27 / 42
第3章
月とスッポン(27p)
しおりを挟む
竹宮様にお会いしてから、数週間が過ぎた。毎晩のように、お歌の返事を考えて、机の前に座るが、書けない。参考にと、有名なお歌を読んでいると眠たくなってしまう。
いつものように、短歌集の上につっぷしてうとうとしていると……カタリと音がした。何かしら?眠い目をこすって見ると…クローゼットの扉が、そっと開いた。
輝が現れた。
秘密の地下道を通ってお屋敷に忍び込んで来たのだろうか―――いきなり現れた輝の顔は青ざめて、幻のようにも見えた。
「輝―――どうした?なんかあったのか?」
「急に、鈴の顔が見たくなった――驚かせてすまん」
輝はマントを脱いで、ソフアの脊もたれに投げかける。緋色の裏地が翻り一瞬、血の色に見える。あわてて、不吉な連想をかき消した。
輝は、深いため息をつきながらベッドに腰をおろした。広い額にキリリとした眉は一文字。軍服を着た輝は凄い迫力があって昔の弱虫輝の面影はない。
「輝?心配ごとがあるのか?なんか元気ねぇぞ」
「桜会の連中と口論になってしゃべりすぎた」
「輝は桜会の仲間じゃねぇのか?」
「違う。陸軍にもいろんな派閥があるってことさ。いや、こんな話はやめよう。鈴には、おもしろくもなんともねぇだろう。女の子だもんな。男の話は、政治。女の話は、恋ばなと、決まっている。
………そんなことより…あれ?鈴、めずらしく勉強か?」
「歌の勉強をしている。難しくて困ったな」
「お前に歌は無理だろ。宿題?」
「いや、違う。
宮様からお歌を頂いたので―――お返しの歌を考えているけんど……輝は、歌とか、作れる?」
「歌か…よし、こんなのはどうだ――?」
輝は、机の上のノートにさらさらと書きつけた。
声を出して読んでみる。
君の為
御國(みくに)のための
いしずえと
桜花のごとく
春は散るらん
「なんか、寂しい」
「俺は、軍人だ。軟弱なモンが作れるわけねえだろ。
だけんど、鈴?お前、宮様から恋歌など頂戴して誠に恐れ多い事だ」
「月とスッツポンだもんな。どうしたらいい?」
「さあ―――俺には、分からん―――ガキ大将だったのに、恋歌か……
鈴はお嬢様らしくなってきたな。そんな服着ていると、まるでフランス人形だ」
「人形?バカにするな。おらは、スカートよりズボンが好きだ」
「ははは、お前は、お転婆だからな。俺は鈴の着物姿が好きだぞ。田舎で着ていた綿のやつ。あれがめんこい」
「おらも洋服着ていると自分じゃないみたいだ。でも、奥様の方針で生活はほとんど、洋風にしている。朝メシは、パンだけんど、おらパンだと腹が減ってしかたねえ」
「俺も、パンは食いたくない。米の飯が一番だ」
「ここの生活には、どうしても馴染めねぇけど。馬場や、花畑はいいな」
「そりゃ、お殿さまが贅を尽くした庭だ。俺が使っている秘密の通路は、江戸時代に作られたものだろう」
「あの通路の傍にある池には、恐い伝説があるの。多恵さんから聞いた話だけど、ここの殿様が側室をあの池に投げ込んだの。お腹には、赤ちゃんがいたとか……」
「皆が寄りつかないように怪談を言い伝えたのかもしれん。埋蔵金が埋まっているんじゃねえか?」
「まさか!あそこ、夜は恐いよ。」
「ああ。たしかに。今夜も赤ん坊の泣き声が聞こえた」
「キャ!やめて!」
「顔のない女も立っていた。 ウラメシヤ―――」
輝は両手をだらりと下げてお化けの真似をする。
「やだ、やだ。」
思わず輝の手をポンポン叩いた。
「あっ……」
輝が私の両手をキュッと掴む。
「……は、はなして」
「なしてだ?田舎じゃ手をつないであそんだべ?」
「ん?……そうだけど」
「鈴?お前、震えてんじゃねぇか?ほら、見てみろ」
輝は繋いだ両手を目の前に突き出す。
「あれ?!震えているのは輝だよ」
いつものように、短歌集の上につっぷしてうとうとしていると……カタリと音がした。何かしら?眠い目をこすって見ると…クローゼットの扉が、そっと開いた。
輝が現れた。
秘密の地下道を通ってお屋敷に忍び込んで来たのだろうか―――いきなり現れた輝の顔は青ざめて、幻のようにも見えた。
「輝―――どうした?なんかあったのか?」
「急に、鈴の顔が見たくなった――驚かせてすまん」
輝はマントを脱いで、ソフアの脊もたれに投げかける。緋色の裏地が翻り一瞬、血の色に見える。あわてて、不吉な連想をかき消した。
輝は、深いため息をつきながらベッドに腰をおろした。広い額にキリリとした眉は一文字。軍服を着た輝は凄い迫力があって昔の弱虫輝の面影はない。
「輝?心配ごとがあるのか?なんか元気ねぇぞ」
「桜会の連中と口論になってしゃべりすぎた」
「輝は桜会の仲間じゃねぇのか?」
