」
 先に腹ごなしをするのか。動く前はあまり食べたくはないけどしかたない。つまり今しか準備運動のチャンスはない。
(今のうちに走っておけば、体もじゅうぶんあたたまるから、いっか)
 さっそく設営テントの裏手に回ると、下流の川へ向かって伸びる細い獣道を発見した。かなり急勾配だから、準備運動がてら降りてみるのもいいだろう。
(ええと、こっちに曲がって……あれ、崖だ)
 獣道はあっという間に途切れ、崖の先端にたどり着いてしまった。普通ならば引き返すところだろう。しかし俺はロッククライミングも得意だ。足場をたしかめつつ、岩肌をつたって、調子よくスルスルと崖を降りていった。
(到着っと……うわ、けっこう降りたな)
 あらためて崖を見上げると、高さ十メートルはありそうだ。崖を背にして周囲を見回すと、茂みの先から川の流れる音が聞こえる。
 せっかくだから川まで行ってみたかったが、戻るのが遅くなると殿下に心配かけてしまう。降りたばかりだけど、すでに体がポカポカしてるから、登ればちょうど汗ばむくらいになるだろう。
(えーと、どうやって登ろうかな……まずあの岩を使うだろ、それから……)
 俺は来た道を引き返すべく、再び岩肌の足場を探して腕を伸ばしたが、ふと誰かの視線を感じて動きを止めた。
(あれ……いち、に、さん……よん……もしかして囲まれてる?)
 茂みの影に複数の人間の気配があった。しかも明らかに好意的ではない。俺はあいかわらず丸腰のままだし、一人きりだして、自分のうかつさに後悔したが、時すでに遅し、だ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!

N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い 拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。 Special thanks illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560) ※独自設定です。 ※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。

祠壊しちゃったんですか!?

雷尾
BL
祠を壊しちゃったら、もうね。傾国の美形神様と平凡君と、鬱陶しいのの話。

当て馬系ヤンデレキャラになったら、思ったよりもツラかった件。

マツヲ。
BL
ふと気がつけば自分が知るBLゲームのなかの、当て馬系ヤンデレキャラになっていた。 いつでもポーカーフェイスのそのキャラクターを俺は嫌っていたはずなのに、その無表情の下にはこんなにも苦しい思いが隠されていたなんて……。 こういうはじまりの、ゲームのその後の世界で、手探り状態のまま徐々に受けとしての才能を開花させていく主人公のお話が読みたいな、という気持ちで書いたものです。 続編、ゆっくりとですが連載開始します。 「当て馬系ヤンデレキャラからの脱却を図ったら、スピンオフに突入していた件。」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/239008972/578503599)

お可愛らしいことで

野犬 猫兄
BL
漆黒の男が青年騎士を意地悪く可愛がっている話。

繋がれた絆はどこまでも

mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。 そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。 ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。 当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。 それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。 次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。 そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。 その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。 それを見たライトは、ある決意をし……?

続・聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』(完結)の続編になります。 あらすじ  異世界に再び召喚され、一ヶ月経った主人公の古河大矢(こがだいや)。妹の桃花が聖女になりアリッシュは魔物のいない平和な国になったが、新たな問題が発生していた。

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

処理中です...