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2.腹を壊した毒入りパイ
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そんなわけで、俺の妾生活がはじまった。ちなみにまだティーンエイジャーのため、清い交際からスタートという、なんともありがたい話だ……本当は二十五歳だけど。十九とか、六歳くらいサバを読んでるけど。
「てか、せめて丸腰は勘弁してもらえませんかね」
「なりません。下手に武器など所持して、殿下にあなたの素性を疑われたら困ります。いざというときは、武器になりそうなものを見つけて、臨機応変に対処するように」
雇用主のワイダールのクソみたいな指示で、俺は常に丸腰状態で気が抜けない。ちなみに、寝室にすら武器の持ちこみを禁じられているが、当然そんな指示はまるっと無視して、こっそり隠し持っていたりする。
「おはようございます」
俺の日課は、殿下を起こすところからはじまる。密かに殿下のマヌケた寝顔を期待していたのに、悪い意味で裏切られた。
「おはよう……可愛い人」
ベッドからしどけなく半身を起こした超絶美形エルフが、銀糸のような長髪を悩ましくかき上げるという、色気の暴力に返り討ちされた。
「それ、やめてもらえませんか……カワイイヒトとか」
「え、気にさわった?」
けぶるような銀色のまつ毛が、萌黄色の双眸に影を落とす。憂いをたたえた視線をこちらに向けられると、心臓が止まりそうになるからやめてほしい。
「ごめんね。まだ出会ったばかりなのに図々しかったかな」
「いや、そういうんじゃなくって。俺には似合わないというか」
「でも君が可愛いのは、僕にとっての事実だよ」
どうやら見目麗しい殿下は、審美眼には恵まれなかったようだ。ここで反論しても話は平行線だろうから、いったん引き下がることにする。
「とにかく恥ずかしいからイヤです。特に人前ではやめてください」
「では名前で呼ばせてもらうよ、ロキ?」
「はい、殿下」
「僕のことは、セレスタン……セレと」
「セレ様」
「ただのセレでいいのだけど。今のところは、それで我慢するよ……さあ、お腹がすいただろう? 朝食にしようね」
手を取られて、逆に引っぱられるようにして隣の部屋へ移動する。そこにはすでに、朝食が二人分用意されていた。
「さあ僕のおひざにおいで」
「え、それはちょっとゴメンナサイ」
しょっぱなからハードル高いな。部屋のすみっこに控えていた、メイドたちの視線が痛い。もうやだ、こんな生活……まだ二日目だけど。
「……なんすか、これ」
気をとりなおして席に着くなり、目の前に盛られた焼き魚の山に、嫌な予感がする。すると向かいに座った殿下が、少しはずんだ声で説明をはじめた。
「君の国では、干した魚を朝食に食べるんだってね。種類は違うけど、近くの港から新鮮な魚がとれたと聞いて、用意させてみたんだ」
「はあ、なるほど」
たしかに俺の国では、干した魚が朝食の定番メニューだ。
(でも、さすがにこんな食えねえよ)
大皿に盛られても、俺が食えるのはせいぜい二、三匹。残りどうすんだよ。
「昨日も思ったんですけど……量が多すぎません? いちいち残すと、もったいないでしょう」
「残りは、使用人のまかないになるって聞いたよ?」
「いや、食べ物を残すこと自体、良くないことです。それに、自分の食べ残しを誰かに食べてもらうとか、それもどうかと思います」
殿下は両目を大きくさせて、俺を凝視した。あ、さっそく不敬罪になっちまうかな。いや待って、来て早々嫌われたら、あの嫌味なクソ眼鏡になんて言われるか、想像するだけで胃が痛くなりそう。
「すいません、出過ぎた口をききました」
「いや、僕が悪かった。たしかに食事を残すことはよくないな。それに自分の食べ残しを、誰かに食べてもらうのも失礼だったね。この残りは、昼食に出してもらおう」
その後、メイド経由で料理長にこの一件が伝わったようで、昼飯は魚のパイとスープになった。
「とりあえず、毒への耐性はあるようですね」
昼食の後、宰相補佐の執務室に呼び出された俺は、ソファーでぐったりと横になっていた。その前では、腕組みしたクソ眼鏡が、虫けらを見るような目で、俺をながめてる。
「いちいち毒を口にするたびに体調不良になられたら困ります」
「これは単に食い過ぎなだけです……もっと食事の量を減らしてください」
まあ半分くらい嘘だ。食い過ぎもあるけど、なじみのない毒を口にしたから、めずらしく体が拒絶反応を起こした。主な症状は頭痛と吐き気。特殊な訓練を受けてなければ、一週間は寝こむレベルだ。
(解毒したのに、まだ吐き気がおさまんねーなあ)
毒はパイに仕込まれていた。そのため殿下に気取られないよう、大皿のパイはすべて俺の胃におさめた。
「ふん、殿下にも言われましたよ。これからは食べきれる量を出すように、とね」
「そうしてもらえると、俺としても助かります」
「それから、厨房に潜伏していた刺客を二名捕縛しました。これから尋問を行います。あなたはあやしまれないうちに、とっとと殿下のおそばへ戻ってください。体調不良は、意地汚く食べ過ぎたから等、うまくごまかしておくように」
言われた通り、あとで殿下には『うっかり食べ過ぎた』と説明した。メイドたちには白い目で見られたが、殿下にはえらく心配されてしまい、一晩中つきっきりで看病された。
