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5.会場入り前に釘を刺される

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「おい、交代の時間だ」
 夕方、殿下に先んじてやってきたのは、近衛隊の隊長レイクドルだった。聞き慣れた言葉だが、今日は少しだけ意味合いが違う。
「今夜はよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
 晩餐会の会場では、隊長と俺の二人体制で殿下の護衛につくことになった。メインで殿下につくのは俺で、隊長は会場全体の警備の総括をしつつ、殿下の近くで待機する。そして万が一のときは、隊長が全力でフォローしてくれるらしい。
「助かります……俺、武器ナシの実戦経験があまりなくって」
「それは俺も同じだ。まったく、宰相補佐殿も無茶な注文をする。まあ、あの人も考えあってのことだろうが……それに殿下のお気持ちを考えると、理解できなくもないからな」
 クソ眼鏡の考えも、殿下のお気持ちとやらも、俺にはさっぱりだ。しかしこの国の事情には、あまり首をつっこみたくない。そもそも任務に関係ないことをかぎまわるのはルール違反だからな。
「ところで殿下は、今どこにいるのでしょう?」
「隣の部屋で、宰相補佐殿と打ち合わせ中だ。今夜の席順のことで、なにやらもめてるみたいでな」
 レイクドル隊長はクソ眼鏡同様、俺の素性を知る数少ない人間のひとりだ。俺よりもガタイが良く、ストイックな黒髪黒目が目を引くイケメンで、俺のような余所者にも気さくに声をかけてくれる程度に良い奴でもある。
「ワイダールから聞いたと思うが、晩餐会には多くの刺客がひそんでいる。気を抜くなよ」
 隊長はそう忠告しながら、あらためて俺の頭から足先までながめた。
「本当に、丸腰なんだな」
「ええまあ……いざという時は、その場で適当に、得物になりそうなものを見つけますよ」
「馬鹿、いざという時は俺を頼れ。なんのために俺も警護にあたると思っている」
 隊長のイケメン振りに、思わずうっとりしてしまう。さすがのクソ眼鏡も、俺を丸腰で一人ほうり出すのはマズいと思ったんだろうな。
「ロキ、遅いから迎えにきたよ」
「わっ、殿下!?」
 いつの間にか、背後に殿下が立っていた。それもだけど、着ていた服にもビックリした。
(色違いって言ってたくせに、デザインぜんぜん違うじゃん)
 殿下の着ている服は、どう見てもまともだ。銀色の生地で、詰襟のデザインだけ俺の服とかぶってる。襟だけ。あとはサラッと、カッコいいジャケットにズボンじゃないか。
「ぜんぜん、違いますね……」
「ふふ、見違えた? でもロキもよく似合ってるよ。君の服には、少しばかりレースを多めにあしらったけど可愛いね」
 いや俺、レースいらないから。ちらりと隊長を見やると、憐憫のまなざしを向けられた。その同情も傷つくからいらない。
 俺が微妙な気持ちでいると、向かい合わせに立っていた殿下が顔を曇らせた。
「うーん……」
「な、なんでしょう」
 殿下は、あごに手を当てて、俺の首から下を見つめてる。何か変? しかも殿下の後ろには、いつの間にかワイダールが控えていて、鬼の形相で俺をにらんでいた。なんで? 俺、武器なんて隠し持ってないよ? こんなテロっとした薄い生地じゃ、なにもかも透けて見えるから、隠しようもないだろ? 
「体の線が出すぎで、ちょっと心配」
「……へっ?」
「変な連中にからまれたりしないよう、レイクドルをつけるか」
 いや待って、レイクドル隊長はアンタの警護だから。そもそも俺の体の線が出ようと出まいと、誰も見てないから。
「おそれながら殿下、レイクドルがついてるほうが、ロキ殿も安心かと」
 ワイダールが、ここぞとばかり会話に割りこんできた。
「ロキ殿もそう思うでしょう?」
「はあレイクドルがいなくちゃ、いろいろマズいかと」
「しかし会食の席が離れてしまうと、ロキがひとりになってしまう。やはりロキには、レイクドルをつけよう」
「……わかりました。ロキ殿のお席は、殿下のお隣へ変更します」
 ワイダールが苦虫をつぶしたような表情を浮かべる中、殿下は満足そうにうなずく。とりあえず席順の問題は解決したようだ。

「私はあなたのためを思って、殿下から一番遠い、末席にしたのですよ。なのに殿下が、どうしてもあなたを隣に座らせるって聞かないから」
 いよいよ晩餐会がはじまるというころ。俺は控え室でワイダールにつかまって、さんざん愚痴られた。
「あなた、テーブルマナーは?」
「ええと、こちらへ来る前にひととおり学びました」
 この任務が決まって、国を出る直前に教わった、めっちゃ付け焼き刃的なヤツだけど。
「外側からナイフとフォークを取って、肉を切りきざめばいいんでしょう? ターゲットは動かないから楽勝ですよ」
「馬鹿者。あなたが普段使う武器とは、わけが違うのです。優雅さと上品さを兼ね備えた、洗練された動きがあなたにできますか? 殿下に恥をかかせるつもりですか?」
 もはや俺を妾にした時点で、殿下の恥だろうに。
「そう言われますと微妙ですが」
「もういい、こうなったら殿下に頼りなさい」
「え、どうやって?」
「可愛らしく『これ食べたい』とか甘えて、取り分けていただくのです。周囲はあなたのことを、甘えん坊で空気の読めない恥知らずな妾と思うでしょうが、かえって好都合というもの。あなたの正体が、実はあの野蛮なX国からきた傭兵と、誰も気づかないでしょう」
 けっこうな言われようだが、コイツがうちの国を蔑んでいることに薄々気づいてたから、驚きはあまりない。まあうちの国としちゃ、報酬もらえりゃなんだっていい。
「ああそれから、、会場周辺ではすでに何人か刺客が捕縛されてます。先に会場入りした殿下にはレイクドルが警護についていますが、あなたも中に入ったら普段以上に警戒してください」
 なんでも、今夜だけですでに百二十四人も捕縛されたらしい。数すげえ。
「刺客もだいぶ減りましたかね?」
「ふん、油断してると逆に増えますよ。この世の中、ささいなことで善人から悪人へシフトチェンジする人間が多いですからね」
 たしかに。俺は宰相補佐の横顔をながめた。こんなことを言うなんて、きっとコイツの周りには、シフトチェンジした人間がたくさんいるに違いない。
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