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1.エルフと赤猿のティータイム

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 Y国の宮殿全体には、緊迫した空気が漂っていた。少なくとも、俺にはそう感じた。
 時刻は午後三時を回ったところ。色とりどりの花が咲き誇る庭園は、どこかしらけた華やかさを、明るい太陽は、空気の読めない陽だまりを演出していた。そんなわざとらしい、絵に描いたような優雅なティータイム中、最も浮いているのは、まぎれもなく俺だろう。
「はじめまして、可愛い人。遠いところを、よく来てくれたね」
 低音の、ベルベットのように耳触りの良い声が、六角形の小さな東屋にやわらかく響いた。人工池を背景に、庭園を一望できる浮世離れした憩いの場には、およそ世界中の奇跡を集めたような、見目麗しい人物がいた。
 白銀の長い髪に、透けるような白い肌。端正な顔立ちと、春の芽吹きのごとし萌黄色の瞳とくれば、ファンタジーな物語の世界にしか存在しないエルフの末裔なのではと、噂されるのもうなずける。
(『可愛い人』って俺? 頭の中までファンタジーなんじゃねーの……)
 心の中で悪態をつきながら、真向かいに座る美形だが能天気さを否めない男を、あきれ気味にながめた。セレスタン・ユリハルシラ王太子殿下。Y国の次期国王であるこの人物は、今とても難しい立場にいた。
 ことの発端はY国国王の崩御だった。亡き国王の嫡男は、まだ五歳と王位を継ぐには幼すぎた。君主に権力が集中する絶対王政のY国は、周囲の臣下による傀儡政治になることは火を見るよりも明らか。幼い王子の後ろ盾をめぐって、新しい権力争いの火種が勃発するのは必至。
 そこで幼い王子が成人するまでの間、いわば『かりそめの国王』として、亡き国王の実弟であるセレスタン王太子殿下が『ある誓約』の下、即位されることが決定した。その誓約とは『在位期間中は、女性の伴侶は娶らない』というもの。
(だからって、相手が俺かよ)
 俺は殿下の『妾』になるべく、遠く離れたX国からやってきた。なんでも俺を妾としてそばに置くことで『後継者は一切作るつもりはない』という意思表示になるんだって。
 そういう意図で迎えた初顔合わせのティータイムなのだが、なんとも居心地が悪かった。しかもテーブルには、誰得なのか知らないが、大量のケーキや菓子が並んでいる。
(多すぎるだろコレ)
 しかたなく全種類、少しずつ口にしてみたが、特に妙な味はしなかった。
「おかわりもあるから、たくさんお食べ」
 いや誤解しないでくれ、俺はただアンタのために毒見役を買って出てんだぞ……と心の中でぼやく。
 王太子殿下は、花がほころぶような笑みを浮かべ、俺の食べる姿をじっと見つめていた。この男ははたして、己の置かれた立場をきちんと理解しているのだろうか?

「己の置かれた立場をきちんと理解してないようですね、ロキ・シャースタイン」
 嫌味ったらしく俺を責め立てるのは、Y国の宰相補佐ワイダールだ。王太子殿下のお目付け役兼、俺の教育係でもある。
「お見合い中の、あの落ち着きのない態度はなんですか。真剣に、やる気あるんですか」
「仕方ねえでしょう、なんていっても丸腰なんですから」
「しかも、あの汚らしい菓子のつまみかたはなんなのです? 『どれもひと口ずつしか食べてくれなかった。口に合わなかったのだろうか』と、殿下にいらぬご心配までかけて」
「それはアンタが、テーブルに出されたものはすべて毒見しとけって言ったからでしょう。あんなたくさん種類出されりゃ、ひと口かじるのが精一杯でしたよ」
「言い訳は結構です」
 先に種明かしをしておこう。俺はコイツに頼まれて、この国にやってきた。正確にはX国が、Y国の宰相補佐であるコイツの依頼を受けて、俺をY国へ派遣した。
 なんせ極東の弱小国Xの裏家業は、特殊に訓練された傭兵の派遣だ。国民の八割がた傭兵で構成され、俺も漏れなくその一員である。
 X国の顧客のほとんどは、他国の政府機関ばかり。依頼内容は、やんごとなき身分の護衛から、暗殺といった汚れ仕事までさまざまだ。依頼を受けるかどうかは、元首である親父の一存で決定される。
 つまり俺は、親父の命令で仕方なくY国にやってきたわけ。次期国王の妾とは、あくまで表向きの話で、実際は王太子殿下の護衛だ。
「せめて、もう少し見られる容姿ならよかったのですが……まさかこんなガサツな赤猿がやってくるとは」
 ブツブツ文句ばかり垂れる男の背後には、窓ガラスにうつる俺の姿があった。くすんだ鉄サビ色した赤毛に、オレンジ色のつり目。たしかに野山の赤猿と色合いは似てるけど、俺はそこまでガサツじゃない。
「とにかく護衛の期間は、戴冠式までの一か月。すでにお伝えした通り、殿下は非常に多くの刺客に狙われてます。戴冠式の日を無事に迎えるまで、殿下を『陰ながら』お守りするのが、あなたに与えられた仕事です」
 ワイダールは銀フレームの眼鏡を、指の腹で嫌味ったらしく押し上げた。くすんだブルネットの短髪は陰気で、アイスブルーの目には何の感情も見えない。噂どおりの冷血無慈悲そうな男だ。
 この任務でヤバいところは、妾のフリをすることでも、この嫌味クソ眼鏡でもない。
「くれぐれも殿下にあなたの素性がバレないよう、肝に銘じておくように」
「やれやれ、わかってますよ……」
 俺の正体を、決して王太子殿下に知られてはならない、という一点につきる。
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