「違う。陸軍にもいろんな派閥があるってことさ。いや、こんな話はやめよう。鈴には、おもしろくもなんともねぇだろう。女の子だもんな。男の話は、政治。女の話は、恋ばなと、決まっている。
………そんなことより…あれ?鈴、めずらしく勉強か?」
「歌の勉強をしている。難しくて困ったな」
「お前に歌は無理だろ。宿題?」
「いや、違う。
宮様からお歌を頂いたので―――お返しの歌を考えているけんど……輝は、歌とか、作れる?」
「歌か…よし、こんなのはどうだ――?」
輝は、机の上のノートにさらさらと書きつけた。
声を出して読んでみる。
君の為
御國(みくに)のための
いしずえと
桜花のごとく
春は散るらん
「なんか、寂しい」
「俺は、軍人だ。軟弱なモンが作れるわけねえだろ。
だけんど、鈴?お前、宮様から恋歌など頂戴して誠に恐れ多い事だ」
「月とスッツポンだもんな。どうしたらいい?」
「さあ―――俺には、分からん―――ガキ大将だったのに、恋歌か……
鈴はお嬢様らしくなってきたな。そんな服着ていると、まるでフランス人形だ」
「人形?バカにするな。おらは、スカートよりズボンが好きだ」
「ははは、お前は、お転婆だからな。俺は鈴の着物姿が好きだぞ。田舎で着ていた綿のやつ。あれがめんこい」
「おらも洋服着ていると自分じゃないみたいだ。でも、奥様の方針で生活はほとんど、洋風にしている。朝メシは、パンだけんど、おらパンだと腹が減ってしかたねえ」
「俺も、パンは食いたくない。米の飯が一番だ」
「ここの生活には、どうしても馴染めねぇけど。馬場や、花畑はいいな」
「そりゃ、お殿さまが贅を尽くした庭だ。俺が使っている秘密の通路は、江戸時代に作られたものだろう」
「あの通路の傍にある池には、恐い伝説があるの。多恵さんから聞いた話だけど、ここの殿様が側室をあの池に投げ込んだの。お腹には、赤ちゃんがいたとか……」
「皆が寄りつかないように怪談を言い伝えたのかもしれん。埋蔵金が埋まっているんじゃねえか?」
「まさか!あそこ、夜は恐いよ。」
「ああ。たしかに。今夜も赤ん坊の泣き声が聞こえた」
「キャ!やめて!」
「顔のない女も立っていた。 ウラメシヤ―――」
輝は両手をだらりと下げてお化けの真似をする。
「やだ、やだ。」
思わず輝の手をポンポン叩いた。
「あっ……」
輝が私の両手をキュッと掴む。
「……は、はなして」
「なしてだ?田舎じゃ手をつないであそんだべ?」
「ん?……そうだけど」
「鈴?お前、震えてんじゃねぇか?ほら、見てみろ」
輝は繋いだ両手を目の前に突き出す。
「あれ?!震えているのは輝だよ」
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
くじら斗りゅう
陸 理明
歴史・時代
捕鯨によって空前の繁栄を謳歌する太地村を領内に有する紀伊新宮藩は、藩の財政を活性化させようと新しく藩直営の鯨方を立ち上げた。はぐれ者、あぶれ者、行き場のない若者をかき集めて作られた鵜殿の村には、もと武士でありながら捕鯨への情熱に満ちた権藤伊左馬という巨漢もいた。このままいけば新たな捕鯨の中心地となったであろう鵜殿であったが、ある嵐の日に突然現れた〈竜〉の如き巨大な生き物を獲ってしまったことから滅びへの運命を歩み始める…… これは、愛憎と欲望に翻弄される若き鯨猟夫たちの青春譚である。
戦国の華と徒花
三田村優希(または南雲天音)
歴史・時代
武田信玄の命令によって、織田信長の妹であるお市の侍女として潜入した忍びの於小夜(おさよ)。
付き従う内にお市に心酔し、武田家を裏切る形となってしまう。
そんな彼女は人並みに恋をし、同じ武田の忍びである小十郎と夫婦になる。
二人を裏切り者と見做し、刺客が送られてくる。小十郎も柴田勝家の足軽頭となっており、刺客に怯えつつも何とか女児を出産し於奈津(おなつ)と命名する。
しかし頭領であり於小夜の叔父でもある新井庄助の命令で、於奈津は母親から引き離され忍びとしての英才教育を受けるために真田家へと送られてしまう。
悲嘆に暮れる於小夜だが、お市と共に悲運へと呑まれていく。
※拙作「異郷の残菊」と繋がりがありますが、単独で読んでも問題がございません
【他サイト掲載:NOVEL DAYS】
半妖の陰陽師~鬼哭の声を聞け
斑鳩陽菜
歴史・時代
貴族たちがこの世の春を謳歌する平安時代の王都。
妖の血を半分引く青年陰陽師・安倍晴明は、半妖であることに悩みつつ、陰陽師としての務めに励む。
そんな中、内裏では謎の幽鬼(幽霊)騒動が勃発。
その一方では、人が謎の妖に喰われ骨にされて見つかるという怪異が起きる。そしてその側には、青い彼岸花が。
晴明は解決に乗り出すのだが……。
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる