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6.死線をくぐった仲間との再会

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 晩餐会の前半は、メインダイニングでの会食だった。それが終わると、参加者は隣のホールに移動して、ダンスと酒に興じる。
 殿下は、レイクドル隊長を連れて、どっかの国の大使と歓談中だ。当然のように俺をつきそわせようとしたが、まあ妾だしY国の人間でもないし、邪魔になるかもと思って遠慮しといた。本音を言えば単にメンドクサイからだけど。
 素直な殿下は、ちょっとがっかりした様子で「すぐ戻るから」と言い残して、大使と向こうでお話してる。たまーにチラチラとこっちを見るから、俺も気が抜けなくてこまる。
 しかたなく壁にもたれてジュースを飲みつつ、さりげなく殿下の周囲に目を配っていると、人ごみから見知った顔が近づいてきた。
「ロキ!」
「おおウルス、久しぶり」
 先刻の食事の席で、とんでもなく長いテーブルのはしっこにあった顔と、ようやく間近で対面できた。
 ウルスは同郷で同胞で、今はこのY国の親善大使を務めている。中肉中背ではしばみ色の瞳が印象的な、はしこい男だ。仲間内の誰よりも機転がきいて頭も良く、運動神経も抜群。身軽な上に動物的勘というか第六感が働くというか、その特異な才能によって、俺も含め仲間の危機を何度もすくったことがあるすごいヤツだ。
「へー、親父殿から聞いてたけど、ホントに妾になったんだなあ」
「いや、妾のフリした護衛だから。そんなことより、この前のケガはもう大丈夫なのかよ?」
 ウルスとは、前の任務で一緒だった。けっこう激しめな戦いの前線で半年ほど、ともに辛酸を舐めた仲間でもある。その戦いのさなか、ウルスは腹にかなりの深手を負って、そのまま国へ強制送還された。それ以来会ってなかったから、気にはなっていた。
「いやアレは麻酔無しで縫合したから騒いでただけで、ケガ自体は大したことなかったよ。それよりお前の足の方が、まずくなかったか? 折れて、しかも神経損傷して走れなくなったって聞いたけど」
「いや、それ大げさ。走れるし泳げるし、もうフツーだわ」
「なーんだ、噂がかなり盛られてたな。てっきりケガのせいで、こんなつまんない任務に着いたのかと思ったよ」
「それを言うなら、お前こそ親善大使なんて、ぬるい任務に着いてんじゃねーか」
 まあウルスは親善大使をかねた、刺客の始末も任されているのだが。俺よりよっぽど活動的な任務についてて、ちょっとうらやましい。
「そういや刺客の数って、あとどれぐらいいるの?」
「うーん、俺もこっちに赴任してまだ日も浅いけど、すでに百人以上とっ捕まえたわ。オタクんとこの宰相補佐殿が、生捕いけどりにしろしろうるさいもんだから、ちぃとばかり手間かかっちまったけどな」
「ぬるいな」
「ぬるいよな。なんでも裁判にかけて尋問して、処罰を決めるんだと」
「刺客って言っても、たいした奴じゃないのかな」
「小物が多いんじゃないか。後から大捕り物があるかもな。あと日中は、こーゆーカッコして王宮の中をウロウロしてるだけ。楽ちんな仕事だよ」
 とりあえず小物が多くて楽な仕事らしい。まあ俺もかなり楽な仕事だが……食事の毒見は別だけど。あれ、たまに腹壊すから、地味につらいんだよな。
「足、か……」
 ウルスはチラリと俺の足をみると、ニタっと笑った。
「おまえ、太ももの内側に得物仕込んでるだろ」
「……仕込んでないよ」
「ウソつけ。丸腰のフリしてっけど、隠し武器のひとつやふたつ当たり前だろう……どれ、ちょっとたしかめさせろよ」
「わ、馬鹿、触んな」
「ロキ」
 殿下じゃん。気配なく背後を取られて、びっくりした……ウルスも驚いてる。そして殿下の背後には、当然のようにレイクドル隊長もいた。
 殿下は、銀色のマントを長い髪と一緒に翻すと、長い銀色のまつ毛を揺らしながら、桜色の唇をそっとつぼめた。
「ロキ、ここにいたのか」
 いや、ここにいたのかって、ずっと向こう側からチラチラ見てたから知ってたでしょうあなた。どうやら殿下は、ウルスのことが気になるようだ。口元には微笑みを浮かべつつ、俺に向かって問うような視線をよこした。
「二人は、どういう知り合い?」
「ええと、彼はX国からの親善大使で、ウルス……」
「ウルス・ガードナーと申します、セレスタン・ユリハルシラ王太子殿下」
 ウルスは人好きする笑顔を浮かべると、殿下に向かって深々と頭を垂れた。社交的だけど儀礼的なよそよそしさはなく、人の懐に入りこむのがとてもうまい男だ。そんなウルスでも、殿下の前ではどういう態度が正解なのか計りかねているようだ。そりゃ大国の、次期国王陛下だもんなあ。下手なマネして、心象を損ないたくないよな。
 一方の殿下は、おすましモードで、それこそ儀礼的な微笑を浮かべていた。
「私のロキが世話になったようだね、礼を言うよ」
 保護者のような態度に、俺は少々面食らう。まあ妾だから、扶養家族みたいなものか。今のところ衣食住すべて、世話になってるわけだし。
「いえ私もロキには、これまで散々お世話になってますので、お互い様です」
「そう……ロキはやさしいから。僕もたくさん、お世話になってる」
 殿下の手が俺の腰に添えられて、危うく避けそうになった。いや正確には避ける暇がなかった。不覚。というか俺、殿下の何を世話したっけ? まあ毒見は毎回やってるけど。
「ロキは君に対して、どういう世話を焼いたの。聞きたいな」
 どうやらウルスの発言が、殿下の好奇心をいたく刺激したようだ。そんな前のめりで聞かなくても。いやホント、話せないことばっかだから。特に前回の任務で、前線に放り出された地獄の半年とか。

「殿下がご立腹でした」
 晩餐会の後、ワイダールに呼び出されて執務室にやってくるなり、小言がはじまった。
「あなた、何をやらかしたんです?」
「なんのことだか、さっぱり」
「ウソおっしゃい! 仮にも妾の身でありながら、同郷の男とイチャイチャするなど言語道断」
 口うるさい風紀委員長みたいだな。ただ誤解は、きっちり解いておかないと。
「イチャイチャなんてしてないです。あいつとは、これまで共に死線を乗り越えてきた、いわゆる盟友ですから」
「なるほど、盟友とイチャイチャしてたとは」
「イチャイチャから、はなれてくれませんかね? ただの友達ですってば」
「ふん……面倒なことに、殿下がへそ曲げたのは事実です」
 ちょっと待て。仮にも主君を、面倒って言ったな? それにへそ曲げたって、どういうこと?
「えーと、殿下かなり怒ってます?」
「かなりすねてます。寝る前に機嫌を取ってきてください。明日に持ち越されたら、やっかいですからね」
「え、でもさっきレイクドル隊長から、殿下はもう就寝されたって聞きましたけど」
「ならば、明日の朝イチで機嫌を取るのです。具体的には、明日の午前九時の、定例会議までになんとかしてください」
 具体的だ……こいつ絶対、私情で語ってるな。完全に自分都合じゃん。いいけどさ、わかってるよ……殿下に機嫌を直してもらいたいのは俺も同じ。
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