翌日、あのクソ眼鏡に『殿下になんてマネさせるのですか』と、説教されたのは言うまでもない。
「てか、せめて丸腰は勘弁してもらえませんかね」
「なりません。下手に武器など所持して、殿下にあなたの素性を疑われたら困ります。いざというときは、武器になりそうなものを見つけて、臨機応変に対処するように」
雇用主のワイダールのクソみたいな指示で、俺は常に丸腰状態で気が抜けない。ちなみに、寝室にすら武器の持ちこみを禁じられているが、当然そんな指示はまるっと無視して、こっそり隠し持っていたりする。
「おはようございます」
俺の日課は、殿下を起こすところからはじまる。密かに殿下のマヌケた寝顔を期待していたのに、悪い意味で裏切られた。
「おはよう……可愛い人」
ベッドからしどけなく半身を起こした超絶美形エルフが、銀糸のような長髪を悩ましくかき上げるという、色気の暴力に返り討ちされた。
「それ、やめてもらえませんか……カワイイヒトとか」
「え、気にさわった?」
けぶるような銀色のまつ毛が、萌黄色の双眸に影を落とす。憂いをたたえた視線をこちらに向けられると、心臓が止まりそうになるからやめてほしい。
「ごめんね。まだ出会ったばかりなのに図々しかったかな」
「いや、そういうんじゃなくって。俺には似合わないというか」
「でも君が可愛いのは、僕にとっての事実だよ」
どうやら見目麗しい殿下は、審美眼には恵まれなかったようだ。ここで反論しても話は平行線だろうから、いったん引き下がることにする。
「とにかく恥ずかしいからイヤです。特に人前ではやめてください」
「では名前で呼ばせてもらうよ、ロキ?」
「はい、殿下」
「僕のことは、セレスタン……セレと」
「セレ様」
「ただのセレでいいのだけど。今のところは、それで我慢するよ……さあ、お腹がすいただろう? 朝食にしようね」
手を取られて、逆に引っぱられるようにして隣の部屋へ移動する。そこにはすでに、朝食が二人分用意されていた。
「さあ僕のおひざにおいで」
「え、それはちょっとゴメンナサイ」
しょっぱなからハードル高いな。部屋のすみっこに控えていた、メイドたちの視線が痛い。もうやだ、こんな生活……まだ二日目だけど。
「……なんすか、これ」
気をとりなおして席に着くなり、目の前に盛られた焼き魚の山に、嫌な予感がする。すると向かいに座った殿下が、少しはずんだ声で説明をはじめた。
「君の国では、干した魚を朝食に食べるんだってね。種類は違うけど、近くの港から新鮮な魚がとれたと聞いて、用意させてみたんだ」
「はあ、なるほど」
たしかに俺の国では、干した魚が朝食の定番メニューだ。
(でも、さすがにこんな食えねえよ)
大皿に盛られても、俺が食えるのはせいぜい二、三匹。残りどうすんだよ。
「昨日も思ったんですけど……量が多すぎません? いちいち残すと、もったいないでしょう」
「残りは、使用人のまかないになるって聞いたよ?」
「いや、食べ物を残すこと自体、良くないことです。それに、自分の食べ残しを誰かに食べてもらうとか、それもどうかと思います」
殿下は両目を大きくさせて、俺を凝視した。あ、さっそく不敬罪になっちまうかな。いや待って、来て早々嫌われたら、あの嫌味なクソ眼鏡になんて言われるか、想像するだけで胃が痛くなりそう。
「すいません、出過ぎた口をききました」
「いや、僕が悪かった。たしかに食事を残すことはよくないな。それに自分の食べ残しを、誰かに食べてもらうのも失礼だったね。この残りは、昼食に出してもらおう」
その後、メイド経由で料理長にこの一件が伝わったようで、昼飯は魚のパイとスープになった。
「とりあえず、毒への耐性はあるようですね」
昼食の後、宰相補佐の執務室に呼び出された俺は、ソファーでぐったりと横になっていた。その前では、腕組みしたクソ眼鏡が、虫けらを見るような目で、俺をながめてる。
「いちいち毒を口にするたびに体調不良になられたら困ります」
「これは単に食い過ぎなだけです……もっと食事の量を減らしてください」
まあ半分くらい嘘だ。食い過ぎもあるけど、なじみのない毒を口にしたから、めずらしく体が拒絶反応を起こした。主な症状は頭痛と吐き気。特殊な訓練を受けてなければ、一週間は寝こむレベルだ。
(解毒したのに、まだ吐き気がおさまんねーなあ)
毒はパイに仕込まれていた。そのため殿下に気取られないよう、大皿のパイはすべて俺の胃におさめた。
「ふん、殿下にも言われましたよ。これからは食べきれる量を出すように、とね」
「そうしてもらえると、俺としても助かります」
「それから、厨房に潜伏していた刺客を二名捕縛しました。これから尋問を行います。あなたはあやしまれないうちに、とっとと殿下のおそばへ戻ってください。体調不良は、意地汚く食べ過ぎたから等、うまくごまかしておくように」
言われた通り、あとで殿下には『うっかり食べ過ぎた』と説明した。メイドたちには白い目で見られたが、殿下にはえらく心配されてしまい、一晩中つきっきりで看病された。
翌日、あのクソ眼鏡に『殿下になんてマネさせるのですか』と、説教されたのは言うまでもない。
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