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第3章
くぎ抜きを持って(39p)
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昭和十年、晩秋――私は、二十二才になっていた。友人達は次々と嫁いでいく。売れ残り。行き遅れ。行かず後家。結婚しない女は、風あたりが強いけれど、嫌いな人とは、結婚はしたくない。
(男なら、よかった)
独眼竜や白松に誘われて、始めた射撃は、今も続いていた。お茶、お花のお稽古に出かけるふりをして、射撃場に行く。女はめずらしいので、じろじろと見られてしまう。目立たないように髪を切って大股で歩いた。男達に混じって、トリガーを引くと、勇敢な兵士になったようで、寂しさが薄らいだ。
射撃場には、独特の熱気が立ち込めていた。政財界の要人が、弾、一発で倒れる事件が相次ぐご時世。どんなものより強いのは、ピストルではないかと思ったりする。
黄昏れはじめたお屋敷の庭はカラカラと音をたて枯れ葉が舞っていた。風が強くなっている。自分の部屋で、一人軽い夕食を済ませた。
懐中電灯を片手にクローゼットの床に細工された秘密の扉から地下道に降りた。お坊ちゃまが、教えてくれたこの秘密の地下道。めったに使わない。今夜は特別だ。
暗い地下道を通り抜け地上に出ると、細い月と星が一つ見えた。薄暗い雁の池の周りにはススキが茂っている。ここに側室が投げ込まれて…幽霊が…
こ、怖くない!…肝試しだわ。幽霊より、生きた人間が恐いのよ。人を殺すのは、人。
木立の陰に倉庫を見つける。やっぱり、変わらず倉庫はあった。数年前…独眼竜から武器弾薬が伯爵邸にあると聞き、この倉庫を見つけて、それ以来、来たことはない。以前からカギは朽ちて自由に入れるようになっていた。
倉庫にそっと入り込む。古びた味噌樽や漬物樽。誰もが、この樽の中味が爆薬だとは気づかないだろう。今日は、拳銃と実弾を頂いて帰るつもりで来た。ベルギー製の拳銃を射撃場で試してみたい。持参したクギ抜きをポケットから引っ張りだした―――
カツカツ――足音がする。誰?足音がするなら、足があるってことで幽霊じゃなさそう。
「お嬢様?」
聞きなれた上田の声にほっとする。
「びっくりしたぁー上田さん、どうして、ここに?」
「お嬢様、こそ。ご用事でも?」
「……き、肝試しだ」
「ごまかしてもダメですよ。その釘抜きで、箱を開けるお積りですね。いったい何を企んでいるのですか?」
「企んでいるなんて。人聞きの悪いこと言わないで。ほら、こんなに古い樽だから。美味しいお味噌が入っているかなって」
「ははは。お嬢さまは、いつまでたっても、嘘が下手ですな」
「もう…上田さんには、かなわない。正直に白状するから。秘密にしてね」
(男なら、よかった)
独眼竜や白松に誘われて、始めた射撃は、今も続いていた。お茶、お花のお稽古に出かけるふりをして、射撃場に行く。女はめずらしいので、じろじろと見られてしまう。目立たないように髪を切って大股で歩いた。男達に混じって、トリガーを引くと、勇敢な兵士になったようで、寂しさが薄らいだ。
射撃場には、独特の熱気が立ち込めていた。政財界の要人が、弾、一発で倒れる事件が相次ぐご時世。どんなものより強いのは、ピストルではないかと思ったりする。
黄昏れはじめたお屋敷の庭はカラカラと音をたて枯れ葉が舞っていた。風が強くなっている。自分の部屋で、一人軽い夕食を済ませた。
懐中電灯を片手にクローゼットの床に細工された秘密の扉から地下道に降りた。お坊ちゃまが、教えてくれたこの秘密の地下道。めったに使わない。今夜は特別だ。
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こ、怖くない!…肝試しだわ。幽霊より、生きた人間が恐いのよ。人を殺すのは、人。
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倉庫にそっと入り込む。古びた味噌樽や漬物樽。誰もが、この樽の中味が爆薬だとは気づかないだろう。今日は、拳銃と実弾を頂いて帰るつもりで来た。ベルギー製の拳銃を射撃場で試してみたい。持参したクギ抜きをポケットから引っ張りだした―――
カツカツ――足音がする。誰?足音がするなら、足があるってことで幽霊じゃなさそう。
「お嬢様?」
聞きなれた上田の声にほっとする。
「びっくりしたぁー上田さん、どうして、ここに?」
「お嬢様、こそ。ご用事でも?」
「……き、肝試しだ」
「ごまかしてもダメですよ。その釘抜きで、箱を開けるお積りですね。いったい何を企んでいるのですか?」
「企んでいるなんて。人聞きの悪いこと言わないで。ほら、こんなに古い樽だから。美味しいお味噌が入っているかなって」
「ははは。お嬢さまは、いつまでたっても、嘘が下手ですな」
「もう…上田さんには、かなわない。正直に白状するから。秘密にしてね」
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