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第3章
銀座で【男装の麗人:川島芳子】を観劇(32P)
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クーデタが未遂に終わり、秋が深まっても、輝は、姿を見せなかった。年が開け、ちまたでは総理大臣や、財閥の要人が暗殺された。
けれど、凄惨な事件が続いても、紫出原家の暮らしは、規則正しい。初夏の園遊会、夏の避暑地旅行、新年の公式晩餐会などの年中行事に追われて、一年が過ぎていく。
早いもので、私は卒業を控える頃になっていた。婚約して退学する娘も多い。【寿退学】は、当たり前で、貰い手がない娘は、容姿が悪い、つまり【卒業顔】と陰口されてしまう。クラスは華やかな話題で持ち切りで、お昼休みになると、教室では楽しげな笑いが絶えなかった。
奥様は、私に縁談をいくつか勧めてくれた。
『鈴子さんには、お金持ちのお相手がいいわ』
と、成金の御曹子の写真を見せる。けれどお見合い写真を見ると、嫌気がさして何度もお断りした。
親友の桃子は卒業してからすぐに婚約した。横浜の華族に嫁ぐのである。
『結婚したら、会えなくなりそう。お嫁に行く前に遊んでおきましょう』と桃子は、遊びに誘ってくれた。
私達は一緒に、銀座に出かけた。道端に植えられた柳は芽吹いたばかり。柔らかな緑がふわふわと春風に踊っている。洋風の新しい建物が並んだ街を、颯爽と歩く若い人達は、流行のおしゃれを楽しんでいるようだ。
「あの人素敵!」
桃子が見とれている人は男のような髪型に紳士服を着た美少女。
「かっこいい!」
私も、思わず叫んでしまう。
「あの髪型は、川島芳子の真似よ」
「川島芳子?清朝のお姫様よね?今は、満州で、馬に乗って軍隊を指揮している人でしょう?頭がよくて、すごい美人ですって」
「そうだわ!鈴子様、お芝居を見に行きましょう。帝国劇場なら、近いし。『男装の麗人』が始まって、すごい人気なの」
「水谷八重子が出ているお芝居よね?見たいわ。でも、切符買えるかしら?」
「大丈夫。お母様は、あそこの常連で支配人と仲がいいから」
桃子はニッコリ微笑んだ。
帝劇では、前から二番目の席に案内される。貴賓席らしい。開幕の時間、ぎりぎり間に合った。お芝居は、清朝の王女が、七歳で日本人の養女となった場面から始まる。二幕では、成人して満州へ渡り、軍服姿で活躍する芳子。
女だてらに男達と供に戦う……なんて素敵なのだろう。お芝居が終わっても拍手が鳴りやまず、誰も席を立たない。
まだ興奮冷めやらぬ時、最前列の二人組がそそくさと席を立った。桃子が彼女達を見つけて声をかける。その大柄な二人連れの娘さん達は、うれしそうに微笑んで会釈をされた。桃子は私を引っ張って彼女達に続き、ロビーに出る。
二人連れは桃子の知り合いらしく、おしゃべりが始まった。桃子は、二人に紹介してくれる。
「こちらは、紫出原伯爵の姪ごさんで、鈴子様」
「愛新覚羅です。よろしく」
けれど、凄惨な事件が続いても、紫出原家の暮らしは、規則正しい。初夏の園遊会、夏の避暑地旅行、新年の公式晩餐会などの年中行事に追われて、一年が過ぎていく。
早いもので、私は卒業を控える頃になっていた。婚約して退学する娘も多い。【寿退学】は、当たり前で、貰い手がない娘は、容姿が悪い、つまり【卒業顔】と陰口されてしまう。クラスは華やかな話題で持ち切りで、お昼休みになると、教室では楽しげな笑いが絶えなかった。
奥様は、私に縁談をいくつか勧めてくれた。
『鈴子さんには、お金持ちのお相手がいいわ』
と、成金の御曹子の写真を見せる。けれどお見合い写真を見ると、嫌気がさして何度もお断りした。
親友の桃子は卒業してからすぐに婚約した。横浜の華族に嫁ぐのである。
『結婚したら、会えなくなりそう。お嫁に行く前に遊んでおきましょう』と桃子は、遊びに誘ってくれた。
私達は一緒に、銀座に出かけた。道端に植えられた柳は芽吹いたばかり。柔らかな緑がふわふわと春風に踊っている。洋風の新しい建物が並んだ街を、颯爽と歩く若い人達は、流行のおしゃれを楽しんでいるようだ。
「あの人素敵!」
桃子が見とれている人は男のような髪型に紳士服を着た美少女。
「かっこいい!」
私も、思わず叫んでしまう。
「あの髪型は、川島芳子の真似よ」
「川島芳子?清朝のお姫様よね?今は、満州で、馬に乗って軍隊を指揮している人でしょう?頭がよくて、すごい美人ですって」
「そうだわ!鈴子様、お芝居を見に行きましょう。帝国劇場なら、近いし。『男装の麗人』が始まって、すごい人気なの」
「水谷八重子が出ているお芝居よね?見たいわ。でも、切符買えるかしら?」
「大丈夫。お母様は、あそこの常連で支配人と仲がいいから」
桃子はニッコリ微笑んだ。
帝劇では、前から二番目の席に案内される。貴賓席らしい。開幕の時間、ぎりぎり間に合った。お芝居は、清朝の王女が、七歳で日本人の養女となった場面から始まる。二幕では、成人して満州へ渡り、軍服姿で活躍する芳子。
女だてらに男達と供に戦う……なんて素敵なのだろう。お芝居が終わっても拍手が鳴りやまず、誰も席を立たない。
まだ興奮冷めやらぬ時、最前列の二人組がそそくさと席を立った。桃子が彼女達を見つけて声をかける。その大柄な二人連れの娘さん達は、うれしそうに微笑んで会釈をされた。桃子は私を引っ張って彼女達に続き、ロビーに出る。
二人連れは桃子の知り合いらしく、おしゃべりが始まった。桃子は、二人に紹介してくれる。
「こちらは、紫出原伯爵の姪ごさんで、鈴子様」
「愛新覚羅です。よろしく」
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